四章 絡み合う出会い 十一話
11、悪戦苦闘
風蘭にとって、これは絶好の機会だった。
星華国28代国王に反旗を翻す。
風蘭のその意図を語る場を、長秤 海桐花は設けてくれるというのだ。
もっとも、長秤一族当主である海桐花からしてみると、風蘭が王になるつもりで、長秤一族の協力を得たいのならば、長秤一族の面々を説得してみせろ、という言い分らしかった。
風蘭はその日の夜に、すぐに椿にその話をした。
「・・・できるわけ?説得させることが」
無表情に、試すように椿が風蘭に尋ねる。『黒花』として、風蘭を見極めるかのように。
「やるんだよ。これが乗り越えられなきゃ、朝廷を抑えることなんてできない」
「ま、そりゃそうよね」
「だから、椿。おまえにも同席してほしいんだ、説得の場に」
「はぁ?!」
すぐに椿がすっとんきょんな声をあげた。呆れた表情を浮かべた椿に、風蘭はすぐに慌てて手を振った。
「説得するのを手伝ってほしいわけじゃないんだ。ただ、見守ってほしい。俺がしようとしていることを、椿にも聞いてほしい」
すると、椿も今度はあっさりと頷いた。
「それならそうと言いなさいよ。いいわ、風蘭が描く星華国の未来を聞かせてもらおうじゃない」
「なんとかして、伝えてみせるさ」
風蘭は自分に言い聞かせるように力強く言った。
「風蘭公子、長老たちが2日後にお会いしたいと申しておりますが、いかがでしょうか」
そろそろいい加減海桐花に催促しようかと思うほど日々が過ぎた頃、やっと海桐花のほうから風蘭にそう告げてきた。
待ちくたびれていた風蘭はすぐに首を縦に振った。
「もちろん、お願いします、海桐花殿」
「お待たせしてしまって申し訳ありません。長老たちや分家の長たちも、俄かには信じてくれなくて・・・」
「無理もないことです。それでも、お会いする場を設けてくださったことに感謝いたします」
「でも時間かかりすぎよね~!!海桐花さん、もっと当主として威厳を持たなくちゃ!!長老衆にいいようにされちゃったら、全然新しい時代は来ないじゃない?」
「椿!!」
「いえ・・・椿さんのおっしゃる通りです」
椿の辛い指摘も、海桐花はしゅんとうなだれて応じる。
「まだ年若くして当主におなりになられたのです。強く出られないのも無理ないですよ」
「でも長老たちがくたばるのを待ってたら、いつまでも一族の当主として立てないじゃない」
「椿、それぞれの一族には一族の習わしがある。一概に当主のみに権力が委ねられるわけじゃない」
海桐花をかばう風蘭に、さらに椿はつっかかるが、それも彼に諭されてしまう。
椿よりも、誰よりも多く貴族や当主を見てきた王族である風蘭の言葉は、たしかに真実なのかもしれないが、椿は納得できない。
「この国は、11貴族が動かしているのが現状なのに、その貴族たちまでが方向性も定まらずに一族の中で揉めているんじゃ、国は滅亡の道をたどる一方だわ」
「だから、それを正そうとしているんじゃないか。それぞれの一族の問題は、王が介入で
きることじゃない。でも、国を起動させる組織図を組み替えることは、王にはできるんだ」
かつての初代王である牡丹が築いた礎。
それを覆してでも、今はすべてを正さなければいけない。
「風蘭さまは・・・そこまでお考えなのですか・・・?」
国の組織図を崩し、組み替え、新たな国を築くということへの覚悟。
生半可なことではできない。いや、してしまったら最後、滅亡か再生か、ふたつしか道はなくなる。
逃げ道はどこにもなくなる。
「もちろんです。そうじゃなきゃ、こんな旅をしませんよ」
苦笑して、砕けた様子で頷いた風蘭の横で、貴族の態勢に不満を延べ続けた椿が満足そうに頷いていた。
長秤一族との会談は、当主である海桐花の屋敷で行われることになった。
大きな広間のような室で、難しい顔をした長秤一族の面々が風蘭と椿を迎えた。風蘭達が座る席の遠くの正面に、当主である海桐花が落ち着かない様子で座っていた。
「本日は、みなさまにお集まりいただき、誠に感謝申し上げる」
風蘭が口火を切って告げると、いかにも長老らしき老人が、片手をあげて風蘭を制した。
「前置きはよろしい、風蘭公子。我々は単刀直入に聞きたいのだよ。冬星州におられるはずのあなたさまが、なぜ、秋星州にいらっしゃるのか?我らの若き当主殿の話によれば・・・」
その場の視線が、風蘭と海桐花に向かう。
老人は、しん、とした室に響く声ではっきりと尋ねた。
「風蘭公子は、現王芍薬陛下に謀反されるとうかがったが、その意図はいかがなものか?」
萎縮しそうなほどの緊張感が覆う空気の中、風蘭は長老の言葉に笑ってみせた。
「いかにも。わたしは、現王芍薬を玉座から下ろし、王になろうとしております」
堂々とした風蘭の言葉に、室の中が騒然とする。しかし、動じる事無く、彼は言葉を続ける。
「だが、わたしが望んでいるのは玉座ではありません。星華国の再生。そのためにわたしは王になることを誓ったのです」
「星華国の再生・・・?」
「こんな若造がなにを・・・」
「しっ。聞こえますよ」
「執政官に左遷された公子が、腹いせに反旗を翻そうというのか」
「ふん。口ではどうとでも。本当は玉座を求めておるのやもしれん」
「風蘭公子は正妃の公子。本来玉座を継ぐは、風蘭公子であったしな」
口々に囁かれる言葉たち。
風蘭は黙ってそれを聞いていた。
正妃の公子でありながら玉座を逃し、そして今、その玉座を求めて謀反を起こそうというのだから、無理もない反応だと思った。
長老が、片手を再び挙げて、場を静まらせる。そして、風蘭を見ながらさらに尋ねる。
「して、風蘭公子。ここで我々になにを望まれるか」
再び、その場はしん、と静まり返り、風蘭の言葉を待つ。
「長秤一族のみなさまにも、ご理解をいただき、御助力願いたい」
風蘭は立ち上がり、その場にいる者たち全員を見渡した。海桐花を含めたみなが、風蘭を見つめている。
「みなさまは、この国の体制がこのままでよいとお考えでいらっしゃいますか?執政官がすべての実権を握り、王を始め、貴族たちはみな執政官に逆らうことができない。不正を不正と唱えることができず、顔色伺いをするだけ」
風蘭の言葉に身に覚えのある者もいるようで、俯き加減になる者たちが出てくる。
「国を築き導き、民たちがよりよく暮らせるように設けられた朝廷で、今、一番重視されているのはなんですか?一族の保身と繁栄だけをお考えの方もいるのではないですか?では、何のための朝廷ですか?」
風蘭が熱く語れば語るだけ、その場にいる者たちは冷ややかに風蘭を見る。
その温度差を風蘭だけではなく椿も感じていた。話し合いにすらならないこの空気を緩和させたのは、この場を取り仕切っているかのような、あの長老の笑い声だった。
「お若いの、風蘭公子。朝廷は、貴族のためではなく民のためと申されるか」
「・・・はい」
「そうではない」
答える風蘭に、長老はきっぱりと否定する。
「あなたは我々11貴族の在り方を批判されるが、朝廷は我ら貴族のためにある組織ではない。はるか昔より、朝廷は・・・」
ゆっくりと節くれだった老人の指が風蘭を指差した。
「王族のためにあった。民の偶像である、王のために」
「なっ・・・」
「我らを責め立てる前に、王族を、獅一族を省みられよ、獅 風蘭殿」
「それは・・・」
そうではない、とは言えない。
始まりの刻より、朝廷は王を中心に、王のために在った。王が執る政を円滑にさせるために、朝廷を支える11貴族がいた。
「・・・認めましょう」
目を臥せて自らの考えをまとめたあと、彼ははっきりと長老を見据えて頷いた。
「獅一族が、その責務を放棄し、諫める事無く過ぎてきた時代があったことは、認めます。朝廷のあるべき姿を失わせ、道のはずれた行いを犯したことも。そして、果たすべき責務を果たさずして過ごしてきたことも」
華美な生活を維持するために公私を混同させた26代国王。
その反動か、政務を一切省みず、王の責務を放棄した27代国王。
王族である獅一族は責められて当然だった。
「だからこそ、星華国の在り方を変えたいと思うのです」
「この国を変えたい。あなたはずっとそれを言うが、どのように変えるおつもりか」
「正妃の公子であるあなたが玉座を得ることはたやすい」
「玉座をめぐる争いになぜ長秤一族が巻き込まれなければならないのか・・・」
再び口々に風蘭へ批判が飛びかう。
風蘭は、ひとつため息をついて、ふと、先程からひとことも何も発していない人物からいることに気付いた。
「・・・あなたは、わたしに言いたいことはないのですか?」
「え?!」
冴えない中年の男だった。けれど、この場に在席しているということは、分家のひとつの長であるに違いなかった。
風蘭に問い掛けられた男は、所在なさげに辺りを見渡す。
すると、違う方向から声が飛んできた。
「あなたのところの次男の出仕問題で散々騒ぎを起こしておいて、まさかあなたまで問題を起こしませんよねぇ」
どこからか飛んできた言葉にあちこちから嘲笑が交じりこんでくる。
この男の次男が何か問題を起こしたのだろうか。
「楓殿は文官として出仕したいと申し出られただけではないですか。なぜ責められるのです?!それももう、何年も前の話。今は楓殿も立派に薬園師としてお勤めではありませんか?!」
それまで黙っていた海桐花が抗議するが、年若い当主の言葉は一蹴されてしまう。
先程の男が申し訳なさそうに海桐花を見ていた。
風蘭は、そんなふたりの様子が気になって尋ねてしまう。
「楓、という方が、文官を望まれたのですか?それがなぜ、医官に?」
「長秤一族は代々医官として出仕してきた一族。医官となる気がなければ水陽にはやるつもりはない」
長老がきっぱりと告げる。しかし、風蘭は納得しなかった。
「なぜ文官や武官ではいけませんか?なぜ自らの人生を選ぶことができないのですか?!」
「風蘭公子。これは長秤一族の問題。口出しは無用です」
「いいえ。いくら一族の問題とはいえ、選べるはずの未来を選べないことには納得がいかない。わたしが目指すのは、貴族も民も、男も女も、自由に自らの未来を選べる国にしたいのです」
風蘭の声が室内に響く。それは確かな効果を持って、その場を支配した。
「自由に未来を選ぶ・・・?民にまで?!」
「なにを言いだすかと思えば」
「これだから王族は」
「民が官吏になりたいと言いだしたらどうするのだ」
「いっそ貴族にしてしまうか」
「11貴族の崩壊だな」
口々に不満が渦巻かれていく。さらに風蘭が何かを言うよりも前に、黙って見守るだけのはずの椿が、誰の声にも負けないよく響く声で言った。
「民が未来を選んじゃいけないわけ?官吏になりたいと、なんで望んではいけないの?」
みなが初めて椿を認識する。突然憮然とした態度で口を尖らせたこの少女に、長老が目をすがめて尋ねた。
「あなたはどなたかね?」
「風蘭公子を助ける者よ」
そして、不満ばかりを口にする面々に、彼女はさらに言う。
「民があなたがたと同じ道を望むことが、なぜ11貴族の崩壊になるの?!なぜ、民が虐げられなければいけないの?」
「虐げてなど、いない!!いつだって、我々は救えぬ民の命に、失望してきた」
ひとりの男が立ち上がって、椿に言った。その男の言葉に、みなも重々しくも頷く。
「官吏となり、医官として朝廷に勤める間は薬の不足などなく、治療することも研究することもできた。けれど、退官し町医者になった者や、診療所をたちあげた民には、救える命に限度がある」
「そうだ!!州も国も、それを救う財源はないというだけで、幼い命や救えるはずの命さえ救うことができず、自由な未来など、どうやって・・・!!」
「それです、わたしはそれを聞きたかった!!」
医療制度の不満を唱えはじめた男たちに、風蘭は飛び付く勢いで食い付いた。
「民に一番関わりのある医族である長秤一族の方々に、民の声を、救うための手立てを聞きたかった」
「な、なにを・・・」
「おっしゃる通り、民が自由に選ぶ未来は、その命がなければ何の意味もない。民が何を望み、どう対処すべきか、あなたがたはその答えをお持ちではありませんか?」
風蘭は、冬星州に行かなければ、民があれほどまで貧困にあえいでいるとは知ることができなかった。
椿に言われなければ、そこに目を向けることも、そしてそれを越える強さを知ることもなかった。
霜射 柘植が冬星州の州主として、民を、州を救おうとしているのはわかった。
瓶雪 黒灰が、州軍を預かる一族の当主として、私軍を結成し、民と共に治安を守ろうとしていた。
そして、かつての国王に迫害された北山羊一族が、今尚深く深く獅一族を憎んでいることも知った。
風蘭は、冬星州で多くのことを知った。
朝廷でわかったような顔をして、蘇芳にえらそうに意見していた自分が恥ずかしくなるほどに。
「・・・だから、わたしは知りたい。民のことも、あなたがた11貴族のことも」
冬星州で彼は自分が感じたことを話し訴えた。あれほど風蘭が発言するたびにざわついた者たちも、不思議と黙って彼の言葉を聞いていた。
「実際、すぐになんとかできるとは思っていないです。ですが、形をつくることは、できるはずです。今の朝廷では、芍薬王では、それもできないでしょう」
約束のない未来。
確約のない誓い。
信じてもらうしかない、
不確かな言葉を風蘭は必死に投げ掛けた。
椿はそれを横でおとなしく聞き、海桐花も正面で神妙な顔で頷いていた。
やがて、しばらくして風蘭が口をつぐむと、長老がゆっくりとその場にいる者たちを見渡しながら言った。
「・・・風蘭公子のご決意のほど、ようわかった。さて、みなの衆、どうされる?風蘭公子に手を貸されるか」
風蘭の掲げる理想に加担し、逆賊となる覚悟を決めることができるか。当初は否定的だった者たちがみな、困ったようにうつむいていた。
ある者は迷うように周りを見渡す。
「・・・わたしは、長秤一族みなさんの力を貸していただきたい」
風蘭が再び口を開いたことにより、みなが彼に注目する。もう、彼を揶揄する者はいなかった。
「ですが、一族がどうされるかは、当主である海桐花殿にご決断願いたい」
「え・・・?」
突然風蘭に名指しされ、海桐花が戸惑いの声をあげた。そして、その指示を仰ぐように、彼は長老を盗み見た。
「海桐花殿のお好きにされるがよい。我らは当主に従うだけ」
長老は突き放すようにそう言った。海桐花は益々困惑した様子で、注目されることに居心地悪そうに身じろぎを繰り返した。
「海桐花殿。あなたが『納得できるやり方』で決めてください」
風蘭がそっと彼に言う。まだ当主になったばかりの若い一族の長に。
海桐花は風蘭の言葉に目を瞬いたが、次の瞬間には微笑んで頷いた。
「わたしは、風蘭公子のお言葉を信じたいと思います。ですが、当主の決断だからといって、それをみなさんに強要するつもりはありません」
海桐花の発言に、眉を寄せる者が出てくる。それでも彼は続けた。
「かつて、楓殿が当時の当主であった父の決断に従うしかなかったような、あんな強要はわたしは納得できない。・・・どうかみなさん、目を閉じてください。そして、風蘭公子に賛同される方は、手を挙げてください。誰が手を挙げなくても、わたしは他言しませんし、責めるつもりもありません。・・・もしかしたら、長秤一族みなが従うことはできないかもしれません。よろしいですか、風蘭公子?」
最後の一言は風蘭に向けて、海桐花は尋ねた。風蘭はしっかりと頷くことで答えた。
「・・・ではみなさん、目を閉じて顔を臥せてください」
海桐花の予想外の誘導に、みなは戸惑ったようにきょろきょろしていたが、なにより長老が先にそれに従ったので、みなそれにならった。
「・・・風蘭公子に従う方は、どうぞ挙手を」
海桐花のその言葉で、最初に手を挙げたのは、先程の楓という者の父だった。そして、ぽつりぽつりと手が挙げられていく。
風蘭は、感激で胸がつまりそうだった。
彼の目の前には、ほぼ全員が手を挙げている光景があったのだ。
風蘭が為し得ようという未来を、信じてくれた者たちがいる。
こんなにも。
最後まで挙手をしていなかったのは、長老だけだった。
無理もないことかもしれない。風蘭が半ばあきらめたときだった。
長老は俯いたまま、くくく、と喉をならして笑った。
「若者はなにをしでかすか予想ができぬの。だが、それも新たな時代の幕開け。悪き風習は捨てる勇気も必要ということか」
言い終わると同時に、長老もゆっくりと手を挙げた。
今この場は、海桐花と椿、風蘭を除くみなが手を挙げていた。
「風蘭公子。この者たちの忠誠を、期待を、あなたに」
そう告げた海桐花の顔は、まぎれもなく当主の顔つきだった。
秋星州編は、冬星州編よりは平和な感じがしますね~。
でもまだまだ危険はこれから・・・・・・かも?です(笑)