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六章 連なる決意 四話









4、華鬘の場合








桃魚 華鬘の屋敷に、国軍『輝星』の少将が訪れ、謀反人として国に追われる立場となった第3公子、風蘭に彼が告げたことは、華鬘にとっても予想外だった。


その少将に指示を出した彼の上司、双 縷紅大将のことをよく知らないから、というのもあるかもしれなかったが。





風蘭を捕らえるために国軍を率いて春星州までやってきた蟹雷少将は、風蘭と対面するなり「あなたを捕らえるつもりはありません」と告げたのだ。


当の風蘭でさえ、その宣告には目を瞬いていた。


「俺を捕らえるつもりはないって・・・・・・どういうことですか、少将・・・?」


風蘭が呆然といった様子でそう尋ねる。それに対し、少将は悪戯に笑い返した。


「そんなに驚かれることですか、風蘭公子?あなたなら、予想はしていたのではないですか?」


「そうなの、風蘭?」


すかさず、椿が風蘭に問いかける。




華鬘が見る限り、椿と風蘭は互いがかけがえのない存在となるほどに信頼しあっているように見えた。それは男女の枠のものではなく、同志としてのそれに思えた。


隠された国軍『闇星』を統率する『黒花』である椿。まだ半人前である風蘭と椿は、互いに支え合うことで足りないところを補っているような、そんな関係に見えた。





「双大将なら、たしかに言い出しそうなことですが・・・・・・」


風蘭は蟹雷少将に言いながら、苦笑を椿に向ける。そして彼は、真剣な眼差しを少将に送った。


「『輝星』が俺を捕縛しないのは、双大将に命令されたからですか?」


上司の命令だから、彼らは風蘭を捕らえない・・・いや、捕らえられないのか。


暗にそれを含ませながら、風蘭はそう尋ねた。しかし、ぴりりとした緊張感を漂わせる風蘭に反して、少将は軽快に笑った。


「いいえ、風蘭公子。大将はわたしにおっしゃいました。『風蘭公子を捕縛するのもしないのも、おまえの判断に一任する。それは、王からの命令でもある』と」


「王からの・・・・・・命令?」


「はい。大将は始め、『輝星』の出軍命令が出ても兵部の長官としてのお務めを理由に、即時に出軍準備にはかからなかったのです。そこで業を煮やした執政官が、王からの指令書を携えて大将の前に現れたのです。それが・・・」


「大将の任務を『輝星』に関して一時的に少将に一任する・・・・・・ですか?」


驚きを含めて、思わず華鬘が少将の言葉を遮ってしまった。少将はそれに気を悪くした様子もなく、静かに微笑みながら頷いた。


「おっしゃる通りです、桃魚星官。そして、こうもおっしゃいました。『風蘭公子を捕縛せよと命を受けたのは大将のわたしだけ。少将である君に一任するのは『輝星』の指揮権だけで、わたしが受けた命を引き継ぐ旨は、この指令書には記されていないのだよ』と」


縷紅の機転に、思わず室内の全員が絶句する。






風蘭を捕縛する気がない縷紅が、王の委任状を受けた執政官からの出軍要請を断り続ければ、それは謀反とすら言われるだろう。


そしてそれは縷紅だけの罪におさまらず、姉である双 桔梗大后にも及ぶであろうことは火を見るより明らか。むしろ、蘇芳はそれを狙っていたのではないかと思うほどに。


だから、縷紅は蘇芳からの出軍要請に応じた。ただし、兵部の大将と長官の兼任ために多忙であることを理由に、出軍準備を行わなかった。


蘇芳を焦らすために。




そして縷紅の目論見通り、蘇芳は縷紅の権限を少将に委譲せよという指令書を持ってきた。


・・・・・・そう、権限だけを委譲するために。





そのあまりにも考え抜かれた縷紅の立ち回りに、さすがの華鬘も唸ってしまう。そんな彼に少将が苦笑のような笑みを向けてきた。


「大将が春星州まで『輝星』を連れ込んで、万一風蘭公子を見逃してしまったら、それもまた、大将と双大后さまの謀反とみなすと執政官は言うでしょう。ところが、わたしが風蘭公子を捕縛できなかったとて、慣れぬ『輝星』の指揮の失態ということで始末書程度で済むのですよ」


「・・・それで、少将は俺を見逃してくれるのか・・・?」


「まさか、それだけが理由ではありませんよ。先程申し上げました通り、あなたはあなたのよき所を残し、強くなられた。この国を変えるに相応しい希望の星となりうるだろうと、『わたしが』判断したので、『輝星』をこのまま何もさせずに留まらせておくつもりなんですよ」


そして、ちらっと少将は著莪に目を向ける。


「・・・もっとも、何も危害を加えませんとお約束したところで、我々が春星州にいることでこの州の民には不安を与えてしまうことは、否めませんが・・・・・・」


「それよりも」


椿が厳しい口調で話に割り込む。




「指揮官であるあなたが風蘭を捕らえないとしたところで、『輝星』の軍人たちは全員納得しているのかしら?」


ずばずばと切り返してくる椿に、少将は出来のよい生徒を誉めるような優しい眼差しを彼女に向けた。


「さすが『黒花』。あなたの危惧するように、軍の中にはたしかに風蘭公子を本気で捕縛しようと意気込む者たちもおります。万一の場合、軍を抜け出し風蘭公子に襲いかかってくることもあるやもしれません」


「ふぅん、なるほど。それならそれでいいのよ、別に。ね、風蘭?」


妙におとなしく納得して、椿は風蘭に目配せする。風蘭も小さく頷いてそれに応えたのを、華鬘は不思議そうに彼らに尋ねた。


「それでいいとは・・・どういうことですか・・・・・・?」


「そこの代理の指揮官が、ちゃんと軍の中の事態を把握してくれているならそれでいいってことよ。あんまりにもおめでたい指揮官だったら、反発する部下は必要以上に増えるもの。ねぇ、風蘭?」


「・・・そこで俺に話題を振るのは、俺がおめでたいとでも言いたいのか、椿?」


いたずらに風蘭を流し見た椿をじろりと睨み付けて彼は言い返す。そんな若い二人のやりとりが理解できずに、華鬘は焦燥にも似た気持ちでふたりにさらに問い掛ける。






「ですが、それがわかったところで何も事態は変わっていませんよ?『輝星』の中に風蘭さまを狙う者たちがいるという事実は・・・・・・」


「あら、それは始めから覚悟していたことですよ?襲いかかってくる連中を叩き伏せるのか片っ端から説得していくのかは、風蘭に任せますけど」


「・・・・・・俺だって戦わなければならないときは戦うけど」


むっとした様子で風蘭は椿に言い返していたが、華鬘はそんなふたりの計り知れない覚悟に戸惑うばかりだった。


「・・・あのふたりに国の未来を託すことを後悔されていますか?」


「・・・著莪殿・・・・・・?」


そっと華鬘に耳打ちするように呟いてきた著莪に、華鬘は首をかしげる。


「・・・やはり、賛同はできません。現王を裏切るなど・・・・・・11貴族としてそれはできません」


著莪はきっぱりとそれだけ言うと、室を出ていこうと全員に背を向けた。





王を裏切れない。


はるか昔、王を守り支えると誓った、11貴族の末裔として。





その著莪の気持ちも華鬘はわからないではなかった。


風蘭に膝をつく前に、その思いが過らないわけではなかった。


だからこそ、華鬘は去ろうとする著莪の背に向かって言った。





「著莪殿。わたしはわたしの選択を悔いてはおりません。11貴族として王に反旗を翻してでも、わたしはこの国を・・・この国の未来を守りたかったのです」


華鬘の言葉に一瞬だけ著莪の肩が揺れたが、それでも彼はそのまま室を出てしまった。


ふと、蟹雷少将が風蘭に尋ねた。


「風蘭公子、我々が手出しをしないといえど、夏星州に入れば執政官が黙ってなどおりません。五星軍が水陽に控えている以上、それなりの対策は考えておられますか?」


蘇芳の目の届くところでは、こうもあっさりと風蘭を見逃すことなどできまい。


手加減ならできるかもしれないが、蘇芳にそれと知れたら元も子もない。


その采配をするために、縷紅が水陽に残っているのだろうが、それでもある程度の軍との衝突は避けられない。つまり、応戦の準備がいるのだ。




風蘭を見れば、彼はしっかりと頷いて少将に答えていた。


「わかっています。そのために、黒灰殿と海桐花殿に早文を出しましたから」


「なるほど。それでは、そちらの軍勢が整い次第・・・・・・始まるのですね」


何が、とは言わなかった。言わなくても、その場の誰もがわかった。


最後の、そして最大の戦が始まる、と。










その後、蟹雷少将はそのまま『輝星』の駐屯地に帰り、水蝋も著莪の様子を探りに牛筍本家の屋敷に向かった。


残された風蘭と椿は、華鬘が屋敷内に用意した室にそれぞれ腰を落ち着けているようだった。


気配をすっかりと消してしまった、『闇星』の面々がどうしているのかは、さすがに華鬘にもわからなかったが。




あまりに目まぐるしく過ぎたここ数日を噛み締めるように、華鬘は人気がなくなった自室でゆっくりと息を吐いた。


目を閉じて、多くの者たちの言い分を整理する。


華鬘は今までも州主として、こうして落ち着いた時間に人々の意見を整理していた。だが、今回の問題は難解極まりない。


誰の主張も、譲れない理由と確かな決意があるから。




著莪がどうしても風蘭に賛同できない理由もわかる。彼は純粋な春星州の人間だ。


どんな王でも守り支えるのが自らの使命だと思っている。しかし一方で、当主となってから星官という官位が与えられていることを忘れているのではないかと思われるほど、朝廷には数えられる程度しか出仕していない。


著莪は、王と貴族の契約を果たそうとする一方で、今の朝廷に疑問を抱いている。だからこそ、風蘭に対し冷たい態度をとっていても、その経緯を見守ろうとしてしまう。




それでも、『輝星』の下した判断には、さすがに華鬘も驚いた。


大将である縷紅が、むざむざと風蘭を捕らえて裁きを与えるとは思っていなかったが、まさか少将にそれを委ねて『なにもしない』という選択肢を用意しているとは思わなかった。


縷紅は表立って蘇芳に逆らうことはめったにないが、蘇芳の独裁に嫌気がさしているのは華鬘も何度か言葉を交わした際に感じていた。


だからこその決断。それは、華鬘も同じだった。




風蘭は、こんなにもあっさりと即座に華鬘が風蘭に味方するとは思っていなかったと拍子抜けしたようだったが、この思いは華鬘は風蘭が想像するよりもはるかに昔から抱いていた。


それは、華鬘が初めて朝廷に出仕したその時から。


国が、朝廷が変わる瞬間をずっと待っていた。


華鬘一人ではどうすることができなくても、この国を変えようとする者が華鬘を求めてくれたら、迷わず全ての労を差し出すつもりでいた。




だから、風蘭が遠く離れた冬星州で反旗を翻したと聞いたときは、いよいよ変革の時が来たと静かに拳を握りしめた。


ずっと、ずっと待っていた。


蘇芳を諌め、現状の腐った体制を覆すことができる者を。




著莪が言うように、春星州の民を巻き込んでしまうかもしれない。それでも、風蘭たちが起こす変革は、必ず民に光をもたらすと信じて・・・・・・。







「・・・・・・華鬘さま、よろしいですか?」


深く瞑想していた華鬘を引き戻したのは、小さく扉を叩く音と遠慮がちな声だった。華鬘はふっと目を開けて、努めて優しく呼び掛けた。


「いいですよ、木蓮殿」


すると、静かに扉を開けて木蓮が入室してきた。おずおずと所帯なさげに視線をさ迷わせている木蓮に、華鬘はそっと尋ねた。


「どうされましたか、木蓮殿?」


「・・・いえ、どうというわけでは・・・ないのですが・・・・・・」


「風蘭さまのことですか?」


華鬘の切り返しに、目の前の若者の瞳が開かれる。




「なぜ・・・」


「わたしもまた、今日の風蘭さまには驚くことばかりだったからですよ」


苦笑しながら華鬘は円座を木蓮に薦め、自身も彼と膝を付き合わすように座った。


「まだ水陽にいらした頃の風蘭さまは、理想と現実の境をしっかりとは認識されていらっしゃらない様子でした。理想だけが先走ってしまっていて、それを諌める執政官の意見の方が皮肉ながら正当でした」


「・・・・・・僕の知っている風蘭は、その理想者だった風蘭だけなんです・・・」


消えてしまいそうなほど小さな声で、木蓮がぽつりと呟く。華鬘はあえて、何も言わなかった。


華鬘の沈黙に促されるかのように、木蓮は思いを吐き出す。




「一緒に、国を変えようと誓ったんです。どうすればこの国が変わっていけるのか、よく一緒に考えました。それはきっと、華鬘様がおっしゃるような『理想と現実の境を認識していない理想』だったのだと思います。それでも、立場や地位が異なっていても、とても・・・近くに感じていたんです・・・」


ぎゅっと拳を握る木蓮の表情は俯いていて華鬘には見えなかったが、どんな顔をしているのかわかる気がした。


「今は遠くに感じられるのですか?」


あえて華鬘が確かめるようにそう尋ねれば、木蓮は小さく頷いた。


「再会した風蘭は、多くの経験をして、危険を乗り越えて、僕と同い年とは思えないほど強く大きくなってました。・・・『風蘭』と呼ぶのを躊躇ってしまうほど・・・・・・。一緒にいる椿さんの方が、ずっとずっと、風蘭に近くて、彼をよく理解しているみたいで・・・・・・」


ぽつりぽつりと漏らす木蓮の言葉に、華鬘はひとつひとつ相槌をうつ。





「風蘭の理想と僕の理想が同じだから、だから、風蘭に味方をするんだと偉そうに言った自分が・・・・・・恥ずかしくて・・・。こんなに偉い方々が集まって、風蘭に味方をしていて、僕なんかが・・・いていいのか・・・」


「木蓮殿」


どんどん声が小さくなっていく木蓮に華鬘がそっと声をかけると、ゆっくりと彼が顔を上げた。


「風蘭さまがそのように思っておいでだと、本当にそう考えているのですか?」


「そ、それは・・・」


「たしかに、今の風蘭さまの周りには木蓮殿が気後れしてしまうような高官たちが集まっていますね。そして、その方々の心を掴んだのは風蘭さまです。・・・わたしも風蘭さまの真摯な想いに心を打たれたひとりです」


華鬘が微笑んでそう言えば、木蓮は小さく頷き返してきた。


「ですが、木蓮殿。風蘭さまの『理想』の『最初の理解者』はあなたなのですよ。まだ今よりも未熟で未完成で夢物語のようだとみなが一掃したそれを一番最初に認めたのは、あなたなのですよ」




驚愕のためか、動揺のためか、木蓮が瞠目する様子を見て、華鬘はくすりと笑った。


「風蘭さまが国中を巡っていらっしゃる間、木蓮殿も官吏として朝廷でがんばっていたではありませんか?あなたもあなた自身がわかっていないだけで、充分成長しているのですよ。現に、あなたと風蘭さまの『理想』が困難を極めることは、もうすでに自覚しているのでしょう?ふたりだけで語り合ったときよりもはっきりと」


「・・・はい」


従順な生徒のように素直に頷いた木蓮の表情が、先程のように思い詰めたものでなくなったのを確認して、華鬘は目を細める。





木蓮も風蘭同様、ちゃんと成長している。


同じ『理想』を掲げる者として、横に並んでいける。


一番最初の理解者として。


それが木蓮の中で自信につながっていくのを確認しながら、すっと華鬘が表情を厳しくした。




「これから先、風蘭さまには戦いが待っています。それはもしかすると、多くの血を流すことになるかもしれません。・・・・・・そして、風蘭さまは血塗れのまま玉座に座ることになるかもしれません」


華鬘の言葉に、木蓮も表情を引き締める。


「そうなったとき、反発も広がるであろう新たな朝廷であの方を支えることができるのは、官吏であるあなたなのですよ」





もしも風蘭が敗れたら?


そんなことは、今は考えない。必ず、信じる未来はあると。





「はい」


この室に入って、木蓮は一番はっきりと返事を返した。



今、冬星州や秋星州に文を送ったことにより、軍勢がこちらに向かっている。そしてそれが整い次第、最後の決戦が繰り広げられることは確かだ。


そこで決まる。


風蘭の運命も、華鬘たちの未来も。


華鬘は、これから起こりうるであろう出来事を思い浮かべ、静かに瞑目した。








そろそろ第一部の終わりが見えてきましたね。

第二部はこちらに掲載する予定はないので、少しさみしい気もしますね~(汗)

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