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六章 連なる決意 十二話









12、芙蓉の場合














恨まれていた。


北山羊一族だけでなく、すべての貴族と民に。




知っていた。


それが、父王の所業のせいだと。






王族の存亡が危ぶまれたあの日のことを口にする者は少ない。


まして、親兄弟すべてを失った芙蓉にそれを尋ねる者はいなかった。そして誰も彼に必要以上に干渉してこなかった。


それは労りか、無関心か、わからなかったが。ただただ、誰が起こしたのか未だにわからない、王族が途絶えたあの日の悪夢のことを、誰もが口にするのを恐れた。



そして、唯一の生き残りの無口な王族に、ご機嫌取り以外で関わろうとは誰もしなかった。


・・・・・・桔梗以外は。







「あら、おはようございます、芙蓉陛下」


後宮の端にあたる庭院を眺めるのが好きな芙蓉。


忘れ去られたかのようにぽつりぽつりと咲いている花を愛でるのが好きだった。



後宮の中でも中央部に行けば行くだけ、綺麗に整われた庭院が続いている。華美なほどに飾られた、父好みの庭院が。


後宮にいたすべての王族貴族に忘れられていた、日陰の公子、芙蓉はそんな華やかな場所よりも、後宮の奥にある、芙蓉同様存在を忘れられているような小さな庭院がよかった。


誰も見向きもしないところで、懸命に花を咲かせているのを見る方が、心が落ち着いた。





混乱の最中に玉座に座ることになった芙蓉は、毎日が慌ただしく過ぎていった。


そんな中で、ひとりでぼんやりと小さな庭院を眺めるのが、彼の日課になっていた。




その光景にひとりの姫が加わったのは突然。


次第に衝撃から立ち直ってきた貴族たちに押し切られ、政務をさぼるようになった芙蓉を激励するかのように、彼の妃を決める審査が始まった。


いわゆる、王妃を決める、妃審査と呼ばれるものだ。最終審査まで残った姫はふたり。そして、そのうちのひとりである双一族の姫、桔梗と、この小さな庭院で出会った。




一度の出会いでは互いに何か言うことも思うこともなかったが、やがて桔梗は、毎朝芙蓉がやる気のない朝議に出る前にここで気を休めているのを知ると、毎朝そこで芙蓉を待つようになった。


芙蓉にとって、正直それは迷惑そのものだった。


やっと誰にも邪魔されない、干渉されない空間を見つけたのに、そこにどっかりと待ち受けられては芙蓉の心が休まらないではないか。


彼はそう思っていた。






人が、他人が、嫌いだった。


嘘ばかり。騙してばかり。


対峙していても気が抜けない。


芙蓉は、愛情など知らなかった。生まれたときから母に生まれた順位を疎まれ、兄公子や姉妹姫たちには、権力のかけらもない芙蓉はいないものとされた。


もちろん、官吏たちも女官たちも王族に対する必要最小限しか関わってこなかった。


だから、芙蓉は他人が嫌いだった。


嫌いだと思っていた。


桔梗と出会うまでは。








「おはようございます、芙蓉陛下」


桔梗は、絶対に引き下がるような姫ではなかった。芙蓉が挨拶を返すまで、にこにこと何度も挨拶をしてきた。


媚びるわけではないが、流されるわけでもない。姉妹姫たちとは全然違う雰囲気を抱くこの姫の扱いに、芙蓉は戸惑っていた。



「・・・ああ」


短くそれだけ返すと満足したか、桔梗は再び庭院に咲く花たちに意識を戻した。


その挨拶の応答だけ。


そこから先は、桔梗はただ黙ってそこにいるだけ。誰にも干渉されたくなくてここに来た芙蓉の心情を察したかのように、ただ黙って静かにそこにいるだけだった。




「・・・なぜ、いつもここにいる」


何日かして、ふいに芙蓉は桔梗にそう尋ねた。初めて芙蓉から突然話しかけられた桔梗は、驚いた様子で彼を凝視した。


「ここの花が一番綺麗だからです」




・・・それは嘘だ。


綺麗な花はここよりも大きな庭院で、整えられた庭院で、あちこちで誇らしげに咲いている。こんな小さな忘れられた庭院で、申し訳程度に咲いている花が美しいわけなどない。


この姫もまた、芙蓉の周りでうろつく貴族たち同様、彼のご機嫌をとっているのか。


そう思ったら、芙蓉は桔梗を見ているだけでも、吐き気のような嫌悪を覚えた。


これ以上同じ空間にはいたくないとばかりに踵を返した芙蓉の背中に、桔梗のまだ幼い少女の声が穏やかにかけられた。





「この庭院の花が綺麗だなんて嘘だ、ただのおべっかだ、そう思っていらっしゃる?」


まさに図星だった芙蓉は、けれど悔しかったので振り返らずにその場で足を止めた。そんな彼の反応に、彼よりも年下の彼女は、くすり、と笑った。


「えぇ、たしかに、『綺麗に見えるように』咲いている花は、ここの他にもいくらでもあるでしょう。ですが、ここの花たちは、何も手を加えられず、構われることもなく、自らの生命力を誇るかのように咲いている。環境を整えられて、さぞや自分が一番綺麗だと言わんばかりに誇らしげに咲いている花たちより、わたくしはこちらの花たちの方が好きですわ」


きっぱりと言いきる桔梗の顔を、芙蓉は気づけば凝視していた。


なんて・・・・・・珍しい姫だ。




「貴族も・・・わたくしたちも同じですわね」


「・・・なにがだ?」


「誇るべき尊厳も、争うべき権力も、根本的に間違っているように思えるのです。自らの一族を栄えさせ、守ることばかりに気をとられ、この11貴族が何のために在るのか、忘れてしまっている・・・」




少し寂しげな横顔。


風が吹いて、そう呟いた彼女の絹のように綺麗な黒髪を靡かせる。




「・・・では、貴族は何のためにあるんだ?」


王族も貴族も、何年も何代も、ずっと長い間、自らの私利私欲のためだけに権力を奮ってきた。


父王が顕著にひどかっただけで、もう何年も、こんな状態は続いている。


だから、軋む音が、聞こえたのだ。



少し目を伏せた芙蓉の視界に、しっかりとこちらを見返してくる桔梗の強い視線が入り込んできた。


「国と民のために王族と11貴族はあるのです。かつての初代国王、牡丹王がこの国を建国されたときのように」


「牡丹王・・・・・・ね・・・」


体の弱い芙蓉は、専ら書物を読んでいることが多かった。だから、逸話の多い初代国王のことも、それなりに知っている。


だからこそ芙蓉は、まるで神のように崇められているあの王のことが好きではなかった。


なぜなら、あの王は・・・・・・


「裏切りと混乱しか残さなかったではないか・・・」


「はい?」


「・・・いや。それで?妃審査に参加したのは、国を統括する王を叱咤して、民を守るためか?」


「いいえ」


「では、王を支えるためと申すか?」





国を支える王を支える。


それが王妃の務めとされている。


この目の前の少女姫もまた、そんな絵空事の夢を抱いてきたのか。




王を支える王妃だと?


図々しく、身の程知らずも甚だしい。


この姫がそんな世間知らずなことを口にしたら、芙蓉は桔梗を笑ってやるつもりでいた。


そう言い出すだろうと思っていたから。


だが。




「いいえ、王を・・・陛下を支えるなど烏滸がましいことを申し上げるつもりはありません。・・・わたくしは、腐った後宮を立て直すために王妃になりたいと思ったのです」


思わぬ桔梗の解答に、芙蓉は瞠目する。


「後宮を・・・?」


「恐れながら、先王陛下の御世の折、ただでさえ崩れ始めていた後宮の秩序が崩壊したとうかがっております。王が朝廷を統治する存在ならば、王妃は後宮を預かる身。国を統治するために奔走される王が、唯一羽を休めることができる後宮を整えることが、王妃の務めと思っているのです」





芙蓉が考えもしなかった、解答。


それを当たり前のように言ってみせた桔梗。


夢を語るようでもなく、理想を掲げるようでもなく、ただ淡々と現実を受け入れるように。


・・・・・・変わった姫だ。


こんな姫、いや、貴族すら、芙蓉は会ったことがない。




芙蓉の中で、どろどろとトグロを巻くようにして渦巻いて沈み淀んでいた何かが、少し流れていくのを感じた。


この姫なら、芙蓉の考えを・・・・・・『計画』を理解してくれるのではないか、と・・・・・・。




他人が嫌い。


みんな権力がある者だけに磁力に吸い寄せられるようにくっつくから。


他人を信じることなどできない。


きっと、自分達が気に入らなければ、簡単に裏切るだろうから。




朝廷にいる重臣たちの誰も信じることなどできなかった。


特に、突如出世してきて、執政官の座に手を伸ばしている蠍隼 蘇芳。彼だけは決して信じることなどできなかった。


まるで、玉座そのものを狙っているかのような獣の目。誰も、芙蓉は信じることなどできなかった。


・・・・・・それなのに、どうして。





「・・・芙蓉陛下?」


桔梗が不思議そうに、心配そうに芙蓉に問い掛ける。


当然だろう、自分でもわからないが、なぜか、芙蓉は今声をあげて笑いながら、涙を流しているのだから。


悲しいのかおかしいのかうれしいのかさっぱりわからない。


ただ、感じた。


見つけたのだ、と。





「・・・・・・真に王妃となりたいのなら、ひとつだけ教えておこう」


薄く笑みを残しながら、芙蓉は桔梗に伝えようと決めた。


彼女と初めて出会ってから、さほど日々は過ぎていない。長い時を共にしたわけでもない。


たが、そんなことは問題ではなく、また、無意味だった。



「・・・何でしょうか」


背筋を正し、強い眼差しで芙蓉を見返す。試したかったのかもしれない。


この姫を。この姫の覚悟を。


自分と同じだけの覚悟があるのか。



だから、芙蓉は伝えた。


自らの心の中にだけ秘めていた、真実を。






「・・・あの日、あの祭典の日、王族すべてを殺したのは、わたしだよ」






風が、吹く。


先ほどとは逆方向から吹き抜けた風は、桔梗の顔を黒髪で覆ってしまい、芙蓉からはその表情が窺えなかった。


あまりの衝撃に声も出ないか。はたまた、これは芙蓉の嘘だと思い込むか。


風が止み、彼女の黒髪が躍りながらするりと肩に落ちる。



彼女は、何も変わっていなかった。


芙蓉が衝撃の事実を伝える前と同じ強い瞳と真剣な表情で、芙蓉を見返していた。そこに、侮蔑も疑いも感じとることはできなかった。


桔梗の態度にむしろ芙蓉が戸惑ってしまい、息を飲む。黙り込む彼に、とうとう彼女が口を開いた。




「・・・それでお話は終わりなのですか?」


「・・・え?」


「お聞かせいただけないのですか。なぜ、あなたが血の繋がった一族すべてを死に至らしめなければならなかったのか」




予想外の桔梗の切り返しに、彼女を試すつもりでいた芙蓉が試されているようだった。


王族すべてを途絶えさせ、彼一人が残ってどうするつもりだったのかと。


ただの私怨だったのかと。





「・・・死んだ王族たち誰一人として、恨みを持ってはいない。だが、わたしは恨みはなくとも、周りは・・・族や民たちは違う」


「では、彼らのために王族を・・・獅一族をすべて葬ったのですか?」


静かに彼女が問う。突然告げられた事実に戸惑う様子もなく。芙蓉は、静かに瞑目する。





あの日、彼は確実に獅一族全員を亡き者にするために策を労した。


庭院にある大きな池に小舟を浮かべてみてはどうか、と提案したのは芙蓉。


珍しい娯楽や贅沢が大好きな父王。すぐさまその案に乗った。


あとは簡単だった。用意された小舟全てに弾薬を詰め込み、逃げ場のない池の中央にきたところで爆発。


芙蓉の目論見通り、彼自身が疑われることなく、すべてを闇に葬ることができた。


彼が、そこまで残虐非道に血を流し、国中を恐怖に震えあがらせたのは・・・・・・。





「国のためだ。腐り傾き始めた星華国をもう一度始めからやり直すため」


そのためには邪魔者は残らず排除しなければならなかった。獅一族が芙蓉以外にひとりでも残っていたら、彼の壮大な計画は意味を為さないから。





「・・・わかりました」


さすがに桔梗からそんな返事が返ってきたときは、芙蓉は耳を疑った。


・・・わかった?




「では、わたくしはあなたのその計画を支持いたしましょう。国も後宮も、すべてをやり直すために」


何も、話していないのに。


芙蓉の中で秘めた計画は、何一つ口にしていないのに。


桔梗ははっきりと芙蓉の何かを掴んだ。




だから、芙蓉は悠然と笑った。


もしかしたら、心からの笑みを浮かべたのは初めてかもしれない。


桔梗になら、桔梗となら、やれる気がした。


芙蓉の計略を、共に。


国の改革の『始まり』を。





「・・・ならば、必ず妃審査を通り、わたしの元に来い。幸せになど決してなれない。待つのは、闘いであることを覚悟せよ」


芙蓉の笑みに、桔梗もまた、笑んで返す。


互いを認め合った瞬間。


互いの運命を預けた瞬間。




「仰せのままに、陛下」


桔梗がゆっくりと庭院に膝をつく。それは完璧な跪拝の礼。


芙蓉と桔梗が初めて心を通わせた日。


それは誰一人知ることのない、ふたりだけの誓いと契約。




桔梗だけが知った、芙蓉の真実。




幼い姫と若き王の出会い。


これが、改国の始まりだったのである。





紫月がず~~っと書きたかった話のひとつがやっと更新できました♪

実は、芙蓉を中心にした話は好きだったりします(笑)

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