五章 見定める宿命 十一話
11、「反抗・抵抗」
国軍『輝星』が春星州に向かっている。
おそらく、風蘭を討つために蘇芳が画策したのだろう。蘇芳にとって、風蘭が今どこにいるのかをつかむことくらいたやすいに違いない。
ただ、国軍である『輝星』に出軍命令を出せるのは王だけ。
芍薬がそれを望んだのだろうか。
蘇芳にたぶらかされて?
「・・・こちらはどなたです、華鬘殿?」
やっと室内にいるのが華鬘だけではないと気付いた大男が、驚愕の表情を浮かべて立ち上がった風蘭を見やって、華鬘に尋ねた。
「本来、あなたが知っているはずの方なのですけどね、著莪殿。もっとも、朝廷にあまり赴かないあなたには無理からぬことかもしれませんが」
苦笑をもらしてから、華鬘は男に言った。
「この方は、先王陛下の第3公子、獅 風蘭さまです」
「風蘭・・・公子・・・?」
「ご存じのように、俺はすでに公子と呼ばれるような立場にはありません。それよりも『輝星』がいったい・・・」
風蘭の言葉が途切れる。突然、大男に胸ぐらを掴まれたからだ。
「著莪殿?!」
「・・・公子でないってことは、謀反人であることを認められるのですな?・・・だったら、あの国軍がこちらに向かっているのはあなたのせいだと思っていいんですな?」
「・・・あぁ、おそらく、そうだ」
胸ぐらを掴まれているため、風蘭は喘ぎながら答える。
華鬘が大男の腕をつかんで、風蘭からその手をどかそうとするがびくともしない。
「著莪殿、どうか落ち着いて・・・」
「落ち着いてなんぞ、いられるか!!『輝星』がすぐそこまで迫っているんだ!!この謀反人を受け渡さなければ、春星州は襲撃されるのだぞ?!」
「・・・では、州軍を出して、応戦するしか・・・」
「ばっ・・・馬鹿なことを言うな!!州軍を出軍させれば、春星州全体が国軍に逆らい、ひいては、王に逆らったことになるのだぞ?!」
「・・・州軍は出さないほうがいい」華鬘と大男のやりとりを聞いていた風蘭が、まだ胸ぐらを掴まれた状態のままそう言った。
「・・・では、自ら捕まりに行ってくださるんですかね?」
皮肉げに言い放つ男の言葉に、風蘭は目を細めた。
「・・・悪いがまだ捕まるわけにはいかない」
「・・・っ。では、州軍を出さず、公子を引き渡さず、春星州の民は『輝星』の襲撃の見せしめに遭えと?」
「違う。春星州の民は守る」
「どうやって?!州軍を出すこともせずに?!」
「著莪さま?!」
殺気立つ大男と風蘭の睨み合いを止めたのは、華鬘の室に新たにやってきた人物だった。
「なにをされているのですか、著莪さま!!」
「・・・水蝋?なぜここに?」
水蝋は血相を変えて著莪に掴まれた風蘭を助けにくる。しかし、男はその手を放さずに水蝋を睨み付けた。
「おまえこそなぜここにいる?兵部の武官として出仕しているはずだろう?」
「・・・風蘭さまの護衛ですよ」
「・・・なに?」
迫力が増した男に掴まれたまま、風蘭は室の扉に視線を向けると、そこにはおろおろと困ったように立ち尽くしている木蓮の姿が見えた。
おそらく、この男が騒いでいるのを聞き付けて慌てて水蝋と共にここへ駆け付けたのだろう。
「風蘭公子の護衛だと?自分がなにを言っているのかわかってるのか?!王を・・・一族を裏切ったのか?!」
大男に怒鳴られても、水蝋はまったく気にしていない様子でひょい、と肩をすくめておどけた様子で言い返す。
「たしかに現王を裏切ったことは認めましょう。ですが、あなたが風蘭さまの味方についてくだされば、オレは一族を裏切ったことにはならないんですけどね、著莪さま?当主であるあなたの決断さえあれば、ね」
「当主・・・?!まさか、牛筍一族の?!」
「いやですねぇ、著莪さま。名乗りもせずに風蘭さまにそんなことをされているのですか?」
驚く風蘭に対し、水蝋は呆れたように言ったあと、風蘭に向かって言った。
「あなたに掴み掛かってるその者は、牛筍一族の当主、牛筍 著莪さまです。ついでに、春星州の州軍を預かっております」
「牛筍 著莪殿・・・あなたが、牛筍星官・・・」
「いかにも。それで?わたしが州軍を預かる牛筍の当主と知って、心変わりでもしてくださいますか?」
冷ややかに言い放つ著莪に、風蘭はきっぱりと首を横に振った。
「いや、それは変わらない。『輝星』がこちらに向かってきても、俺は投降するつもりはないし、州軍を出す必要もない。州軍を出せば、先程貴殿が言ったように、春星州が国を、王を裏切ったとみなされてしまう」
「ならば、民が巻き込まれ、襲われるのをみすみす見ていろとおっしゃるか?!」
「・・・違う!!」
ぴしゃりと著莪の言葉を否定し、掴まれるがままになっていた著莪の腕をなんとかはずすと、彼を見上げてはっきりと言った。
「民を巻き込むつもりはない。『輝星』には応戦する」
「応戦・・・だと・・・?」
「無論、『輝星』を率いる大将とはきっちり話をつけたいとは思っているが」
「応戦ですと?!できるはずがない!!あなたが今連れているのは、武官としてはまだまだ半人前の水蝋のみ。噂の通り、霜射、瓶雪、長秤一族が味方にあったとしても、あなたが軍を率いて春星州に来たという報告はない」
「・・・あぁ、そうですね。彼らにも連絡をしなくては。・・・華鬘殿、三族の当主たちに早文を頼めるだろうか?」
「それは構いませんが・・・それでも一番遠い冬星州までの早文は早くても10日はかかります。そこから瓶雪一族の出軍を待つのは・・・」
不安そうに告げる華鬘に、風蘭はゆったりと笑って答えた。
「『輝星』を迎え撃つのは瓶雪一族の軍ではありません。無論、あとから助力をもらうことになるかもしれませんが」
「じゃぁいったいどうするおつもりです?我らを捨て駒にされるおつもりか?!あなたが玉座を得るために!!」
「著莪殿!!言葉が過ぎますよ!!」
いきり立つ著莪の言葉を華鬘が諫める。風蘭はそんなふたりを交互に見た後、意を決してふたりに告げた。
「国軍『輝星』には国軍で迎え撃ちます。・・・国軍『闇星』で」
「『闇星』?!」
著莪と華鬘、そして水蝋も驚いた声をあげる。
視界の端では、木蓮も驚いたように風蘭を見ているのが見えた。
「そうです。俺は今、『闇星』を率いる大将たる人物、『黒花』と行動を共にしているのです。彼女に協力を得ようと思います」
「『闇星』の『黒花』・・・?あの伝説の・・・?」
「風蘭さまが『闇星』を味方につけたという噂は真だったのですね・・・!!」
驚愕してつぶやく著莪の横で言った華鬘の言葉には、風蘭は苦笑をもらす。
実際のところは、『闇星』が完全に風蘭の味方になってくれたかは定かではない。しかし、今は彼女たちに頼るしかないのだ。
そして、『黒花』である椿に。
「『黒花』と共に行動してた・・・ってまさか、風蘭さま・・・!!」
「そのまさかだよ、水蝋。・・・木蓮、梅殿の屋敷にいる椿をここに呼んでくれないか?」
「椿さん・・・を・・・」
「『黒花』としての彼女の力を借りたいと言ってくれ。時間がない、早く!!」
「あ、うん!!」
風蘭に追い立てられるようにして木蓮は姿を消す。その後を水蝋が追い掛けようとしながら、ためらいがちに風蘭に振り向いた。
「行ってくれ、水蝋。木蓮を頼む」
「かしこまりました」
風蘭が頷いて促せば、水蝋も素直に従って木蓮のあとを追い掛けた。
室内に残されたのは、風蘭と華鬘、そして著莪だった。
「本気・・・ですか?!『闇星』を動かすと?!もう何年も、あの国軍は姿も名前すらも人々の間から薄れ消えているというのに」
「存在が信じられないという心中は察する、著莪殿。けれど彼女たちはたしかに存在し・・・そして先代の『黒花』に俺は命を救われた」
石榴のことを思い出せば胸が痛む。
だからこそ、風蘭は叶えようと思う。
石榴が願った国を。
風蘭の命を守って託してくれた願いを。
「けれどなぜ、王に仕えるはずの国軍『闇星』が、芍薬王ではなく、謀反人である風蘭公子に味方しているというのです?」
「『闇星』はすべての王に仕えるわけではありません。『仕えるに足る王』に仕えるのだと『黒花』は言っています」
「ほぅ?そして、あなたはその存在だと?」
「それは俺には判断しかねます。けれど、彼女達はこの旅路のなかで幾度も俺たちを助けてくれたし、なにより」
小馬鹿にした様子の著莪を、風蘭はすっと見据える。そこに秘める気高さを著莪は感じ取り、思わず息を詰める。
「俺は芍薬王を討ち、必ず王になると決めたのです」
「・・・これはまた、堂々と宣言されたものですね。それで?わたしと華鬘殿があなたを見逃すとお思いか?」
「あなたはどうするつもりかは知りませんが、著莪殿」
風蘭ばかりに視線をおくっていた著莪の横で、華鬘が彼を見上げて不敵に笑う。
「わたしは風蘭さまに一族の命運を託すことに決めたのですよ。あなたが風蘭さまに危害を加えるのであれば、こちらもそれ相応の対応をとらせていただきますよ?」
「華鬘・・・殿・・・。自分が何を言っているのか・・・わかっているのか・・・?あなたは桃魚一族の当主・・・そして、この春星州の州主なのですよ?!なのに・・・あなたは・・・」
「わかっていますよ。だからこそ、わたしは風蘭さまに直接お話をうかがい、決断したのです」
「謀反人に・・・逆賊側につくと・・・?」
愕然とした様子で、著莪が華鬘と風蘭を交互に見る。
著莪にしてみれば、まさか華鬘が、謀反人である風蘭の味方につくなど夢にも思っていなかったのだろう。
春星州は王への忠誠心が最も厚い州だ。
その筆頭たる州主である彼が、よりにもよって反旗を翻すというのだ。
先程の勢いはどこへやら、著莪は戸惑いのせいか、華鬘を不安げに見ている。華鬘を責めるよりも不安が先立っているのだろう。
「わたしは、風蘭さまの描く星華国を見てみたかっただけですよ、著莪殿」
「しかし・・・」
「あなたの言いたいことはわかっています。わたしは一族の当主であると同時に、この州の州主。わたしの決断ひとつで、春星州の命運が変わると言っていい」
「そこまでわかっていながらなぜ・・・!!」
悲痛な著莪の問い掛けは、風蘭の胸にも響く。
そうなのだ。あっさりと華鬘は風蘭を受け入れたが、彼の決断は春星州全体の民意ととらえられてしまうかもしれないのだ。
春星州が王を裏切ったと。
その重大性、危機感を改めて認識した風蘭は、著莪と同じくらい不安げな表情で華鬘を見つめる。
華鬘は、風蘭と著莪を交互に見てから、穏やかに笑った。
「わたしは州主として、風蘭さまと命運を共にすると決めたのですよ。春星州で暮らす民たちがよりよい生活を、希望ある未来を抱けるように」
著莪がさらに何か言おうと口を開きかけたが、華鬘がそれを制し、風蘭に視線を向ける。
「同じ州主という立場として、霜射 柘植殿も同じ気持ちだったのだと思います。彼は、冬星州の民をとても愛していましたから」
椿がこの場にいたら絶叫しそうな台詞を華鬘は言う。
一番最初に風蘭を支持してくれた霜射一族の当主である柘植。彼もまた、冬星州の州主であり、州全体の責を負う立場なのだ。
「柘植殿も、あなたに冬星州の未来を託したのですよ」
「・・・はい」
忘れなどしない。
風蘭が、王になると、反旗を翻すと決意したあの場で、柘植は膝を折って服従の礼をとった。
「冬星州の未来をあなたに」と。
「・・・けれど華鬘殿。あなたが州主として決断されても、わたしは牛筍一族の当主として認められない!!今王陛下を裏切るなど・・・!!」
著莪が勢いを取り戻して、風蘭を睨み付ける。
逆賊など認めない。その拒絶を顕にして。
「・・・もちろんです。あなたの意見も尊重しますよ。あなたと対立することはひどく残念ですが、仕方ありませんね、著莪殿」
著莪の抵抗も、華鬘はあっさりと受け入れて突き放す。一瞬、親に突き放された子供のように不安そうな表情を浮かべた著莪は、すぐに風蘭を睨み付けることで強気な態度を保とうとした。
「・・・我々があなたの味方となるかはまた別の機会にでも考えるとしよう。今はあなたの未来構図を聞いている場合ではない」
こうしている間にも、国軍『輝星』は刻一刻と春星州に近付き、圧力をかけているのだ。
民の不安も煽られていく。
「『闇星』の『黒花』。その人物に会わねば、わたしは俄かにその国軍の存在を認めることはできません。・・・そしてもし、『闇星』の存在を認められないときは」
著莪は風蘭を見据える。風蘭もまた、著莪をしっかりと見返す。
「あなたを『輝星』に受け渡します、風蘭『公子』さま」
「著莪殿、それは・・・!!」
著莪の発言に、華鬘が慌てて彼を止めようとする。しかし、それを風蘭が押し止めた。
「著莪殿の懸念はもっとも。『闇星』の存在も、『黒花』の存在も、俄かには信じがたいものでしょう。・・・けれど、明日には椿が・・・『黒花』があなたとお会いすることになるでしょう」
「なるほど、確かな自信だ。・・・では明日の朝、こちらにまた伺うとしよう。我々には時間がない。それでよろしいですな、州主殿」
著莪に問われた華鬘は、ちらりと風蘭に視線をやってから、静かに頷いた。
「風蘭さまに異存さえなければ」
「ではまた明日に。失礼する」
武官らしいきびきびした簡略的な礼だけとると、著莪は一度も振り返る事無く、室を出ていった。
嵐が去ったかのように静かになった室内に残された華鬘と風蘭は、同時にふっと息を吐いた。
「・・・よろしかったのですか、風蘭さま。『闇星』のことは・・・」
「華鬘殿も疑っておられるのかな?」
「・・・そうですね、まさか伝説とも幻とも言われている国軍が、こんな身近にいるというのはやはり俄かには信じがたいですね」
「先代の『黒花』の話によれば、各州に諜報員として『闇星』たちが潜んでいるようですよ」
「そうなんですか?!・・・彼女たちは今も、影から星華国を守ってくれていたのですね」
「・・・それより、華鬘殿こそよかったのですか?著莪殿にあんなことを・・・!!」
「心外ですね、あなたの味方になることが、『あんなこと』ですか?」
「え、あ、いや・・・」
慌てる風蘭に、華鬘はくすりと笑った。
「いいのです。隠すつもりもないのですから。むしろわたしの意志を早く伝えることができてよかったですよ。著莪殿も、もっと風蘭さまとお話しすれば、あなたのよい味方になると思いますし」
「そう・・・でしょうか・・・」
著莪の敵意むき出しの視線と態度を思い出し、風蘭は苦笑するしかない。
風蘭の意見が、存在が、拒絶されることは初めてじゃない。
味方となり、理解者となってくれる貴族もいれば、反乱を起こす風蘭に敵意を向ける貴族もいる。
冬星州からじわじわと風蘭を追っている、蘇芳の息のかかった私軍の者たち、北山羊一族の刺客たち。
秋星州では、紫苑の父である石蕗に襲われたこともあった。
胸ぐらを掴んで怒鳴るだけの著莪はかわいいくらいだ。
彼らの意見もまた、星華国で暮らす者たちの大事な意見。
無視して蔑ろにすることはできない。
けれど、引き返すこともできないから。
「『輝星』にまだ捕まるわけにはいかない。でも、民に多くの負担や犠牲を出すつもりもない」
『闇星』に頼ることを椿が快く承諾してくれるかはわからない。彼女自身、まだ先代『黒花』の右腕だった逸初たちに正式に認められたわけではないから。
しかし、今は彼女たちに頼るしかない。
「『黒花』の決断を俺は信じています」
「・・・では、わたしはあなたを信じましょう、風蘭さま」
華鬘が曇りなく微笑む。
じわじわと迫る緊迫感に、こうして絶対の味方の存在でいてくれる華鬘の言葉が、今の風蘭には救いだった。
そして翌朝早朝に、木蓮たちと共に、椿が華鬘の屋敷にやってきた。
今回は著莪の花言葉でした。
風蘭に反発しつつ、彼も色々と悩んでいるんですけどね。