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五章 見定める宿命 十二話







12、「先見性」









もはや習慣のように、柊は水鏡に近づいた。



まだ、どちらの『王』につくかは決めていない。


だからこそ、こうして芍薬のそばで神祇所としての役目を果たしながら、風蘭にもわずかな助言を与えてしまった。





風蘭が反旗を翻したことにより、朝廷内も揺れている。


風蘭につくか、芍薬につくか。


風蘭につくということは、現王芍薬を裏切るだけでなく、事実上の最高権力者である執政官、蘇芳に歯向かうことになる。




蘇芳に反発するものは少なくない。


特に、蘇芳と顔を合わせたことがなく、その独裁ぶりだけを耳にしている若手の官吏たちは、謀反人である風蘭を支持している。


蘇芳にびくびくと怯えて過ごすことに辟易しているのだ。


しかし、蘇芳の所業に辟易しているのは若手官吏たちだけではない。


中堅官吏や高官の中にも、蘇芳に反発している者たちがいる。




現王につく者たちを蘇芳派、それに反発する者たちを風蘭派と呼んで、朝廷内は激しく揺れていた。


その中で、柊はまだ、決めかねていた。


風蘭が王になれば、国は変わる。けれど、変革を恐れている自分もいる。


その先見の能力により、風蘭がもたらす大きな波を知ってしまったから。





このまま芍薬が王でいれば、蘇芳の支配下のもと、変わらぬ国の姿がある。よくも悪くも、星華国は変わらない。


蘇芳だって不死ではない。執政官の座もいつか変わる。そのとき、また『選択』が起こるだけだ。


けれど、その『選択』が、未来ではなく今あるとしたら、誰が執政官になるかではなく、誰が王になるかの『選択』だ。


星華国は今、変革を待っている。


柊にはそう思えて仕方がない。


しかし、風蘭に待ち受ける荒波は、あまりにも激しい。万一それを乗り切れず、あきらめてしまうようなことになれば、たちまち国全体が沈没しかねない。





賭けるのか。この国を。


民を。


風蘭の双肩に委ねるべきなのか。







「・・・あぁ、こちらにいらしたか、北山羊所長」


水鏡を眺めたまま悩む柊に声がかかる。その声の主が誰だかわかっている彼女は、ゆっくりと振り返った。その声の主もまた、日課のように彼女の元を訪ねてくるから。


「・・・どうされましたか、蠍隼執政官」


突き放したように冷たく問い掛ける柊の様子を肩をすくめるだけで答えると、蘇芳も水鏡のそばまで歩み寄ってくる。


「なにが見えたのですかな、北山羊所長?」


「・・・特に、執政官がお気に召すものではないかと」


「そうやって日々わたしの言葉を誤魔化して、風蘭公子の動向を探っているのではありますまいな?」


鋭い蘇芳の視線も、柊は臆することなく受けとめる。


「だからどうだとおっしゃるのです?どの道、こうしていらしたということは、『いつも通り』風蘭公子の姿をこの水鏡に映すためでしょう?」


「さすが能力者。北山羊所長はお話がよくわかる」


うっすらと笑う蘇芳に、柊はあからさまに嘆息する。





能力者でなくとも、蘇芳の目的くらい誰でもわかるに違いない。


そして、柊は自分でも不思議なほどに、なぜか蘇芳に逆らうことなく水鏡に目的の人物を映し出す。


蘇芳はそれを覗き込み、首を傾げる。


「・・・なにが見えるかご説明ねがいますかな、北山羊所長?」


能力がなければ、水鏡に映る『真実』は見えない。


ただ波紋だけが広がっているように見える蘇芳には、風蘭の姿を水面に見ることができない。






「・・・どうやら風蘭公子は、春星州州主殿の屋敷にいらっしゃるようです」


水鏡に見えたものを偽りなく柊は伝える。


水鏡に見えたものを歪み偽り述べることは、能力者たちにはできない。偽りを伝えることは、見えた『未来』や『真実』を歪めることに他ならない。


『言の葉』すら力に変えることができる彼女たちが、そんなことをできるはずがなかった。


だから、蘇芳ですら柊の言葉は素直に信じる。




「・・・ほう。桃魚星官のもとへ・・・。それで?同行者はいるのかな?」


「・・・それを知ってどうします?」


「それはあなたにお答えする必要のないことですよ」


「では、私もこれ以上はお答えできません」


「・・・ほう?そのように抵抗されるということは、同行者は存在する、ということですな」


きっぱりと拒絶した柊の態度を見て、蘇芳は不気味にほくそ笑む。柊はこれ以上蘇芳に何かを悟られまいとするかのように、貝のように黙り込み、無表情を保った。





「・・・では質問を変えよう。だらだらと出軍を延期していた我が国最強の国軍『輝星』はいまどこに?」


質問の矛先が変わり、柊は蘇芳を一瞥してから水鏡に手を触れた。新たな波紋が次から次へと生まれ、柊はそれをじっと見つめる。


「・・・『輝星』は春星州に近づいています。すでに最初の関所は通過したようです」


「やっとか。・・・だが、これで春星州の連中も驚いているに違いない。突然国軍『輝星』が州にやってきたのだからな」


「どこよりも忠誠の厚い春星州に『輝星』をやることにより、混乱と驚愕の果てに、裏切られたと民たちが現王から心を離したらどうするのですか?」


「おや、北山羊所長は風蘭公子贔屓かと思われましたが、芍薬陛下を心配なさいますか?」


「私はどちらにつくとも申し上げてはおりません。・・・質問にはお答えいただけないのですか、執政官?」


「民が現王へ疑念を抱くのではないか、という質問ですかな?これは愚問というものでしょう、北山羊所長?あなたらしくもない」


心底馬鹿にしたかのような笑いを浮かべながら、蘇芳は話す。




「なぜ『輝星』が春星州に向かっているのか。人々はその原因を突き止め始めるでしょう?」


「・・・その原因が風蘭公子だと知り、民たちが彼を『輝星』に引き渡す・・・と?」


「誰だって我が身がかわいいものです。ましてや国軍『輝星』を前にして、無駄な抵抗などできますまい」


「あなたは・・・そのために五星軍ではなく『輝星』を・・・!!」


「さて、どうでしょうな」


口端をあげてにやりと笑う蘇芳に、柊は舌打ちをしたくなる。






たしかに、最強の国軍『輝星』が春星州に突入してくれば、春星州の人々は軍を早急に立ち退けるために、風蘭公子を差し出そうとするだろう。


仮に、春星州州主である華鬘が彼を庇ったところで、華鬘ひとりでは『輝星』も民も止めることはできまい。





「春星軍を司る牛筍 著莪殿は、王に絶対の忠誠を誓った、気高き星官。彼が芍薬王を裏切り、春星軍で『輝星』を迎え撃つこともないでしょう」


「・・・その気高き牛筍星官は、その地位に就かれてから数えるほどしか朝廷にいらしていませんけれど?」


「当主としての務めがあるのでしょう。・・・とにかく、北山羊所長がご心配されるような事態にはなりますまい。それより先に、風蘭公子がこちらにお戻りになることになるでしょう。『輝星』と共に」





果たして、そうだろうか。


上機嫌に立ち去っていく蘇芳の背中を見送りながら、柊は自問する。


風蘭側には、不確かな情報だが、あの伝説の国軍『闇星』が同行している。彼女達の実力もまた、『輝星』や五星軍とも引けをとらないだろう。


『闇星』を従え、冬星州の州軍を司る瓶雪 黒灰を味方につけている風蘭がやすやすとその身を『輝星』に委ねるとは考えがたかった。


けれど、そのようなことになれば、『輝星』と風蘭側の抗争は長引くことになる。それに巻き込まれるのは民だ。


民が、その抗争の先に、どのような決断を下すかが、風蘭と、そして芍薬の今後の展開に強く影響を及ぼす気がした。





「・・・結局、私は風蘭公子贔屓なのかしら・・・」


先程の蘇芳の嫌味を思い出しながら、苦笑混じりにつぶやく。





たしかに、反逆者である風蘭に対し、柊は必要以上に干渉している自覚はある。


星華国に長年蓄積されてきた膿を取出し、新しい風を吹き込ませる力が風蘭にはあるように彼女も感じている。


けれど一方で、変革を望んでいない自身がいることも、柊は自覚していた。


だからこそ、柊はいつまでも決断ができなかった。そして、決断できないでいる彼女の余波は、神祇所全体に広がっているようだった。










「・・・執政官は帰ったのか・・・。少し、いいか」


何も映していない水鏡を見つめながら思考に沈んでいた柊への呼び掛けに、はっと彼女は顔を上げた。


「双長官・・・」


「どうした、そんな途方に暮れた顔をして」


くすりと苦笑をもらしながら、柊の上司、双 鉄線中部長官が彼女に近づいてくる。


「ここのところ毎日のように日参しているらしいな」


「・・・執政官のことですか?」


「他に誰がいる?よほど『輝星』の手柄が楽しみと見える」


嘲笑うかのように告げた鉄線の言葉を聞き、柊の表情は曇る。




「それで?実際の所、風蘭公子はどのような状態なんだ?」


「・・・お元気ではいらっしゃるようです」


「風蘭公子の体調を聞いたつもりはないのだけどね」


肩を竦める鉄線を柊は見据え、ゆっくりと口を開いた。


「・・・では、双長官は風蘭公子の動向を知り、どうされるおつもりです?双長官は、風蘭公子の味方をされるのですか?」


「・・・それではまるで、内朝で騒いでいる官吏たちと変わらないよ、柊殿」


名前で呼ばれ、はっと柊は冷静な心を取り戻す。見返せば、鉄線は柔らかく柊に微笑んでいた。






「我々は簡単にどちらにつくとは決断できないし、してはいけない。どちらになっても『王』を支えるのが我々中部の務めだ」


「・・・はい」


「けれど、官吏としてではなく、一個人として、どちらの主張に共感できるかは考えておくべきだろうな」


「・・・鉄線さまは、どちらの方の主張を支持されますか?」


柊もまた、あえて鉄線を名で呼んだ。


『双長官』としてでなく、『双 鉄線』としての問い掛けであったから。


すると、鉄線はこちらが拍子抜けするほどあっさりと答えた。





「わたしは現王芍薬さまを支持するな」





「芍薬陛下を・・・ですか?」


「というよりは、風蘭公子の言い分があまりにも理想論で支持できないというのが本音だ」


てっきり風蘭の母である双大后と同一族である鉄線は、迷わず風蘭を支持するだろうと思っていただけに柊は驚いた。


「わたしが双一族だから、意外な答えだったか?だが、『双 鉄線』という個人の意見を述べさせてもらえば、先程の通りだ。けれど、一族や立場のしがらみを考えれば、安易に答えは出せないところだな」


「・・・風蘭公子を支持することもありえるということですか?」


「それは違うな」


腕を組み、まるで幼子に諭すように、鉄線は笑いながら柊に尋ねてきた。





「先見をする能力を持つあなたでも、これほど動揺し盲目になってしまうのだな。・・・それとも、未来が見えるからこそ、臆病になってしまうのかな、北山羊所長?」


「・・・それは嫌味ですか?」


拗ねた子供のように軽く鉄線を睨み付けた柊に、彼は笑い返した。


「いいや、そうではない。・・・ただ、忘れてはいけない。わたしが中部の長官という立場であると同様に、あなたは神祇所の所長。うかつな発言や行動は命取りになりかねない。そして、私情で動くことも許されない」


「・・・はい」


「だから、たとえわたしが芍薬王を支持し、風蘭公子の理想を否定したところで、風蘭公子が王になる未来もありえる」


「・・・はい」


「そのような事態になっても、わたしはその新たな王に仕える覚悟はあるということだよ。・・・無論、多少とも意見を述べさせてはいただくだろうがね」


「・・・風蘭公子が王になっても、それを受け入れる、とおっしゃるのですね・・・」


「わたしはね、北山羊所長。王を決めるのは民意ではなく天意だと思うのだ。初代国王である牡丹王もまた、天に選ばれた王なのだと」


「・・・えぇ、同感いたします」






代々王は正妃の公子が継いできた。


けれど、正妃に必ずしも公子が生まれるわけではない。


その度に、壮絶な王位争いが起こってきた。そうやって定められ、継がれてきた王位はまた、芙蓉王の一言で正妃の公子である風蘭がいるにも関わらず、妾妃の芍薬が王位に就くことになった。


しかし、こうして今、玉座を巡って芍薬と風蘭が争っている。





「どちらが王になるかは、天にしかわからない。それまでわたしは、わたしの為すべきことをするだけだ」


「双長官・・・」


「柊殿、あなたが中立を保つのもまたひとつの選択。ただし、どちらの公子が王となっても、覚悟だけはしておかれるといい」


「・・・はい、承知いたしました」


柊は素直に頷いた。


鉄線の胸の内と覚悟を聞き、柊は少し心が軽くなるようだった。それですぐに決断できるわけではないが、それでも、今のまま風蘭の動向を観察しつつ、芍薬のために仕える現状に猶予を与えられた気分だった。





「・・・鉄線さまは、なぜそれほどまでに風蘭さまの理想に否定的でいらっしゃるのですか?」


ふと、先程の鉄線の言葉が気になり、何気なく彼女は『鉄線個人』に尋ねてみる。すると、彼は軽く肩をすくめてから答えた。


「すべてを否定しているわけではない。執政官に対抗できるのは、芍薬王より風蘭公子の方が適任だと思えるしね。・・・ただ、彼が時々唱える『民に目を向け、手を差し伸べよ』というのは、甘い理想論に思えるのだ」


首を振り、ため息混じりに告げる鉄線に、柊は苦笑を返す。


「ですが、その若い思想こそ、この傾き始めた国を変えうることのできるものかもしれませんよ?」


「どうだかな。それなら芍薬王の尻を叩くほうが、存外早いかもしれないさ」


「けれど芙蓉王は・・・」


そう言いかけて、柊ははっと口をつぐむ。


これは、これ以上口外することはできない・・・。







それを察してかどうか、鉄線は薄く笑うと、彼女に背を向けた。


「執政官の日参に辟易したらわたしのところに逃げ込めばいい。執政官は獲物をじりじりと追い詰める名手だからな」


「・・・ご配慮、ありがとうございます」


柊は、なぜ鉄線がこの室を訪れたのかを知り、思わず笑みをこぼした。




彼は柊を心配してくれたのだ。


執政官に追い詰められてやしないかと。


私情に走り、敵対してやしないかと。





中部の采女所に所属していた若い官吏が、執政官の目に留まり、異例の異動を強引に行われたのもまだ記憶が新しい。


その若い官吏の上司でもあった鉄線は、思うところがあったのだろう。





柊は、そんな鉄線の優しさに感謝しながら、再び『真実』を映す水鏡を眺めるのだった。




柊の花言葉でした。

意外と彼女を書くのが好きだったりします。周りがどろどろしてて(笑)

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