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「シャルロット、なにを言って――」

「……ごめんなさい。本当にわからないのです」


 男があまりに苦しそうな顔をするため、見ていることができなかった。咄嗟に顔を背ける。


「倒れる前の記憶はあるのか?」

「いえ」

「自分のことは覚えているか?」

「……まったく」


 首を横に振ったシャルロットを見て、男は額を押さえた。


 同時に部屋にレノンが戻ってくる。彼女は室内の異質な空気に混乱しているようだ。


「悪い、あまりにも衝撃的で反応することができなかった」

「そうです、よね」


 自分を知っているはずの人間に「知らない」と言われたのだ。


 混乱するのも無理はないし、ショックなはず。当然だ。


「お前はいつも堂々としていた。その姿はまるで世界の中心は自分だと信じているようだった」


 レノンの態度や言動からも、以前のシャルロットが傲慢な人物だったことはうかがえる。


「口は悪く、謝ることなど一度もなかった。そんなお前がごめんなさいと言ったんだ。驚くしかない」

「そちらなのですか?」


 どうやら彼は、シャルロットの記憶がないことより、自分が「ごめんなさい」と口にしたことが衝撃だったらしい。


 あまり喜べない。


「だが、そうだな。お前が俺の妻であることに変わりはない」

「は、ぁ」


 一人ぶつぶつと言っている姿は、いっそ危ない人だ。


 彼は正義感の強い騎士団長らしいが、その面影はこれっぽっちもない。


「俺はディートリク・ハーヴェイ・ルビッチ。お前の――シャルロットの夫だ」


 さりげなく手を握られた。


「なにも覚えていないことはショックだ。だが、俺がお前を好きな気持ちは変わらない。安心してほしい」

「――好き、ですか?」


 頬がひきつった。


 彼は一体なにを言っているのだろうか? だって、先ほども言っていたじゃないか。


 ――シャルロットは傲慢で、謝ることができないのだと。


(そんな私を好きになる要素などないでしょう? そりゃあ、見た目はいいけど……)


 先ほど鏡台で見たシャルロットの姿を思い出す。女神といっても過言ではないほどの美女だった。


 多分、『性格を除いて』という前提がつくが。


「あなたさまが、私を好き?」

「なにかおかしなことを言っただろうか?」

「私を好きになる要素など、ないでしょう?」


 小首をかしげて問うと、室内の温度が下がったように錯覚する。


 ディートリクの瞳からみるみるうちに光が消えた。地雷を踏んだのだと、シャルロットは悟る。


「そんなわけがないだろう。俺がどれだけシャルロットを求め、恋をしてきたのかを知らないとは言わせない」

「記憶がないので、知りませんね……」


 それしか返せなかった。


「俺ははじめてだったんだ。こんなにも一人の人を欲しいと思ったのは」

「……えっと」

「お前を娶る以上、快適な暮らしを提供しなくてはならない。そのために、俺は――」


 シャルロットの手を握った彼の手に、力が入る。振りほどこうとしてみるが、できない。


「どうしたらお前は俺を思い出してくれるんだ? なにをすればいい?」

「……わ、私にもさっぱり」


 首を横に振る。


 今の自分には記憶がない。なにが原因で記憶を失ったのかも――わからない。つまり、対処法など見当もつかない。


 申し訳なくて、目を伏せた。ディートリクを見ることができなかった。


「侍医が到着したら、一度診てもらおう。原因がわかるかもしれない」

「はい」

「朝食はまだだろう。たまには一緒に食べよう」


 シャルロットがうなずくと、彼はレノンに指示を飛ばす。レノンは指示を受けて慌てて部屋を出ていく。


(うん? たまには?)


 彼は先ほど「たまには」と口にした。今までは別々に食事をしていたのだろうか?


「あの」

「どうした?」

「たまには一緒にということは、今まで私たちは別々に食事を摂っていたのでしょうか?」


 静かに問うと、ディートリクは首を縦に振った。


「そうだな。俺のほうが忙しくて、シャルロットとの時間がなかなか作れなかったんだ」

「……そうでございましたか」

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