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四章 絡み合う出会い 十四話



14、禍心包蔵








依然として、それはまだ続いていた。




野薔薇が台所に行けば、二日に一度は彼を見かけた。


中部典薬所所長、長秤 南天を。










王の専任医師でもある筆頭侍医。


なぜ彼が、火女しかいない台所に姿を見せるのか謎だった。


加えて、その南天がいる場所は、いつも芍薬王の食事が用意される台所の付近だった。


今のところ、野薔薇は南天がなにか不審な動きをしているのを見かけたわけではないが、『ここ』にいる、ということが不審であり、不自然であった。








楓や木蓮に相談したものの、その身分がわかっただけでそれ以降の進展はない。


彼がなにをしていようと、野薔薇に直接関係があるわけではない。


けれど、一度気になってしまったものを止めることはできなかった。














「・・・野薔薇?なにか、気になることでも?」


ぼんやりとそんなことを考えていると、今の野薔薇の主である双 桔梗大后が声をかけてきた。


はっと彼女は顔を上げ、聡明な主を見つめる。


不審というわけで、なにか怪しい行為を目撃したわけではない。ただの勘に過ぎないこの不安を、桔梗に伝えていいのだろうか。








だが、南天は先王芙蓉を看取った医師でもある。


芙蓉の妃であった桔梗にも、それを知っておく権利はあるのではないだろうか。


そう考えた野薔薇は、桔梗をまっすぐに見返した。










「ご相談申し上げたいことがあります」


「・・・なにかしら?」


「実は、芍薬王が即位されたあたりから、時々台所に見かけない官吏の方を見かけるようになったのです」


野薔薇の報告に、桔梗はまだ無表情のまま頷く。






「その方が典薬所の方だというのは、他の火女に尋ねたらわかりました。しばらくして、典薬所に所属する薬園師の知り合いと話す機会があり、その者に教えてもらったのです」


野薔薇も必要なこと以外はなるべく無駄に話したりせずに、淡々と言う。


そして、その名を口にした。










「台所にいた官吏の方は、典薬所所長、長秤 南天さまでいらしたのです」


「・・・なるほど、南天殿が」


話を聞いた桔梗は、最初にそれだけ言った。そしてしばらく押し黙ったあと、その場にいた花霞に視線をやり、その後野薔薇を見た。










「この話を知っているのは?」


「典薬所薬園師、長秤 楓さまと、采女所所属の羊桜 木蓮さまです」


「羊桜 木蓮・・・?どこかでその名を・・・」


桔梗はふと、木蓮の名になにかしら気に掛かるものがあったらしく思考に耽る。


すると、突然くすくすと笑い始めた。










「そ、双大后さま?!」


「大丈夫、思い出しただけよ。羊桜 木蓮。連翹から聞いていた、風蘭の同志ね」


「同志・・・ですか・・・?」


きょとん、とする野薔薇を取り残して、桔梗はにこりと笑った。








「その木蓮殿とあなたまで知り合ったのね、野薔薇」


「え、えぇ・・・。ついでに、女月貴妃ともお知り合いのようでしたよ?」


「紫苑姫と?まぁ、すばらしい繋がりね」


なぜか桔梗は木蓮に関する話をうれしそうに聞く。けれど次の瞬間、表情を引き締めて野薔薇に言った。








「南天殿のことは、以前から気に掛かることはあったの。もし機会があれば、直接南天殿と話してみてくれるかしら?なにをしているのかも。・・・正直に話してくださるとは思えないけれど、一応、ね」


まさか桔梗からそんな指示が飛んでくるとは思っていなかった野薔薇は、一瞬返答に遅れた。


この件に関わるな、と言われると思ったのに、まさか話し掛けてこいと言われるとは。








けれど、それは野薔薇にとって謎を解明する絶好の機会。


「かしこまりました、双大后さま」


もちろん、彼女はそう答えた。


















次の日の夕食の用意をしているときにも、やはりふらりと彼が台所に現われた。




野薔薇は周りを見渡す。


どの火女も夕食の用意に追われていて野薔薇にも、南天にも気にも留めていない。


野薔薇は決意して、相変わらず芍薬王の食事のそばをうろついている南天に近づいた。








「・・・失礼致します。長秤 南天さまでいらっしゃいますか?」


野薔薇は小声で問い掛けたにも関わらず、南天はひどく驚いた様子で肩を震わせた。迷うように視線を動かし、やや沈黙したあと、静かに答えた。


「・・・そうだが?」


「わたくし、双大后さまのもとで火女を務めております、野薔薇と申します」


「ほぅ・・・双大后さまの」






南天の瞳が鋭くなり、野薔薇を探るように見つめてくる。


彼女はなんとか悟られないよう努めながら微笑んだ。


「双大后さまから南天さまによろしくお伝えするよう、仰せつかりました」


「それはそれは、わざわざ丁重に。このような老いぼれにまでお心遣いをいただき、双大后さまに感謝をお伝えください」


「そんな、老いぼれなど・・・。南天さまはまだお若いではありませんか。ですが、双大后さまにはお伝えしておきます。・・・ところで」










何気なさを装って、野薔薇は身を乗り出して南天の傍に寄った。


「こちらで何をされていらしたのですか?」


「ん・・・いや、なに、芍薬王のお食事の検分でもと思ってな・・・毒があるかはもとより、栄養摂取の具合もみておこうかと・・・」


「まぁ!!筆頭侍医でいらっしゃる南天さま直々にご確認されたら、心配はございませんね」








野薔薇は無邪気に感心するふりをして、懐紙で料理にまだ溶けずにいた白い粉を少し回収した。


南天に気付かれないように身振り手振りを大きくしながら、それを再び懐に戻した。










南天と他愛もない話をしながらも、野薔薇は早鐘のようになる胸を抑えることはできなかった。


すぐさま桔梗のもとに戻り、ことの顛末を伝えた。懐紙にわずかに回収した白粉も彼女に見せた。


桔梗はそれらを確認すると、小さく頷き花霞に言った。










「野薔薇の幼なじみだという、長秤 楓殿にこの懐紙を渡してきて。そして返事の文は、野薔薇宛てに、と」


「え・・・?」


「かしこまりました」


不思議そうに問い返した野薔薇のとなりで、花霞が桔梗から懐紙を受け取って退く。


桔梗は花霞の姿が見えなくなってから、くすりと笑いながら野薔薇に言った。










「典薬所の薬園師である楓殿と私に接点があるのはおかしいでしょう?幼なじみの野薔薇になら、文をよこしても不思議ではないでしょう?」


「あ・・・そう・・・ですね」


指摘されて、野薔薇は間抜けな返事をしてしまう。しかし、真剣な桔梗の瞳に見つめられ、彼女も表情を引き締める。


「結果がわかり次第、すぐにお知らせします」


「・・・よく、陛下がおっしゃっていたわ」










突然、桔梗はぼんやりとした口調でひとりごとのようにつぶやく。


「芙蓉陛下は、よく、王族は毒への耐性をつけなければ、いつかは殺されてしまう、とおっしゃっていたの」


桔梗の突然の発言をどうとらえてよいかわからずに、野薔薇は絶句する。


「だから、風蘭には耐性がつくように、少しずつ慣れさせたわ。芙蓉陛下も同様。・・・けれど、芍薬王がそんなことをしていたかは、私にもわからないわね」






「・・・そ・・・れは・・・・・・」


「おそらく、先程の粉は毒でしょう。ただし、それが王自ら望んでのことか、そうではないのか、それはわからないけれど」


「筆頭侍医である南天さまが・・・王に悪意を持って毒を盛ると・・・?」


「可能性の一つよ、野薔薇」


桔梗は野薔薇を安心させるように微笑むがその瞳は一切笑ってなどいない。


それが、事態の深刻さを告げるかのように。










「・・・それにその場合は、南天殿ひとりのことではないでしょうね。裏に、どれだけいるか・・・」


「・・・え・・・?」


小さな桔梗のつぶやきは、控える野薔薇の耳にまでは届かない。問い返した彼女に、桔梗は再度微笑むことしかしなかった。
















数日待つと、すぐに楓から野薔薇へ呼び出しがあった。


手紙では詳しく書けないから会いたい、ということだった。


野薔薇は承諾し、楓の指定した室に向かっていた。ふと、木蓮もその場に同席するのかな、と思案する。


もともと、木蓮のおかげで楓と再会し、台所にいる『彼』が南天だと知った。






木蓮は、朝廷と後宮の狂いを憂いているようだった。


そして、それをなんとかして正そうとしている。


彼のような真っすぐな官吏が中部の采女所にいてくれるのは、野薔薇も安心だった。






後宮の秩序を守るのが采女所の務め。彼ならきっと、果たしてくれるから。












楓に言われた室の前に立ち、野薔薇は一度深呼吸をしてから扉をたたいた。


「野薔薇です」


「・・・どうぞ」


室内から楓の声。


野薔薇はゆっくりと扉を開いた。








その小さな室には木蓮の姿はなく、緊張した面持ちの楓だけがいた。


「・・・てっきり、木蓮さまもいらっしゃるかと思ったけど」


ちょっとした世間話のように彼女は言いながら、楓の前に座る。彼は首を横に振ってため息のように吐き出した。






「・・・木蓮殿は、もう中部にはいないんだ」


「え?!」


「木蓮殿が俺にこれをくれた」


そう言って楓が差し出したのは一通の文。それが木蓮からのものだというのは聞かなくてもわかった。








野薔薇はそれを受け取り、ざっと読み流してみた。


読み進めていくと、背筋がぞっとしていくのを感じた。


これは、木蓮からの警告だ。










「いったい・・・朝廷でなにが起こって・・・・・・」






声がつまる。


朝廷で、後宮で、いったいなにが起きているのか。


いや、もうずっと前から、『こう』だったのだろうか。










木蓮の警告は至って簡潔だった。


まず、彼が中部ではなく兵部に異動することになったこと。


出仕して一年余りの彼が異動となったのは、執政官の特例によるもの。


おそらく、木蓮は執政官の標的となってしまったこと。


その理由は、第3公子風蘭との関わりであろうということ。










野薔薇は読めば読むほど、その執政官という存在が恐ろしく思えてきた。


「楓兄・・・この執政官ってどんな人なの・・・?」


「蠍隼 蘇芳。今、この国で王よりも権力を持った存在だよ」








邪魔な王族を追いやり、朝廷を意のままに手中におさめた男。


一介の官吏に過ぎない木蓮が標的になったのは、彼が言うように、風蘭公子との接点が露見されたからだろう。


後宮で紫苑や野薔薇、楓たちと接点を持てない兵部への突然の異動通知。


それを強引に実行できてしまうのが、今の執政官という立場の強さなのか。












「・・・蠍隼執政官・・・・・・。要注意人物ね。楓兄も気を付けて」


「気を付けはするけど、野薔薇のおかげでとんでもないことに足を突っ込んじゃったからどうなることやら」


いつものようにからっと笑いながらも、困ったように楓は言う。それは、先日桔梗が彼に依頼した件であることは明らかだった。










「・・・わかったの?あれがなにか」


「双大后さまのおっしゃるように、あれは毒薬だった。ただし、あれは死に至るような毒ではない」


「じゃぁ、やはり芍薬王が自ら望まれて毒を?」






耐性をつけるために。


野薔薇が恐る恐る尋ねても、楓は首を縦には振らず、肩をすくめた。








「断定はできないが、違うだろうな。あの毒は、耐性をつけるために飲んでいく毒とも違った」


「耐性をつけるための毒なんてあるの?」


「まぁね。とりあえず、あんな効力のある薬は使わないな」


「どんな効力があったの・・・?」








聞くのも恐いと思いながらも、桔梗に報告するためにも聞かなくてはいけない。


なにより、一番最初にこの件に関わったのは野薔薇なのだ。どれだけ大きな渦だろうと、巻き込まれなければならないし、その覚悟は、できてる。






野薔薇のその決意が伝わったのか、楓はまっすぐに彼女を見返すと、口を開いた。


「あの毒は、神経を徐々に殺していく毒だ」


野薔薇は、楓の言葉を頭の中で反芻する。








神経を殺す毒。


だが、死に至るわけではない。


だけど・・・・・・。










「いずれ・・・すべての神経が死んでしまったら・・・体も死んでしまう・・・」


「そう。即死性の毒ではないけれど、じわじわと死へと追い込んでいく毒だよ」


楓は淡々と言っているが、表情には苦悩がはりついていた。






上司であり、同一族でもある南天が、王を殺そうとしているのだ。


南天に限って、誤った毒を使っているとは思えない。


だとしたら、確信を持って、彼は王にじわじわと死に至らしめる毒を盛っているのだ。












「なぜ・・・南天さまが・・・」


「俺にもわからない・・・」


力なく、楓も言う。


野薔薇と楓は、途方に暮れるように互いを見つめた。










ふたりが飛び込んだ渦は、いったいどこまでひろがっているのだろう。












野薔薇は楓と別れると、すぐに桔梗のもとに向かった。


この驚愕の事実をあの聡明な大后はどう受け取るのだろうか。






「・・・なるほど、わかりました」


野薔薇が楓から聞いたことをすべて話すと、桔梗は表情を変えることなく静かにそう言った。


彼女のその淡々とした態度に、報告した野薔薇が驚いた。






「双大后さま、驚かれないのですか?」


「おおかた、予想できていましたからね」


笑みすら浮かべて、桔梗は言う。


「予想ができていた・・・?それは、南天さまが裏切られていることをですか・・・?」






驚いて瞠目したまま、野薔薇は桔梗に尋ねる。


しかし、桔梗はそれには答えずに、そのまま野薔薇に笑みを浮かべ続けただけだった。










なにかがずっと、狂い続けている。野薔薇にもそれはわかった。


同時に、王妃となった紫苑の身が彼女は心配で仕方なくなってくるのだった。











桔梗は、本当に「女王陛下」って感じがするんですが(笑)

カッコイイ女、憧れますね!!

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