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三章 渦巻く暗躍 十六話





16、死闘の果てに












数では圧倒的に不利だった。嵐の船上での戦いという立地条件も不利。


風蘭たちと、敵軍との戦いは明らかに風蘭たちに分が悪かった。




だが、意外にもその戦いは長引いた。


実力の差が圧倒的だったのだ。






いくら州軍を預かる黒灰の私軍の一員とはいえ、たかが一軍人の集まり。軍人どころかただの船員さえ混じっている有様だ。頭数だけが多いといってもいい。


一方で、国軍『闇星』の頭領、『黒花』である石榴、その後継者椿をはじめ、連翹の活躍もあり、数としては不利のはずの戦いは、その実力の差でじわじわと相手を追い詰めていった。




風蘭も負けてはいない。


必死に目の前で剣を構え襲い掛かってくる者たちを切り倒していった。


と、突然、彼の背後を誰かが押した。さっと剣を後ろに煌かそうとするよりも早く、この緊迫時に不似合いな笑いを含んだ警告が聞こえた。


「後ろががらあきですわ、公子さま。わたくしがお守りいたしましょう」


「石榴か!」


ほっとして、風蘭は思わず叫んでしまう。雨が滝のように流れ、視界をふさぐ。それでも、石榴はまるでそんなこと関係ないように、優美な剣舞のように戦う。


暗闇の上に視界が悪いので、他の仲間がどうしているかはわからない。だが、絶えず聞こえる剣の交じり合う音で、無事を祈る。




背中を守ってくれている石榴に、風蘭は安心して前だけを見て戦える。


背中を任すことのできる安心感を、こんな状況だからこそ風蘭は実感していた。この私兵たちの狙いは、先王の公子である風蘭。その風蘭の背中を守ってくれる石榴。


『闇星』としての意ではないにせよ、風蘭にとってはかけがいのないほど心強かった。






だが、彼はそれで安心しすぎたのかもしれなかった。雨に気をとられ、足元を疎かにしたわずかな隙を相手に狙われ、ただでさえ足場の悪い船上で、風蘭は足を滑らせた。


「・・・あ!!」


「公子さま!!」


体勢を崩した風蘭の腕を石榴が支えた。その片手では、風蘭の相手をしていた私兵の剣をしっかり捕らえている。


「・・・すまない」


慌てて体勢を整えた風蘭に、石榴は薄く笑ったようだった。


「・・・上に立つものは、守られることにも慣れないといけませんわ。どうぞ、お気になさらずに。・・・けれど、油断はゆめゆめなさいますな」


先ほどよりも力のない声に、一瞬彼は不安に思ったが、戦い続きで疲れたのかもしれないと思いなおし、剣を構えなおしてうなずいた。


「・・・・・・もう少し、お傍でその道の先を見ていたかったのですけど・・・」


「・・・・・・え?」


耳元で小さくささやかれた石榴の言葉を風蘭は聞き返したが、その後何度石榴になにか声をかけても答えは無かった。






「坊ちゃん!!」


しばらくして、連翹が風蘭のもとにかけつけてきた。


「連翹、そっちは平気なのか?!」


「だいたい捕縛できました。椿さんも大丈夫そうでした。・・・・・・苦戦してますね」


「大丈夫だ、石榴がいるしな」


「・・・石榴さんが?」




連翹がさらになにかを追求する暇はなかった。風蘭を囲った連中がやけくそのように襲い掛かってくる。そろそろ闇が明け、暁がやってこようとする。


彼らはその光を恐れるように、風蘭と連翹に襲い掛かってくる。実際のところ、風蘭にはもはや何もすることが無かった。風蘭をかばいながら、連翹が次々と相手の得物を切り落とし、士気を下げていく。中には命を落とすものもあったが、連翹はほとんどの者の命を奪うようなことはしなかった。




風蘭は彼らを押さえつけて縄で縛り、そこらへんに転がしていくことしかできなかった。連翹があまりにも鮮やかにすばやく倒していくのだ。立場がない。








そうして、朝日が昇る頃には、雨も弱まり始めていた。河の激流はあいかわらずだが、船上の敵兵はほとんどいなかった。残った敵兵も降伏し、夜明けと共に、風蘭たちはほっと肩の力を抜くことができた。






「なんだ、風蘭、生きてたのね」


軽口を叩きながら、椿が彼らに近づいてくる。その明るい口調とは裏腹に、その表情には疲労が見え、あちらこちらに切り傷もあった。


「・・・・・・全員が無事ってわけにはいかないよな」


そう言う風蘭も無傷ではない。だが、騒ぐほどの怪我もない。


けれど、風蘭たち側についてくれていた数少ない私軍の何人かが、息絶えていた。それをひとりひとり確認しながら、風蘭たちは船の上を歩く。




敵も味方も死に行く。


これが、戦場。反乱。




かつて、星華国を建国した初代国王牡丹王もまた、この戦場を潜り抜け、国を築いた。






周りの人間が死に絶えていくのを日々見守るその気持ちは、どのようなものなのだろう。


たった一晩の戦いでも、これだけの人が傷つき、死んだ。


だが、それだけの覚悟をもって、彼らは決起したのだ。それほどまでに、先王は、今の王族は、朝廷は憎まれているのだ。




冬星州に滞在していたからこそ、それも無理からぬこと、と思えてしまう。


朝廷ではあんなにも贅沢三昧な貴族たちが闊歩しているというのに、そこから遠くへ目をやればその足元で貧困にあえぐ者たちがいた。






それに対し、見向きもしなかった先王芙蓉は、たしかに憎まれて当然だろう。


同時に、それを諌めることもできず、また、何の対策も講じることのできなかった風蘭たちも同罪だ。


だから、民たちは風蘭を憎む。


王に近い存在であったのに、国事を放棄した王を諌めきれなかった王族を。






ため息と共に、風蘭は空を仰いだ。


嵐の去った空は、橙色に染まっていた。


「・・・・・・まだ、間に合うのだろうか」


冬星州の民たちを、星華国の人々を救い、支えるためのなにかを、まだ、自分にはできるだろうか。そのための手は残っているだろうか。


「まだ、間に合います」


傍にいた連翹が、力強く答える。


「わたしは、そのためにあなたの傍におりましょう、坊ちゃん」


「連翹・・・・・・」


風蘭が、従人にさらになにかを言おうと口を開いたそのときだった。






「いやぁぁぁぁ・・・・・・!!!」






悲痛な叫びが、船上からあがった。空を見上げていた風蘭と連翹はばっと振り返る。


すると、遠くで椿が、両手に顔を埋めて震えているのが見えた。




「椿・・・・・・?」




あわてて彼女の元に風蘭はかけつける。


「どうした?」


問いかけても椿はじっとなにかを見つめたまま震えているだけ。


椿の足元には傷つき息絶えた者たちが横たわるだけ。雨水と交じり合った血があちこちに飛び散っている。


だが、今更この光景に悲鳴をあげるような椿ではないはず。


「なにが・・・・・・」


言いかけた風蘭の視線が一点で止まった。呼吸の仕方を忘れたように息苦しい。


連翹も、その光景を見つけたようだった。




「ど・・・・・・して・・・・・・?」


やっと、風蘭の口からそれだけ出た。そばにいた連翹は軽く首を横に振り、そっとその横たわった者の首筋に手を当てた。


そして、もう一度首を横に振る。


「・・・・・・石榴さんは亡くなられています」






「う・・・・・・そだ・・・・・・」




風蘭はそう言いながら、そう言っているのは自分ではないような気がしていた。誰かが否定してくれることを期待していた。


椿は風蘭にしがみついて、石榴に背を向ける。まるで、現実を受け入れることを拒否するように。


連翹はそんなふたりを眺めたあと、静かに石榴を抱き上げた。






真っ赤な血に塗れた石榴。その衣は雅炭楼で見た優美なものではなく、兵士たちが身につけるような簡易なものだったが、それを紅く染めた石榴の姿は、妓女として出会った彼女のようだった。


無数の切り傷が石榴を傷つけていた。特に右肩に矢傷がある。後ろ傷だ。




「石榴さんほどの方が後ろ傷など・・・・・・」


連翹のつぶやきに、思わず風蘭もその傷を見る。右肩をえぐるような後ろ傷。そのあたりが腐り始めている。毒があったということか。無理やり矢を引き抜いて傷をえぐったか。


「俺は・・・・・・石榴と背をつけて戦って・・・・・・」


声がかすれる。


ありえない。ずっと互いに背を預けて戦っていたはずだ。・・・・・・いや、違う。






「・・・・・・あのとき・・・・・・」


目が見開かれる。


そう、あのとき。あのとき、たしかに、石榴と風蘭は背を向け合っていなかった。




風蘭が足元を敵兵にすくわれたとき。それを石榴が支えたそのとき。






声を出すこともできずに、風蘭はその場にうずくまる。


「わたしが坊ちゃんの元にかけつけたときには、石榴さんの姿は見当たりませんでした。・・・大丈夫ですか、坊ちゃん?」


石榴を抱き上げたままの連翹は、心配そうな声を彼にかけるだけだ。






そうだ、あのとき。石榴は風蘭をかばい、言わなかったか。


『・・・・・・もう少し、お傍でその道の先を見ていたかったのですけど・・・』






石榴は、すでにそのとき負傷していたのか。それが毒矢だとわかっていたのか。




暗闇の矢など、当たる確率さえ低いのに。それを右肩に受けて。






「・・・・・・俺の・・・・・・せいだ・・・・・・!!」


あのとき、自分が体勢を崩したりしなければ、石榴がそれを避けられないことなどなかった。


平伏するように、風蘭はその場に崩れる。石榴に許しを請うように、額を床にこすりつける。


「俺の・・・・・・せいだ・・・・・・!!」


それだけ、言い続けて。




椿は、それをただ無感情の瞳で眺める。


石榴の遺体には決して視線を送ることなく。








それでも、船旅は続いた。寒昌に着くまでの数日が、永遠のように長かった。


連翹と残りの私軍の何人かで、敵兵を問い詰めわかったことがあった。




今回の襲撃には、裏で誰かが手を引いている。






彼らは、たしかに王族を、風蘭を憎んでいた。


だが一方で、風蘭ひとりを襲っても仕方のないこともわかっていた。黒灰に常日頃言われていることだ。なにより、内乱を起こそうと決起する冬星州の民を押さえつけてきたのは、彼ら自身だ。内乱を起こすことの愚かさと無謀さは身にしみてわかっている。




なのになぜ、今回襲撃したのか。




言ったのだと言う。


「この機を逃して、国を救うときはないぞ」と。


そしてさらに、「風蘭公子を殺せば、国は豊かになる」と。




では、誰がそれを聞いた。


誰が、誰からそれを聞いた。






不思議なことに、捕まえた敵兵全員を問い詰めてもそれはわからなかった。


『誰か』が『誰か』にそう言われたのだ、と。


だから、自分たちは国のために戦ったのだ、と。


豊かな自分たちに暮らしのために、と。






死んだ敵兵の中にその『誰か』がいたのか。




もしくは・・・・・・・・・。






だが、それ以上の詮索はできなかった。


なによりも、風蘭と椿の憔悴が激しかった。特に、風蘭。


自分のせいでこの内乱が起き、なによりそのせいで石榴の命を失ったと知り、憔悴しきっていた。








寒昌に着き、柘植が彼らを迎えたとき、めったに表情が動かない柘植の表情すら動いた。


「これは・・・・・・?!」


船に乗り込み、その光景を見た柘植はそれだけ言った。連翹になにかを問いかけるような視線を送る。


「・・・・・・襲撃を、受けました」


「襲撃・・・?馬鹿な・・・・・・護衛もいただろう?」


「・・・その護衛の中から、裏切り者が現れたのです」


そして、連翹はある一室へ柘植を案内する。




そこにあったのは、かつて『黒花』と恐れられた、女軍人の亡骸。






「・・・・・・石榴・・・・・・?」


声を詰まらせながら、柘植はそれだけ言った。だが、その顔には何の表情も出ていない。さすがというべきだろうか。




「風蘭公子を守り、毒矢を受けて亡くなりました」


「風蘭公子を守った・・・・・・?『黒花』としてか?!」


「いえ。そもそも石榴さんが同行されたのは、『一武人』としてでした」


連翹と柘植は、静かに言葉を交わす。眠っているような穏やかで綺麗な顔をした石榴を見ていると、これは夢なのではないかと連翹でさえ思ってしまう。




だが、同時に知っている。


人の死はあっけないものだと。






「そうか・・・『黒花』としてではないのか・・・。・・・・・・それで、風蘭公子は?」


「椿さんと隣の室に」


「椿も?!・・・・・・あれは石榴を慕っていたからな・・・・・・」


眉根を寄せた柘植に、連翹も小さくうなずく。


椿は、最初こそ石榴の遺体を見て震えて叫んでいたが、それでも決して泣いたりしなかった。


その後も、虚ろな瞳から涙がこぼれることはなかった。


誰よりも、現実を受け止め切れていないのは、彼女なのかもしれなかった。






「・・・失礼いたします」


風蘭にそうことわって、柘植は椿と風蘭のいる室に入った。風蘭は力なく床に座っていたが、視線だけ柘植にやると、


「霜射殿・・・・・・」


とだけつぶやいた。柘植が、その風蘭に軽く立礼をしようと構えた途端、誰かが彼の衣服をわしづかみにした。


「椿?!」


「州主!!!なんで・・・・・・なんでこんなことに!!!姐さんが・・・・・・石榴姐さんが・・・・・・!!」


声をつまらせ、ひきつらせながら、椿が叫ぶ。柘植につかみかかるように、しがみつくようにして。


「落ち着け、椿」


「なんで、州主が迎えに来なかったんですか!!そうしたら姐さんは一緒に来たりしなかったのに!!・・・・・・州主が・・・・・・州主がちゃんと、冬星州を統治してくれたら、反乱なんて起きなかったのに・・・・・・!!!」




叫びながら、椿は泣いていた。ぬぐうこともせず、柘植にしがみついたまま、叫び、泣いた。石榴が死んで、初めて彼女は泣いていた。


それを横目で見ながら、連翹は痛そうな表情で椿を見守る風蘭を見ていた。






椿の柘植を責める言葉は、そのまま風蘭を責めるのと一緒だ。


風蘭と、そして芙蓉王を。


きちんと統治していれば、反乱なんて起きなかったのに―――――・・・・・・。






「・・・・・・・・・っ!!」


たまらず、風蘭が室を飛び出す。無論、連翹がそれを追いかけ、彼の後を追った。風蘭は再び甲板の上に立ち尽くしていた。


そこは、石榴が横たわっていた場所。




「・・・・・・俺に、できることなんて、あるのだろうか」


その問いかけに、連翹は答えない。


「俺は・・・公子だということだけで驕り高ぶって・・・・・・なにもしてこなかった・・・。それどころか、失ってしまった・・・・・・大事な命を・・・・・・」


「それは、彼女が『闇星』の『黒花』だから、その命を惜しむのですか?」


「馬鹿をいうな!!・・・・・・人の命だ・・・・・・そこに、立場とか地位とかによって惜しむ度合いが異なるはずがない・・・・・・」


連翹の冷たい指摘に、風蘭はかっとなって叫んだ。だが、彼のその答えに、連翹は満足そうにうなずく。


「坊ちゃんは、失う命が怖くて、前に進むことを恐れるのですか?」


「俺が進むべき道は、正しいのか?・・・・・・その道で、また人が死んだらどうすればいい?俺は、命を失いたいわけじゃない、救いたいんだ・・・・・・!!!」


「結果を得るためには相当の犠牲が必要です」


「その結果のための犠牲になる命なら、仕方ないというのか?!」


思わず、そう叫びながら風蘭は頭を抱える。


頭がおかしくなりそうだ。




「仕方のない命なんてない・・・・・・。みんな、精一杯生きているじゃないか・・・・・・」


「そうですね。それでも、内乱は起き、そこで命は失われる。・・・・・・そこからどうするか、ですよ」


淡々と告げる連翹の言葉を、不思議そうに風蘭は聞いている。


「失っていい命なんてありません。ですが、それでも人はいつか死ぬんです。それが大義のためかもしれない。結果を得るための犠牲になるかもしれない。・・・・・・ですが、その命を惜しんで、前に進むことをあきらめてしまったら、その失われた命はどこへさまよえばいいのですか?」


連翹の言っていることを、風蘭が理解しているかわからない。彼は今、混乱している。


それでも、連翹は言い続ける。


「失われた命を惜しみ、失われる命を恐れ、その失うことになった原因から目を背けますか。あなたを守り失った命が、なぜ失われたか、その命がなにを求めていたか、それには目を向けないのですか。・・・・・・よく、お考えください、坊ちゃん」




それだけ言い残し、連翹は風蘭を置いてそこから立ち去る。






これからどうするかは、風蘭次第だ。


風蘭は、まだそこに立ちつくしたままだ。






そこに立ち尽くしたままか、それとも前に進むか。






風蘭は、今、選択を迫られていた。









お、重い・・・。3章は、仕方ないとはいえ、重いですね・・・。

あと少し、この重い章にお付き合いください・・・(汗)(汗)

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