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四章 絡み合う出会い 三話







3、予測不能








芍薬を玉座から降ろし、王となる。






風蘭の宣言は、冬星州で出会った人々から支持を得ることができた。


王を支える、といわれる11貴族の当主ふたりにまで賛同してもらえたのだ、この判断は間違っていない。






風蘭は自分に言い聞かせるように、そう思っていた。








彼が王になると、反逆の意を示すということは、芍薬と対立することに他ならない。


なにより、水陽で待つ人々とも対立することになる。




母である、桔梗とも。






それでも、今の風蘭は、それしか術はないと思っていた。冬星州だけでなく、星華国そのものを変えようとするには、すでに根から変えなければならないところまできている。


現状を惰性に維持しようとする芍薬の王政では、きっと近いうちにこの国は沈んでしまう。






だから、自分が王となり、この国を変えるしかない。


それしか、きっともう方法が、ないんだ。








「・・・風蘭さま、大丈夫ですか?」




声をかけられ、風蘭ははっと顔を上げた。彼に呼びかけた人物は、心配そうに、というよりは試すかのような視線を彼に送っている。


「お疲れになられましたか、風蘭さま?」


「・・・いや」


「もう少しがんばってくださいね。せめて次の町までは」


くすりと笑って、彼は風蘭のうしろに再び馬を戻す。彼の横を通り過ぎるときに、小さな声で忠告することも忘れずに。






「迷いは、禁物ですよ」






風に流されるかのような忠告に、風蘭はぐっと唇を噛み締める。


「余計なお世話だ、連翹」


「失礼いたしました、風蘭さま」


悔し紛れに言った言葉も、苦笑共に連翹にはさらりと流されてしまう。








今、風蘭たちは、馬を駆って冬星州を出ようとしていた。




風蘭が反逆の意を示してから、すぐに椿たちが夏星州へ帰州することを薦めてきた。冬星州にいればいるだけ、水陽にいる蘇芳にその動向は筒抜けだ。どのような情報網を使っているかはわからないが、彼が風蘭をここへ寄越した時点で、何らかの準備はされている。




いつまでも冬星州にいれば、反逆を知られるだけでなく、その手の内さえ知られるかもしれない。








そこで、そこから10日足らずで、彼らは夏星州へ向かうことになったのだ。


無論、風蘭にはそれにためらいはあった。




もともと冬星州には、元民部長官の謎の死を解明する目的もあったからだ。


だが、連翹があっさりと爆弾発言をしたことにより、懸念事項からはずれることになった。


曰く、


「元民部長官がお亡くなりになった原因をわたしは存じ上げてますよ」


というものだった。






もともとそのせいで冬星州を訪れていた風蘭は、寝耳に水である。


「なんで連翹が知ってるんだ?!」


けれど、彼はそれに微笑んだだけで、何も答えることはなかった。


「知っているなら、俺が冬星州に行く前に言ってくれたらよかったのに」


「風蘭さまに、きっかけを差し上げたかったのですよ。冬星州に行けば、環境が変わって決意されやすいかと思いまして」








何を、とはさすがに風蘭も尋ねなかった。


だが、内心は驚いていた。


風蘭に反逆の意を持たせる。


連翹は風蘭が王になると決意してほしかったということなのか。






たしかに、風蘭が反逆の意を示してから、あれほどふざけたように呼んでいた「坊っちゃん」や「若君」ではなく、「風蘭さま」と呼んでいる。風蘭の記憶のなかで、連翹が彼をそう呼んだことはかつてない。


それはやはり、彼が王となることを決意したからであろうか。








「わけわかんねぇ・・・」


風蘭は、ひとり、馬の上でがっくりとうなだれた。






今、風蘭たちはたしかに夏星州に向かっていたが、その最短の道程は避けていた。おそらく、その道程は蘇芳の情報網にひっかかってしまう。そのため、彼らは遠回りなのはわかっていたが、秋星州を横切る道程で夏星州に向かうことになった。






「秋星州は星華国で一番学問が栄えているって聞いたことがあるわ。冬星州よりひどいとこなんてないだろうけど、どんなとこだか気になるわ」


風蘭の前で馬に乗っていた椿が、実に楽しそうに振り返って言った。




今、夏星州に向かっているのは風蘭と連翹、そして椿のみ。『闇星』の『黒花』を継いだはずの椿が風蘭たちと一緒にいるのは、石榴の骨を墓に納めるため。


彼女が眠るべき場所は、歴代の『黒花』が眠る夏星州であるべきだと、『闇星』の面々が言い募ったせいもあった。そこで、椿が新しい『黒花』として石榴を夏星州まで運ぶことになったのだ。


風蘭は椿と連翹に挟まれるようにして、秋星州に向かっていた。










ある程度予測していたとはいえ、襲撃を受けたのは秋星州を目前にしたあたりでのことだった。


野宿の支度のため、火を必死におこそうとしていた風蘭と、薪集めをしていた椿に、連翹が落ち着いて告げた。






「風蘭さま、どうやらわたしたちは囲まれてしまったようですよ」


「は?」


「ここはわたしが引き受けますから、椿さんと共に先を急いでいただけますか?」


「いったい何の話を・・・」


「だめよ」


困惑する風蘭を押し退けて、椿がきっぱりと否定した。


「連翹ひとりを置いていけない」


「ですが椿さん、ここで一緒に残れば、前の襲撃と何も変わりません。あなたと風蘭さまで先に秋星州へ向かってください」


「襲撃?!敵に囲まれているのか?!」




やっと現状を理解した風蘭が、手を止めて顔を上げる。それを呆れたように椿が見ていた。


「風蘭のお守りは連翹の務めでしょ。残るならあたしが残るわ」


「いえ。相当数に囲まれています。先代の『黒花』ならともかく、今のあなたでは・・・」


言いにくそうに告げる連翹に、椿は薄く笑った。


「はっきり言うわね。まぁ、たしかに今のあたしはまだまだ未熟だわ。・・・わかった、風蘭を連れて先に秋星州に向かうわ」


「ちょ、ちょっと待て!!連翹を置いていくのか?!」


「そうよ、今そう決まった」




頷く椿の横で、連翹が剣を抜いて構える。


「早く、行ってください」


「だめだ、連翹を置いていくなんて!!ここで俺も戦う!!」


「聞き分けのないこと言ってないで早く馬に乗って!!」


「でも椿・・・!!」




「風蘭、あなたは未来の星華国を背負うべき王となるんでしょ?あたしも・・・そして冬星州も風蘭に期待してるの。こんなところで死なれちゃ困るわ」




椿ははっきりとそれだけ言うと、ひらりと馬にまたがって闇夜を駈けていく。


「行ってください、風蘭さま。必ず、またお会いできますから」


「・・・連翹」


後ろ髪をひかれる思いで馬にまたがった風蘭は、意を決して最後に彼に呼び掛けた。






「連翹!!命令だ!!絶対生き延びろ!!」






風蘭の言葉に、一瞬瞠目した連翹だったが、すぐにふわりとした笑みを向けた。


「御意のままに、我が君」




不安はあった。だが、風蘭は連翹を信じて、椿と共に闇夜を駆け抜けた。








馬を全速力で走らせている最中でも、何本かの矢は飛んできた。


しかしわざと乱れて走ったせいもあり、それらは風蘭たちを擦っただけで済んだ。


「夜さえ明ければ、目立って襲撃できないはずよ」


椿が風蘭を励ましながら秋星州へ走らせる。


夜が明ける前に秋星州に辿り着ければなおいい。柘植に手渡された地図を最後に確認したときの記憶によれば、ここから一番近い大きな町は愁紅。


どんな町かはわからないが、この襲撃の手を止めることはできるはずだった。






冬星州をあと少しで出るというときになって突然始まった襲撃。


これもまた、連翹が推理していた北山羊一族のものだろうか。


それとも、風蘭が懸念する、蘇芳という執政官の差し金だろうか。


どちらにしても、やつらが風蘭の命を狙っていることは必至。なんとしてでもこの場は逃げ切らなければならなかった。








空に明るみが出てくる頃、やっと風蘭と椿は関所まで辿り着いていた。すでに張りつくような殺気はなくなっている。


「・・・ここで連翹を待つか?」


疲労困憊した表情で風蘭は椿に尋ねた。同じくぼろぼろな姿で馬にまたがっていた椿は、力なく首を横に振ってため息のように答えた。


「連翹は先に秋星州に行くようにあたしたちに言ったわ。彼を信じて先に進みましょう」


「・・・わかった」


先程とは異なり、あっさりと同意した風蘭に、椿はいたずらっぽく笑って首を傾げた。


「ずいぶん素直じゃない、『坊っちゃん』?」


「絶対に死ぬなって連翹に言ったんだ。連翹は約束を違えない。・・・それと、その呼び方やめろよ。椿は本当に俺を王にしたいのか?」


拗ねるように尋ねる風蘭が、いかにも彼らしく、椿は思わず笑みをもらした。






誰かが自分を王にたてようとしているとなれば、横柄な態度になっても不思議なわけはないのに。


まして、彼は正妃の公子。最も玉座に近い立場なのに。


こうして自らが王になると決めた今でも、自信がなさそうに拗ねたりする。






「もちろんよ、風蘭。あなたには立派な王になってもらわなきゃ」


そうして、ふたりは朝早くから関所の門を叩いた。関所を通過するのは難なかった。


冬星州州主である柘植と、同じく11貴族である黒灰の署名のある札を見せれば、ぎょっとした役人たちはいそいそと彼らを通した。






「風蘭は名乗ればそれだけで関所なんか通過できるんじゃない?」


「名乗れば水陽にその情報が渡されるだろ」


「もう、すでに色々なことがばればれな気がするけど」




愁紅までは休まずに進もうと決めたふたりは、緩い足並みながらも馬を進めていた。けれどくたくたな体はすでに悲鳴をあげており、気を抜けばその場に崩れて眠りそうだった。


だから、ふたりはなんとなしに他愛ない会話をしながら前に進んでいた。








ところが、あと少しで愁紅に到着するというところで思わぬ事態に出くわした。それにいち早く気付いたのは風蘭だった。


「おい、椿、あれ・・・」


風蘭が指差す先には、何とも人相の悪い連中がひとりの少女を取り囲んでいるのが見える。


「追いはぎかなんかじゃないの?」


あくびを噛み殺しながら答える椿は、まったくそれに興味がない。むしろさっさと迂回して愁紅に向かいたい。






ああいう頭の悪そうな悪党は、冬星州にいるときにいやという程見てきた。あの少女は運が悪かった。それだけだ。






「ちょっと、助けてくる」


当然のように風蘭が椿の横を通り過ぎ、その揉め事の渦に突っ込んでいくのを見て、椿は心底目を疑った。




この疲れ切った状態で、見も知らぬ少女を助けようというのか。


しかし、と椿はすぐに思い直す。


『だからこそ』椿たちは風蘭に希望を託したのだ。きっと彼なら、目の前にある憂いをなんとかしようと努力してくれるから。




「・・・でも、疲れてるのに面倒だわ」


言葉とは裏腹に、椿は苦笑しながら風蘭の背中を追い掛けた。








「やめろ!!」


馬に乗ったまま、風蘭は賊を掻き分けて少女の前に立ちはだかった。彼女を取り囲んでいた賊は、突然現われた風蘭に鋭い視線をよこす。


「あぁ?!なにすんだ、てめぇ」


「それはこっちの台詞だ。少女ひとりを囲んでなにをしていた?!」


「貴族気取りの平民が、図に乗らないように躾けていただけさ」


「なに?!」


「貴族に仕えているってだけでいい気になりやがって。ちょっとくらいお情けを頂戴したっていいだろ、なぁ?」


最後の問い掛けは、少女に向けられる。少女はびくりと肩を震わせた。




「そんな真似は、俺が許さない」


馬から飛び降りて、風蘭は高々に言った。その行動に、賊たちは嘲笑った。


「なんだなんだ、旅人が正義感振りかざして地方官吏の真似事か?!」


「秋星州の山賊の実力を知らなかったのが運の尽きだな」


「たいしたもんは持ってなさそうだが、ついでにお前の荷物もいただいてやる」


「まったく。どこの州もちんぴらの言うことは一緒ね」






呆れた口調で飛んできた言葉に、山賊たちはばっと振り向く。


「椿!!」


「さっさと片付けて先を急ぐわよ」


「・・・なんだ、女か。馬鹿にされたもんだなぁ、俺たちも」




安堵し、嘲笑する山賊に、椿は『黒花』としての笑みを彼らに向けた。


「女と甘く見て、あたしたちに喧嘩を売ったのが運の尽きね」


「なに?!・・・だったら、思い知らせてやる!!」








そうして始まった山賊と椿たちの戦いは、呆気ないほどすぐに決着がついた。もともと黒灰や石榴たち『本物の武人』から数ヵ月間指南を受けていた椿たちが、素人集団の山賊に負けることなどありえなかった。


見せ付けられた圧倒的な差に驚いた山賊は、なにやら色々と喚きながら方々に散っていった。






「大丈夫か?」


一息ついたところで、風蘭は少女に尋ねた。馬に隠れるようにして立っていた少女は、尋ねられるとおずおずと姿を現してぺこりと頭を下げた。




「ありがとうございました。・・・あの、お怪我は・・・?」


「いや、大丈夫だ」


「でも顔色が・・・あ!!」


風蘭から視線をはずした少女は小さな叫びをあげて駆け出した。少女が駆け付けた先は、大きい石にもたれて目を瞑る椿の元だった。






「大丈夫ですか?!」


「ん~平気・・・。でも・・・・・・もう、限界・・・」


「え、どこかに怪我を・・・?!」


「・・・もう、だめ。疲れた、眠い。・・・・・・おやすみ・・・」


椿はそれだけ言い残すとその場で深く眠りについてしまった。






風蘭も遠くからそれを見ていて、どっと鉛のように重い体を自覚する。


足元の土が魅力的な布団にすら見えてくる。もはやそうなってくると、体は一歩も動かなくなる。








その場にしゃがみこんで、なんとか眠気に耐えようとした風蘭だったが、ぽかぽかとした朝日と、突然熟睡を始めた椿をおろおろと見守る少女の微笑ましい光景に安堵して、風蘭もとうとう意識を手放した。










さて、風蘭たちは秋星州編スタートです。

・・・とはいえ、四章のメインは彼らじゃないんですけどね(笑)

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