第10話 処刑台の逆転、悪徳の戴冠
朝靄が広場を包むなか、鐘の音が冷たく鳴り響いた。
王宮からの布告は短く、無慈悲だった。
「侯爵令嬢セレスティア、本日正午、処刑台にて罪を裁く」
議会と王家の密約は続いていた。投票の結果が民意を掌握した今なお、彼らは最後の手段として「悪徳令嬢の断罪」を演出に掲げたのだ。
処刑台は広場の中央に築かれていた。木組みの足場は新しく、黒布がかけられ、鎖がぶら下がっている。群衆は押し寄せ、ざわめきの波を立てていた。
「ほんとうに処刑されるのか?」「あの橋を作った人を?」
期待と恐怖と憤りが混じり合い、空気は重く湿っていた。
私は拘束輪のまま壇上へ導かれた。だが、足取りは自らの意思で刻んだ。鎖の冷たさは舞台装置にすぎない。
(悪徳令嬢が処刑台に立つ……これ以上の演出はないわ)
老議員が群衆に向けて声を張り上げた。
「見よ! 王都を混乱に陥れた悪徳令嬢の末路を!」
その瞬間、黒薔薇商会の代言人が広場の反対側から巻物を掲げた。
「見よ! これこそ議会と王家の密約の証!」
魔術式が走り、宙に光の文書が浮かぶ。——署名、印章、日付。隠されていた契約のすべてが暴かれた。
群衆のざわめきが怒号に変わる。
「密約だ!」「民を欺いた!」
王太子アルバートが壇に上がり、剣を佩かぬまま叫んだ。
「俺は橋に名を刻んだ王太子だ! 今ここで、民意を踏みにじるなら、俺自身が罪人になる!」
老議員は杖を振り上げ、怒鳴った。
「黙れ! 王権は我らが守る!」
だが香炉の煙は、彼の言葉を裏切るように濃い青に染まった。
虚偽の証が広場に示され、兵士たちの列が揺れる。
私は処刑台の中央で声を張った。
「悪徳令嬢セレスティア、本日ここで処刑されます! ——ただし、それは古い脚本の処刑です!」
拘束輪を掲げ、鎖を鳴らす。
「私は死にません。死ぬのは、民意を偽った密約と、古びた脚本です!」
群衆から嵐のような歓声が起こる。子どもが「ざまぁだ!」と叫び、大人たちが拳を突き上げる。
老議員がよろめき、兵たちの盾が一斉に地に落ちた。黒薔薇の監査人が進み出て宣言する。
「議会筆頭、王宮侍従、工房親方——三名、灰と契約の証により罪ありと確定!」
王太子が壇上から手を差し伸べた。
「セレスティア、共に——」
私は微笑し、腕輪を鳴らした。
「いいえ、殿下。これは私一人の悪徳。だからこそ、美しく終幕できる」
そう告げてから一拍置き、声を張り上げた。
「——悪徳令嬢のざまぁはここに完了! 帳尻は橋と票と灰でつきました!」
群衆の大歓声が夜明けを震わせ、処刑台はもはや断罪の場ではなく、戴冠の舞台と化した。
後日、拘束輪は外された。だが人々の記憶には「腕輪を掲げた悪徳令嬢」の姿が残り続けた。
王都は橋を渡り、パンを焼き、夢を語る。
そしてそのすべての始まりに、悪徳令嬢の名が刻まれた。