④
伯爵であり、騎士団長――。
(結婚相手としては、申し分ない人ね)
でも、だからこそ不思議な部分もある。
レノンの口ぶりからするに、シャルロットはかなり傲慢な女性だ。結婚相手には適さない。
(彼女の言うことが本当なら、結婚相手は選び放題の人だわ。わざわざ傲慢な女を選ぶ?)
それとも、なにか訳ありなのか――。
黙って考え込む。しかし、シャルロットの想像力では限界があった。
これは、彼に正面から聞くしかない。
(気は乗らないけど、仕方がないわね)
先ほどまでは、ここまで気が重いわけではなかった。
レノンの『奥さまとは正反対』という言葉で、すっかり気持ちが乗らなくなってしまったのだ。
(だからといって、避けることはできそうにないわ)
それに、これからお世話になる人物なのだ。あいさつくらいはしておくべきだろう――。
(今までもお世話になっていたようだし、正しくは『これからも』よね)
自分の考えを訂正して、シャルロットは目を伏せる。
(さて、このことをどうやって切り出すか――だけど)
記憶がないことを正直に話すことは確定事項である。けど、どういう風に切り出したら動揺させずに済むか。
シャルロットの思考を中断させたのは、ノックの音だった。
レノンに目配せをすると、彼女は扉のほうに近づいた。隙間を作り、尋ね人と言葉を交わす。
「……あのぉ、奥さま」
「なに?」
「だ、旦那さまがお会いしたいということでございまして……」
勢いよくレノンに視線を移す。彼女も明らかに動揺していた。
「そ、そう。別に構わないわよ。お呼びになったらいいのではないかしら?」
シャルロットの声は上ずっていた。
突然自分の夫だという人物が、会いたいと言ってきたのである。夫婦だからある意味では当然だろう。
(けどね、今の私にはまったく記憶がないのよ。……心の準備ができていないわ)
手のひらで胸を押さえる。深呼吸をしていると、勢いよく扉が開いた。
入室した人物は、大股でこちらに近づいてくる。そして、シャルロットの前に立った。
「――シャルロット」
見上げた人物は、眉間にしわを寄せている。
彼は瞳に冷たい色を宿していた。シャルロットを見つめる双眸に愛情はかけらも見えない。
(どう、返事をするべきなんだろう)
自身の唇に指を押しあて、思案する。
視線を泳がせて言葉を探していると、男の手がシャルロットの肩に触れる。
振り払うのも悪い気がして、シャルロットは黙り込む。
沈黙が場を支配した。互い一言も口に出さず、無言で見つめ合った。
「……え、えっと」
沈黙を破ったのはシャルロットだった。
今にも消え入りそうなほど小さな声をあげると、男はエメラルド色の目を見開く。
「どこか、痛いのか?」
「はえ?」
男の瞳に宿る感情はあっという間に心配に変わった。
戸惑うシャルロットの前に、男は膝をつく。
「気分でも悪いのか? どこか痛いのか? なにかあるなら、遠慮なく言え。必要なものはなんでも取り寄せる」
「……あ、あの」
「そうだ。まず医者を呼ぶべきだな。レノン、侍医に連絡を取れ。今すぐ来るように命じろ」
「か、かしこまりました!」
指示を受け、レノンが部屋を飛び出していく。
シャルロットは戸惑いがちに彼を見つめた。精悍な顔に、穏やかな表情を浮かべている。
「どうした、シャルロット」
彼の手がシャルロットの手をつかむ。優しく包み込まれて、なにがなんだかわからなくなる。
「あ、えっと」
「寝起きで混乱しているのか? いつもの元気がないぞ」
「げ、元気では、ありますけどぉ」
ないのは元気ではなく、記憶である。
口をはくはくと動かして、シャルロットは必死に落ち着こうとした。
「た、大変失礼ですが、あなたはどちらさまでしょうか……?」
大体見当はついていた。しかし、やはり断言できない。
シャルロットの問いかけに、目の前の男はぽかんとした。