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四章 絡み合う出会い 十六話













16、意気軒昂










「・・・先を急ごう」






風蘭の決断に、椿も異を唱えなかった。


連翹の到着を長秤一族当主である海桐花の屋敷で待っていたのだが、あまりの到着の遅さにとうとう風蘭がしびれを切らした。






「もしかしたら入れ違ってしまったかもしれないしね。州都に行けば会えるかも」


椿の何の根拠もない発言にも、風蘭はすぐにうなずいた。


「そうだよな。奏穂に行けば会えるかもしれないよな」






いつまでも連翹に会えない不安。


それはじわりじわりと風蘭に襲い掛かって来ていた。


まさかあの襲撃で連翹がやられるとは思ってない。けれど、それならなぜ、彼は愁紅に現われないのか。




不安を振り払うようにして、風蘭は愁紅を出ることに決めた。


奏穂に行くことを告げると、海桐花は少し残念そうにしながらもそれに賛同した。








「州都である奏穂には州主である女月 石蕗さまがおられます。早文でお伝えしておきますね」


「感謝する、海桐花殿。あなたのおかげで長秤一族の賛同も得ることができたし」


「いいえ、風蘭公子さま。お礼を申し上げるのはわたしの方です。一族の当主としてどうあるべきか、風蘭さまのお陰でわかった気がします」


すっきりとした表情で海桐花はそう言って、すぐに表情を引き締めた。






「あなたが我々一族の力を必要とされたとき、我々はすぐに参上いたします。どうか、道中ご無事で」


「ありがとう、海桐花殿」


「当主としてしっかりしなさいね!!」


完全に上から目線の物言いで告げた椿に、海桐花は微笑む。




「心得ていますよ、椿さん。ありがとうございました。あなたが民たちの声を伝えてくださって、みなの民を救いたい気持ちがひとつになった気がします」


「あたしは妓女だったから多くの貴族の姿を見てるし。それに・・・」


くすり、と笑って椿は小さな声で言い加えた。








「あたしは少しだけ貴族の気分も味わったことがあるし、ね」


「それは・・・?」


「椿!!」


くすくす笑う椿の横で、風蘭が慌てて彼女を止めた。海桐花はわけがわからない様子だったが、ふたりのじゃれあいを見て微笑んでいた。




「あなたがたが目指す国に少しでもお役に立てれば幸いです」


「頼りにしています」


そして、3人は別れた。








風蘭と椿、そして海桐花。


この出会いは、後々風蘭をおおいに救うことになる。














冬星州での襲撃が嘘のように、秋星州内での道中は至って安全だった。


「北山羊一族も、執政官も、秋星州の中では悪さができないってことかしらね」


海桐花が用意してくれた馬車の中で、椿がにやにやしながらつぶやく。しかし、向かいに座る風蘭は、なにか考え事でもしているのか、まったく反応がない。






「風蘭?」


「・・・え、あぁ・・・どうかしたか?」


「風蘭こそどうかしたの?ぼ~っと外を眺めて」


「いや・・・長秤一族の長老が言っていたことを思い出していたんだ」








長秤一族との会談の末、なんとか一族の同意を得られた風蘭は、最近の秋星州の話も聞くことができた。


治安がよく、安定した州だと定評の秋星州に異変が起こり始めていた。




それは、山賊の急増だった。


豊かな地域にはそれを嫉む者もいる。恵まれた環境にある者たちは、それだけで彼らに恨まれていた。


彼らはひたすらに訴えているのだという。




貴族にだけ優遇された、この国の制度を。








山賊の被害が最もひどい愁紅に暮らす長秤一族はまた、そのことにも心を痛めているようであった。


学問の州、秋星州と称されても、平民たちは学んだものを生かしていく場を与えられない。


じゃぁなぜ、こんなにも必死に学ぶのか。


得た知識はどこで生かせばいいのか。


やり場のない思いと憤りは平民たちを歪ませ、賊の増加という形をとって訴えられてきた。






平民にも国政に携わる機会を。


風蘭の夢物語かのように聞こえたその考えは、長秤一族の心を動かした。


そして、風蘭には新たな課題を残した。










「冬星州よりも貧困に苦しんでいない秋星州でも、今度は意欲に溢れた平民によって悩まされてるのよね~。いくら学ぶ機会を貴族にも平民にも均等に与えたところで、それを生かす場がなかったら、そりゃ不満よね」


「・・・そうだな」


椿のもっともな意見に、風蘭は短く答えるだけ。考え込む風蘭に彼女はくすっと笑ってからかった。


「王さまになったらやることいっぱいね~風蘭」


「・・・他人事の言うけど、そうなったら椿にだって協力してもらうんだからな」


むぅっとすねた子供のように言い返す彼に、椿はさらに笑った。


「風蘭が目指す国が、あたしたち平民にも暮らしやすい国になるならね」


「暮らしやすい国って・・・どんな国だ?」


真剣な表情で問い返してきた風蘭に、思わず椿も笑顔を引っ込めて考える。馬車の窓から流れていく外の風景を見ながら、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。


「冬星州にいた頃は、裕福であれば暮らしやすいんだって思ってた。とりあえず、貧困で苦しむことさえなければいいって。・・・でも」








雲間姫として、後宮でわずかな期間とはいえ貴族として過ごし、彼らがどんなものに縛られているかを知った。


そして今、貧困に喘ぐわけでもなく、貴族の誇りに縛られているわけでもない、秋星州の民たちが、国に訴えている。






「こういうのが暮らしやすい国って示すものはないけど、でも、今の国の在り方はおかしいわ」


「まぁな。じゃ、どんな国が暮らしやすい国か、椿への宿題な」


「え?」


慌てて椿が風蘭に視線を戻せば、今度は彼がにやにやと笑っていた。


「・・・なっ!!そーゆーことは王になる風蘭が考えなさいよね!!」


「考えるさ。でも、王ひとりが考えた国を無理矢理導こうとすれば、今までとなにも変わらないだろ?」


「だったら、それを考える機関でもつくればいいわ」


そっぽを向いて答えた椿の言葉に風蘭は納得顔で頷く。


「なるほど、新機関設立も悪くない」


「あのねぇ・・・連翹といい、風蘭といい、真面目なやつばっかりで全然冗談が通じないんだから」


呆れる彼女に、風蘭は目を瞬いた。


「冗談だったのか?」


「さぁね」


「・・・俺から言わせれば、妓女は秘密と謎ばかりだ」


「それは一夜の夢を与える天女ですから」


妖しく椿が笑う。久々に見た、妓女としての妖艶な椿の笑みに、風蘭はそれ以上何も言えなくなった。










奏穂の関所が見えるようになった頃、その関所の前にひとりの人物が立っているのが見えた。


「風蘭、関所の前に誰か立ってるわよ」


「あれは・・・」


主要都市に入ろうとするためには関所を通過しなくてはいけない。


風蘭はもちろん、椿も冬星州州主、霜射 柘植の署名付きの札があるので、関所の通過には何の心配もなかった。


・・・もっとも、それも執政官、蠍隼 蘇芳に風蘭が逆賊となったことを知られるまでは、というものだが。


蘇芳がなにを仕掛けてくるかはわからない。それに、すでに知られている可能性の方が高い。


そのために関所の通過に必要以上に神経質になっていたのだが、その関所の前に立っていた人物は、風蘭の予想とは異なった見知った人物だったのだ。








「女月・・・石蕗殿だ・・・なんで・・・?」








秋星州州主、女月 石蕗。


そして彼は、現星華国国王、芍薬の妃、女月 紫苑の父でもある。


その彼が今、ただひとりで関所の前に立ちふさがっているのだ。


近くまで馬車を走らせると、風蘭は慌てて彼に駆け寄った。








「秋星州州主、女月 石蕗殿ですよね?」


問われれば、石蕗は小さく頷いて答えた。


「はい。改めまして、お初にお目にかかります、風蘭公子さま」


今まで朝廷の中で何度か顔を合わせることはあったが、こうして面と向かって対峙するのは初めてだった。


「石蕗殿、あなたほどの方がなぜ、ここに・・・?ちょうど今、あなたのお屋敷を訪ねようとしていたのです」


「えぇ、存じ上げております。長秤一族当主、海桐花殿から文を頂戴しておりましたので」


「ならばなぜ・・・?」


「だから、です」


苦々しげな表情を浮かべながら、石蕗は答える。言いにくそうに視線を彷徨わせていたが、やがて馬車を指差して風蘭に提案した。






「これからわたしが申し上げる屋敷まで向かっていただいてよろしいですか?」


「え?あぁ・・・構わないが・・・」


不思議そうにしながらも風蘭が答えれば、石蕗は目的地を告げて馬車に乗り込んでしまう。仕方なく、風蘭も彼に続いた。


「あなたが、睦 椿殿・・・?」


椿を見つけると、石蕗は少し戸惑った声で彼女に尋ねた。






「失礼ですが・・・最近どこかでお会いしませんでしたか?」


「いいえ、女月さま。わたくしはずっと、冬星州におりましたので、女月さまにお会いしたことはございません」


ふざけているのかと思わせるほど馬鹿丁寧に椿は石蕗に答える。風蘭は石蕗の戸惑いの原因がわかっているだけに、口を挟めない。


元凶の椿は楽しそうに笑っている。








石蕗は、妃候補であった紫苑の父だ。


紫苑が海燈に行ったときや後宮にはいったとき、行動を共にしている。


そしてそれは同時に、同じ妃候補の姫を垣間見ることもあったのだ。


椿は妃候補のひとりだった、雲間姫として海燈から後宮まで存在していた。石蕗は、そこで見かけた雲間姫と椿が同一人物とはわからず、混濁した記憶の中で戸惑っているようだった。








「そ、それで、なぜ、石蕗殿がわざわざこちらに?」


風蘭は強引に話題を元に戻すことにした。これ以上石蕗と椿で会話を続けさせれば、いつか彼は気付いてしまうかもしれない。


雲間姫の身代わりとして、平民である椿が後宮にいたことを。


さすがに、それを知られれば椿も、そしてそれを彼女に強いた柘植の立場も危うい。


柘植は自らの欲のためだけにあのようなことをしたわけではないと風蘭は知っているから、彼は柘植を守りたかった。






風蘭によって話題を反らされた石蕗は、一度風蘭を見返してから目を閉じた。


「・・・海桐花殿の文によれば、風蘭公子さま、あなたが謀反を企てていると」


「・・・はい」


決して友好的とは言い難い石蕗の態度と言葉にもひるまずに、風蘭は静かに頷く。


「長秤一族は、あなたに力を貸すことを決断したようですね」


「ついでに申し上げれば、霜射当主と瓶雪当主の承諾も得ていますわ」


未だにすました状態で椿が言い加える。


長秤 海桐花に対する馴々しい態度とのあまりの違いに、風蘭が苦笑していた。






その目の前に座る石蕗は、椿の発言におおいに驚いたようだった。


「冬星州の貴族の当主ふたりが?!いったい冬星州でなにが・・・。風蘭公子さまは、冬星州で霜射元民部長官についてお調べに行かれていたのでは・・・?」


「もちろん、そのつもりでした。・・・だけど、冬星州のひどい惨状を目の当たりにし、加えて重なるわたしへの襲撃に、この国の歪みを見た気がしたのです」


「歪み・・・」


「だから、この国の在り方を変えたいと思ったのです。そのために、逆賊となることになっても」


「・・・あなたのその決意を、霜射一族、瓶雪一族、そして長秤一族の当主が賛同したというわけですね」


「はい」


「一族の当主の決断には、一族の者たちは従わなければならない。つまり、風蘭公子さまは11貴族のうち3貴族を味方につけられたのですね」










小さく息を吐き、苦悩の表情を浮かべて石蕗は言う。そして、顔を上げて風蘭を見返すときには、彼の顔つきは厳しいものに変わっていた。


「わたしは女月一族の当主として、断固賛同は致しかねます」


「石蕗殿・・・」


「・・・どうか、お許しください、風蘭さま」


目を伏せて、石蕗は風蘭に許しを請う。彼は石蕗の意図するものがわかったので、何も言えなかった。










しかし、椿が不服そうに、けれど気取った態度は崩さずに不満を述べた。


「女月さま、それはあまりにも狭量ではありませんか?逆賊となるのを恐れ、風蘭公子の話を聞かずに、関わりを拒否されるのですか」


「椿、いいんだ」


風蘭が椿を止めると、石蕗が驚いたように風蘭を黙って見返した。風蘭は石蕗に微笑みすら浮かべて頷いた。


「あなたのお気持ちはお察しします、石蕗殿。あなたの姫君は、今は王妃。現王に最も近しい立場にある姫の父であるあなたが、王を裏切ることなどできない」


「・・・そうか・・・紫苑姫が王妃だから・・・」


「紫苑のことを知っているのですか、椿殿?」


うっかりと洩らした椿の言葉を聞いた石蕗が、ますます不思議そうに椿を見る。








風蘭が慌ててそれを誤魔化した。


「い、いや、わたしがよく椿に紫苑姫のお話をしていたのです。・・・愛らしく、心優しい・・・姫君だと・・・」










『花』の受け渡しに過敏なほど神経質になっていた風蘭に、優しく微笑んでくれた紫苑。


雪の中咲いているサクラを、風蘭に手渡してくれた。


まるで、彼を励ますように。


そして風蘭は、真っ白なツバキの花を紫苑に渡した。








椿は赤いツバキの花のものしか身につけない。


それが彼女に一番似合っているから。


それでも、風蘭はツバキの花を見るたびに思い出さずにはいられなかった。




兄公子の、現王の妻となった姫君のことを。


そして、彼女のことを考えると、胸がつまるような心苦しさを感じた。


こうして今、石蕗の前で紫苑のことを話しているときでも。








「・・・石蕗殿を責めることなどできません。あなたが難しい立場でいらっしゃるのをわかっていて、わたしたちはあなたの屋敷へ赴こうとしていたのですから」


馬車が止まる。石蕗がひとつだけため息を吐いてから、静かに告げた。


「わたしの本宅である屋敷には、失礼ながら風蘭公子さまをお迎えすることはできません。こちらは別宅となりますが、どうぞこちらをご自由にお使いください」


石蕗に促されて足を踏み入れた屋敷は、たしかに別宅と言われるだけあって、海桐花の屋敷よりもだいぶ小さかったが、平民の椿からすれば、全然大きな屋敷に違いなかった。








「ひとつ頼まれごとを引き受けてはいただけないだろうか、石蕗殿」


屋敷の中を案内されながら、ふと、風蘭が石蕗にそう尋ねた。


「頼まれ・・・ごとですか・・・?」


石蕗の身体が強ばる。逆賊である風蘭に手助けすることすら、石蕗は警戒しているようだった。






「わたしの個人的なことです。わたしの護衛である蜂豆 連翹の行方をお調べいただきたいのです。秋星州にはいるまえにはぐれてしまい、行方がわからないのです」


国政にかかわることではないと安心させるように苦笑しながら風蘭は言ったが、なぜか対する石蕗の表情はさらに強ばっていった。






「石蕗殿?」


「風蘭公子は・・・ご存じではないのですか・・・?」


「・・・なにをです?」


嫌な予感がして、風蘭は真剣な顔で石蕗に問い直す。


椿も横で様子を見守っている。








「娘から、先日文が届きました。その中に、連翹殿のことも記してあったのです」


「後宮にいる紫苑姫からの文に?」


まったく状況がわからず顔を見合わせる風蘭と椿に、石蕗は悲痛な表情で告げた。










「連翹殿は今、霜射元民部長官の殺害の嫌疑で、水陽の大獄に拘束されているのです」











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