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三章 渦巻く暗躍 十七話





17、葬儀の途中で








石榴の葬儀は、寒昌で行われた。


氷硝にいる『闇星』の面々や、黒灰たちの到着を待っているわけにもいかず、柘植たち内輪だけで静かに行われた。




棺に入った石榴は、柘植が用意した赤いザクロの衣を着ていて、それは雅炭楼で妓女をしていた石榴を思い起こさせた。


柘植が用意した石榴の葬儀は、『黒花』としてではなく、『妓女』としての石榴の葬儀だった。『闇星』はその名の通り、決して表に知られることのない闇の存在。その頂点に立っていた彼女の葬儀をそれと知れるように行うことはできなかった。






「石榴は、歴代の『黒花』が眠る墓に眠らせるのがよいだろう」






石榴のそばから離れない椿に、柘植がそっとそう言った。




「・・・・・・そんなの、どうでもいいです。姐さんがどうなろうと、もう、生き返るわけじゃないから」






冷たくなった石榴の頬をなでながら、椿はつぶやく。




石榴が死んだなんて、今になっても全然現実味がない。船の上で、彼女が血の海に横たわっているのを見たときは、すぐにそれと知れて恐怖で体が震えた。


なのに、連翹が石榴が死んだことを確認し、船室に彼女を運んでからは、なんだかそれは夢のようで、椿は石榴の死を現実として受け入れきれないでいた。






石榴は死んだ。






それは、もう、わかっているのに。


それでも、どこかで生きているような、そんな願いのような思いを抱いてしまう。




こうして、手に触れている石榴の頬はこんなにも冷たいのに。それでも、どこかで生きていて、目の間にいる彼女は石榴ではないのではないかとすら思っている。






そんな往生際の悪い自分に、つい嘲笑してしまう。






「・・・・・・姐さん、それでもあたしは、どこかでこんなことも覚悟していた」






それは、石榴が『黒花』なのだと知る前から。


妓女は男に夢を与えると同時に、与えられすぎた欲望の塊となった男たちに恨みすら与えることになる。


抱える男の数が多ければ多いほど、恨みも多い。


氷硝一の妓女と謳われた石榴は、無数の男を虜にする一方で、それ以上の不条理な恨みも買っていた。






椿に武術を教えてくれた石榴だから、そんな簡単には死なないだろうと思いながらも、いつもいつかきっと煙のようにいなくなってしまうのではないかという不安もあった。




所詮、妓女なんて裏の世界の人間。


まともに天寿を全うして生きていけるとは思っていない。


石榴も、そして自分も。






それがまして、妓女以外の裏の顔すら持っていたというのなら、なおのこと。








「・・・・・・椿・・・・・・」


気配を感じて振り向けば、室の外で風蘭が今にも泣き出しそうな顔で椿を見ていた。彼女は何も言わずに風蘭に一瞥だけして、また視線を石榴に戻す。




「じめじめした言い訳なら、聞かない。出て行って」






小さなため息をついて、風蘭がそこから立ち去る気配を椿は感じ取った。


別に、椿は風蘭に対して怒っているわけでも恨んでいるわけでもない。






ただ、風蘭の辛そうな表情を見ていると、石榴が何のために死んだのか、なにを守りたくて自らを犠牲にしたのか、それを彼に責めたくなってしまう。


風蘭もそれをわかっていないわけじゃない。だから、会いたくないのだ。




今日で、石榴とは別れになる。


本来星華国の葬儀は土葬だが、石榴の遺体は歴代の『黒花』の墓に埋められる。それは冬星州ではなく夏星州にある。


だから、石榴の体は燃やして、骨をその墓に埋めるしかない。






今夜、石榴の遺体は炎に包まれる。






だから、椿は石榴から離れることができなかった。


これが、最期だから。






「・・・・・・椿さん、よろしいですか」




風蘭と入れ替わるようにして、静かな声が椿の耳に届いた。


「連翹・・・・・・?あなたの大事なお坊ちゃんはさっきここを出て行ったわよ?」


「知ってます。今は椿さんとお話がありまして」


「あたしと?」




軽く礼をして連翹は室に入ってくる。こういう律儀なところは、さすが王宮の家来といったところだろうか。




「あたしに何の用?」






すぐにはそれに答えずに、連翹は椿の傍まで歩み寄り、膝を折ってそっと告げた。


「・・・・・・あの夜のことを、話してもよろしいですか?」


「襲撃された夜のこと・・・?」


「はい。・・・霜射さまと話していたのですが、やはり、不審点が多いので、椿さんの意見もうかがおうかと思いまして」


「不審点・・・?」




問う椿には視線をよこさず、連翹は石榴の躯をじっと見つめている。






「・・・・・・坊ちゃんをお守りいただいたこと、大変感謝しております」






それは、連翹から石榴への心からの感謝の言葉だった。






「・・・・・・それで?不審点って?」


連翹の行動や言動を、そのままにしておくこともできず、彼女は話題を元に戻すことにした。連翹もそんな椿の心情を知ってか知らずか、苦笑してから笑みを消した。








「あの夜。とても視界の悪い嵐でしたよね?」


「そうね」


「河も荒れていて、足場もひどく悪かった」


「そうね」


「敵も味方もその場に混在していて、互いに自分の身を守ることで手一杯だった」


「・・・・・・あなたはそうでもないんじゃない?」






あの夜の戦いで、一番の功労者は連翹だと椿は思っている。


足場も視界もわるい船上で、連翹は確実に敵の数を減らしていた。迷うことなく繰り広げられる斬撃は、そのそばで身を守るように戦っていた椿を驚かせた。






「いえいえ、そんなことはありませんよ」




あいかわらず石榴から視線をはずさずに、連翹は苦笑する。




「・・・・・・わたしだったら、石榴さんのようにあの闇夜で矢の攻撃から坊ちゃんを守ることができなかったかもしれない」


声を落とし、沈み込むように言った連翹の言葉に驚いて、思わず椿は彼の顔をのぞき見た。だが、その表情は、いつもの彼のように穏やかなものだった。






「・・・・・・そりゃぁ・・・姐さんは『黒花』だし、ね」


「そうですね。さすがですね」


椿のなぐさめにもなっていないなぐさめに、連翹は快くにっこりと笑う。








「ですが、そう考えると、その弓矢を放った人間もまた、『黒花』を超える達人だとは思いませんか?」








静かに、けれどはっきりといい放った連翹の言葉を、椿は飲み込むのに時間がかかった。




「・・・・・・え?」


「あの闇夜、弓矢を避けることはひどく難しいものだった。足場も視界も悪い。下手すれば味方にだってあの毒矢が当たる可能性はおおいにあった。・・・・・・けれど、あの矢は正確に坊ちゃんを狙っていた」








連翹が淡々と告げる。


「加え、船の上の私軍は、弓を持っていなかった。持っていたのは刃物。足場が悪くても攻撃にも守りにも確実になるものだけ」


「弓を持っていない・・・・・・じゃぁ、どうして・・・・・・」


「そう思ったので、行ってみたんですよ」


「・・・行ってみた?」


「石榴さんが矢を討たれた、そのあたりへ」








この数日姿を見せないと思ったらそんなところに行っていたのか。


思わず呆れて、椿はなにも返せずに呆れた表情だけを浮かべた。そんな彼女に、連翹はくすりと笑った後、報告を続ける。








「陸地で馬を駆けて、そこにはすぐに行けました。・・・そう、陸地をつたって、あの河のあたりまでは行くことができたのですよ」


「・・・・・・どういうこと?」


「石榴さんが討たれたあの周辺には、見晴らしのいい崖があるんです。たとえばもし、そこから弓矢を放つとなれば、足場はたしかだから申し分ない」


「・・・・・・まさか・・・」






息を呑む椿に、連翹は涼しい顔で首を振る。




「これは、あくまでわたしだけの憶測です。それに、あの夜は視界が悪かった。視界が悪いなか、坊ちゃんだけを狙って激しく動く船へ弓矢を放つのは、難儀でしょう?」






だが、できないこともない。


連翹の目は沈黙の中そう言っていた。


熟練した腕を持つ者なら、夜目の利く者なら、なにより、風蘭があの時あの場であそこにいると『予測』できる者たちなら。








「・・・・・・連翹、あなたまさか・・・・・・」




椿はうまく息を吸い込めないまま、引きつるような声をあげて連翹を見上げた。見上げた彼の瞳は、笑むことなく真剣に椿を見返している。






「突拍子もないですか?ですが、霜射さまも賛同されました。可能性としてはなくもないと。・・・・・・いえ、可能性としてはそれしかありえない、と」


「だって・・・・・・彼らだって貴族・・・・・・!!」


「貴族だからこそ、王族を憎むこともあるのではありませんか」






貴族ではない連翹が、すましてそう答える。


貴族ではないが、貴族と王族を一番身近で見てきた彼が。






その彼が、疑う貴族。


風蘭の動きを事前に『予測』し、並外れた能力でそれを射止めることができる、異能の一族。






並外れた戦闘能力、といえば、『闇星』だが、『黒花』のいる船に彼らはそんなことはしないし、『黒花』の命令なしに動かない。


軍をあげての戦闘能力のある貴族、でいえば瓶雪一族。冬星州の軍事統率をまかされているのは瓶雪一族なのだから、冬星軍の腕をもってすれば、あの闇夜の襲撃も可能かもしれない。


だが、瓶雪 黒灰はそんな卑怯なことはしない。裏からこそこそと暗殺まがいのことをするような当主ではないし、あの一族は根っからの軍人ばかりで卑怯なことを嫌う。






霜射一族は、寒昌にて風蘭たちが着くのを今かと待っていたから、まず論外。








では、残った、冬星州にいる貴族といえば・・・・・・・・・。






「なんで、北山羊一族を疑うような・・・・・・?」


「というよりは、それしか考えられないでしょうね。彼らは『予見者』を多く抱え持つ異能の一族。能力を持たない者は、それを埋めるように知識や武術に秀でた者が多いと聞きます」


「でも、野党の仕業かもしれないじゃない。なんで、今まで話題にもならなかった北山羊一族が出てくるの・・・・・・?」






別に彼らをかばうつもりはないが、思わず椿はむきになって連翹に詰め寄る。


椿の脳裏には、海燈で挨拶をした、神祇所所長、北山羊 柊の姿があった。彼女が、彼女の一族が、こんな真似をするはずがない。






「そうですね、野党の仕業かもしれませんね。どこでどう、王族であることを隠した坊ちゃんの乗る船があそこを通ると知ったのか知りませんが、それを知った野党かも、ね」




ありえない、と暗に言いながらも、連翹は椿の抵抗には肯定する。






「それを言ったら、北山羊一族だって同じ・・・・・・」


「申し上げましたでしょう?彼らは『予見者』の一族。彼らがどこまでなにを予想できるのか、それはわかりませんが、あの完全不可能な状態であれだけすべてのことを適確に用意できるのは、通常では考えられない」






それに、と連翹は小さな声で続ける。






「北山羊一族には、王族を憎むべき、『理由』もある」




「え・・・・・・?」








問い返す椿に、彼は答えない。ちょっと首をかしげて、「これは、王族の問題ですから」と苦笑するだけだった。








朝廷では、蠍隼一族を操る蘇芳が、王族である風蘭を追い落としめ、冬星州へと追いやった。


その冬星州では、理由もわからないが、王族を憎む北山羊一族があった。






27代国王が国政を放棄し、国が荒れたのは周知の事実。


それゆえに、彼ら王族はここまで追い込まれたというのか・・・・・・?


建国の際には、手を取り合ってきた11貴族であったというのに、彼らはその頂点である王族を陥れようというのだろうか。








「ですが、先ほども申し上げましたが、これはあくまでわたし個人の憶測。もしかしたら、本当に野党の仕業かもしれませんし、あの反軍の者たちの仲間かもしれません。・・・・・・ただ、椿さんのお耳にはいれておかなければいけない気がしましたので」






それだけ言うと、彼は椿のもとを離れた。


椿は、捕らえられた裏切り者たちが船の上で口をそろえて言っていたのを思い出していた。






『風蘭公子を殺せば国は豊かになる、幸せになれるって言われた』






口々にみながそう言ったが、そう言い出した者は見つからなかった。


誰が、そう言い出したのか。それは椿の中でもずっと疑問だった。








「・・・・・・姐さんは、気付いてたの?」






風蘭を闇夜の中から守った『黒花』に、椿は尋ねる。国中の情報収集能力にも秀でていた『闇星』。いつでも仕えるべき主君に仕えられるよう、国の、特に王族の情報収集は欠かしていない、と黒灰が苦笑しながらそう言っていた。








「・・・・・・この国は、壊れている・・・」






誰が敵で、誰が味方か、わからない。




わかるのは、石榴を殺したのは、椿の敵だということだけ。








「・・・・・・この国を『救う』なんて、もう無理よ・・・・・・」






言いようのない絶望感が、口をついて出てくる。絶望と共にこみ上げてくるのは、何も言わない石榴への喪失感。








椿は、誰もいない室で、石榴の棺にすがって、久しぶりに涙を流した。







冬星州編、大変どろどろしております(汗)

椿がかわいそうな運命を辿っていますねぇ・・・・・・。

さて、新たな疑惑も含め、もう少し三章は続きます。

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