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 伯爵であり、騎士団長――。


(結婚相手としては、申し分ない人ね)


 でも、だからこそ不思議な部分もある。


 レノンの口ぶりからするに、シャルロットはかなり傲慢な女性だ。結婚相手には適さない。


(彼女の言うことが本当なら、結婚相手は選び放題の人だわ。わざわざ傲慢な女を選ぶ?)


 それとも、なにか訳ありなのか――。


 黙って考え込む。しかし、シャルロットの想像力では限界があった。


 これは、彼に正面から聞くしかない。


(気は乗らないけど、仕方がないわね)


 先ほどまでは、ここまで気が重いわけではなかった。


 レノンの『奥さまとは正反対』という言葉で、すっかり気持ちが乗らなくなってしまったのだ。


(だからといって、避けることはできそうにないわ)


 それに、これからお世話になる人物なのだ。あいさつくらいはしておくべきだろう――。


(今までもお世話になっていたようだし、正しくは『これからも』よね)


 自分の考えを訂正して、シャルロットは目を伏せる。


(さて、このことをどうやって切り出すか――だけど)


 記憶がないことを正直に話すことは確定事項である。けど、どういう風に切り出したら動揺させずに済むか。


 シャルロットの思考を中断させたのは、ノックの音だった。


 レノンに目配せをすると、彼女は扉のほうに近づいた。隙間を作り、尋ね人と言葉を交わす。


「……あのぉ、奥さま」

「なに?」

「だ、旦那さまがお会いしたいということでございまして……」


 勢いよくレノンに視線を移す。彼女も明らかに動揺していた。


「そ、そう。別に構わないわよ。お呼びになったらいいのではないかしら?」


 シャルロットの声は上ずっていた。


 突然自分の夫だという人物が、会いたいと言ってきたのである。夫婦だからある意味では当然だろう。


(けどね、今の私にはまったく記憶がないのよ。……心の準備ができていないわ)


 手のひらで胸を押さえる。深呼吸をしていると、勢いよく扉が開いた。


 入室した人物は、大股でこちらに近づいてくる。そして、シャルロットの前に立った。


「――シャルロット」


 見上げた人物は、眉間にしわを寄せている。


 彼は瞳に冷たい色を宿していた。シャルロットを見つめる双眸に愛情はかけらも見えない。


(どう、返事をするべきなんだろう)


 自身の唇に指を押しあて、思案する。


 視線を泳がせて言葉を探していると、男の手がシャルロットの肩に触れる。


 振り払うのも悪い気がして、シャルロットは黙り込む。


 沈黙が場を支配した。互い一言も口に出さず、無言で見つめ合った。


「……え、えっと」


 沈黙を破ったのはシャルロットだった。


 今にも消え入りそうなほど小さな声をあげると、男はエメラルド色の目を見開く。


「どこか、痛いのか?」

「はえ?」


 男の瞳に宿る感情はあっという間に心配に変わった。


 戸惑うシャルロットの前に、男は膝をつく。


「気分でも悪いのか? どこか痛いのか? なにかあるなら、遠慮なく言え。必要なものはなんでも取り寄せる」

「……あ、あの」

「そうだ。まず医者を呼ぶべきだな。レノン、侍医に連絡を取れ。今すぐ来るように命じろ」

「か、かしこまりました!」


 指示を受け、レノンが部屋を飛び出していく。


 シャルロットは戸惑いがちに彼を見つめた。精悍な顔に、穏やかな表情を浮かべている。


「どうした、シャルロット」


 彼の手がシャルロットの手をつかむ。優しく包み込まれて、なにがなんだかわからなくなる。


「あ、えっと」

「寝起きで混乱しているのか? いつもの元気がないぞ」

「げ、元気では、ありますけどぉ」


 ないのは元気ではなく、記憶である。


 口をはくはくと動かして、シャルロットは必死に落ち着こうとした。


「た、大変失礼ですが、あなたはどちらさまでしょうか……?」


 大体見当はついていた。しかし、やはり断言できない。


 シャルロットの問いかけに、目の前の男はぽかんとした。

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