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五章 見定める宿命 十九話



19、「異端児」









『輝星』の駐屯地に向かう椿に、風蘭は頼んだことがあった。


始め、それを聞いた椿や逸初は呆れたように風蘭を見返したが、それでも意見を変えない彼の懇願に、とうとう彼女たちは首を縦に振った。




風蘭にはそれしか浮かばなかったから。


血を見たいわけでも争いたいわけでもない。


かつての創国者である牡丹のように、軍と軍をぶつけたいわけじゃない。


それが己の甘さなのだとわかっていても、あの時代にできなかったことが、この時代なら、風蘭ならやれると彼は信じていた。






だから、夜が明けて、椿たち『闇星』が華鬘の屋敷に戻ってきたときも、風蘭は心底ほっとしていた。


彼女たちが無事でよかったと。


「あのね、風蘭。そんなにあからさまにほっとしないでくれる?あたしたちは武人なんだから、戦って負傷することも、死ぬこともあるのよ?いちいち心配してたら身がもたないわよ?」


「でも、友人が戦地に赴いたら、無事を祈るのが当然の心境だろ?」


「だから甘いのよ!!風蘭は今や国賊なんだからね!!・・・まさか、この戦いに命懸けてないわけ?」


出迎え早々に風蘭に説教を始めた椿にじろりと睨まれても、風蘭はなんでもない表情でさらりと答えた。


「当たり前だろ?命は懸けてない」


「なっ・・・・・・!!」


「死ぬつもりで戦ってなんかいない。生きて、王になってこの国を救う。それが俺の大義だ」


一気に逆上しようとした椿の勢いがおさまってしまう。




なんだって、この男はいちいち甘いくせに、こうもまっすぐなのだろう。


こんなに追い詰められても、まだ。





「・・・はいはい」


「なんでそこで流すんだよ?」


結局、椿は軽い口調で風蘭の言葉を受け流すしかできなかった。一瞬沸き上がった怒りも、風蘭の固い決意を知ってしまったら何も言えないから。


「それで?首尾はどうだった?」


「『輝星』も意外に大したことないんじゃない?装備はたしかに充実してるけど、所詮は貴族ね。見張りをやってる奴らなんか、あたしたちの常連客と変わらないじゃない」


「え~・・・と」




椿たちの常連客、というのは、妓楼『雅炭楼』の妓女たちの客という意味であることは風蘭も察することができて、何も言い返すことはできずに言葉を濁す。


「でもまぁ、上層部は腕は確かね。覇気が違うわ」


そう風蘭に報告する椿の目は、すでに妓女のそれではなく、武人の目。


相手の力量をはかり、守備を見る。その彼女と、彼女の後ろに控えている逸初も頷いていることから、さすが国軍『輝星』と言えるだろう。


貴族だけで成り立っている国軍とはいえ、日々鍛練を積んだ武人の集まりだ。武力も戦力も一流のはずだ。






『輝星』には『闇星』で応戦する。


風蘭はたしかにそう宣言したが、始めから軍をぶつけあうつもりはない。






「それで、うまくいったのですか?」


とうとうこらえられなくなったか、それまで黙って経緯を見守っていた華鬘が椿に問いかけた。すると、椿は自信に満ちた笑みを浮かべてうなずいた。


「もちろんですとも。別室で待ってるわ」


「・・・わかった。行こう」


表情を引き締めて頷く風蘭を、木蓮が心配そうに見ていた。


「・・・風蘭、そんなに簡単にうまくいくかな・・・・・・?」


「どうかな。だけど、俺は俺のやり方で国を変えてみたい」


「あなたのやり方が、すべての者に認められるわけじゃない」





きっぱりと厳しく言い切ったのは、風蘭たちと共に椿たち『闇星』の帰りを待っていた著莪。


木蓮はぎょっとしたように著莪と風蘭を見比べたが、彼は堂々とした態度で著莪に言い放った。


「わかっていますよ、著莪殿。俺のやっていることがすべて正しいとも思っていない。だけど、芍薬兄上より、蠍隼執政官よりも、この国をいい方向に変えていこうという意志はある」


そして、風蘭は立ち位置を変えて、著莪に道を譲るように体を傾けた。


「どうぞ、著莪殿も共に客人の待つ室へ行きましょう。あなたにはぜひ見届けていただきたい」


「・・・言われずとも、しっかりと監視させていただく。あなたのためなんかではなく、この春星州と王のために」


抑揚もない口調でそう言うと、著莪は風蘭を追い越し、椿と華鬘がすでに向かい歩き始めている室に共に向かった。




「ふ、風蘭、そんなに強気に出ちゃっていいの?」


「木蓮こそなにビクビクしてるんだよ。俺は俺のやり方でやると決めたから堂々としてるんだ」


「お、言いますね~風蘭さま!!男前ですよ!!」


こそこそと耳打ちする木蓮にきっぱりと言い返した風蘭に対して、水蝋がにやにや笑いながら称賛の言葉を送った。


「・・・なんか、水蝋に言われると誉められてる気がしないのはなぜだろう・・・・・・」


「あ、それ、僕も思う」


「・・・ふたりとも、そりゃひどくないっすか?」


くすくすとその場の緊張感を無視して3人は笑いあってから、目的の室に向かった。









「・・・初めまして、ではないな?」


「そうですね。ご無沙汰しております、風蘭公子」


目的の室に鎮座していたその人物は、風蘭たちが姿を現すと立ち上がって礼をとった。


「なぜ貴殿が『輝星』を率いているのか、ご説明いただけるのかな、蟹雷少将殿」



風蘭が尋ねると、彼の後ろにいた著莪が口を出した。


「そんな暢気なことを聞いている場合ではないでしょう?!今こうしている間も、春星州に『輝星』は出撃準備を整えているというのに!!あなたはいったい何のつもりで・・・」


捲し立てる著莪の言葉が途切れたのは、彼よりも年長者である華鬘が止めたからだった。


そして華鬘は、蟹雷少将と風蘭を交互に眺めた。


「風蘭さま、あなたは椿さんたちが『輝星』のもとに行くと決まったとき、彼女たちに頼んでいらっしゃいましたね?なるべくコトを荒立てず、少将だけを連れてきてほしい、と。それは、なぜ大将ではなく少将が『輝星』を率いているのかを知りたかったからですか?」


「・・・えぇ。それもひとつです」


「招かれたわたしが申し上げるのも憚れますが、みなさま、とりあえず座りませんか?」


白熱するかと思われた風蘭たちの会話は、苦笑混じりの少将の提案によって阻まれた。





「たしかに、とりあえず座らなくちゃゆっくり話もできないわよね!!」


いつのまにか逸初や皐月の姿はなく、椿だけがいそいそと円座を運んでその上に座った。


それを見届けて、ぞろぞろと残りの者たちも椿に倣った。その様子を眺めていた少将は、この場の唯一の紅一点でもある椿に笑いかけた。


「まさか、あなたのようにお若い方が『黒花』とは思わなかった。そもそも、『闇星』ですらもはや幻の国軍かと思っていたのに」


「大概にしてみんな同じ反応をするわね。・・・ま、もっとも、あたしが『闇星』を知ったのは最近だけど」


「『闇星』は風蘭さまを王と認められたのかな?」


「いいえ、ただの貸しよ」


「・・・貸し?」


にっこり笑って椿が答えれば、少将は目を瞬いた。そんなふたりのやりとりを見ていた風蘭の視線に気づいた少将は、今度は彼に視線を向けた。





「ご無事で安心いたしました、風蘭公子」


「・・・謀反人が無事で安心とは穏やかではないんじゃないか?」


「謀反人・・・ですか。果たして、あなただけを謀反人と呼んでよろしいのですかね・・・?」


「執政官の話なら俺は聞きたくないからな」


むすっとした口調で言った風蘭に、少将はくすくすと笑った。


「本当にあなたはお変わりない。あなたが水陽を出られて一年。国賊となられたと聞き、不安が募りましたが・・・あなたはあなたのままでいらした」


少将は、ぐるりと椿や木蓮、華鬘、水蝋、そして著莪を見渡してから最後に風蘭に視線を戻した。




「あなたは無闇に血を流し、命を奪い合うことを拒まれた。その民を想う心優しさと国を想う気高さで、貴族たちを味方にされたのですね」


「・・・貴殿は、わかっていたのか?俺がこうすることを・・・?」


「あなたが戦を起こす前にわたしだけを呼び出すことを、ですか?えぇ、あなたならそうするだろうと、双大将から言いつかりました」


「双大将が・・・」


「風蘭公子、何か大きなものを得ようとすれば、その代償となる犠牲も大きくなる。あなたはそれを承知で反逆を決意されたのではないのですか?それなのに、戦を起こすことを恐れるのですか?」




少将の言葉は、まるで小さな子供に尋ねるように穏やかに静かなものであったのに、その場の空気を鋭く冷たくするだけの効果はあった。


風蘭の返答だけを待つこの空間では、互いの鼓動すら聞こえるのではないかと思うほど、しん、と静まり返っていた。




「・・・冬星州で・・・」


絞り出すように語り始めた風蘭に、一斉に視線が集まる。


「冬星州で、俺は王族を恨む者たちに襲われた。王が、王族が何もしないから、冬星州の民は貧困で苦しんでいるのだと言われた」


「・・・あなたが冬星州の私軍に襲われた話は聞いています。同じ頃、執政官が今回のように『輝星』の出軍を目論んでいましたし」


「あのときにも・・・『輝星』を?!」


「まだ王ではなかった芍薬さまの許可なしに国軍を出せると思ったのでしょうけど・・・あのときは芍薬さまが執政官を止められて出軍はなくなりました」


少将の説明に、風蘭は目を見開く。


あのときに『輝星』の出軍の話があったことよりも、芍薬が執政官に歯向かったという事実に驚いたのだ。


「・・・けれど、執政官に異を唱えることができたのはあの一度きりのようでしたね。・・・あなたは、理想を掲げて執政官によく食いついていらっしゃいましたが」


「・・・だけど、それは理想でしかなかった。現実はもっと残酷で、もっと疲弊していた。・・・なのに、どうしたらその解決になるのか、わからなかった。・・・今も・・・」





冬星州を変える。


それは、冬星州に到着したばかりの頃に言った言葉。


風蘭の中でその思いも誓いも色褪せることはないのだが、しかし、そのために『どうすればいいか』という答えが彼の中でまだ見つからなかった。





「理想だけ抱えて意気込んでいた先に襲われて、俺は危うく死ぬところだった。・・・でも、実際に俺を守って命を失ったのは・・・」


風蘭は伺うようにちらり、と椿を垣間見る。彼女は毅然と前を向いて座っていた。それを見た風蘭も、同じように毅然と顔を上げて蟹雷少将を見返した。


「先代の『黒花』が俺を守って命を失った。望みを果たせと言い残して。・・・貴族だろうと平民だろうと、無闇に失っていい命はない。望みを叶えるには犠牲がいると言うが、俺の望みはその犠牲を最小限にすることだから・・・」


「はっ。だからあなたは甘いんですよ」


馬鹿にしたように、呆れたように皮肉気に笑ったのは著莪。風蘭を睨み付けながら、さらに言った。


「犠牲を最小限に?それで玉座を奪えると本気で思っているんですか、あなたは。あなたを捕えようとする軍と戦わずに、逃げ切れるとでも?」


「俺は民を救いたいから王になりたいんだ、著莪殿。それなのにここで戦えば、春星州の民たちを苦しめることになる。そんなの本末転倒だ」


「無暗に民の命を犠牲にすることは、無論よしとは思ってはおりませぬ。だが、民ばかりに気を取られすぎては、我々貴族の誇りはどうなるのです?!培ってきた絆は?!」


風蘭よりもずっと体格のいい著莪が、威圧するように彼ににじり寄る。けれど、風蘭は顔色ひとつ変えることなく著莪に言い返した。


「あなたは、誇りと命を天秤にかけるのですか?貴族でも平民でも、命は命。失っていいものはない」




連翹に言われた。


失う命を恐れて立ち止まり、望みを諦めてしまったら、失われたその命は何のために失われたのか。


風蘭に、彼の描く未来に、命を懸けたのではないか。


それを、犠牲を恐れて無下にしてしまうのか。


ずっと、風蘭は自問し続けた。


正直、答えらしい答えはまだ出ていない。


だけど。




「俺の理想のせいで失う命はあるかもしれない。傷つけられる心があるかもしれない。だけどもう、立ち止まらないと決めたんだ。掲げた理想を確かな形で手にするために、俺は王になることを誓い、反逆者になったんだ」


「ではその理想とやらのために起こる戦や内乱がありましょう?あなたはそれをひとつひとつ説得するつもりか?!血を流すのを恐れて?」


嘲笑する著莪をなぜか誰も止めない。言い方はどうあれ、その問いはこの場にいる全員が尋ねたかったものだから。


「・・・いや」


ゆるゆると風蘭は首を横に振る。


「・・・血を流し、犠牲者を出しても戦わなければならないときも、来る。だけど、今回は違う。だから、俺は『闇星』に少将だけを連れてきてほしいと頼んだんだ。少将と話をしたかったから」


再び風蘭は蟹雷少将と向き直る。だが、横で著莪がさらに口を挟んだ。


「おっしゃっていることが滅茶苦茶ですよ、風蘭公子。あなたは争いたくない、血を流したくないと言いながら、戦うべきときは戦うとおっしゃる。それでは今は戦うべきときではないということですか?!結局は春星州の民を見捨てられるのですか?!」


興奮する著莪の肩に手をおいて止めたのは、やはり華鬘だった。





「著莪殿、落ち着いてください。風蘭さまにもお考えがあるのですよ」


「ですが、華鬘殿・・・!!」


「春星州の民を守りたい気持ちはわたしだって同じなのですよ、著莪殿」


静かに、けれどはっきりと言い切る華鬘の言葉に、はっと著莪は息を飲んだ。


そして彼は黙り込んだまま俯いてしまう。華鬘はそんな著莪の様子を見てから、風蘭に視線を投げ掛けた。




「・・・本来、最高軍機関である『輝星』を統率する権限を持つのは双大将。けれど、彼がここに来ないで少将が軍を率いて来たのは理由があるのではないか、と思ったのです。そして、その意図がわからずに、無闇に攻撃して春星州の民を巻き込みたくはなかったのです」


華鬘と著莪を交互に見ながら風蘭が説明すると、その目の前で蟹雷少将は緩やかに微笑んでいた。


「・・・まるで、この展開を始めから予想していたように見えますけど?」


椿が冷ややかに尋ねれば、少将はばつが悪そうに苦笑をもらした。


「そうですね、実は始めからこうなるであろう、とは双大将から言われていました。・・・もっとも、風蘭公子がまだわたしたちの知る風蘭公子のままでいてくださっていたら、の話でしたが」


少将は風蘭に穏やかな笑顔を向ける。まるで、父が息子を誉めるかのように。


「あなたは現実を知り、強くなられた。けれど、本質は何も変わってはいらっしゃらない。わたしがお慕いしていた風蘭さまのままです」


「蟹雷少将・・・」


「双大将がこちらに来れなかったのには理由があります。ひとつは、大将と長官との兼務により多忙であったこと。ひとつは、万一を考え、王のいらっしゃるところで王をお守りしなければならないこと。ひとつは、『輝星』を大将が率いていけば、大将の言動や決断は、双大后さまの実弟であられるがために、大后さまにも嫌疑がかかる可能性があること。そして・・・」





空気が変わる。


それまで穏やかに笑っていたはずの少将の空気が、一変して武官のものになる。




「そして、大将はあなたを信じておられました、風蘭公子」


「・・・俺を・・・・・・?」


「申し上げましょう、風蘭公子。我々『輝星』はあなたを捕縛はいたしません」


「では、味方に・・・?」


木蓮が驚きのあまり口にしたが、少将は厳しい表情のまま首を横に振った。


「いいえ。風蘭公子の味方にはなりません。ですが、捕縛もいたしません。わたしが申し上げられるのはそれだけです」


「一体・・・・・・どういうつもりで・・・」


椿が疑わし気に呟く。それが聞こえたかはわからないが、蟹雷少将は、先ほどの笑みとは違う、何かを内包したかのような笑みを椿に向けただけだった。





当の風蘭は、少将のその言葉に困惑の色を隠せないでいた。










風蘭の花言葉でした。

この花言葉を知ったその瞬間、彼の名前はすぐに決まりました(笑)

5章はこれでおしまいです。

次回からはいよいよ第一部の最終章、6章になります。


このシリーズの第二部は掲載する予定はなく、紫月のHP上でのみ更新している形になってます。

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