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三章 渦巻く暗躍 八話





8、混迷の果てに








27代星華国国王の第2公子、獅 木犀。


妾妃の公子でありながら第1公子である芍薬や、第3公子でありながら正妃の公子である風蘭とは異なり、彼は王位継承というものからは関係のない立場にあった。




貴族たちは、自分達の一族の未来のためにも、王になる可能性のある芍薬や風蘭にちやほやしていたが、彼らの視線が木犀に向くことはなかった。


もちろん、彼はこの待遇が気に食わなかった。






だから、真っ先に風蘭を憎んだ。


目の敵にした。


正妃の公子であるというだけで、何番目に生まれようがちやほやされる風蘭が、木犀は嫌いだった。


そして、その風蘭が調子に乗って朝廷を闊歩しては、あれやこれやと文句をつけているのを聞くのも、いらいらした。






だからといって、木犀は芍薬を慕ったわけでもない。


芍薬さえ生まれなければ、もしくは、木犀より後に生まれれば、彼が王位継承権を得ることだってできた。






けれど、本当のことを言えば、別に王になりたいわけではなかった。


ただ、誰でもいいから、木犀にも興味を示してほしかった。


振り向いてほしかった。




さみしかった。




11貴族たちも、父も、誰も彼に関心を示さなかった。誰も彼に存在理由をくれなかった。








「・・・双大后さまに取り次いでほしい」


双 桔梗の室の前で、彼は迷いながらも女官にそう言った。




たまたま彼女の食べ終えた器を下げに来たらしい火女の女官は、木犀にそう言われるとあわてて室に引っ込んだ。


待たされながら、火女にしてはずいぶんと年齢のいった女官だったな、と彼はぼんやりと考えていた。




「桔梗さまが、お会いになるそうです」


先程の女官が、扉を開けてそう答えた。まだ室に客を迎えることに不慣れなのか、彼女はぎこちなく扉を開けて礼をした。




木犀は室を案内されながらも、まだ迷っていた。父の正妃であった桔梗に、妾妃の公子である自分は、何を彼女に言うつもりか。






「ようこそおいでくださいました、木犀殿」


円座に優雅に座った双 桔梗が、彼女の目の前に敷かれた円座をすすめながら微笑んで挨拶をした。


「突然の訪問、お許しください」


簡単に詫びてから、彼は円座にあぐらをかいた。だが、座り込んだまま、木犀は何も言えなくなってしまう。


見兼ねた桔梗が、思い悩む第2公子に問い掛けた。






「木犀殿がいらっしゃるなど珍しいですね。いかがされました?なにか、朝廷のことや、芍薬殿のことでお困りですか?」




まるで木犀の実の母であるかのように、優しく労るような問い掛けに、木犀はゆっくりと顔を上げた。




「・・・双大后さまは、心配ではありませんか?風蘭のことが・・・。なぜ、風蘭は冬星州に行くことをあっさりと決めてしまったのでしょうか?」


本当は、こんなことを聞きたいわけじゃない。だが、気付けば口が勝手に動いていた。




「冬星州へ行くことは風蘭自身が決めたことです。わたくしは、あの子が決めた道をただ見守るしかできません。わたくしには助けることもできませんから」


「そ、そんなこと・・・!!・・・それは、俺の方です・・・」




取り繕うことも忘れ、彼はぽつりぽつりと自分の思いを言葉にした。


「俺こそ、何の役にも立たないんです。公子として生まれながら、芍薬兄上のように政務ができるわけでもなく、風蘭のように朝廷を見直すような勇気もない・・・・・・恐いんです」


顔を両手にうずめ、絞りだすように木犀は続ける。




「蠍隼執政官が恐いんです。あの冷たい視線も、公子である風蘭をあっさりと冬星州へ追いこんだあのやり方も・・・!!俺は、朝廷を走り回って風蘭のようになるのは恐いんです。でも、それじゃぁ俺がここにいる意味がわからない・・・!!」






そんなこと、桔梗に訴えても仕方のないことはわかっている。


だが、父もなく、兄も多忙な中で、相談する相手がいない。


彼の母は、妾妃のなかでは珍しいほどのんびりした妃で、彼の焦燥感を理解することはできなかった。






そこで、彼が頼ってしまったのが、賢妃と名高かった桔梗だった。


「どうされました、木犀殿?」


包み込むような優しい声が木犀に舞い降りる。それが一層、木犀を弱くさせる。




彼女に頼ることは、話すことは、適切ではないとわかっているのに。




「・・・俺は・・・どうしたらいいのでしょう。正直、俺は、芍薬兄上が、風蘭が、羨ましかったのです」




だが、いざ芍薬が玉座を守るようになり、目の上のたんこぶだと思った風蘭が朝廷から、後宮からいなくなり、気付いた。






自分は、なんて役立たずなんだろう。今、自分がすべきことがなにかもわからない。


自分もまた、先王の公子のひとりだというのに。






「・・・なるほど、わかりました」


まるでだだっ子のような木犀の話を聞くと、桔梗は優しく微笑んだ。






「木犀殿、人はみな、それぞれの『役目』を背負って生まれているのです。芍薬殿の『役目』は、玉座を守ること。風蘭の『役目』は、冬星州へ行き、民部長官の死を調べること。どんな経緯があろうと、最終的に自らが決断した道こそが、その者の今果たすべき『役目』」




風蘭は、たとえ蘇芳にはめられた形であったとしても、最終的には彼の意志で冬星州行きを決断した。




芍薬は、芙蓉の突然の死が降り掛かったために、突然次期王という立場になった。流れに身を任せているように見えるが、今、芍薬はちゃんと自分ができることをしている。




「俺は・・・」


この数か月、木犀はどうしていたか。




芙蓉が亡くなるまでは、王位継承権もない自らの立場を恨み、継承権を持つ兄や弟を妬んだ。


そして、芙蓉の死後、混乱する朝廷でみながばたばたとしているなかで、彼は父の突然の死を嘆き続け、煩雑としている朝廷の出来事からは目を逸らした。






「木犀殿、自分のすべきことがわからないのなら、まずは自分のしたいことをされたらいかがですか?あなたが望むことを為せばよいのです。それがいずれ、あなたの『役目』となるときが来るでしょう」


力強い桔梗の言葉が、木犀の背中を押す。




「・・・俺の・・・したいこと・・・・・・」


公子として、王族として生まれたのだから・・・。




「政務を・・・芍薬兄上の政務を・・・お助けしたいです・・・・・・」


できることはわずかでも。風蘭のように破天荒に動くことはできなくても。






王族ならば、公子ならば、王政に携わりたい。






「答えは出ているではありませんか」


にっこり微笑む桔梗に、木犀は黙ってはにかんだ。






きっと、この方は自分の気持ちを、自分自身が自覚できていないところまですべてお見通しなのだろう。






「ありがとうございました・・・双大后さま」


するりと自然にお礼の言葉が口から出た。






父は幸せな王だ。こんなにも賢く気高い妃を正妃として迎えられたのだから。






彼は何度も桔梗に礼を告げて、彼女の室を出ようとしたが、最後に振り返って一言、言った。


「風蘭は、幸せですね。双大后さまが母上であることが」


心の底から嫌味なく誉めたつもりだったのだが、急に桔梗の表情が曇った。




「・・・それは・・・わかりませんね・・・」




だが、それ以上彼女は何も言わず、木犀もそれ以上聞かずに室を出た。


彼は、すぐにその足で芍薬のもとに向かった。この時間ならば、まだ王の執務室にいるはずである。




今の自分の気持ちを、芍薬に伝えたかった。




「兄上、木犀です。よろしいですか」


執務室の扉を叩くと、すぐに芍薬の「入れ」という返事が返ってきた。




木犀はそろりと扉を開けて室に入り、芍薬と対峙した。


「どうした?こちらまで来るのは珍しいな」


そんなことを話す芍薬の両側は、文字通り山となった書類の束があった。






「兄上、お願いがあるのです」


前触れもなく、木犀はいきなり本題にはいった。


「・・・なんだ?」


「俺も、兄上の手伝いができないでしょうか。微力ながらも、兄上をお助けすることはできませんでしょうか」


「いらない。気持ちだけで充分だ」




全く考える暇もなく、芍薬は即答した。その反応に、木犀は絶句する。




「政務のほとんどは執政官が担ってる。木犀が気にすることはない」


「で、ですが、少しでも兄上のお役に・・・」


「いいんだ!!」




普段穏やかな芍薬からは想像できないほど、厳しくはっきりした拒絶の言葉が、木犀の言葉を遮った。


あまりの衝撃に言葉を失った弟をみて、芍薬は言い過ぎたことを悔やむかのように、


「もう・・・・・・誰も関わらなくていいんだ・・・・・・」


と、小さな声で、それでも再度、拒絶した。






拒絶された。


何ができるか、何がしたいか、行動を起こしても。




結局、自分は役立たずな公子。


自分は何のために、その存在があるのか・・・。






「・・・・・・っ!!」


「木犀?!」


何も言わずに飛び出した木犀の背に芍薬の声が追い掛けるが、木犀は振り向きもせずに走った。




どこをどう走っているのか、自分でもわかっていなかった。


この言いようのない感情を抱いて、彼は走った。


恨み?違う。絶望?違う。焦燥感?そうじゃない。






ただ、悲しかった。必要とされていないことが。






「きゃっ・・・・・・!!」




闇雲に後宮を走っていたら、角を曲がった途端、見かけぬ女とぶつかった。と、同時に彼女は勢いに耐え切れずに倒れた。


「も、申し訳ありませんでした」


ぶつけられたのは女の方だったのだが、それでも彼女は立ち上がりながらそう言った。




「・・・・・・なにか?」


何も言わずにただ彼女を見下ろす木犀に、その少女は不思議そうに、けれど謝りもしない無礼な木犀を軽蔑するかのような視線を送っていた。




誇り高い、気の強そうな少女だった。


木犀を見上げるその視線にも、威圧的なものを感じる。






そう、まるで、桔梗のような。




桔梗は、威厳の中にも優しさがある。


けれど、その少女にそれは感じられなかった。だが、それでも桔梗を思い起こさせるものがあった。






「自分のやりたいことをすればいい」


そう言った、桔梗に。






「・・・・・・え?!なんですか?」




自分でもよくわからないまま、気付けばその少女の手を引いて、空いている室に入った。


木犀の感情はすでにぐちゃぐちゃだった。なにもかもを壊したいような、そんな自暴自棄な状態だったのかもしれない。




叫ぼうとする少女の口をふさぎ、木犀は桔梗に似た目を持つ少女を放すまいとした。


感情と欲望に流されるままに、すべてを壊そうとするかのように、暴れる少女を彼は押さえつけた。










必要のない公子なら、なぜ、自分はここにいるのだろう。


誰も自分を見ていない。


誰も必要としてくれない。


自分の、『役目』とはいったい、なんなのだ。




自然と、涙が出てきた。


悲しいからか、悔しいからか、わからない。


ただ、涙が流れてきた。








「・・・・・・ひどい・・・・・・!!」


やっと木犀が冷静さを取り戻し、我に返った頃、寝台で横たわったままのその少女が、涙を流しながら、そうつぶやいた。


「あなたは・・・・・・誰なのです?!・・・・・・どこの官吏ですか!!」


強い口調で、けれど、弱々しい声で、彼女は木犀を睨み付けた。




「・・・官吏じゃない。・・・第2公子、獅 木犀だ」


少女には申し訳ないという気持ちが次第に沸いてきて、木犀も小さくそう答えた。


そう答えた後、ぼんやりと彼は少女の乱れた服装を眺めた。






同時に、背中に冷たいものが走った。






彼女の服装は、女官の官服ではなかった。煌びやかな衣を纏っていた。


まるで、姉妹の姫たちのような服装。


今、この後宮で、姉妹以外で、このような格好を許されている女人は、限られている。






「おまえ・・・・・・まさか、妃候補・・・・・・?」


「・・・木犀公子さま、わたくしは、あなたの兄上様の妃として、ここに参りましたのに、なぜ、このような仕打ちを・・・・・・!!」






とうとう、その妃候補の少女は、両手を顔に埋めて泣き出してしまう。




「す、すまない・・・・・・。まさか、妃候補とは思わず・・・・・・」


「では、妃候補でなければ、女人ならば誰でもよかったのですね?!」


「それは・・・・・・」






強い口調と視線で責め立てられ、気の強い方ではない木犀は、口ごもってしまう。




普段の彼なら、こんなことは決してしない。


女性を大切にする、という性格でもないが、だからといってないがしろにするわけでもない。まして、欲望のはけ口に誰でもいいから女人をひっかけるような真似はしない。






だが、今回は弁解の余地がない。


まさか、芍薬に拒絶され、自らの立場を嘆いていたからなどと女人の前で言うのは、彼の自尊心が許さない。






「どうなんですの、木犀さま?」


「違う、女人を軽んじているわけでは・・・・・・」


「では、この結果はなんなのですか?!・・・・・・わたくしは・・・わたくしは、これ以上ここにいることができません・・・・・・!!!」






それも道理だと、木犀は思ってしまう。傷のついた姫を、正妃として迎え入れることなどありえない。


だが、彼自身動転してしまっていて、冷静な言葉が出てこない。






「い、いや、でも、俺に非があったのはたしかだ。兄上に、説明して・・・・・・」


「なにをどう、説明するとおっしゃるのですか?!」


とうとういらいらの限界がきたのか、その妃候補の姫が叫んだ。


「どう説明をされるおつもりですか?!わたくしをこれ以上辱めるおつもりですか?!こんな・・・・・・こんなこと、いったい誰に説明できますか?!・・・お父様に、どうお話したらいいのか・・・・・・」






嘆く姫を見下ろしながら、木犀はとうとう決断した。






「ならば、俺の妃になればいい。俺がおまえを見初めたから妃にしたい、と強く兄上に願い出る。それならば、最低限、おまえの一族は王族との関わりを保てるだろう。これ以上の方法が、他にあるか?」






その姫に対し、申し訳ない気持ちが溢れるほどあるが、それを態度にも言葉にもできないのが木犀なのである。


姫は木犀を睨み上げ、黙り続けた。結局、彼女もわかっているのだ。それ以上のよい方法など、ないと。






「・・・・・・ないと思いますわ」


「・・・ならば、兄上に話すとしよう。・・・・・・名はなんという?」






この歪んだ恋情は、互いに秘め事。誰にも話すことはできない。彼も、彼女も。


涙をにじませながら、その姫は名乗った。






「夏星州11貴族が一族、蟹雷 槐と申します」






誇り高き、11貴族の姫君、槐。


妃候補の誰よりも正妃となることを夢見、そしてそれを誇りとし、目標としてきた彼女の、想像もできない妃審査の結末だった。







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