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五章 見定める宿命 十三話







13、「節約」






椿は、木蓮が慌てて梅の屋敷に彼女を迎えに来たとき、当初は何の事情も聞かされなかった。


ただ、木蓮は初めて会う人物であるかのように、あらためてまじまじと椿を見つめてから、「風蘭のために、一緒に華鬘さまの屋敷まで来てほしいんだけど・・・」と、相変わらず心許なさげにそう言ってきた。




「風蘭のため?風蘭になにかあったの?」


「えっと・・・そうじゃないけど・・・」


「ぐずぐずと歯切れ悪いわね!!なぁに?理由がわからなきゃ、あたしだってどんな覚悟して行けばいいか、わからないじゃない?」


「なんだ、なんだ、騒々しい」


椿の喚き声を聞き付けて、梅が様子を伺うように不機嫌な面持ちと共に姿を現わす。しかし、そうなってくると、ますます木蓮は事情を詳しく話すことができなくなってくる。




「木蓮?何のために戻ってきたんだ?州主の屋敷にいたのだろう?」


「えっと・・・椿さんを迎えに・・・」


「この娘を迎えに?わざわざ木蓮とあんたが?」


表情を変える事無く、ただ静かに、梅は木蓮と水蝋を交互に眺めた。流れをどうするかは木蓮に任せている水蝋は軽く肩を竦めただけだったが、梅はそれで何を察したか、軽く鼻を鳴らした。


「梅おじさん?」


「春星州に国軍が理由を明示することなく向かってきたと町中が騒いどる。・・・そのせいか?」


「町で・・・もうそんなに話になってるの?!」


「今までが穏やかに過ぎていた分、なおさらその衝撃は大きいようだな」


驚愕する木蓮に対し、まるで他人事のように梅は淡々と答える。その横で、椿も表情を引き締める。




「木蓮、本当なの?国軍が春星州に来てるって」


「・・・実際は、すでにもう関所は通過してるんだ。・・・まるでじらすみたいに、ゆっくりとこちらに向かってるみたいだ」


「州主は、理由はわかっているのか?なぜ突然国軍がこちらに来たのか」


「それは・・・」


梅の問い掛けには、木蓮は正直に答えることができずに、困惑の表情を浮かべるしかできない。



謀反人の公子である風蘭が春星州にいることは、梅には話していない。


風蘭は、「連翹」という偽名を使って、梅と接していたのだから。


すると、梅がそんな木蓮を見てにやりと笑ったのだ。




「風蘭公子を捕らえに来たか?」


「なっ・・・!!」


「偽名など使ってもすぐにわかる。態度、仕草、言葉、すべてが王族であることを物語ってる。連翹、などと名乗ったあの若者が、風蘭公子だろう?」


「梅おじさん・・・はじめからわかってて・・・・・・!!」


慌てたり驚いたりと忙しい木蓮の横では、水蝋が感嘆するかのように軽やかに口笛を吹いた。




「・・・それで、なんであたしが呼ばれるの?風蘭を守りたいなら、州軍を出せばいいじゃない」


「残念ながら、オレの一族は・・・というか、当主は、風蘭公子に否定的だったりして」


「だったら風蘭を差し出せばいいわ」


椿の問い掛けに水蝋が苦笑混じりに答えれば、さらに彼女は反撃してきた。


「あたしの力を頼るのは、ずるいわ」




まだ、椿は完全に風蘭の味方になるとは決めていない。たしかに、冬星州を出たときに、彼に手渡されたフウランの衣端はまだ持っている。


けれど、これは彼が言ったように、信頼の証であって、忠誠の証ではない。


まだ忠誠を誓ったわけでもない椿を・・・ひいては、『闇星』をあてにされては困る。




「文句は風蘭公子に直接言えばよかろう」


かっとなった椿に、静かに梅が告げる。ゆっくりと彼を見返してきた椿に、梅はただ促すように顎をくいっと木蓮に向けた。


「こやつらに話しても仕方なかろう。なぜ風蘭公子があんたを頼るのか、直接聞かないと、な」




不思議だ。


梅は、椿が『闇星』を統べる『黒花』であることを知らないはずなのに、まるで何もかもを見透かしているように、淡々と静かに椿に告げてくる。


その表情がまた、恐ろしいほど愛想のない無表情なのが梅らしいが。




「・・・そうね。直接風蘭に文句を言ってやらなきゃ・・・ね」


「そうと決まったら椿さん、外に馬車を待たせているのですぐにでも出発したいのですけど・・・」


即座に木蓮が椿を促し、その遠慮がちな口調とは対照的に、焦ったように椿を強引に急かす木蓮の態度に、彼女の方が驚く。


「な、なに、そんなに慌てて?なんかあるの?」


「言ったろう?オレの一族の当主が風蘭公子に否定的って。州軍を出軍させる代わりに、風蘭公子を差し出せって州主に詰め寄っていくとこをオレたちは見ちゃったんでね」


「それとあたしが行くことに何の関係が?」


「それはあんたが一番わかってんじゃないのか?オレたちはあの公子に、あんたを連れてくるように言われただけだから」


にやっと笑う水蝋を椿は目を細めて見返す。そしてため息ひとつとともに、頷いた。


「わかったわ。行けばいいんでしょ」


「ありがとうございます、椿さん!!」


「別に木蓮にお礼を言われることじゃないし、行くだけで協力するとは言ってない」


椿はぴしゃり、と言い返えしてから、梅をじっと見る。





「・・・梅さんも一緒に行きますか?梅さんほど聡明な人なら、きっと・・・」


「いや、いい」


突然、梅は固い声で椿の言葉を遮った。


「梅おじさん・・・?」


「州主に呼ばれてもいない者が行けるわけないだろ」


「そんなことない。梅おじさんならきっと、華鬘さまも・・・」


「会わない。会えるわけがない。・・・招かれざる客さ・・・」


まるで見えない壁を築き上げたかのように、頑なに拒む梅の様子に、椿と水蝋は不思議そうに首を傾げている。


木蓮だけはただ黙って、そんな梅の様子を眺めていた。




こんな風に拒む梅を木蓮は過去に一度だけ見たことがある。


木蓮が出仕をする直前、木蓮の屋敷に共に暮らさないかと提案したときも、梅はこのように頑なな態度でそれを拒んだのだ。


決して他人を踏み込ませようとしない梅のある一定の領域を、木蓮は垣間見た気がした。




「・・・わかったよ、梅おじさん。じゃぁ僕らは急ぐから、行くね」


「あの公子にだけ伝えてくれ」


背を向けた木蓮に、梅が呼び掛ける。


「突っ走りすぎるな。周りをよく見て、振り返らず進め」


「・・・伝えておくよ」


その言葉を真摯に受けとめ、木蓮は頷いてから再度梅に背を向けた。すでに椿と水蝋は馬車に向かっている。




「振り返らず進め、か・・・」


たしかに、もう後戻りなどできない。


前を向いて進むしかない。








梅の屋敷を出発した馬車はそのまま一晩中走り続け、明け方には沙雛に辿り着くことができた。木蓮はなんとか風蘭との約束通りに明け方までに椿を華鬘の屋敷に連れていけることに、ほっと安堵の息を吐く。


そんな彼の様子を見ていた椿が、機嫌悪く彼に尋ねた。



「・・・木蓮は、知ってるわけ?」


何を、とは言わなかった。木蓮もまた、聞かなかった。


「・・・はい」


「あのおしゃべり公子」


今にも舌打ちしそうな表情でつぶやく椿に、木蓮は慌てて言い加えた。


「で、でも、仕方なかったんだ。春星州の州軍を預かる著莪さまは、州の民の安全のためにも風蘭を『輝星』に差し出すって華鬘さまと言い争いになって・・・」


「そんなの、あたしの知ったことじゃないわ。いい?『闇星』の理念は、その結成の頃から変わらない。権力に屈することも流されることもなく、従い忠誠を尽くすのは、『仕えるべき王』ただそれだけのため」


「仕えるべき王・・・」


「そして、それを見定めるのが『黒花』の務め」



風蘭と共に璃暖に向かっていたときの椿とは違う。


人をからかうように妖艶な笑みを浮かべる彼女は、今、ここにはいない。


ここにいるのは、武人『黒花』だ。





「あたしは風蘭を信じているけど、彼は未だ王じゃない。だから、そんな勝手なことはできないわ」


「そんな・・・!!でも、『輝星』と対等に戦えるのは、『闇星』くらいしか・・・!!」


「そうかもね。でも、あたしにはまだ『闇星』を自由に動かすだけの権限がないの」


そっけなく言い放った椿の言葉に、木蓮は首を傾げる。


「権限がない・・・?『黒花』なのに・・・?」


「風蘭がまだ王でないように、あたしもまだ『闇星』に認められた『黒花』じゃないのよ」


唇を噛み締めながらそうつぶやく椿に、木蓮はかける言葉が見つからずにただ黙って彼女を見ていた。




なにひとつ、未だ確定できない地位。


権限のない力。


風蘭も椿も、そして木蓮も、まだまだ子供なのだと彼は改めて認識させられた気がして、重い気分で窓の外を眺めた。







華鬘の屋敷に到着すると、木蓮は華鬘にそれを伝えるためにいち早く屋敷のなかに姿を消した。


馬車を誘導させている水蝋を置いて、椿はひとり、華鬘の屋敷の門をくぐった。


州主の屋敷だというのに門番もないのは、華鬘の故意のことだろうか。


門から屋敷に続く石畳の道を歩きながらそんなことを考えていた椿に、予想外の声がかかった。




「・・・椿ちゃん」


「皐月さん・・・!!」


すぐさま声のした方向を見れば、屋敷の中庭近くに、皐月がひとり、ひっそりと立っていた。熟練した武人のごとく、気配を消して。


「どうして、皐月さんが・・・」


「あら、あたしたち『闇星』があなたたちについてきていたのは知っていたでしょ?」


「そ、それはまぁ・・・」


くすり、と笑った皐月に、椿はひきつった笑みを返す。なぜなら、笑う皐月の目は、まったく笑ってなどいなかったからだ。




「事態は想像以上に逼迫しているわ。・・・聞いてる?」


「『輝星』が風蘭を捕らえに向かってきているっていうことなら」


「それだけじゃないわ。突然の国軍の出現に、民たちが怯え、不信を抱いてる。国と王に最も忠実な春星州。その春星州が州まるごと反乱を起こしかねないわ。・・・風蘭公子の意図するところとはまったく違う形で、ね」


厳しい表情でそう告げる皐月の顔はすでに武人のそれである。



「・・・それで、皐月さんはあたしにどうしろって言いたいの?」


「あたしは椿ちゃんにあれこれと何かを言う立場にないわ。ただ、正確な情報を伝えに来ただけよ、『黒花』に」


「『黒花』・・・ね。あたしのことをそう認めてくれてる人は何人いるかしらね」


椿が自嘲気味に苦笑すれば、皐月も苦笑を返すしかないようだった。しかし、すぐに真剣な表情に戻り、はっきりと言った。


「少なくても、風蘭公子はあなたのことを『黒花』と認めているわ、椿ちゃん。・・・あなたが彼を必ずこの国の王となることを信じているように」


皐月の最後の一言に驚いた表情を見せた椿だったが、すぐにその表情は曇った。




「それでも・・・今のあたしには『闇星』をどうすることもできない・・・」




正直、うれしかった。


風蘭が『闇星』と、『黒花』である自分を頼ったことは、話が違うと憤りながらも、頼ってくれたことが同時にうれしかった。


認めてくれたことが誇りだった。


しかし、同時に失望感と悔しさに包まれた。


どんなに風蘭に頼ってもらっても、今の椿に『黒花』としての権力はない。


たしかに、先代『黒花』である石榴に後継者として認められたが、その右腕である逸初にはそれを認められていない。


皐月はこうして椿を気に掛けてくれているが、『闇星』の中には椿を『黒花』と認めていない者が多くいるであろうことは、彼女自身が一番よく感じていた。


『黒花』としての引継ぎも満足にできなかったどころか、まだ『闇星』の一員としても未熟だというのに。





「・・・諦めるの?」


静かに降ってきた言葉に、はっと椿は顔を上げる。


「諦めるの?あなたは先代が認めた『黒花』なのに」


まっすぐに射るように見つめてくる皐月を、圧倒されて、椿はただ見つめ返すしかできない。


「あたしたちは『黒花』が信じて進む道を共に歩むの。椿ちゃんが迷ったら、『闇星』も道を失うのよ」


「でも、あたしは『黒花』と認められては・・・」


「認められようとそうでなかろうと、先代『黒花』が決めたことよ。椿ちゃんが『黒花』であることは『事実』なの。それとも、椿ちゃんは、『闇星』全員一致で諸手を上げて認めてもらえなければ、『黒花』としての自覚も自信も持てないの?」


ゆっくり、けれど力強く厳しく問い掛けてくる皐月の言葉たちが、椿に突き刺さる。


さらに、彼女はこうも言い加えた。




「がっかりさせないで。あなたは石榴姐さんの妹分でしょう?」




その瞬間、まるで電流が走ったかのように椿は体を震わせた。


大きく目を見開き、瞳を瞬かせていたが、一度だけふっと目を伏せると、再びあげた瞳には先程にはなかった光が宿っていた。


「・・・えぇ、そうね。あたしは石榴姐さんの妹分だわ。・・・そして、石榴姐さんが認めてくれた、『黒花』の後継者」




そうだ。


たとえ『闇星』の誰一人として椿を『黒花』と認めてくれなくても、誰よりも深く慕っていた石榴が椿を『黒花』として認めてくれていた。


ならば、自分を、石榴を信じて、進むしかない。




「・・・ありがとう、皐月さん」


「ん、さっきよりは全然いい顔ね」


皐月は満足そうに頷いてから、にっこりと笑って言った。


「それに、あたしは椿ちゃんを『黒花』と認めているわ。だから、椿ちゃんが信じるように、突き進めばいいわ」


「本当にありがとう、皐月さん・・・。あたし、風蘭と話してみるわ」




風蘭の気持ちはわかる。


州軍を出軍させることができないなら、『輝星』の被害に遭う民を救えるのは『闇星』だけ。


だから、風蘭は椿に頼ろうとしているのだろうが、椿はまだ一度も言っていない。


椿が・・・『黒花』が『闇星』と共に、風蘭に従うとは。


それなのに『闇星』を動かそうとするのは、ただの彼の慢りなのか、話して真意を確かめたかった。


安易に、今この状態で、彼に手を貸すことは、椿は考えていない。



「・・・春星州の人たちが困っていても、今ここで決断はしないのね」


無表情になってしまった皐月の言葉は、椿を責めているのか、それともただ確認しているだけなのかわからない。


けれど、椿はもう、その反応に左右されるようなことはない。はっきりとした口調で、彼女は『闇星』の中核たる皐月に、言い放った。


「民のために出軍するかどうかを決めたりしない。『闇星』は仕えるべき王の決断にのみ従い、出軍する」





そう、それは奇しくもほんの少し前に椿自身が木蓮に告げたこと。


『黒花』が認めた王にのみ、『闇星』は従う。


それは結成当初からなにも変わらない。


だからこそ、『闇星』は適正な王が現われるまでは息を潜めて存在を消し、従うべき王が現われれば忠誠を誓い、尽力を尽くしてきた。


『闇星』の力を風蘭に貸すかどうかは、風蘭次第。


そして、『黒花』である椿次第だ。





「・・・ようやく、『黒花』の自覚が出てきたってところかな?」


ふっと笑った皐月に、椿は不敵に笑い返した。


「『黒花』として初仕事かもしれないわね」


「あなたを信じているわ、『黒花』」


そしてそのまま、皐月は物陰に溶け込んで姿を消してしまった。椿は不敵な笑みを崩すことなく、華鬘の屋敷に視線を向けた。


屋敷の扉の前では、心配そうな表情を浮かべた木蓮が姿を現わしたところだった。




「・・・何かあったのか?笑ったりなんかして?」


ようやく馬たちを厩に戻した水蝋も椿に追い付き、彼女が笑っているのを不思議そうに問い掛ける。


「いいえ、これから起こるのよ」


風蘭の決意次第では。





椿は、まるで戦場に向かう軍人のような凛々しい気配と表情で、水蝋と共に木蓮が待っている華鬘の屋敷に足を踏み入れた。












皐月さんの花言葉でした。

「なにが節約?」なんて聞かないでください・・・(汗)

いや、裏設定で、彼女は「雅炭楼」の会計係なんですよっていう話で・・・(笑)

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