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六章 連なる決意 九話









9、蓮の場合










あまりにも色々なことが一遍に起きていて、彼女はその目まぐるしい展開に戸惑ってすらいた。


そもそも、なぜこんなことになってしまったのか。


庭院を眺めながら、蓮は物思いに耽っていた。








わずか二年前は、朝廷はこんなばらばらではなかった。


父がいて、母たちがいて、姉妹姫と兄公子たちがいた。


蓮は兄公子たちの中でも、特に風蘭が好きだった。父王のご機嫌伺いばかりの芍薬や木犀とは違い、自分の意思をしっかりと持って伝えることができる風蘭。


正直、蓮には政治のことは全くわからなかったし、朝廷で起こっていることに興味はなかった。


それでも、風蘭が何かを成し遂げようと走り回るその姿は、なんだか輝いて見えた。





全ての歯車が狂い始めたのは、あの夏からだろうか。


父の死。


蓮にとって、やはり突然の父の死は衝撃だった。


王らしく玉座に座っているところを見たこともなく、様々な非難の言葉を耳にすることがあったが、蓮にとって芙蓉は王ではなく、ひとりの父だった。政に興味がなさそうな芙蓉だったが、父親として我が子と時間を持つことを忘れることはなかった。


それは、父の『過去』がそうさせたのかもしれないが、仏頂面のままでも不器用に我が子たちと関わろうとしていた。


政務に口出ししてくる風蘭の意見も、冷たく突き放しながらも何も聞かずに一蹴することはなかった。


そんな父が死んでしまったあの夏の悲しみを、蓮は忘れたことはない。元々病弱な父だったから臥せていることは多かったが、失った悲しみはどうすることもできなかった。





しかし、悲しみに暮れているばかりではいられなかった。


芙蓉の死の混乱が落ち着き始めると、朝廷内も後宮内も、後継問題でざわつき始めた。今までの風習からすれば、後継者は正妃の公子である風蘭だった。


だが、妾妃の公子であった芙蓉が王となり、その芙蓉が臣下に「正妃の公子が王位継承者とは限らない」と漏らしていたことにより、周りの人々は第一公子であった芍薬が有力者ではないかと口々に言い始めた。


加えて、王位を必要以上に求める芍薬に対して、風蘭は王位そのものには関心を示さなかった。彼が興味を持ったのは政だけで、王になるのは芍薬だ、と公言すらしていた。




けれどその一方で、政務に関心を示す風蘭を執政長官蠍隼 蘇芳が黙っていなかった。風蘭の性格を逆手に取り、それらしい大義名分を彼に与えて、冬星州に追いやってしまった。







風蘭が冬星州へ。


蓮がそれを知ったのは、風蘭の母である桔梗に聞いたからであった。


「風蘭お兄様が冬星州に?!なぜです・・・・・・?」


「風蘭がそれを望んだからよ、蓮姫」


淡々とそう答えた桔梗の言葉を蓮は信じることはできなかった。


兄公子3人の中でも、蓮は風蘭が一番玉座に適任だと信じて疑わなかった。母であり、先王の正妃であった桔梗もそれを望んでいると思ったのに。


その風蘭をあっさりと冬星州に向かわせてしまうというのか。




「双大后さまは・・・それでよろしいのですか・・・・・・?風蘭お兄様が冬星州に行ってしまっても・・・」


「それがあの子が決めたことなら、わたくしが反対する理由はありませんね。ただ・・・」


「・・・ただ?」


「風蘭が冬星州に行くとなると連翹もついていくでしょうから、蓮姫には申し訳ないとは思っているのですよ」


「そ、そんな・・・」


桔梗の気遣いに、思わず蓮は赤面しながら焦ってしまう。






蓮は風蘭が好きで、そして彼のそばでいつも彼を見守っている連翹のことを慕っていた。


桔梗はそんな蓮の想いを知っている。


そのきっかけになったのは、蓮が桔梗に刺繍を教えてほしいと頼んだことに起因する。


桔梗は何も尋ねてくるようなことはしなかったが、蓮が自らの『花』であるハスの花の刺繍の指南を依頼した時点で、彼女の気持ちなどお見通しなのだろう。




そんな風に桔梗に刺繍を習っていた穏やかな日々が、遠い昔のように感じてしまう。蓮が懸命に縫い上げたハスの花の刺繍の出来を桔梗に確認してもらい、その評価を風蘭伝いに聞いたこともあった。


彼はその『花』が誰に渡されるのかわからなかったようだが、蓮を散々からかってから、自分自身は『花』を誰かに渡すことはまだできない、と真剣な瞳でそう言った。






常に行動を共にしている連翹にすら、信頼の証である『花』を与えない風蘭を呆れもしたし羨ましくもあった。


『花』という『鎖』がなくても、連翹は風蘭の傍にいるということなのだから。





そんなふたりが冬星州に行ってしまってから、朝廷も後宮も慌ただしく変化していった。


蠍隼 蘇芳の独裁ぶりには拍車がかかり、もはや誰にも止めることなどできなくなっていった。やがて芙蓉の死から一年が経とうという頃、第一公子芍薬の即位式の準備が着々と進められていた。


兄公子の王即位式には、弟公子である風蘭もこの水陽に帰ってくるだろう、と蓮は期待していた。大好きな兄公子とその付き人が戻ってくるであろう、と。


しかし、現実はもっと思いもよらぬ方向へ転がっていった。






風蘭が冬星州で何者かに命を狙われたという知らせとほぼ同時に知った、もうひとつの知らせ。


風蘭が謀反を決意した、という知らせ。





それは噂話程度の囁きで蓮の耳まで届いたのだが、それがただの噂なのか真実であるのか、悔しいことに彼女にそれを確かめる術はなかった。


風蘭が命を狙われている、という事実も蓮の心中に暗雲をもたらした。だが、それを知ったところで、やはり蓮にはどうすることもできない。


為す術もなく、ただ風蘭の無事を祈る日々を過ごすなかで、ある日、桔梗から突然文で知らされた。


それは予想もしなかった、新たな展開。


冬星州にいたはずの連翹が、刑部に捕まり大獄にいる、といったものだった。


しかも先の民部長官の不審な死への関与の嫌疑で投獄されているというのだ。





混乱する頭の中と苦しく締め付ける胸中をなんとか抑え込み、わずかに冷静さを取り戻せた頃、蓮は再び桔梗の室を訪れた。それは、彼女の決意を彼女に伝えるために。


しかし、花霞を除く残りの女官すべてを退室させるやいなや、桔梗は厳しい口調で蓮に言った。




「早まってはいけませんよ、蓮姫」


「・・・・・・っ」


いったい、この方はどこまで物事を見透かすことができるのだろう。


薄く唇を噛み締めた蓮に、今度は優しく桔梗は言う。


「そんなことをあの子は望んでいませんよ。それよりも、あなたがそんなことして、他の者に知られたらあなたの立場が危ういものとなってしまいます。・・・辛いでしょうけれど、今は堪える時です」


「・・・それでも・・・・・・っっ」


拳を握り締め、俯いたまま、蓮は言葉を振り絞る。


「それでも、助けたいのです・・・・・・!!」


「蓮姫・・・」


「私は連翹を助けに行きます」


もう一度決意を固めるかのようにそう言ってから、蓮は立ち上がる。




「蓮姫、あなたはそこまで・・・」


「双大后さま。私、まだ連翹に『花』を渡せていないのです。・・・だから、そのためにも、私は彼のもとに行きます」


真っ直ぐに桔梗を見つめて、蓮ははっきりとそう言った。









薄暗い大獄の奥の奥。


こんな気が狂いそうなところに彼がいるのかと思うと、蓮の中で不安が募ってくる。駆け出したい思いを抑え、目的の牢まで辿り着くと、そこにゆったりと笑顔を浮かべた彼がいた。


「こんな薄汚いところによくいらっしゃいましたね、蓮姫さま」




優しい声、優しい瞳。


後宮にいた頃と何も変わらない彼の様子に、むしろ蓮は涙が出そうだった。


「・・・あなたを助けに来たのよ、連翹」


「わたしを助けに・・・・・・ですか?」


「なぜ謂れのない罪であなたがこんなところにいるの?!私があなたをここから・・・」


「・・・では、謂れのある罪であったらいかがいたしますか?」


「・・・え?」


「前民部長官の死にわたしが関わっていたら、蓮姫さまはいかがされますか?」


「そ、それは・・・」




思いもよらない連翹の返答に当惑しながら彼を見返せば、先程と変わらずににこにこと微笑む笑顔がそこにあった。だから、蓮は彼にからかわれたのだと思った。


「か、からかうのはやめて!!私は本気であなたを心配して助けようと・・・」


「えぇ、存じ上げていますとも。こんな平民風情にお心を砕いていただき、真に感謝しております」


「・・・連翹・・・・・・」


「先程申し上げたことは蓮姫さまをからかうためではありません。わたしが、前民部長官の死に関わりがあることは真の事実なのです」


「じゃぁ・・・連翹、あなた本当に・・・・・・」


「もっとも、彼を殺したのはわたしではありませんが」


ふっと冷たく笑った連翹の言葉に、蓮は息を飲む。




それでは、連翹の言葉を信じるならば、民部長官は自殺ではなくやはり何者かに殺されたというのだろうか・・・・・・。





「さぁ、蓮姫さま、もうお戻りください」


「わ、私はあなたを・・・」


「いいえ、蓮姫さま。今、わたしはここから逃げ出すわけにはいきません。風蘭さまにご迷惑をおかけしてしまいますしね」





『風蘭さま』。


蓮はすぐに、連翹の風蘭への呼び方が変化していることに気づいた。


『坊っちゃん』から『風蘭さま』へ。その大きな変化の真意はまさか・・・・・・。






「・・・連翹、あなた、風蘭お兄様から『花』をいただいたの・・・・・・?」


「いいえ、あの方は相変わらずですよ。双大后さまからいただいた『花』も返上してしまいましたし、今は何もございませんね」


苦笑混じりにそう言った連翹に、蓮は黙って懐から一枚の絹を取り出し、彼に差し出す。


「・・・・・・蓮姫さま、それは・・・」


「ハスの『花』よ。ねぇ、連翹、『花』も与えられず、こんな扱いまでされて、風蘭お兄様のもとにいなければいけないの?!私と共にいて、連翹。あなたが望むものを私はあなたにあげられるようにがんばるから。私、あなたのことが・・・」


「蓮姫さま」


連翹の鋭い呼び掛けが蓮の言葉を遮る。見れば、彼はとても真剣な瞳で彼女を見ていた。


かつてないほど、真っ直ぐに。





「蓮姫さま、お気持ちは大変光栄ですが、この『花』はお受けできません」






わかっていた返事。


予想していた答えなのに、やはりこうもきっぱりと断られてしまうと、蓮の心は痛んだ。


「私では・・・だめなの・・・?」


「風蘭さまでなければ、わたしが望むものを与えていただけないので。これは一重にわたしの我儘。だからどうか、蓮姫さまの『花』はもっと蓮姫さまにふさわしい方にお渡しください」


そう言って笑う連翹の笑顔が、蓮を心配するように労るように見えて、そんな痛みを含んだ笑顔を見ていたくなくて、蓮は涙を流しながらも、笑った。


「・・・そうね、そうすることにするわ」










庭院を見つめながら回想に耽っていた蓮は、そっと瞑目した。


目を閉じれば、よく聞こえる。朝廷と後宮の喧騒と混乱が。こうして瞳を閉じて、現実から目を背けることができればいいのに。


彼女は、兄二人が争う姿を見たくなどなかった。どちらも大切な彼女の兄なのに。




蓮はゆっくりと瞳を開ける。


連翹が脱獄したと聞いたのは最近のこと。彼にとって、『その時』が来た、ということなのだろう。


だが、朝廷と後宮がこれほどざわついているのはそのためではない。





蓮はふっと小さくため息をつく。


抗えない辛い現実を仕方なく受け入れるために。


あらゆる結末に覚悟するかのように。





今朝方、朝廷と後宮に、同時に知らせが入った。


風蘭が大軍を率いて、夏星州に現れたのだ。








時間軸の整理のお時間でした(笑)

実は、結構蓮姫もお気に入りだったりします。

初期設定では、病弱な第4公子だったんですけどね(笑)

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