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三章 渦巻く暗躍 十四話







14、闇夜の果てに








侮っていた。




椿の中では、たったその一言に尽きた。


女人だけの軍、『闇星』の訓練。


椿自身も石榴の指導のもと、それなりに武術を学んで鍛えてきたので、そんな訓練など造作ないと思っていたのだ。






その認識の甘さを一晩で思い知らされた。






そして、同じように甘い認識でいたのがもうひとり。風蘭も『闇星』の訓練が終わった頃には全身ぼろぼろになっていた。




冬星州の僻地を使っての訓練。 


私軍にしておくのが惜しいほどの実力を持つ、瓶雪 黒灰率いる軍人たち。黒灰曰く、「冬星軍に比べればまだまだ」らしいのだが。






椿の『闇星』特訓は、一晩置きに行われた。椿が訓練に参加するときはいつも風蘭も一緒だった。石榴も一緒に訓練に参加していたが、椿すら知ることのなかった軍人の石榴の姿、表情に、驚きの連続だった。


妓女としての妖艶な姿はそこから感じられず、凛とした表情、びりびりとした緊張感、飛び駆る怒号。


これが、『黒花』としての石榴なのだと、改めて認識した。






「・・・・・・椿も、よくやるよな」


朝日が昇り始め、ふらふらになりながら馬によじのぼった風蘭が、ぽつりとつぶやいた。


「なにが?」


最近ではすっかり訓練の厳しさにも慣れてきた椿は、飄々とした表情で風蘭に問い返した。


「椿も、他の『闇星』の連中も、雅炭楼の仕事も休まずに訓練参加しているだろう?その訓練も全然手を抜くことをしない。よくやるよなぁ・・・・・・」


心底感心した様子の風蘭に、思わず椿だけでなく、その後ろで騎乗していた皐月も笑った。




「風蘭公子もさすがですね。毎晩お相手をさせていただいて、その実力に驚かされていますよ」


「そんなこと言って。どうせ俺じゃ役不足だよ」


ふてくされる風蘭を横目で見ながら、椿はそっと笑いをもらす。




風蘭が言っていることは正しい。


王族第3公子は兵部の大将である、双 縷紅に武術を習ったらしいのだが、所詮は王族の嗜み程度。いくら風蘭が力のある男子といえど、『軍人』である皐月たちにかなうはずがなかった。


その実力の差を、風蘭は初日に見せ付けられたのだ。




それから彼は、石榴や皐月、黒灰に指導を受けながら実力をつけていった。今では椿と一騎打ちして五分五分というところまで這い上がってきた。






「公子っていう甘ったれた地位にいるわりに、この一月半、よくついてきているわね」


「俺にだってそれなりの矜持くらいはあるからな。・・・・・・それにしても、『闇星』がこんなに統率の取れた完璧な国軍なんて思いもしなかったな。まさに一枚岩だ」




『闇星』の総人数は『輝星』に比べればはるかに少ない。だが、『黒花』である石榴が各州から集めた『軍人』たちは、決して男たちに劣りはしなかった。






「瓶雪殿の私軍は、普段はなにをしているんだ?昼間に奴らを見かけたことがないが?」


「そうですか?彼らは昼間もよく働いていますよ」


くすくす笑いながら、黒灰は風蘭に告げる。わけがわからない、といった顔の風蘭を横目で見て、椿も意地悪く笑った。


「風蘭、もっと昼間の氷硝の町を歩いてみればいいんだよ。・・・・・・連翹は知っているんでしょ?」


風蘭の後ろをぴったりと馬をつけて走らせている衛人に、彼女は問いかけた。


「そうですね、瓶雪さまに教えていただいた程度ならば」


「あ、連翹、おまえ、知っているのに俺に言わなかったのか?!」


「坊ちゃんがわたしにお尋ねにならなかっただけですよ」


すまして答える連翹を椿は目を細めて眺める。






風蘭の実力は、さほど驚くものではなかった。


だが、連翹の実力は、さすがの石榴も黒灰も目を見張った。椿は知らなかったが、連翹は椿たちが『闇星』の訓練に参加するよりも前に参加し、黒灰の私軍のほとんどを打ちのめしたらしいのだ。


連翹もまた、双 縷紅からその武術を習ったというが、風蘭とは正直桁が違う。






貴族でもないのに、貴族からもそして王族からも目をかけられる民間人。


いったい、なぜ。






椿の視線に気付いたのか、連翹が彼女の視線に合わせてきた。彼女は咄嗟に目を逸らしたが、連翹はそれに笑みを浮かべただけだった。


「よし、俺も自分の目で彼らの活躍を見てやる!!昼間の氷硝を歩けばいいんだな」


連翹の前方では、風蘭が呑気にそんなことを言っていた。








風蘭の氷硝闊歩に、なぜか椿も付き合うことになった。当然のように、連翹も一緒である。


「・・・・・・『坊ちゃん』のワガママになんであたしまで付き合わされるわけ?」


「申し訳ありません、椿さん。坊ちゃんが成長するには、椿さんの存在も重要ですので」


「あたしは今、人に構っていられる余裕なんてないんだけどね」


左右きょろきょろと挙動不審に町を歩く風蘭から距離をとりながら、椿は連翹にぼやく。連翹は終始微笑んでいるだけだ。


「ねぇ、連翹はなんでそんなに強いの?」


「そうですね・・・・・・双大将のご指導のおかげですかね。ですが、椿さんもお強いですよ」


「茶化さないでよ。ずっと後宮にいた風蘭の護衛くらいだったら、あんな強さ、いらないじゃない。なんで兵部の大将に鍛えられるくらい強くなくちゃいけないわけ?」


椿の鋭い問いかけに、とうとう連翹から笑みが消えた。






「必要になると、言われたからです。誰にも負けない、強さが」


「・・・・・・誰に?」




息を呑みながら問いかけたその答えには、連翹は再び笑んではぐらかした。


「大切な方に、です」






さらになにか言おうとした椿の前方で、風蘭が叫んだ。


「あそこ、なんか騒がしいぞ?!」


風蘭に言われた方角を見れば、一軒の店の前で、形相の悪そうな連中がなにやら騒がしくわめいている。


「あぁ、あそこは、賭博屋ね。また揉め事かぁ・・・」


「賭博?じゃぁ、あの連中は賭け事でもしてたのか?」


「おそらくね。まぁ、そこで不正でもしたのか、ただ単に負けたことへの腹いせか・・・・・・あぁ、ほら、暴動沙汰になってきた」


椿の指差す先では、何人かの男たちが囲った中の誰かを殴る、蹴るなど鈍い音を立てて行っているのが見える。


「連翹、助けに行くぞ」


あわてて連翹を連れてその騒動の中に飛び込もうとした風蘭の腕を、椿がしっかりと捕まえた。


「まぁ、見てなさいって」


「なに言ってるんだ、早く・・・・・・」


風蘭が全てを言い終えるよりも早く、その騒動の中心で怒号があがった。






「いい加減にしやがれ!!さっさと散らねぇと、てめぇらの腕を一本ずつ折っていくぞ!!」






驚いて振り向けば、たしかに昨夜剣を交わした私軍の軍人たち数人がそこにいた。


「え、あれって・・・・・・」


戸惑う風蘭に誰も何も言わない。






「おら、なにしてんだ、さっさと散れ!!ったく、なんでこいつをこんなに殴るまでになったんだ?!」




取り巻きたちをさっさと散らせたり、まだ暴れる者を押さえつけたりしながら、軍人はその騒ぎの中心人物に尋ねていた。


ここからはそいつがなにを言っているのか聞こえなかったが、みるみると表情が曇る軍人の様子で、事情を察するしかなかった。






「おい、店のもん、連れて来い!!」






男の一声で、別の男が店の中に入っていく。やがて店から引っ張り出された、これまた人相の悪い男が不服そうな表情を浮かべて軍人を見上げていた。




「・・・・・・なんだっていうんだ?」


「こいつの話じゃぁ、おまえのとこの店がいかさまをしたっていうんだ。どうなんだ?」


「け。そんなの負けた腹いせに言っているだけだろ。負け犬の遠吠えさ」




店の男の言葉に、また暴れだしそうになった連中を押さえつけ、軍人は先ほどまで袋叩きにされていた男を指差す。


「こいつは、おまえの店の者か?さっきまでここでぼこぼこにされてたんだが?」


「・・・・・・あぁ、そうかもしれねぇな。いちいち店の奴らの顔なんざ覚えてねぇけどな」


「そうか、そうか。・・・・・・よし、行け」




最後の軍人の一声で、周りにいた男たちが店の中に立ち入っていく。


「な、なん、なんなんだ?!こいつら、勝手に・・・・・・!!」


「なぁに、ちょっと店の中を見せてもらうだけだ。やましいことがないなら、別にいいだろう?」


不敵な笑みを浮かべ、軍人たちは店の中に入っていく。それを見届けて、野次馬たちも散っていった。






きょとん、とその様子を見ていたのは風蘭である。


「え・・・・・・と?」


「ま、これでじきに解決するでしょ、ってとこじゃない?」


「そうなのか?」


「あの店がほんとにやましくないと思う?まぁ、いくつかの不正が見つかって、刑罰に処されるのかもね」


すました表情で告げる椿を横目で見ながら、風蘭がぼんやりと尋ねる。


「これが・・・・・・私軍の昼間の仕事・・・?」


「そう。裏社会には裏社会でね、守らなきゃならない秩序ってものがあるの。それを歪める奴らを捕まえておとなしくさせるのが彼らの仕事。ま、平たく言えば、遊郭の治安を守るのが仕事ってとこかな」


けらけらと笑う椿に、風蘭は驚きの表情をむける。


「こんなことが年中あるのか?」


「今回はまだおとなしい方よ?武器、なかったでしょ?殺傷沙汰なんて年中なんだから」


「ここは・・・・・・冬星州はそういうところなのか・・・?」


空を仰ぐようにしてつぶやく風蘭に、椿は冷たく言い返した。


「さぁね。あたしは冬星州以外知らないから。ただ、ここはそういうところだってこと以外は知らないね」








貧しい人々が、日々飢えて死んでいく。


眠る場所もなく、寒さに凍え、心も身体も震わせて、ただ迫り来る闇を迎えるだけの人々。


たとえ、華やかな街に暮らそうとも、心に巣くう闇に飲まれて手を汚す人々。


他人を傷つけ、殺し、快楽を得、歪み、道を失う。




そんな人々が当たり前のように暮らす州。


それを正すことも、救うことも、導くこともできない州主が治め、州軍を預かる一族がそれを保護し、守る。






荒れ、乱れ、狂い、歪み、腐ってしまったこの冬星州を、風蘭はどう「救う」というのか。


貧しい者だけを救ったところで、心の闇は消えない。こうして闇から闇へと渡り歩く性根の腐った連中が増えるだけだ。


でも、冬星州のみんなは、いつも望んでいる。


誰かがなにかをしてくれるのを。


誰かが変えてくれることを。


闇に光を、与えてくれることを。








「・・・そうか・・・・・・」


ぽつんと、風蘭がそれだけつぶやいた。








それから一月ほど、風蘭は毎日毎日、昼間は氷硝の街を巡回し、夜は軍の訓練に参加していた。無論、風蘭の世話役を頼まれている椿もそれに付き合っている。




その間、ほぼ毎日のように、私軍の人々に会った。


あるときは、ある妓楼の妓女を刺し殺そうと飛び掛る男を一撃で撃沈させる荒業まで見たときもあった。それを見ていた風蘭は、刺し殺そうとした男の所業にも驚き、それを一撃で撃沈させた軍人の業にも驚いていた。




風蘭自身もその捕り物に参加することもあった。だが、やはり闇に生き、闇を捕らえることに長けた者たちに敵うはずもなく、ただただ付いてきているだけ、といった印象だったが。








この一月、風蘭にとっては、さらに冬星州を知るよい機会だったようだ。


この州に生きるのは、日々の暮らしに困る貧しい者たちだけではなく、闇に包まれ、闇に呑まれて生きる者たちもいるのだと、知ったようだった。






「椿は、馴染んでいるよな、やっぱり」


雅炭楼での風蘭たちに与えられた室で、彼は椿にそう言った。


「冬星州にってこと?」


「あぁ。なんていうか、染まってないけど、馴染んでるって感じだな」


「そりゃぁ、あたしは生まれて育ったのもここだからね。でも、冬星州にいる人たちのように、州主や誰かが何とかしてくれるんじゃないかっていう期待はないね」


突き放した椿の言い方に、風蘭は不思議そうに眉を寄せた。


「霜射殿にも、誰にも期待をしてないってことか?」


「そうよ。誰かがあたしを救ってくれないか、なんて思わない。貧しい思いも、闇に埋もれるような思いもした。でも、誰かに助けてほしいなんて思わなかった」


真夜中の特訓に向けて、椿は支度をしながら王族に言う。




「椿は昔から意地っ張りだからな~かわいくねぇ、餓鬼だったよ」


例のごとく、何の断りもなしに扉が開き、瓶雪 黒灰が入ってきた。


「椿のことを昔から知っているのか?」


すでに黒灰の突発的な行動に慣れてきた風蘭が、突然現れた彼に動じることなく尋ねる。


「えぇ、知ってますとも。石榴が突然椿を拾ってきて、『この子に継がせる』と宣言したときはどうしようかとも思いましたけどね」


そう言って、黒灰は椿を愛しそうに見る。この言葉の続きを、彼は心の中でつぶやく。




さすが『黒花』。見る目は正しかったということか、と今は思っていますがね。






「瓶雪殿の私軍はどこで集めた者たちなんだ?」


「素性の知れない流れ者たちですよ。でも、なかなかな腕前でしょう?」


「たしかに。・・・・・・でもよく、そんな連中をうまく束ねているな?」


「私軍だろうと、州軍だろうと、要は規律をきちっと定めて押さえつけときゃ、それなりにまとまりますよ」


にかっと笑う黒灰を見て、風蘭と椿は思わず顔を見合わせる。黒灰は簡単そうにそう言うが、実際、そんな簡単なことはない。


公的な軍である州軍はともかく、私軍は、押さえつけるのも一苦労する粗雑な者だっているはずだ。だが、一緒に訓練している限り、そのまとまりは『闇星』に引けを取らない。






「石榴といい、瓶雪殿といい、冬星州は武人に恵まれているな・・・・・・」


風蘭のつぶやき、椿は納得せざるを得ない。


地形、気候、財政、そして州主にさえ恵まれていない冬星州だが、武人には恵まれている。荒れたこの州で、大きな暴動も内乱も起きないでいるのは、それを押さえ守る武人たちがいるからに他ならない。






「いつか、瓶雪殿の私軍を星華国のために働かせるつもりはないか?」


にやっといたずらっぽく笑った風蘭に、黒灰も笑って答える。


「無論、朝廷がそれを許してくださるのなら、連中は喜んで働くでしょうな。連中は、風蘭さまが思うよりもはるかに国を想っているし、憂いているんでね」


「・・・なるほど。では、約束しよう、瓶雪殿。いつか俺が朝廷に戻ったら、私軍も国軍、州軍と同じような待遇を受けれるように、計らおう」


「そのお約束、果たされる日を心待ちにしておきましょう」


力強く答えた黒灰の返事を聞きながら、椿はこっそりと連翹にため息をつく。






「ねぇ、あなたのとこの『坊ちゃん』、あの夢見がちなところ、治せないの?冬星州を救うだの、私軍の処遇をよくするだの、夢物語としか思えないことばかり」


呆れた表情で風蘭を見つめる椿に、連翹はいつもの笑顔で切り替えした。


「坊ちゃんは、最初のうちはそれこそ冬星州の方々の暮らしを理解せずにそんなことを言っていましたけれど、今は違うと思いますよ。ここへ来て2ヶ月余り。坊ちゃんはこの州の貧しいところも、荒れたところも見て、坊ちゃんなりの答えを出しつつあるのだと思いますが」


「甘いわね~。たかだか王族の第3公子にどこまでできるっていうの?王でもなければ執政官でもないんだから」


厳しい彼女の言葉にも、連翹は静かに笑って答える。


「そうですね、今の坊ちゃんには何も権力がない。ですが、坊ちゃんがこのままこの状態を放っておくとも思えないのです」


「・・・・・・もし、さっさと放り出しちゃったら?」


それまで、椿がどんな言葉をかけても決して崩れることもなかった連翹の表情が、苦しく、悲しく、そして厳しい表情に一変した。






「・・・・・・見込み違いだった、と思うしかないでしょうね」






ぞっとするほど抑揚のない静かな声でそう言った。椿が答えに窮している間に、連翹の顔にはいつもの笑顔が戻っていた。




「ですが、坊ちゃんは期待を裏切らないと信じていますから」








その晩も、『闇星』の訓練の日だった。


陣をつくり、私軍と『闇星』が激突する。指揮をするのは黒灰と石榴。剣を使わず、木刀の戦いとはいえ、毎回毎回その訓練には士気と殺気が込められていた。






その訓練は、来るべき日のためだった。『闇星』は仕えるべき主君のために、私軍は冬星州の危機を救うために。


だから、誰も思いもしなかった。それを覆す出来事が、起こることは。









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