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五章 見定める宿命 十五話







15、「使者」










椿が、春星州州主である桃魚 華鬘の屋敷に足を踏み入れ、木蓮に案内された室に行けば、そこはすでに不穏な雰囲気を醸し出していた。



頭が良さそうな、それでいて優しさと厳しさの両面を持ち合わせているであろう、強い意志を思わせる顔つきをした男。


冬星軍を統率する瓶雪 黒灰と並べたらさぞや迫力があるであろう、と思われる筋肉でできあがった巨体の男。


そして、椿をここへ呼びつけた張本人である風蘭。





その3人が突然室に入ってきた椿と木蓮、水蝋に一斉に視線をよこした。


「・・・なんだ?ここは女子供が入室するようなところではないぞ?!」


圧倒的な威圧感を出しながら、黒灰に似た体格の男が椿を睨み付けて告げる。その不躾な物言いに椿が抗議するよりも前に、風蘭が慌てて彼を制した。


「著莪殿。彼女が、俺が待っていた人物です」


「その娘が・・・?まさか、冗談だろう・・・?こんな小娘があの伝説の国軍『闇星』を束ねる『黒花』だというのか?!」


「悪かったわね、小娘で。でも、あたしはたしかに先代に任命された『黒花』よ」


憮然とした態度で椿が告げれば、著莪はますます不信そうに彼女を見返す。すると、この室にいたもうひとりの人物、穏和な表情を抱えた男が、木蓮に視線を送った。



「木蓮殿、間違えないのですね?」


「・・・はい、華鬘さま。僕も事実を知ったばかりですが、ここに向かう途中で、それを確信しました」


「そうですか・・・」


そんなやりとりを聞いていた椿は、不機嫌を露にして後ろに立っていた水蝋に尋ねた。


「ねぇ?ここにいる人たちはさぞやみなさん偉い方なんでしょうけど、教えてくれるかしら?」


貴族を前にしてもお怖気づくことなくいられるのは、彼女の今までの人生の大半を占めている、妓楼での経験のお陰だ。そんな堂々とした彼女の態度に感心しつつ、水蝋は椿に答えた。




「最初に君に食って掛かってきたあの筋肉質な方は、オレの一族、牛筍一族の当主、著莪さま。で、さっき木蓮とお話しされていたのが、春星州州主、桃魚 華鬘さまだ」


「ふぅん、やっぱりね」


小さく頷いた後、今度は椿は風蘭に視線を送った。彼は今、著莪と華鬘にはさまれるようにして立っている。


「それで?あたしをここに呼んだ理由は?強引に呼びつけたからには、それなりの理由は用意してくれているのよね?」


「だ、だから椿さん、それは・・・」


馬車の中で簡単な事情を話した木蓮が何か言いたげに口を開いたが、風蘭が片手を挙げてそれを制した。



「俺の口から聞きたい、だろ?」


「当たり前よね」


すでに冬星州からここまでずっと旅してきた仲だ。


風蘭も椿の性格をよくわかってる。そして、椿も。


「わかってる。ちゃんと話すよ。だから、あなたも姿を見せて話を聞いてくれませんか、逸初さん」



風蘭に呼ばれて、突然すっと姿を現した逸初に、華鬘と木蓮が心底驚いた表情を浮かべた。


残りの者たちは、武官であることもあり、なんとなくもう一人の気配を察していたが、それでも風蘭の言葉に素直に姿を現したことに、小さく驚いた様子だった。


特に、椿は逸初をよく知るだけに驚いた。


「さすがのあなたも私の気配はわかりましたか」


「わざとでしょう?俺でも気づけるように、わざとわかりやすい気配を出してくれたのでしょう?」


苦笑しながら風蘭は応じ、すぐに真剣な表情になり、彼女に尋ねた。



「・・・俺に、言いたいことがあるってことですよね?」


「・・・そうね。あなただけではないけれど」


冷たい瞳で風蘭を見返してから、逸初は椿にも視線を投げ掛けた。


「・・・で?あんたは誰だ?」


それまでおとなしく成り行きを見守っていた著莪がとうとう突然登場してきた逸初に尋ねる。


州軍を束ねる武官を前にしても、逸初は怯む様子もなく冷ややかに告げた。



「『闇星』のひとり、逸初と申します」


「『闇星』・・・?あんたまで・・・?!」


「少なくとも、椿よりは長く所属しておりますわ」


それ以上は話す気もないというかのようにそれだけ言うと、彼女は風蘭に向き直った。



「では、教えていただけますか、風蘭公子?我々に白羽の矢を立てたわけを」


何の感情も見出だせない冷たい瞳に風蘭が見つめられているのを横で見ていた華鬘が、その場の空気を和らげるかのようにゆったりとした口調で提案した。


「では、お話をされるのでしたら、まずはこちらにお入りいただいてからでもよろしいですか?ここでは、屋敷内にいる者たちにも筒抜けですから」


華鬘の穏やかな口調により、それまで殺気立っていた雰囲気が一掃され、その場にいたみなが素直に彼の言葉に従った。


そして、扉が閉められると同時に、風蘭が口を開いた。




「椿、逸初さん。すでに聞いているとは思うが、『輝星』がこちらに向かってきている」


「そうみたいね」


椿は頷いて応じたが、逸初は何も言わずただじっと立っている。ただ、成り行きを見守っているだけかのように。


「それで?『輝星』が風蘭を捕えに来てるから、風蘭を守るために『闇星』を出軍させろっていうの?」


「そうじゃない。自分の身は自分でなんとかする。だけど、春星州の民たちは何の関係もないんだ。だから、民を救うためにも・・・」


「ちょっと待った。それはおかしいんじゃない?」


風蘭の言葉を遮り、椿が片手を挙げる。そしてこちらを睨み付けたままの著莪に視線を返した。



「そこの人、州軍を預かる貴族の当主なんでしょ?春星州のことは、春星州の州軍でなんとかするべきなんじゃない?」


「春星軍は出軍させない」


椿の言葉を受けて、著莪がきっぱりと言い切ると、椿は軽く首を傾げた。


「何故?放っておけば、『輝星』はどんどん春星州を横断し、民たちを脅かすわよ?抵抗する者、道を阻む者は容赦なく手打ちされるかも。いいわけ?」


「『輝星』に対抗して州軍を出軍させれば、それは春星州全体が謀反を起こしたことになる。出軍が、春星州の民意となってしまう」


厳しい表情のままそう告げる著莪は、それでもひどく迷い悩んでいるようにも見えた。それでも、椿はさらに彼に問う。


「・・・じゃぁ、このまま黙って『輝星』にされるがままになっているつもり?」


「『輝星』の目的は明らかだ。もしも民意を示すのだとしたら、州軍を出軍させることではなく、むしろ・・・」


「著莪殿!!」


熱くなり始めた著莪の言葉を諌めたのは、その場にいるもうひとりの貴族の当主である、華鬘だった。



「風蘭公子を『輝星』に差し出すつもりはないと、昨日も申し上げたではありませんか」


「・・・それを了承した覚えはない」


華鬘と対立することは本意ではないのだろう、そう言い捨てた著莪の表情は椿に対するよりも苦渋に満ちていた。そんなふたりのやりとりを眺めながら、椿はこっそりとそばに立っていた水蝋に告げる。


「相当頑固ね、おたくの当主」


「せめて忠義に厚いといってやってくださいな」


おどけて返す彼の表情も、さすがにこの緊迫した雰囲気に呑まれていつもの明るさはない。


「現王への忠義ってわけ?で?その忠義のために州軍を出せないからあたしに頼んだっていいたいの、風蘭?」



華鬘と著莪に挟まれるようにして立つ風蘭に、椿はもう一度視線を戻す。


一連のやりとりの間、逸初はただ黙ってひとりの人物を見つめていた。風蘭ではなく、椿を。


もちろん、風蘭も椿もそれには気づいている。


「・・・そうだ。春星州の民を巻き込みたくはないから、『闇星』の力を貸してほしい」


「呆れた。まさか『闇星』が何のために存在する軍か忘れたの?」


「・・・わかってる」




仕えるべき王に仕える国軍。


それが椿たち『闇星』の存在理由。


たとえ民がどうなろうと、守るのは民ではなく、仕える王。その信念のもとに、長年『闇星』は仕えてきた王を支えてきた。


それは、風蘭もわかっていたし、椿もそれを念頭にしなければならないと自覚している。


冷ややかなまでの逸初の視線もそれを促していた。




「わかってて、なんで?」


「・・・貸しにしてほしい」


尋ねた椿は、返ってきた風蘭の予想外の返答に、一瞬目が点になった。


「・・・は?貸しに?」


「・・・そうだ」


答える風蘭もばつが悪そうに頷く。華鬘や著莪、木蓮も風蘭の一言にきょとんとした顔をしている。


水蝋はこの状況を楽しむことにしたのか、にやにやとした笑みを浮かべている。


そして、この室内にいるもうひとりの人物は・・・・・・。




「論外ですね。まさかそんなお答えが返ってくるとは」


逸初の冷たい声色は、再び室内に緊張をもたらす。それに構わず、逸初はさらに風蘭に告げる。


「我々の力を評価してくださったことは誇りに思います、風蘭公子。しかし、我らの力を貸し借りの対象で計れるほど気安いものだと思われていたことは、大変遺憾に思います」


「逸初さん、それは・・・」


「私には、長い間先代『黒花』を支え、『闇星』を守ってきたという自負があります。ゆえに、易々と王でもない方に力をお貸しするわけにはいかないのですよ」


冷たくも凛とした声が室内に響く。それを聞いていた著莪が、鼻をならして笑った。


「そこの小娘ではなく、まるであんたが『黒花』のような言い草だな」


「・・・事実、私は今、先代の右腕であった実績により、椿よりその権威を与えられてます」


「・・・それでも」


きっぱりと言い切る逸初を前にして、椿が口を開く。みなが、風蘭がそんな椿に視線をよこす。



「それでも、逸初さん、あたしは『黒花』だから、『闇星』をどうするかはあたしが決める」


「椿・・・?」


目を丸くする逸初から視線をはずし、椿は再び風蘭と向き直った。


「貸しってどういうこと?逸初さんが言うように、あたしたちを軽んじてるの?」


「・・・まさか」


答える風蘭は、おどけるように肩をすくめたが、それがふざけているわけではないことは、彼の目が物語っていた。



今、対峙しているふたりはいつもの風蘭と椿ではなかった。


ひとりの『公子』とひとりの『女武官』。


ぶつかる視線の激しさは今までのふたりにはなかったもので、この変化に、ここまでずっとふたりと一緒にいた木蓮が一番驚いていた。



「決して軽んじているわけじゃない。『闇星』の理念もわかってる。だけど、民を守るために力がほしいんだ」


「関係のない民を巻き込むこと、これは謀反を決めたときからわかったことじゃないの?力がほしいなら、風蘭が自分の力によって引き入れた貴族たちに借りればいいじゃない?」


椿の反論は誰が聞いても正論だと思った。


玉座を奪い、王を討つということは、国を舞台に戦を起こすのと同じこと。


関係のない民たちが真っ先に被害を被ることはわかりきっていたことである。そしてそれは、春星州の民たちだけに留まらない。



「まさか、水陽に・・・朝廷に攻めていくときも、『闇星』をあてにするつもり?」


さらに椿が問い詰めれば、唇を噛み締めていた風蘭が首を横に振った。


「そこまで頼りにするつもりはない。だけど、今回だけは力を貸してほしいんだ。柘植殿、黒灰殿や海桐花殿には文を出した。だけど、それは今回には間に合わない・・・!!」


「じゃぁ、州主の権限で春星軍を出軍してもらえば?そこの武官みたいな当主は風蘭に噛みついていても、州主さんはそうじゃないんでしょ?」


「だめだ。著莪殿が言ったように、春星軍を出せば、春星州が反逆したものとされる」


椿に指名された華鬘が口を開くよりも早く、風蘭が即座にその可能性を否定する。



「・・・この結果は俺の認識の甘さだ。軍が出てくるのは、俺が水陽に向かったらだと思っていた。それまでは、ここに来るまでのように、隠密に命を狙われるだけだと思っていたから・・・」


素直に風蘭が白状するば、逸初があからさまにため息をつくのが見えた。


「・・・風蘭、忘れてないわよね?あたしたち『闇星』があなたと一緒に水陽に向かっているのは、王でもないあなたに仕えるためじゃないのよ?」


椿が風蘭と共に冬星州を発ち、水陽に向かうこととなったのは、先代『黒花』である石榴の骨を歴代の『黒花』が眠る、水陽にある墓に納めるため。


椿は、逸初がなにか風蘭に言う前に、風蘭にそう確認した。


「・・・あぁ、わかってる。・・・だけど・・・・・・」


ふっと風蘭が目を伏せる。


彼は人と話をするときにあまり視線をはずすようなことはしない。その珍しいわずかな動作に椿が反応できないでいると、すぐに彼は視線を再び椿に合わせた。


先程よりもまっすぐに強い意志が込められたそれに、思わず椿も、そして見守っていた逸初すら息を呑む。


堂々とした態度。


一瞬の変化で、彼が彼ではなくなったかのように大きく、強い存在感を感じさせてくる。






「だけど椿、俺と一緒に危険な旅路に付き合ってくれたのはそれだけじゃないだろ?」






口調はいたずらっぽいが、その目は驚くほど真剣で、椿は何も言えずに身震いをひとつする。


「椿が・・・『闇星』が、俺を影から支えてくれたのは、先代『黒花』を水陽に連れていくためだけじゃないんだろ?」


風蘭は何を言うつもりなのか。何を考えているのか。


椿はわからずに、何も言えず口をつぐむ。



たしかに、風蘭が言うように、椿が彼と行動を共にしていたのは石榴のためだけじゃない。


もしもそれだけが目的なら、春星州まで付き合って一緒に訪れてなどいない。


おそらく椿がそう考えているように、『闇星』も少なからずそう思っているから、彼女たちも椿に付き合ってついてきてくれた。


何も言わない逸初がその証拠だ。



沈黙を守る椿と逸初の反応が、風蘭は自身の考えを確信したようで、椿に向かってしっかりと言った。


「だから椿、そして逸初さん、今回の件を『貸し』にしておいてほしい。俺は、必ずこの借りは返すから」


一呼吸置いて、彼は少し声を大きくして言った。





「ふたりが、いや、『闇星』が認めてくれるような王に必ずなるから、力を貸してほしい。民を守らず見放す王に、椿は従おうと思えるか?俺は、最後まであらゆる可能性にしがみついて、なるべく犠牲の少ないやり方をしたい」






一歩前に進み出た風蘭は、そのまま椿たちに向かって頭を下げた。


「だからお願いだ。力を貸してくほしい」


一連の風蘭の言葉に瞠目していた逸初は、ゆっくりと瞑目し、そして静かに告げた。


「私からは何も言えません。私は、『黒花』を支える使者でしかありませんから」


「逸初さん・・・」


風蘭と椿が、それぞれの思いをこめて彼女の名を呼ぶ。すると、椿と逸初の目が合った。



静かに見返してくる逸初の目が、椿に告げていた。


認めたわけではない。


だが、今回の判断は、椿に委ねる、と。


それはすなわち、風蘭への『貸し』を認めること。


ひいては、彼がいずれ王となることを支援する、ということだ。



けれど、椿は驚かなかった。


彼女が冬星州を発つときに風蘭の未来を信じたように、きっと逸初たちも風蘭の未来を確信しているに違いないから。


彼が、柘植たちの前で反逆者となることを宣言したあのときから。




小さく頷き、椿は風蘭に言い放った。


「・・・その約束、必ず守ってもらうわよ?」


「椿・・・・・・」


「勘違いしないでよ?『闇星』はあなたに仕えると決めた訳じゃないの。ただ力を貸してあげるだけよ」


「わかってる。・・・ありがとう」


ほっとしたように笑う風蘭に、思わず椿も苦笑してしまう。


まだ、すべてを教えてはあげない。


でも、信じてる。





「ご協力感謝いたしますことを、春星州の州主として申し上げます」


ずっと若い二人のやりとりをただ黙って見守っていた華鬘が、そっと立礼をとる。


椿はそれをくすぐったい思いで受けた。その傍らでは、いまだ著莪が憮然とした態度をとっていたが、先程のように椿につっかかってくるようなことはなかった。



『闇星』を・・・『黒花』である椿を傍観しながら試そうというところか。


椿は彼に不敵な笑みを浮かべたあと、室のすみにいた木蓮と水蝋に向き直った。


「春星州のために、『闇星』が一肌脱ぎましょう」



それは言葉にしているものよりも困難で重大なものだとはわかっていた。それでも、椿はあえて明るくそう宣言した。


きっと、石榴もそうしたに違いないから。


それに呼応するように笑って頷いてくれた木蓮と水蝋に、椿は小さく苦笑を返した。








逸初さんの花言葉でした。

椿が『黒花』らしくなっていく話は書いていて結構楽しいです。


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