③
引いていたはずの頭痛が戻ってきた。
レノンの様子を観察すると、彼女は震えていた。顔面蒼白という言葉がこれほど似合う人はいないだろう。
「お、奥さまは侍女にとても厳しいお方で……」
「厳しいというより、いじめていたのかしらね」
記憶がないせいで、以前の自分の行動がわからない。
しかし、ここまで怯えられているということは、相当ひどく当たっていたはずだ。
「……私の夫に相談しなかったの?」
そもそも、この屋敷の持ち主はシャルロットの夫のはず。
相談したら手を打ってくれたのではないだろうか?
「そんなことできません! 旦那さまは大層お忙しいお方です。侍女のことで手を煩わせてしまうなど……!」
レノンが目の前で手をぶんぶんと振る。
話していてわかったが、彼女は悪い人ではない。ただ、臆病が過ぎるだけだ。あと、余計な言葉が多い。
「レノンはどうして私の侍女を続けているの?」
気になって問いかけてみる。レノンはぽかんとした様子だ。
「あなただって辞めたかったはずよ。聞いたところ、私は相当傲慢な女みたいだったし」
ちらりとレノンの様子をうかがう。彼女は迷った末に、口を開こうとした。
そのとき、乱暴に扉がノックされた。
「レノン! いつまで――」
返事も待たずに扉が開く。顔を見せたのは中年の女性だ。衣服からして、彼女も侍女だろう。
中年の侍女は、シャルロットが起きていることに気づいてか、サーっと顔を青くした。
「も、申し訳ございません……! まさか、お目覚めだとは思わず!」
今にも床に額をこすりつけそうな勢いだ。一体、どれだけシャルロットが怖いのか。
頭の片隅で考えつつ、シャルロットは歩く。
「今日は許してあげるわ。けど、今後こんなことはないようにしなさい」
「は、はい!」
「わかったなら、さっさと出て行って。今の私は取り込み中よ」
冷たく告げると、中年の侍女は逃げるように部屋を出ていった。
大きな音を立てて扉が閉まる。品のない態度にいら立った。
「とにかく、着替えます。いつまでもこの格好だと寒いわ」
いくら室内が適温に保たれているとはいえ、薄い布地一枚では寒くてたまらない。
シャルロットの言葉に、レノンは動き出す。レノンの手を借りて、着替えをする。薄い布地のナイトドレスを脱ぎ、生活用のドレスに着替えた。
そのあと、鏡台の前に座ってレノンに髪の毛を梳いてもらう。ついでに鬱陶しいからと、一つにまとめるように指示を出した。
「朝食はどうなさいますか? 食堂に行かれてもよいですし、こちらに運ばせることも可能です」
「そうねぇ」
食堂に行ったら、自身の夫に会うことができるだろうか?
レノンいわく、とても忙しい人らしいが……。
(と言っても、一度会ったほうがいいでしょうね。そして、現状を説明したほうがよさそう)
夫という立場である以上、シャルロットも無視はできない。
あちらが放置しているのなら、こちらも無視を貫いてもいいとは思う。しかし、違うのなら素直に白状したほうがいい。
ごまかすのも疲れるのだ。
「私の夫だという人は、まだご在宅かしら?」
「は、はい! 最近は割とお屋敷にいらっしゃいます。朝はゆっくりしていらっしゃいますので……」
「一度会いたいわ。お話ししたいことがあるのよ」
シャルロットの言葉に、レノンが微妙な表情を浮かべた。
「あなたがなにを言いたいのかは知らないけど、お話しなくちゃならないことがあるの」
「かしこまりました」
強い口調で告げると、彼女は渋々といった風に頭を下げた。
「ところで、私の夫とはどういう人なのかしら?」
「ど、どうとは?」
「察しが悪いわね。どういう性格の人なの――と聞いているの」
ついつい言葉が強くなってしまう。
レノンが臆病だとわかっているので、優しく言いたいという気持ちはある。でも、うまくいかない。
「えっと、旦那さまは一言で表すと――奥さまと正反対のお方でございます」
「正反対?」
「はい。とても正義感が強く、周りから頼りにされています。伯爵であり、騎士団長でもあります」




