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三章 渦巻く暗躍 十三話





13、孤独の途中で








星華国王都、水陽にある宮廷では、花々が主張しあって咲き誇っていた。すでに花の盛りを過ぎて、緑葉となっている草花もある。


一年で最も花が咲き誇り美しい宮廷の庭では、毎年宴が催された。だが、今年は未だ一度も宴が開かれていない。




宴を主催する玉座の主が、事実上、空席であることも理由のひとつだった。






「・・・・・・これで全てか?」


王の執務室で、芍薬は執政官である蘇芳に問いかけた。


「はい。本日の報告事項は以上になります。こちらがその案件になりますので、お読みになられましたら検印だけお願いします」


淡々と告げて、書類の山を指差す。芍薬は、ため息をひとつついたあと、軽く頷いた。




「わかった。ご苦労だった」


「失礼いたします」


軽く礼をして、蘇芳はさっさと室を出ていった。その姿を見送って、再び芍薬はため息をつく。


「読んだら検印を押せ・・・か・・・」




つまりは、芍薬にはその案件を吟味する必要性すらないと言っているのだ。






傀儡の王。いや、まだきちんと即位はしていないから、王ですらない。




これでは結局、政務を執ることのなかった父王と何ら変わりがない。風蘭のように父である芙蓉王を責める気にもなれないが、果たしてあれでよかったのかと問われれば、疑問を持たずにはいられない。




だが、蘇芳のあの調子では、どの道抵抗することもできない。


執務をこなす上で、その重要な任務についている高官たちは、ほとんどが蘇芳の息がかかった者たちだ。芍薬がなんと言おうと、蘇芳がそれを否定すれば、彼らは何だかんだと理由をつけて動こうとはしない。






今、芍薬と蘇芳の間にはそれほどの権力の違いがあるのだ。








ため息をひとつついて、芍薬は執務室を出た。ふらふらと無心に歩き、たどり着いた先は正堂。




その中央にあるは、王のみが座ることを許された、玉座。




それを見上げながら、芍薬はまたため息をつく。






「父上・・・・・・。あなたがここに座ることを嫌ったのは・・・・・・」


王位継承の末端だった父王。彼はおそらくここを望んだことなどなかったのだろう。


けれど、芍薬は強く望み、もうすぐ正式にこの玉座の主となる。


その半歩下がったところに、玉座よりも少し控えめな装飾の席がある。王妃が座ることを許された座だ。






即位式と同時に、婚儀の支度も始まっている。


後宮に残っている妃候補は女月一族の姫だけだ。3人の妃候補があったにもかかわらず、予期せぬ出来事が重なり残ったのはわずかひとり。


だが、芍薬はその姫に会ったこともない。おそらく、婚儀の日まで会うこともないだろう。






「正妃など、ただの飾り。興味など、ない」


玉座を見上げながら、彼はそうつぶやく。彼には妾妃になる娘もいる。だが、その娘もまた、芍薬にとってはたいした存在ではない。




王という地位を強く望み、それを得て望むもの、手に入れたいものはなんだったのだろう。




気付けば、自然と彼の頬に冷たいものが流れ落ちていた。それを拭うこともなく、芍薬は玉座を見上げている。




こみあげてくるは、孤独感。


締め付けられるような、焦燥感。








「・・・・・・兄上?」


芍薬は、突然の背後からの呼びかけにはっとした。振り返れば、そこには弟公子、木犀がいた。


「こんなところでいかがされました、兄上?」


別段、その声に労わりはない。純粋になぜ芍薬がここにいるかが不思議なようだった。




「いや、なんでもない」


芍薬も我を取り戻し、静かにそう答えた。誰もいない正堂に声がよく響く。


「槐姫との婚儀の準備はどうだ?」


彼のその問いかけに、木犀は眉間にしわを寄せた。


「まだ何も進んでおりませんよ。兄上の婚儀が終わってからでないと」


「そうか・・・・・・」






数ヶ月前、木犀が突然芍薬の元を訪れ、妃候補のひとりである蟹雷 槐を妃にほしいと言ってきたときは、さすがに芍薬も驚いた。その傍らにいた蘇芳すら、驚いた顔をしていた。


自分が彼女を見初め、妃候補からはずすほど彼女を望んだというのに、なぜか木犀は槐姫の話題を嫌った。






そして、槐姫と木犀の婚儀が決まってから、より一層木犀は芍薬に冷たくなった。


芍薬はいよいよもって、朝廷で孤独になっていった。


いや、朝廷でも後宮でも、彼は孤独だった。




そして、そんな孤独感に襲われると、決まって遠くの地へ旅立った弟公子を思い出した。








「木犀こそ、こんなところまでどうしたんだ?」


努めて明るく優しく、芍薬は木犀にたずねた。問われた木犀は、ふとそれを思い出したかのように、少しあわてた様子で芍薬に言った。


「兄上をお探ししていたんです。・・・・・・蠍隼執政官に、許したのですか?」


「執政官に?なにを?」


「・・・・・・国軍『輝星』の出軍ですよ」


「まさか!!」


芍薬の顔色がさっと変わる。




「・・・ご存知なかったのですか?」


「知らない。執政官が『輝星』を出軍させようとしているのか?!」


そう言いながら、芍薬は早足で正堂を飛び出す。


「実際には双兵部大将から聞いたんです。執政官からそんなことを言われているが、芍薬公子はそれをお望みなのか、と」


芍薬のあとを追いかけながらそう言った木犀の言葉に、彼の足は止まる。






「・・・・・・そんな話、知らない」






傀儡の王。


こうまでも、見下げられたものなのか。






「・・・だが、何のために『輝星』を・・・・・・?」


冷静さを取り戻しながら、芍薬は足を進める。向かう先は、ただひとつ。そのうしろには木犀もついてきている。


「芍薬だ。入るぞ」


相手の反応も確かめずに、彼は室の扉を開けた。慌てる下っ端官吏たちの反応などお構いなしに、芍薬はその室の主のもとへと歩みを進める。


「・・・・・・これは、芍薬公子さま。どうされました?」


「・・・・・・うかがいたいことが、ある」


「なんなりと」


不敵な笑みさえ浮かべた蘇芳を、芍薬はねめつけた。うしろで木犀が息を飲んで聞いている。






「『輝星』の出軍準備をしていると聞いた。本当か?」


「・・・・・・それはどこからお聞きになりました?」


急に表情を引き締め、ぴりぴりとした気迫さえ感じさせる声で蘇芳は問い返した。一瞬その気合に圧され、芍薬は言葉をつまらせたが、すぐに立て直す。


「・・・聞いているのはわたしだ」


「双大将からでもお聞きになりましたか?・・・そうですね、そのお話は半分は真でありますし、半分は偽でありましょう」


「・・・・・・どういうことだ?」


再び問い返した芍薬の頭上を、蘇芳は眺めた。そして、冷笑を浮かべて口を開いた。


「残念ながら、芍薬公子さま。これ以上は申し上げられません」


「なぜだ?!」






「・・・『輝星』は国軍。その指揮をとるは、王のみでございます」






淡々とした冷たい声。


蘇芳は、冷ややかに言い放つ。


芍薬は、未だ王の地位にあらず、と。






「・・・・・・だから、おまえが軍を指揮するのか」


「王のない緊急時、その全ての権利は執政官にございます」


怒りを含んだ芍薬の言葉に、まるで冷やかすかのように蘇芳は返す。


「緊急時?!そんなことはなにも聞いていない」


「そうですね。まだ推測でしかないので、わたしも芍薬公子さまには申し上げませんでした」


蘇芳はさっと人払いをする。途端、室には蘇芳と芍薬、木犀だけとなった。






「近々、王に仇なす者たちが現れるかもしれません」


「王がないのに、か」


今度は芍薬が蘇芳をからかう。だが、蘇芳はそれに冷たい一瞥を送っただけだった。


「冬星州に、不穏な動きがあります。もう何年もそれを見て見ぬふりをしてまいりましたが、そうもいかなくなりました」


「待て、冬星州だと?!」


芍薬と、そしてうしろに控えていた木犀も顔色を変える。




「冬星州には、州軍の他に、いくつかの私軍がある様子。一度、冬星州に圧力をかけるべきではないかと」


「そんな・・・・・・!!私軍がなにかをしたわけでもないのに、国軍を出軍させることはない!!」


「なにかをしてからでは遅いのですよ、芍薬公子」


呆れた様子で蘇芳は芍薬を諭す。


「芍薬公子は、玉座を預かられてまだ日が浅くていらっしゃる。星華国各州についての情勢などもまだご存知でない様子。どうぞわたしにお預けください」


射るような視線に込められた真意。芍薬はそれに射抜かれ、言葉を失う。






蘇芳に全てを預け、委ねよと。


そう、まるで、父王、27代国王芙蓉のように。






「冬星州には・・・・・・風蘭がいる・・・。国軍など、だめだ」


やっと、それだけ芍薬は言った。だが、蘇芳の返事は冷たく厳しかった。


「風蘭公子さまが冬星州にいらっしゃるのは偶然たる不運。それでも、冬星州の私軍を見逃すわけにもいきますまい」


「だめだ。国軍出軍など認めない」


「芍薬様、再三申し上げますが・・・・・・」


「蠍隼執政官、もしも今、『輝星』を出軍させれば、わたしが即位した後、あなたを罷免することになる」




きっぱりと芍薬は言い切った。彼の思わぬ反発に、蘇芳の瞳の奥がいらだちの怒りを見せ始める。






「肉親の命惜しさに国を滅ぼされますか。どちらが優先されるかよくよくお考えくださいませ」


「おまえこそ、王族を討とうというのか。次期王の許しもなく」




芍薬と蘇芳のやりとりを木犀は黙って聞いていた。というよりは、口を挟む余地がなかった。


内気な兄公子がこれだけ蘇芳に言い返している姿を見るのも珍しい光景だった。


芍薬もまた、芙蓉同様、蘇芳の言いなりになっていることが多かった。だからこそ、蘇芳も今回のことも油断していたのだ。






だが、蘇芳に対峙する芍薬のその手が震えているのも木犀は知っている。


人に反発することも、意見することもあまりなかった芍薬だ。こうして今、蘇芳と対峙している心中はいかなるものか。








「・・・とにかく、今すぐ『輝星』をどうしようというわけではありません。どうぞお引取りくださいませ、芍薬公子さま」


「それは本当だな、執政官。独断で『輝星』を出軍させることはゆめゆめされるな」


「・・・・・・覚えておきましょう」


その短いやり取りのあと、芍薬は静かに室を出た。自身の室に帰る彼の足取りは速く、険しい表情のままだ。




「芍薬兄上が、あそこまで応戦されるとは思いませんでした」


やっと木犀がそれだけ言った。芍薬は回廊の角まで歩くと、そこでふと立ち止まった。庭院を眺めながら、その視線はどこも見ていない。


「・・・・・・始めから、執政官はそのつもりだったのだ・・・!!」


「・・・風蘭のことですか?」


「冬星州の私軍など、今までだって黙って見過ごしてきたものを、今更なぜ取り上げる必要などある?!なぜ、風蘭が今あそこにいるこのときに国軍を出軍させる必要があるというのだ?!」


決して激しているわけではないのだが、小さいながらもその強い口調に、木犀は嘆息する。




「兄上は、なぜそうまでも風蘭を庇われます?風蘭は、兄上にとっては玉座を脅かす政敵かもしれないのですよ」


「木犀・・・・・・」


「冬星州にいる風蘭がいまさらどうなろうと、兄上が心を痛まれることはないのでは?」


「それではだめだ、木犀。父上の『過去』を知っているだろう?兄弟の諍いはやがて国を滅ぼす。それではだめなんだ、木犀」


「お優しいのですね、兄上は」


卑屈めいた笑みを浮かべて、木犀は続ける。


「それでも、兄上には『玉座』という地位が、立場が確約されているからそう言えるんです。いずれは王になれるから・・・・・・」


「おまえは、今の玉座がどのような場所か、わかっているか。どんな立場か、わかっているか」


今にも泣きそうな悲しそうな表情を浮かべる兄公子に、木犀はどうしても同情することも同調することもできなかった。なぜなら・・・・・・。


「それでも、兄上には『玉座』がある・・・・・・!!」


搾り出すように言って、木犀は踵を返した。芍薬も何も声をかけることもできずにそれを見送る。








王政の全ての実権を望む執政官の野望。


冬星州へと左遷し、風蘭を討とう目論む蠍隼 蘇芳の思惑。


玉座を強く羨む弟公子。






どうして、こんなにも孤独なのだ。


これでは四面楚歌ではないか。


それとも、もっと他によい方法があるのか。


もう、自分はこれ以上ないほど苦しみ、耐えている。


なのに。








「なぜ・・・・・・誰もわたしの気持ちをわかってくれないんだ・・・・・・」






つぶやく声は風と共に流れて消える。


その風は、遠く彼方の冬星州へと流れていくのだろうか。







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