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五章 見定める宿命 九話









9、「内気」










今、この国でなにが起こっているのか、教えてほしかった。




様々なものが絡み合い、様々な想いが混在している。


息のつまりそうな毎日。


救いのない日々。





芍薬は、日に日に自らの意志が削がれていくのを感じていた。


気力も体力も、すべてがなくなっていくような気分。


王になりたいと望んだのは真実で、今、王であるのは事実なのに。






重いため息をひとつ吐いて、芍薬は寝台から起き上がる。その瞬間に、ひどい眩暈と吐き気に襲われる。ぐっとその場を堪え、波が過ぎ去るのをやり過ごす。


「・・・玉座は王の精気でも吸い取っているのだろうか」


病で臥せがちだった父王、芙蓉のことを思い出し、誰にともなく口に出して苦笑する。





ふらふらしながらも起き上がると、隣の室には朝食か昼食かわからない食事が用意されている。室内には侍女ひとりいない。


芍薬がそう望んだのだ。


王としての執務を与えられるわけでもなく、王として王政を執ることを規制されている今、芍薬に何を尽くして仕えるというのだ。


朝廷内で散々蘇芳に見張られている芍薬は、せめて後宮の中ではひとりで静かに過ごすことを望んだ。





今日だって、特にやらなければならない政務があるわけじゃない。


今日も蘇芳がひとりで取り仕切っているだけだ。




芍薬は深く暗い思いを抱きながら、まるで彼の心境のように暗く冷たく深い場所へと足を踏み入れる。


そこを厳しく取り締まるはずの官吏たちも、芍薬が通ればさすがに何も言わずに道を開ける。


初めて足を踏み入れた場所だったが、芍薬は迷う事無くまっすぐ進む。最奥のそこに辿り着くと、彼はそこにいる目的の人物に声をかけた。





「・・・ここの居心地はどうだ?」


「・・・・・・芍薬さま、なぜここに・・・?」


「わたしにとって、朝廷が監獄のようだから逃げてきたんだよ、連翹」


芍薬が自嘲気味に言えば、連翹は辛そうに顔を歪めた。


「芍薬さま・・・」


「連翹、なぜ逃げない?おまえの腕なら、ここから逃げることも可能だろう?」


「逃げてしまえば、わたしに疾しいことがあると認めることになってしまいます」







「・・・わたしが、逃がしてやると言ってもか?」






「芍薬さま?」


「おまえをここから逃がしてやろう、連翹。だから、教えてほしい。風蘭は、なにを考えている?」


「・・・交換条件ですか」


連翹がまた、苦笑する。牢獄の中にいるというのに、この余裕はどこから来るのだろう。




「生憎と、我が君の命令なしにあれこれとお話申し上げることはできないのです」


「我が君・・・?『坊っちゃん』と呼ぶことをやめたのは、風蘭が王になると決意したからか?」


「・・・いいえ、少し違いますね」


そう答えて、連翹は軽く目を伏せる。


「・・・風蘭は、わたしを討つつもりか?」


「我が君は血や争いを好みません。ですが、必要とあらば・・・」


言葉を切った連翹に、芍薬はため息と共につぶやいた。




「そう・・・か・・・」


「芍薬さま・・・?」


「おまえは不思議な奴だな、連翹。王族に仕えているのかと思えばそうではなく、桔梗さまに従っているように見えてそうではない。・・・風蘭をあやしているようで、正当な主君として守護している。・・・違うか?」


芍薬の問い掛けには、連翹は薄く笑っただけで答えない。





「・・・おまえは、何者だ?」


「申し訳ありませんが、我が君より先にお話しするわけにはいきません」


「・・・ここから出してやると言ってもか?」


再度の芍薬の申し出には、連翹は首を横に振った。


「いいえ。今は未だ『その時』ではありませんから」


「・・・そうか」


そのままそこを立ち去ろうとした芍薬だったが、ふと、連翹の薄笑いを崩したくなり顔だけ振り向いて言った。






「そういえば、執政官が『輝星』を春星州へ派遣するそうだ。・・・そこに風蘭がいるかもわからないのにな」


「『輝星』が・・・?」


「そちらには『闇星』がついているらしいな。わたしも簡単に玉座を風蘭に渡すつもりはない。・・・唯一の意義だから」


「では、わたしと同じですね」


相変わらず笑みを浮かべながら連翹は芍薬にそう言った。


芍薬は軽く首をすくめてから、その場をあとにした。







なんだか、余計に政務へのやる気がなくしてしまった気がする。


今日は体調が悪いと言って休もうか。どうせ、蘇芳がいれば王がいなくても政務はまわる。




思考が闇に飲まれたまま、芍薬の足は内朝ではなく後宮に向かう。けれど自室に向かっているわけではない。


なぜ、自分がそこに向かっているのか自分でもわからなかった。すれ違う女官たちが慌てて礼をとるのが視界の端にうつる。


そして目的の室に辿り着いたとき、そこにはいつもの目的の人物がいた。






「これはお久しぶりでございます、芍薬陛下」


その人物はいつも通り優雅に礼をとって芍薬を迎える。


「・・・花霞、桔梗さまにお会いしたい。取り次ぎを」


「かしこまりました」


花霞はすぐに桔梗の室に姿を消す。さほど待たずして、彼は花霞に招かれた。




彼女に案内されながら、今更ながらなぜここに来てしまったか自問してしまう。


そこに答えを見出だせないまま、芍薬は桔梗が待つ室に辿り着いてしまった。


「ようこそおいでくださいました、芍薬陛下」


「・・・突然の訪問をお許しください」


それは桔梗の配慮か、いつもは女官で溢れている桔梗の室内が、今日は花霞ともうひとりの見知らぬ女官以外誰もいない。





「本日はいかがされましたか、陛下?」


優しい声色が芍薬に落ちてくる。そして桔梗は、首を少し傾げて心配そうに彼に問い掛けた。


「お加減がよろしくありませんか?なんだか顔色が・・・」


「いえ、少々疲れているだけです」


「そうですか・・・。政務も大切ですが、どうかご自愛くださいね」


「お笑いにならないのですか?」


自嘲するように顔を歪めて芍薬は桔梗を見る。


「たいした政務もしていないのに、疲れたなど何を言っているのか、と」


「なぜそのようなことを?わたくしは内朝のことはわかりかねます。陛下が政務でお疲れとおっしゃればその通りなのでしょう?」




優しさと労りのこもった言葉と笑顔。けれど、芍薬の心は晴れない。


「そうやって、政務をさぼる父上のことも見てみぬふりをされたのですか?」


刺々しく言い放った芍薬に対し、桔梗は柔らかく微笑む。


「わたくしは、芙蓉陛下を信じていました」


・・・そして今も。




言葉にしない桔梗のそんな思いが聞こえた気がして、芍薬は居心地悪く身じろぎする。


「・・・無礼を申し上げました」


「いいえ。いかがされましたか、今日は心もお疲れのようですね」




なぜ、桔梗は笑えるのだろう。


今この国で起きようとしていることは、桔梗にも深く関わりがあるというのに。





「・・・連翹に、会ってきました」


唐突に告げたにも関わらず、桔梗は微笑みながら頷き、先を促す。


「・・・連翹は、何者ですか?」


「それを連翹にも問いましたか?」


「・・・はい」


「そして、答えなかったのですね。あの子が答えなかったものをわたくしがお教えすることはできません」


「桔梗さまは・・・ご存じなんですよね・・・?」


「なにをでしょう?」


言い淀みながら必死に問い掛けてくる芍薬に、桔梗は変わらず穏やかな笑みを向ける。





「・・・・・・風蘭、のことを・・・」


「風蘭が逆賊となったことを、ですか?」


静かに問い掛けてきた桔梗に、芍薬は肩を揺らして反応を示す。


「えぇ、知っていますよ。そして、知ったその瞬間から、あの子はわたくしの子ではなくなりました」


「え・・・?!」


「逆賊となったあの子はもはや、わたくしの子、公子ではありません。あの子とわたくしたちは敵同士となったのですよ」


冷ややかなほど淡々と告げる桔梗を彼は信じられない思いで見返す。


きっと、桔梗こそが最後まで風蘭の味方となるのだろうと思っていたのに。




「わたくしがあの子の味方をしないことが不思議ですか?」


驚愕の表情を隠そうともしない芍薬に彼女は苦笑する。


「わたくしの心は常にこの国のためにあります。・・・芙蓉陛下と共に」


「・・・父上と・・・?」


「芙蓉陛下との遠い約束です」





淋しそうに芙蓉の話をしながら笑う桔梗。


たったひとりの子、風蘭を切り捨ててでも果たさなければならない『約束』が、芙蓉と桔梗の間にあったのか。


仲睦まじいとも思われなかったふたりの間に。





「・・・っ・・・・・・」


様々なことに思いを巡らせ過ぎたか、視界がぐらりと揺れ、芍薬は体を傾けた。幸い座っていたので、床に手をついて体を支えることができた。


「芍薬陛下?!」


けれど、桔梗たちは突然体勢を崩した芍薬に驚き、声をかける。室内にいた、花霞ではないもうひとりの女官が、芍薬の様子を窺うようにして駆け付けてきた。


「芍薬さま、やはりお加減が・・・」


「いえ、ただの寝不足ですから」


心配そうに声をかける桔梗に、芍薬は笑って答える。


はらはらした様子で芍薬を支えている女官にも、彼は笑いかけた。


「すまない、もう大丈夫だ。・・・名は何という?」


「野薔薇と申します、陛下」


「野薔薇・・・?」


芍薬はどこかで聞いたことがある気がして首を傾げる。記憶をゆるゆると辿っていくと、ふと、思い出して笑った。





「あぁ・・・『遅咲きの新人』か・・・」


「え・・・?」


「いや、なんでもない」


くすくす笑いながら彼は首を横に振る。


そういえば、いつしか目を通した報告書に秋星州から異例の年ごろの新人女官が出仕を始めた、とあったのを思い出したのだ。


その野薔薇は、まるで今すぐ芍薬が死ぬのではないかと心配するように、こちらの顔色をうかがっている。




「最近お加減が優れないようですね?」


野薔薇に意識を奪われていた芍薬は、桔梗の問い掛けに即座に対応できなかった。


「え・・・と・・・」


「少しでも体調が優れないときはお休みくださいませね」


「あ、はい・・・。そんなにご心配いただかなくても、南天殿にも看ていただいてますから」


苦笑しながら彼が答えれば、なぜか野薔薇も桔梗も表情を固くした。


「・・・桔梗さま?」


「・・・ところで、芍薬陛下、紫苑姫とは最近お会いしていますか?」


「・・・紫苑姫・・・ですか・・・?」


突然話題が飛んで、芍薬は再び答えに窮してしまう。


桔梗が表情を固くする理由も、突然紫苑のことを話題にしてきたのも、意図が全くわからないからだ。


「・・・いえ、色々と慌ただしく、まだ・・・」


「気付けば婚姻されてからずいぶんと経ちました。紫苑姫を形だけの正妃にされるおつもりですか?」


「それは・・・」


「紫苑姫もまた、ひどく芍薬陛下のお加減を気にしていらっしゃいましたよ」


「紫苑姫が・・・」





つぶやく芍薬の横で、彼を労るように支えていた野薔薇がすっと立ち上がる。そこに浮かんでいた表情は、苦悶しているように見えた。


「野薔薇、こちらに戻りなさい」


「・・・はい」


桔梗に呼ばれ、その女官は芍薬から離れていく。最後にちらりと彼女が彼に向けた表情もまた、とても複雑なものだった。


「もし、本日は後宮でお過ごしになるのであれば、紫苑姫にもお会いしてあげてくださいね」


「あ・・・はい」


思わず素直に返事を返すと、桔梗は満足そうに頷いた。けれど、芍薬の心は、紫苑のことよりも先程の桔梗の言葉が気掛かりだった。




「桔梗さま・・・もしも風蘭が水陽へ軍を率いて押し掛けてきたら・・・どうしますか?」


「芍薬王」


桔梗の凛とした声が芍薬を震わせる。


見上げて、彼ははっと息を呑んだ。


桔梗の顔つきはすでに『大后』のそれとなり、先程のような穏やかさはなかった。




「王に仇なす者は、たとえ誰であろうと反逆者です。反逆者は討たなければなりません、たとえ我が子であろうと、弟公子であろうと」


「・・・けれど・・・」


「何を迷っておいでですか、芍薬王?争いが怖いからですか?反乱軍の首謀者が風蘭だからですか?」





凛とした迷いのない声。


射るような視線。


芍薬は初めて、桔梗に試されているような緊張感を強いられていた。





「あなたはこの国の王です、芍薬王」


桔梗の言葉に、体が、心が、震える。


「・・・はい・・・!!」


迷う気持ちとは裏腹に、芍薬ははっきりとそう答えていた。








そのまま桔梗の室を退室した芍薬は、まるで放浪者のように後宮内を彷徨った。足はまるで、朝廷から逃げるように進んでいく。


「・・・紫苑姫・・・か・・・」


ふと、先程の桔梗の言葉を思い出した。そういえば、婚儀の日から彼女とまともに顔を合わせていない。全く会っていないわけでもないが、妾妃である薄墨と比べれば、『妃』としての彼女ときちんと向き合ったことはなかった。


それでいいと思っていたのだ。形だけの『妃』だと思っていたから。




けれど、まるでそれを理由にして逃げるように、芍薬は紫苑に会おうと心変わりしていた。会って話せば、なにかしら理解しあえるものがあるかもしれない。


桔梗と芙蓉のように。


紫苑に会えば、薄墨とも会っていかなければならないだろう。


嫉妬深い彼女のことだから、紫苑にだけ会って薄墨と顔を合わせなかったと聞けば恨み言のひとつも言われかねない。


そんなことを考えながら苦笑しつつ歩いていると、前方から本日最も会いたくない人物がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。






「あぁ、やっと見つけましたよ、陛下」


わずかな苛立ちを見せながら、その人物は芍薬に向かって早歩きしてくる。思わず向きを変えて歩き去りたいのを堪えて、芍薬は問い掛けた。


「・・・わたしが必要な事態とはめずらしいな、執政官」


嫌味のひとつも込めて返せば、蘇芳の雰囲気がさらにぴりりと刺々しくなる。


「・・・そうですね。芍薬さまのお手を煩わせてしまい申し訳ないのですが、王の権限でないと難しいものでして」


苛々した様子の蘇芳とは対照的に、芍薬の気持ちはどんどん冷えきっていく。王の権限でなければ行使できない事柄のために、王の印だけをもらいにきたか。


「・・・それで?」


後宮の回廊で尋ねる事柄ではなかったか、芍薬がそう尋ねても蘇芳はなかなか口を割らなかった。





仕方なく、芍薬は蘇芳と共に執務室に入ると、腰をかけると同時に蘇芳が口を開いた。


「『輝星』の出軍が遅れています」


「なんだ、そんなことか・・・」


「そんなこと?!まさか陛下は反乱軍のことを軽くお考えではありますまいな?!」


「そうではない。そうではないが・・・」


いきり立つ蘇芳の気迫に圧されて、芍薬は軽く首を振る。


「・・・それで?なぜ出軍が遅れているんだ?」


「双 縷紅大将の出軍準備が整わないから、とのことです」


「双大将が?」


「彼の主張をそのままお伝えしますと、兵部長官を兼務する身としては、春星州への出軍という長期不在のための準備が色々とあるそうです」


「なるほど、道理だな。だったら蟹雷少将に『輝星』を率いらせればいいのではないか?」


「無論、双大将にそう申し上げました。ですが、彼は国軍である『輝星』を率いるのは大将の務め。少将でもよいとされるのであれば、国王の許しがなければできないと言うのです」


「・・・なるほど」


思わず笑いがこみあげそうになるのを芍薬は必死に堪える。





縷紅が出軍準備に時間がかかっているのは本当だろう。だが、大将の代わりに少将を指揮官にすることに王の権限が必要とも思えない。


国軍の取り扱いに関しては、兵部長官が王から委任されているからだ。


それを子供の駄々のように渋ったというのは・・・。




「・・・わたしには、双大将が『輝星』の出軍をわざと遅らせているように思えてなりません」


不満そうに吐き捨てる蘇芳の指摘に、芍薬も心の中だけで頷く。


『輝星』の出軍命令を出したのは半月以上前だ。本来ならすでに出軍していてもおかしくない。


それを、蘇芳が痺れを切らすまで焦らしたのは、蘇芳への反抗か、急いて出軍したくない理由があるか・・・。




「双大将には大将なりの考えがあるんだろう。・・・少将を指揮官とする任命書を書く。・・・それでいいのだろう?」


蘇芳を見上げて確認すれば、縷紅を言及しないことに不満はありそうだったが、目的が果たされたことにより、最後は蘇芳は頷いた。


「・・・お願いいたします、陛下」






果たしてこの朝廷内に、いや、水陽の中に、芍薬の真の味方となる者がいるのだろうか。


任命書を書きながら、ふと芍薬はそう思い、蘇芳に気付かれないようにそっと嘲笑を洩らした。






芍薬の花言葉でした。

なんだか、彼がどんどんかわいそうなことになっていってますね・・・(汗)

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