②
彼女に促され、シャルロットはとりあえず朝の支度をすることとなった。
ぬるま湯で顔を洗い、今日の衣服を選ぶ。なにもわからないシャルロットは、すべてを彼女に任せることにした。
(あの様子だと、私専属の侍女かしら? なんだかすごく怯えていたけど)
もしかして、記憶がなくなる前の自分は、彼女をいじめていたのだろうか?
だったら、謝ったほうがいいかもしれない。
「でも、記憶がない私に謝られたところで、心に響かないわよねぇ」
鏡台の前に座って、ため息を吐く。
「それにしても、なんて美しい人なのかしら」
鏡に映る自分自身を見て、感嘆の息を漏らす。
緩く波打つ銀色の長髪。少々きつく見える吊り上がった金色の瞳。双眸を縁取るまつげは長く、唇はぷっくりとしていた。大層な美女だ。唯一気になる点といえば……。
「露出が多いわ。ナイトドレスとはいえ、さすがに際どすぎるわね」
記憶を失う前の自分は、派手なデザインが好きだったのだろうか。
薄い赤の布地に、黒いレース。丈は短く、動くのにいちいち気を遣ってしまう。
「もっと落ち着いたものにしましょう」
つぶやいて、クローゼットのほうに視線を向ける。奥から音はするが、先ほどの女性が出てくる気配はない。
ちょっとだけ迷って、シャルロットは立ち上がった。クローゼットに続く扉に近づいて、中を覗き込む。
「……うわぁ」
自然と声が出た。
クローゼットの中にはこれでもかというほどに、ドレスが詰め込まれている。
そのどれもが派手なデザインで、露出も多めだ。顔をしかめるシャルロットに気づいたのか、女性がこちらにやってくる。
「も、申し訳ございません! 退屈されてしまいましたよね……」
いっそ哀れになるほどに怯えていた。
シャルロットは身を縮める彼女の隣を通り抜け、クローゼットの奥に進んだ。
「これは全部処分しましょうか」
クローゼット内をぐるりと見渡してぼやくと、彼女がシャルロットのほうに駆けてくる。
「ど、どういうことでございますか!?」
「どういうことと言われても、こんなにいらないじゃない」
これだけの量は、一年あっても着ることができない。なら、売ってお金にしたほうがいいだろう。
「捨てるのももったいないし、買い取ってもらうのが一番ね。そういう業者はいるのかしら?」
「は、はい……」
彼女の目が、明らかに困惑している。
「じゃあ、全部売っておいて。その代わりに、落ち着いたデザインのものが数着欲しいわ」
「すぐに手配させていただきます!」
「えぇ、お願いね」
ドレスを眺めて、まだ落ち着いたデザインのものを探し出す。色自体は赤と黒系統で派手だが、デザインはまだ大人しい。
「今日はこれにするわ」
「はい!」
クローゼットを出たところで、シャルロットは振り返る。
「そうだ。あなたってどういう役職なのかしら?」
「や、役職、ですか?」
「メイドとか侍女とか、いろいろあるじゃない。あと、あなたの名前も知りたいわね」
気になるから尋ねただけなのに、彼女は目を真ん丸にする。しばらくして、上ずった声をあげた。
「わ、私はレノンと申します。奥さま付きの侍女を任されております」
やはり侍女だったのか。
大体は納得できるが、一点納得できないところがある。
「私が奥さまということだけど、ほかに専属侍女はいるのかしら?」
「……えっと」
「貴族の奥方には、数名の侍女がつくものでしょう?」
もしかして、交代制なのだろうか。
考え込むシャルロットに対し、レノンが言いにくそうに口をもごもごと動かす。
「そ、そのですね。奥さま付きの侍女は私だけでございます……」
レノンが視線をさまよわせる。小動物をいじめているみたいで、これ以上聞くのをやめようかと思う。
でも、知らないままでいることはできない。
「それはどうして?」
こんな広々とした部屋を与えられているのだ。伯爵である夫から冷遇されている――ということは、ないだろう。もしも虐げられているなら、こんな部屋を与えない。どこか隅っこの部屋にでも追いやられているはずだ。
「た、大変申し上げにくいのですが――奥さま付きの侍女は、そのぉ」
「はっきりと言ってちょうだい」
「み、みな精神がもたずやめていくのでございます!」