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三章 渦巻く暗躍 十八話







18、即位の果てに








その知らせを芍薬が聞いたのは、その騒動があってから半月も経ってからだった。




冬星州私軍が風蘭を攻撃。




傍らで同じくその知らせを聞いていた蘇芳は、驚愕の表情を浮かべたままの芍薬に冷たく言い放った。


「申し上げましたでしょう?私軍を粛正すべきだと。それを先送りにした結果がこれですよ」


「蠍隼執政官・・・・・・」




力なく、芍薬は蘇芳を見る。彼はただ何の感情も表に出さずにすましているだけ。


この騒動は、蘇芳の『懸念』だったのか、それとも、『計画』だったのか・・・・・・。






「・・・・・・まぁ、風蘭公子の御身がご無事なのはなによりですね」


蘇芳の抑揚のない口調を横で聞きながら、芍薬は報告書に目を落とす。


「この騒動で死んだのは、石榴という妓女と数名の軍人か。・・・・・・・なんで妓女が船に乗っていたんだ?」




「さて・・・・・・風蘭公子にお仕えしたかったのかもしれませんね。・・・だが、これは都合がいい」


「なにか言ったか、執政官?」


「いいえ、芍薬さま」




蘇芳の小さな独り言を聞き取れずに聞き返した芍薬だったが、それはぴしゃりと拒絶して返された。


とりあえず、芍薬にとっては石榴という妓女の死はさほど大きな衝撃にはならなかった。








彼は、彼女の真の姿を知らないからこそ、失ったものの大きさに気付けなかった。






「芍薬さま、即位式のことですが」


蘇芳が話題を変えてきたことにより、芍薬もはっと頭を切り替える。






そう、先王芙蓉の死から間もなく一年。


喪が明けると同時に、芍薬の即位式が予定されていた。










その知らせを木蓮が知ったのは、芍薬とほぼ同時だった。




華鬘に突然呼び出されてかけつけると、開口一番に風蘭が冬星州で襲われたことを聞かされた。




「風蘭が・・・?!そ、それで、風蘭は無事なんですか?」


「風蘭公子、ですよ、木蓮殿」


「あ・・・申し訳ありません」


「動揺はわかります。ですが、どこで誰が聞いているかわかりません。くれぐれもあなたと風蘭公子が親密な関係であることを悟られてはいけません」






今、風蘭の立場は朝廷の中で危うい。


芍薬の敵だとはっきり言う者までいる。


その公子と名を呼び合うほど親しい仲だと今知れるのは、木蓮にとっても危うい。何の権威も持たない木蓮だけでなく、羊桜一族にまで降り掛かる問題だ。






華鬘は、卑怯だとわかっていながらも、木蓮や果ては春星州の保身のために木蓮にそう指摘した。




「風蘭公子はご無事のようです。ただ、公子をお守りして死者は出たようですが」


「それは・・・連翹さんでしょうか・・・?」


「いえ。名はわかりませんが・・・・・・そのようなお名前は聞いていませんね」




華鬘の言葉に、木蓮はほっと胸をなでおろす。


風蘭も連翹も無事。それだけわかれば、木蓮には十分だった。






だが、気に掛かることはある。


「冬星州の私軍の襲撃ということは・・・・・・内乱ですか?冬星軍は止められなかったのでしょうか。それとも・・・」


「わたしもまだ事実関係はわかりません。ですが、内乱にしては規模が小さい。この騒動が起きてから、別件の反乱や動きがあったようにも見えませんし」


華鬘は内乱というよりはむしろ別の理由を考えていた。そして、木蓮もそれに気付く。






「まさか・・・風蘭公子を狙っての襲撃・・・?」






王政を放棄した先王の公子だ。先王の分まで恨みは多いだろう。




だが、冬星州に来て数ヵ月後に、私軍の何人かが襲撃するというのは、一時的な恨みを晴らすにしては、時期や機会がよすぎる。






まるで、誰かがお膳立てをしたようだ。


では、誰が。




風蘭がいなくなり、一番得をするのは。


冬星州に風蘭を追いやったのは誰だったか。






木蓮の背筋が、夏だというのに冷えていく。






「・・・華鬘さま・・・まさか・・・・・・」


「木蓮殿。それ以上は憶測の域を越えません。今、ここで口に出すべきかどうか、よくお考えなさい」


華鬘の落ち着いた指摘に、木蓮もはっと冷静さを取り戻す。




「そうですね。・・・華鬘さま、わざわざお知らせいただいてありがとうございました。失礼いたします」


木蓮は深く頭を下げて礼をし、室を出た。






胸の中には不安しか残らない。


いつこの場に帰ってこれるのかもわからない風蘭に、木蓮は思いを馳せる。






そうして、彼が不安に駆られているその間にも、芍薬公子の即位式の準備は着々と整えられていた。


即位式を取り締まるのは、木蓮が所属する中部の仕事。






とりあえず、今は彼がすべきことをするだけだった。










紫苑が、その騒動の話を聞いたのは、意外な人物からだった。






「・・・・・・え?私を?」




一応、まだ彼女の世話係を勤めている薄墨に、おずおずと聞き返した。






「紫苑姫をお呼びでなければわたくしがわざわざここへ伺いませんが?」


相変わらず刺々しい口調に、紫苑は萎縮しながらも慌てて頷く。


「そ、そうですよね。では、急いで支度しますね。やはり正装のほうがよいのでしょうか?」


「公式な対面でもないのですから、失礼な格好でなければ構わないと思われますが?」






冷ややかな薄墨の答えに紫苑は軽く頷き、衣を選ぶ。


悩んだ末に彼女はシオンの衣を纏い、同じ花の簪を飾り付けた。正装ではないが軽装でもない。


薄墨も特に文句を言うこともなく、紫苑を目的地まで案内した。






後宮の奥のさらに奥。


許された者以外は立ち入ることのできない領域。






「・・・紫苑姫をお連れしました」


室の前で待っていた女官に、薄墨はそう言って頭を垂れた。


「ご苦労さま。お戻りなさい」


優しく、けれど有無を言わせぬ厳しい声で、その女官は言った。


薄墨は再び礼をすると、そのままそこから立ち去った。








おどおどと落ち着きなく立っている紫苑に、女官は優しく微笑んだ。


「お初にお目にかかります、紫苑姫。わたくしは双大后の側女を務めております、花霞と申します」


花霞は扉を開けて、紫苑を中へと促す。




「双大后がお待ちです。お入りくださいませ」


「あの・・・・・・なぜ、双大后さまが私に・・・?」


「双大后もかつては貴妃であられた方。貴妃としての心得をお伝えしたいのではないのでしょうか」






決して笑みを崩さずに花霞は優しく告げる。


紫苑は意を決して、室に踏み出した。








紫苑は、風蘭が冬星州へ旅立ってから、あまり人との接触がなかった。


同じ妃候補だった雲間は、風蘭と共に冬星州へ帰り、残った槐も木犀との婚約を決めた前後から音沙汰がなくなった。


唯一知っている、後宮の官吏である木蓮も、仕事が忙しいらしく会うことはなかった。






果たして本当に紫苑はここにいていいのか、本当に妃となったのか、日々戸惑い続けていた。


妃審査と呼ばれるものも何もなく、芍薬公子とも一度も面会はなく、ただ即位式と婚儀の支度だけが整っていく様は、まるで他人事だった。




そんな中、突然双大后から呼び出しがあった。


花霞の言うように、本当に貴妃としての心得を伝えるためかはわからなかったが、紫苑にとっては恐れ多いことだった。








「桔梗さま、お連れいたしましたわ」


花霞が先に桔梗のいる室に入り、跪拝してそう告げた。


紫苑も続いて室に入り、平伏して桔梗に告げた。






「本日はお招きに預かり、真にありがとうございました。秋星州女月家当主が娘、女月 紫苑と申します」






沈黙が落ちる。






桔梗からは何の言葉もなく、許しがないまま紫苑は顔を上げるわけにはいかないので、桔梗の表情もわからない。


何か粗相をしたかと、冷や汗が全身をかけぬけ始めた頃、凛とした声が室に響いた。




「花霞、人払いを」




同時に、伏せた紫苑の周りからぱたぱたと人の気配が消えていく。誰かがひとり、ぱたりと紫苑のすぐそばで立ち止まったが、すぐにそこから立ち去ってしまったようだ。




どのみち、今の紫苑はそれどころではない。






凛とした張り詰めた弓のような声。これが、双大后さまのお声。






「さぁ、顔を上げて、紫苑姫」


先程の声とは違い、柔らかな声色が紫苑に振ってきた。ゆっくりと、紫苑は顔を上げ、目の前の前貴妃を見上げた。






それは、例えようのない威厳だった。


目が合った瞬間に、畏怖とも知れぬ震えが紫苑の中に走った。






「初めまして、紫苑姫。双 桔梗です。突然呼び立ててお許しくださいね」


微笑んで謝る桔梗に、紫苑は慌てて首を横に振る。


「そんな、とんでもございません!!恐れ多いことでございます」


「かわいらしい姫君ね。芍薬公子とはもう会われたかしら?」


「いえ・・・。あの、それどころか、まだ妃審査も行われておらず・・・」




不安げにつぶやく紫苑を見て、桔梗は少女のようにころころと笑った。


「妃審査なんて懐かしいわ。・・・ねぇ、紫苑姫、こちらにおかけになってお茶を飲みませんこと?」


桔梗がそう言って指し示した卓上には、すでに花霞がふたり分の茶器を用意している。






紫苑は桔梗に促されるようにして、席についた。


「一度、紫苑姫にはお会いしたかったのですよ。貴妃になられる方ですからね」


優雅に茶を飲みながらそう言った桔梗を、紫苑は複雑な思いで見つめる。




先王の妃、貴妃であった桔梗。だが、その公子は王の座にはない。


それどころか水陽を追われてしまった。






「・・・失礼なことを承知で・・・・・・ひとつ、うかがってもよろしいですか?」


「何でしょう?」


「双大后さまは、風蘭公子さまを次代の王にお望みではなかったのですか?」






すると、先程まで柔らかな笑みを浮かべていた桔梗から一切の表情が消えた。


「次代の王は、すでに芍薬公子と決まっていますよ?紫苑姫は芍薬公子の妃になるのが不満なのかしら?」






「そういうわけではありません。ですが・・・風蘭公子さまにお会いしたとき、この方なら国を想われるよき王におなりになると感じたのです」


「・・・風蘭に会ったのですね?」


「はい、後宮でお会いしました」








実は、桔梗は連翹からすでにその話は聞いている。


風蘭が紫苑に対して抱き始めている感情についても。だが、それを紫苑から言ってもらわなければ、桔梗には意味がなかった。








「・・・ですが紫苑姫、芍薬公子も、国を想うよき方ですよ。風蘭のように直情型ではないだけです」


くすりと笑った桔梗に、紫苑は恥じ入ったように俯いた。


「無礼を申し上げました」


「いいえ。それに、風蘭が今のお話を聞いたら喜んだでしょうね」


「風蘭公子さまは、冬星州でお元気にお過ごしですか?」






明るく尋ねた紫苑とは裏腹に、返ってきた桔梗の声色は硬かった。




桔梗は、これを紫苑に伝えたかったのだ。


「・・・先般、風蘭は冬星州の私軍に襲撃を受けました」






紫苑の大きな愛らしい瞳がますます驚きで大きくなる。伴って、顔色はみるみる青ざめていく。




「冬星州州都への船旅の途中、襲撃を受けたようです。死者も多く出たようで・・・」




「風蘭公子さまはご無事ですか?!」


たまらず、紫苑は桔梗の言葉を遮って尋ねた。その瞳には涙を浮かべている。


「双大后さま、風蘭さまは・・・」


「落ち着いて、紫苑姫」






取り乱す紫苑とは対照的に、桔梗がやんわりとたしなめる。


「風蘭は無事です。特に大きな怪我もなかったようです」


ほっと紫苑が息を吐く。桔梗はそれを見て頷き、「期待以上ですね」とつぶやく。




しかし、紫苑の耳にそれは届かなかった。


「紫苑姫、どうぞこの事実は内密に。・・・どこに裏切り者が聞き耳を立てているかわかりませんからね」


「はい」


硬い顔で紫苑は小さくうなずいた。






その後、他愛もない話をし、頃合いを見計らって紫苑は桔梗の室を退室した。


自分の室に戻りながらも考えるのは風蘭のことばかりだ。






彼は命を狙われるような危険な場所にいる。


そしてこうしている今も、狙われているのかもしれない。




彼は先王の公子。


先王への恨みも背負わなければならない。


彼は、誰よりもこの国を想っているのに。






どうか、無事でいてほしい。


紫苑は、ただそれだけを祈った。










紫苑が去った自室で、桔梗は扇子を開いたり閉じたりしていた。




展開は、桔梗の想像以上だった。予想どおりの駒は揃っている。


あとは、待つだけ。


石が坂を転がるように、ゆるゆると、しかし少しずつ加速しながら、行きつく場所へ辿り着くのを待つだけ。




同時に、遠い地で心を痛めているであろう愛しい我が子の無事を祈る。










それから十日余りして、その儀式は執り行われた。


中部神祇所所長、北山羊 柊を中心に、厳かな即位式が執り行われた。




正堂には、冬星州の星官を除く星官、高官が揃っていた。


そして、中央にはボタンをあしらった玉座に座る芍薬の姿があった。






柊が、高々と告げる。








「これより、獅 芍薬さまを、第28代星華国国王と定める」








同時に、諸官が平伏する。




こうして、芍薬は28代国王として即位した。







久しぶりの朝廷編。

いよいよ芍薬が王に即位しました!!


最近、花屋さんを通ると、知っている花の名前が増えて楽しいです(笑)

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