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四章 絡み合う出会い 十五話





15、兵貴神速








中部采女所に所属して一年。


木蓮は多くの人と関わりをもった。






そして今度は、兵部の官吏として働かないといけない。


彼は今、兵部棟にある兵部長官室の前にいた。








兵部棟には中部棟とは違い、武器庫や訓練室と呼ばれる室があった。


中部棟は、采女所、典薬所、神祇所の3部署で共用していたため棟そのものが大きかったが、兵部も特別室が多いため中部並みに大きかった。






木蓮は時期外れな異動であることと、人事を取り仕切る式部の命ではなく、執政官の命により異動となった特例であることも重なり、居心地が悪かった。


深呼吸をひとつして、彼は扉を叩いた。






「中部より異動して参りました、羊桜 木蓮です」


「入れ」


武官らしいはっきりした声がすぐに返ってきた。木蓮もそれにつられるようにして、きびきびとした動作で入室した。






すると、そこには厳格な顔つきで木蓮を迎える長官がいる・・・わけではなく、にこにことしながら待っている双 縷紅がいた。








「よくやった。今後も期待しているので、おおいにやりたまえ」


「は・・・?」


「いや、いい。みなまで言うな。わたしはおおいに感心しているんだよ!!まだ若い官吏の中に、こんな根性のある者が残っていたなんてね!!」








陽気に笑いながら、縷紅は木蓮に近づいてくる。


木蓮は縷紅の言っている意味がわからずに戸惑っているだけだ。








「あ、あの、いったい・・・?」


「かの風蘭公子も君のように執政官に楯突いたものだ。まぁ、結果として冬星州への左遷となってしまったが、あの方の保身を省みない心意気は、こちらも心打たれるものがあったよ」


「え、えぇ・・・たしかに風蘭公子の姿勢は尊敬いたしますが・・・」


「風蘭公子を知っているのか?!」








なおも目を輝かせながら、縷紅が木蓮の肩を揺らす。首をがくがくと揺らされながら、なんとか木蓮は答えた。






「ぞ、存じ上げておりますが・・・ひとつ教えていただいていいですか、双大将?!」


「なんだろうか?なんでも聞いてくれたまえ」


「双大将は今・・・何の話をされているのですか?!」


「何のって・・・君の話だが?」


「え?」


「鉄線から同族のよしみで聞いたんだよ。君が執政官に逆らって異例の異動通告を受けたってね」


「中部長官が・・・」


「あれは割と面倒見がいいところがあってね。特例で異動となった君のことも、鉄線はひどく心配していたよ」










縷紅にそう言われて、木蓮は驚くしかなかった。


鉄線はたしかに木蓮の上司だったが、多くの関わりをもったわけではなかった。それなのに、鉄線は彼を気に掛けてくれていたのだ。








「執政官となにがあったかは知らないが、今後もおおいにやりたまえ。わたしが君の上司でいるうちは、必ず君を守ることを約束しよう」


縷紅はうきうきとした様子で木蓮にそう言うが、彼は慌ててそれを否定しようとした。


「いえ、あの、双大将、僕は・・・」


「とりあえず、今日は兵部棟内を歩き、慣れることから始めなさい」


きびきびと命令だけ告げると、縷紅は机の横に立て掛けていた槍を手にした。










「双大将・・・?」


「そろそろ『輝星』の訓練の時間でね。わたしも机に向かってばかりでは体が鈍るから」


軽快に笑いながら、縷紅は槍を片手に室を出ようとする。


木蓮も慌ててそれを追い掛けて、ふたりで長官室を出た。






「君の詳しい仕事の話は明日にすることにしよう。まずは今日は兵部内をよく観察してきなさい、羊桜 木蓮」


「はい」


新しい上司の言葉に木蓮が素直に頷くのを確認すると、縷紅はそのまま満足そうに立ち去って行った。


その場に残された木蓮は、とりあえずそこにいても仕方がないので、歩いて回ることにした。






棟内を歩いていると、至る所から怒声が聞こえてくる。訓練中の兵たちの声だろう。


文官型の木蓮には考えられない光景だ。


彼はこれからここでどんな仕事が与えられるのかを思案しながら、訓練場でも覗こうかとそちらに足を向けた。






兵部管轄の軍は全部で6軍あると聞く。


頂点に国軍『輝星』を始めとして、5つの軍がそれを補佐していると聞いたことがある。






国軍の武官というのも、やはり貴族でなければいけない。


もしかしたら平民の中に貴族よりも強い武官がいるかもしれないのに。


ここにも貴族と平民の間に高い壁がある。




文官でも武官でも、望めば、努力をすれば、誰でも手の届く場所にあってほしい。


やはり、朝廷の在り方を変えなければ、それを実現させるのも難しいということだろうか。






木蓮は唇を噛みながら、睨み付けるようにして訓練場を見ていた。


梅との約束、風蘭との誓いを果たすためにどうすればいいのか。












「・・・なぁ、そんなに強く噛んでると切れるぜ?」


考えに耽っていた木蓮は、突然自分を覗き込むように見てきた人物に驚き、思わず後退りした。




「え、え、え?!」


「あ、なに?オレが来る気配わかんなかった?わりぃわりぃ、驚かせたな」


木蓮よりも年が離れているであろうその青年が、明るくけらけらと笑いながら木蓮の頭を軽く叩いた。


「文官はほんとに大変だなぁ、気配も読めないんじゃ。あんたはここで何の仕事中?オレたち武官がさぼらないように見張り?」


「あ・・・いえ。僕は今日から兵部に異動となったので、双大将から棟内をよく歩いてくるように・・・」


「あ、もしかして、噂の風蘭公子第二号?」


「へ?」








木蓮の言葉を遮って、興奮した様子で男は木蓮に尋ねた。けれど、木蓮は言われている意味がさっぱりわからない。


「風蘭公子第二号って・・・?」


「そのまんまの意味。執政官に逆らって冬星州に左遷された公子、知ってるだろ?あんたも執政官からの異例の異動通告なんてくらってるから、きっと風蘭公子第二号だろうなって噂してんだ」


「・・・なるほど」


思った以上に木蓮の異動は朝廷内で噂になっているらしい。










「風蘭公子ってさ、王族っぽくない公子でさ。気さくで話しやすくて、あんな人が王さまになってくれたら、朝廷ももっと明るくなるだろうな」


生き生きとした表情で男は話し続ける。


「風蘭公子って意外に強いんだぜ。まぁ、双大将が直々に指南されていたから、当然といえば当然かもしれないけど」






青年は木蓮の反応などお構いなしに喋り続ける。木蓮も意外なところから風蘭の話を聞くことになり、興味深く話に聞き入っていた。


「風蘭公子も強かったけど、半端なく強かったのは風蘭公子の衛士だったな。あいつはオレと同い年のくせに、『輝星』を総崩れにするほど桁外れな強さを持ってたな。・・・もっとも、そいつは貴族じゃなくて平民だったから、武官になることはできなかったが」






最後の一言はひどく残念そうに男は言った。木蓮には、その人物に心当たりがあった。








「連翹さんって・・・そんなに強かったんですか?」


「連翹のことを知っているのか?!」


むしろ男のほうが驚いたように反応を返してくる。木蓮は小さく頷いてから声を落として男に告げた。






「風蘭公子と懇意にさせていただいていた折に、連翹さんとも知り合えたんです」


「なんだ・・・じゃぁあながち風蘭公子第二号ってのも噂に留まらないわけか」


「まぁ・・・そうかもしれないですね」


あいまいに頷く木蓮に、男は元気よく手を差し伸べた。










「オレは赤星軍に所属してる、牛筍 水蝋っていうんだ」


「あ、僕は羊桜 木蓮です」


「なんだ、同じ春星州の出身か」


同郷であることに水蝋と名乗った青年も、木蓮も安堵すると共に親近感が沸いた。




「赤星軍というのは、『輝星』の補佐軍のですか?」


「そ。金星軍、銀星軍、白星軍、青星軍、赤星軍の5つで五星軍って呼ぶらしいぜ。オレが所属する赤星軍は、その五星軍の中でも、一番弱いんだけどな」


軽快に笑い飛ばして水蝋は言う。木蓮はどう反応していいかわからず、苦笑して首を傾げた。






「牛筍一族は、瓶雪一族に次ぐ軍事一族だとうかがっていましたけど」


「例外もあるってことだよ。オレはどっちかというと、文官になりたかったしなぁ。でも、連翹は『輝星』にいたって劣ったりしないぜ」


「すごいですね・・・」








連翹の名を聞くと、彼が今、この水陽の牢獄に囚われていることを思い出し、胸が痛んだ。


急に表情を一変させた木蓮に水蝋が不思議そうに尋ねる。








「どうした?」


「・・・連翹さんが今どうされているか、ご存じですか?」


「連翹が?そりゃ、風蘭公子と一緒に冬星州にいるんだろ?」








やはり、連翹のことを知っているのはごく一部の者たちだけ。


縷紅はこの事実を知っているだろうか。




・・・いや、知っていたら、木蓮を兵部には異動させないだろう。










「木蓮?」


「・・・これは、内密事項ですが・・・」










なぜ、今会ったばかりの水蝋に、こんな重大なことを話そうと思ったか、木蓮自身にもわからない。


けれど、連翹を知り、彼と同い年だというこの明るい青年にひかれたのかもしれなかった。






でも、理由はそれだけじゃない。


水蝋もまた、風蘭を高く評価していたから。


彼が王であれば、と仮定とはいえ、木蓮と同じことを考えていたから。






水蝋なら、木蓮のこの焦りも憂いもわかってくれるのではないかと思って。












「内密?なにかあるのか?連翹にか?」


水蝋も黙り込んだままの木蓮に首を傾げる。






水蝋は、落ち着いた物腰を持つ連翹とは対極の性格をしていた。


けれど、頼りになりそうなその瞳は、連翹と変わりはなかった。








「・・・実は、連翹さんは風蘭公子と行動を共にしていないのです」


「はぁ?!じゃぁ、今は冬星州に公子ひとりでいるのか?!なにやってんだ、あいつ?風蘭公子にとって、冬星州は危険な地域・・・」


言葉の途中で、水蝋ははっと息を呑む。






「まさか、連翹のやつ、はめられたのか?!」


「はめられたのかどうかは、僕には真偽のほどはわかりません。ただ・・・連翹さんが今、水陽にいることは確かです」


「水陽に?!」


叫んでから、慌てて水蝋は声を低くして木蓮に詰め寄った。








「なんで連翹が水陽に・・・ここにいるんだ?!」


「僕も詳しいところまでは知りません。ただ、連翹さんが大獄にいると聞いたのです」


「大獄?!なんでそんなとこに?!」


ぎょっとしたように水蝋は驚愕の表情を浮かべていたが、次の瞬間には陽気な雰囲気は跡形もないほど真剣な瞳で木蓮を見返してきた。








「・・・なるほど、それで木蓮は兵部に異動となったわけか」


「・・・え?」


「おおかた、民部を探ってた風蘭公子のように、刑部に潜り込もうとでもしてたんじゃないか?」


「も、潜り込もうとは・・・。たしかに、刑部棟や大獄付近をうろうろすることはありましたけど・・・」


「で、執政官さまに目をつけられたか」


鋭くそう指摘して、水蝋はふっと不敵に笑った。










「中部は王族がいる後宮に最も関わりが深い。王族の権力で木蓮を大獄に向かわせられる前に手を打ってきたか。民部はぐちゃぐちゃしてるし、人事を取り仕切る式部も不都合ってわけだ。刑部はもちろん言わずもがなで、残った兵部になったわけだな」


武官だというのに、まるで文官のように論理立てて話をしていく水蝋に、木蓮は尊敬の念も含めて黙っていた。す


ると、それを警戒と受け取ったか、水蝋がにこりと笑って木蓮をつっついた。








「やるじゃねぇか、まだまだ新米のくせに。大丈夫、執政官にちくるようなことはしねぇよ」


先程のように軽快に笑ってから、すっと表情を鋭くさせて、声を落として木蓮に尋ねた。


「で?これを大将は知ってるのか?」


「いえ・・・僕からはなにも話していませんが・・・」


「そっか。まぁ、双大后さまがいずれは大将に話すだろうけど・・・」


「それは、双大将が連翹さんを幼いときから訓練されていたからですか?」


「あ?あぁ、まぁ、それもあるが、そんな理由だけで双大后さまもそんな大事な情報を洩らしたりされないだろ」


肩を軽く竦めてから、水蝋は言い加えた。










「双大将は双大后さまの実弟なんだよ」


「え・・・えぇ?!」


「なんだぁ?中部にいたのに知らなかったのか?」


「僕は女月貴妃についていることが多かったので・・・」


「あぁ、芍薬王の正妃か」












女月貴妃と聞いて、芍薬の妃だと知る者は多いが、実際に紫苑を知る者は少ない。


まだ、後宮は桔梗の影響が根強く残っているようだった。






それにしても、縷紅が桔梗の実弟であることは木蓮をおおいに驚かせた。






しかし、同時に納得のいくこともある。


桔梗が連翹を引き取った頃、縷紅はまだ大将はおろか、少将にもなっていなかった。そんな縷紅に、同一族だからという理由だけで連翹を預けるのは不自然に思っていたのだ。


しかし、桔梗の実弟であるならば納得がいく。






後宮から出られない彼女のために、縷紅があれこれと世話をしていたのだろう。


風蘭が兵部に頻繁に足を運び、縷紅を信頼しているのもそのためだったのか。










「だから、執政官も大将には手を出せないんだよ、さすがに」


にやにやと笑いながら水蝋が言う。そして空気を変えるようにぱん、と両手を叩くと木蓮に言った。








「双大将には言ったほうがいい。もしかしたら木蓮を大獄に連れていってくれるかもしれないし、あの方はそれだけの権力を持っている」


普段全然行使しないけどな、と笑いながら彼は言い加える。


そして、再び木蓮をまっすぐ見て、水蝋は優しく笑いかけた。








「連翹が濡れ衣を着せられているならなんとかはらしてやろうぜ。ま、それも含めてこれからもよろしくな、木蓮!!」


「・・・はい、水蝋さん」


木蓮は一気に心が軽くなったのを感じた。










閉ざされたと思っていた道が、今、大きく開いたのだ。


蘇芳がそれをどう阻止してくるかはわからない。


だけど、木蓮もこのまま引き下がるつもりはなかった。






水蝋も同じ気持ちか、大人びた顔立ちを少年のように綻ばせて笑う。


すると、はっとなにかを思い出したかのように、急に慌てはじめた。








「いけね、休憩時間抜け出してきたのに、そろそろ休憩が終わっちまう。じゃぁな、木蓮。オレは赤星軍にいるからいつでも寄ってってくれ」


「はい!!」










慌てて立ち去っていく牛筍 水蝋の背を目で追い掛けながら、木蓮は彼の存在を心強く感じていた。










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