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三章 渦巻く暗躍 六話










6、再会の果てに








木蓮が、風蘭の左遷を知ったのは、朝議の行われた次の日だった。


いつものように采女所に出仕し、後宮で働く女官に王族の様子を聞きに後宮へあがったときに、その話を聞いた。はじめ、女官からその話を聞いたときは、ただの噂だと思っていた。


ところが、午後になって朝廷へおつかいに行くと、そこでも官吏たちがひそひそとその話をしているのを聞き、ことの真偽を確かめたくなった。






一番てっとり早いのは、風蘭自身に聞くことだ。


だが、風蘭が木蓮を呼び出すことができても、木蓮が風蘭を見つけることはできない。まして、本当に風蘭が冬星州へ左遷されるのだとしたら、今頃あわただしく動き回っているに違いない。




「それにしたって、なんで左遷なんて・・・・・・」




考え込む木蓮が、そこを通りかかったのは本当に偶然だった。後宮の女官にもう一度詳しい話を聞こうと、後宮へ戻り、うろうろとぼんやりしながら歩き回っていたら、そこを通りかかったのだ。


冬のサクラが咲く庭院。そこに列する客室。


ぼんやりと、どうすれば風蘭と会うことができるのかと木蓮が歩いていると、そこで、出会った。




「あら?木蓮さまでいらっしゃいますか?」




聞きなれない女性の声で呼ばれ、はっと彼は顔を上げた。そこには、女官の官服ではなく、王族の姫たちのような衣に身を包んだ少女がいた。


どこかで見たことのある少女である。




「えっとあなたは・・・・・・」


「紫苑です、女月 紫苑。先日、風蘭公子さまにご紹介いただきました」




思い出せないでいる木蓮に微笑みながら、紫苑はもう一度自己紹介をした。木蓮も、名前を聞いて、すぐに思いだした。




「あぁ、風蘭の・・・・・・」


想い人、と口に出しそうになってすぐに言いよどむ。こんなこと、勝手に他人の口から口外してはいけない。




「えっと、先日は失礼しました。事態が事態だったもので・・・・・・」


「えぇ、霜射長官がお亡くなりになられたことですね。・・・・・・今も、同じ妃候補の霜射家の姫と、話をしていたのです」


「霜射家の姫と?!」




思わず、木蓮は身を乗り出してしまった。彼の勢いに驚き、紫苑が身を引く。




「い、いかがされました?」


「・・・・・・すでにお聞き及びかと思いますが、霜射家の姫さまには、冬星州へご帰還されることに相成りました・・・」


「はい。・・・昨日、そのお話を雲間姫さまからうかがったところです」


「もうひとつ。風蘭公子もまた、冬星州へ向かわれることになったらしいのです」


「・・・・・・え?」






紫苑の愛らしい目が、これ以上ないほど見開かれる。


その反応を見て、木蓮は紫苑もこの事実を知らなかったことを知る。風蘭の冬星州行きは、嘘か真か。


真ならば、なぜ、彼が冬星州へ行かなければならないのか・・・・・・。






「なぜ・・・・・・風蘭公子様まで冬星州へ・・・・・・?」


「わかりません。風蘭公子が冬星州へ向かわれる、というのも、僕はまだ噂でしか聞いておりませんし・・・・・・。その事実もまた、わかりかねます」


「そうですか・・・・・・」




急に、木蓮も紫苑も黙り込んでしまう。






事実が知りたい。


なぜ。どうして。この疑問に答えてくれる人がほしい。


誰なら知っている。この事実を。






「・・・・・・高官なら・・・」


「・・・・・・父様なら・・・・・・」


木蓮と紫苑が同時につぶやく。互いに、その言葉が届いていない。ただ、同時に顔を見合わせると、なにかを確信したかのように頷き合い、簡単な挨拶と共に別れた。






木蓮は、高官ならば朝議に参加していたはずだし、その事実を知りえるだろうと思った。木蓮の知る高官はふたり。


ひとりは、彼の直属の上司、采女所所長の双所長。


もうひとりは、采女所の総合管理、中部の長官、双 鉄線だ。


ふたりとも風蘭の母、双 桔梗と同じ双一族だ。風蘭の動向を知らぬわけがない。




彼は采女所のある後宮近くの中部棟へ向かった。






なぜ、風蘭を冬星州へ。


どうして、彼がおとなしく左遷を受諾したのか。


こんなこと、誰が決めたのだろうか。






木蓮が走るように中部棟へ向かいながら内朝に足を踏み入れると、いきなり強い力で腕をつかまれた。


「木蓮殿。急いでどこへ行かれます?」


「え・・・・・・?」


腕をひかれ、彼は腕をつかんだ主と対面した。同時に、彼は叫びにも似た声をあげた。


「け、華鬘さま!?」


「お久しぶりです、木蓮殿」




春星州州主、桃魚 華鬘は、木蓮の腕を放すと、そっと笑った。うろたえる木蓮に、優しく彼は言った。


「新王となることがお決まりになった芍薬公子さまにご挨拶にうかがったら、たまたまこのような事態に出くわしてしまいまして。朝議に参加するなんて実に久しぶりだったのだけど・・・・・・」


「朝議に、参加されたのですか?!」


木蓮は華鬘にしがみついて問い返した。木蓮のその剣幕に、華鬘も表情を厳しくする。




「えぇ。今回は妃候補が後宮にいらっしゃることもあり、星官がわたし以外にも3人いました。・・・・・・それがまさか、こんなことを決める朝議だったなんて・・・・・・」


「それは、風蘭公子のことですか?!」




木蓮の必死の形相に、華鬘は小さくうなずき、ふっと表情を和らげた。


「どうです、木蓮殿。すぐそこに桃魚一族星官の室があるのです。そちらで積もる話でもいたしませんか?」


ここは朝廷の回廊。誰が聞き耳を立てているかわからない。


木蓮も、すぐに華鬘の考えを察知した。


「はい。ぜひご一緒させてください」








高官よりも上位に値する星官には、朝廷内にそれぞれ室が設けられている。無論、桃魚一族当主、華鬘にもその室は与えられていた。


木蓮は華鬘の室に案内され、数人だけ室に控えていた官吏たちを華鬘は退室させ、ふたりだけでそこに落ち着いた。書物が積みあがっている室だが、しかしその他には特になにもない。まるで書庫のような室だ。


ふと、木蓮は梅の屋敷を思い出し、懐かしさに顔が綻んだ。




「風蘭公子さまと、お会いしたのですか?」




室にはふたりだけなので、華鬘自らがお茶を淹れながら木蓮にそう尋ねた。我に返った彼は、春星州州主にお茶を淹れさせていることに気付き、あわてて立ち上がったが、華鬘は笑顔でそれを制した。




「・・・はい。出仕した初日に、風蘭公子にお会いしました」


「やはりそうですか。先ほどのあなたの剣幕では、どうやら風蘭公子さまとお知り合いのように思えましたから」




取り乱していた先ほどの自分を振り返り、木蓮は顔を赤らめる。


「突然、申し訳ありませんでした、華鬘様・・・」


「いいえ、無理からぬことです。・・・・・・あなたも聞いたのでしょう、木蓮殿?」




華鬘がお茶を木蓮に手渡す。その表情は硬い。木蓮も礼と共にそれを受け取り、小さく頷いた。




「・・・今朝、後宮の女官に聞きました。・・・風蘭公子が、冬星州に向かわれると」


「・・・・・・そうです。昨日の朝議でそう決まりました」


「なぜです?なぜ、彼が冬星州など・・・・・・」






見返す華鬘の瞳が、本当に悲しそうに何かを告げているのを見て、木蓮は言葉を切った。華鬘は、小さな音をたててお茶をすすると、ため息のように、朝議の話をぽつりぽつりと語りだした。






「出る杭は打たれる、と言うでしょう?風蘭公子はまさにそれだったようです。・・・・・・蠍隼執政官のことはご存知ですか?」


「・・・・・・風蘭公子から少し話は・・・。・・・先王の頃から、政権の実権を握っていたと・・・」


「そうですね、はっきり言ってしまえば、今の星華国の政務は彼一人が行っているといっていい。その手腕はたしかに認めるべきものがありますが、そのやり方は有無を言わせぬ独裁です」




首を軽く振って、そのまま黙り込んでしまった華鬘に、ふと、木蓮は思い出したことを尋ねてみた。




「風蘭公子は、最近までずっと民部について調べていたんです。・・・ちょっと不審な項目があったものですから・・・」


「民部を?・・・・・・たしか、木蓮殿のお兄様おふたりは・・・」


「はい、民部に所属しています。僕は直接関わることはできませんでしたが、兄たちを通じて、風蘭公子は色々と民部のことを探っていたようです。・・・・・・執政官にそのせいで冬星州へ左遷されてしまったのですか?」


「・・・・・・そうですか、民部の調査を・・・・・・」






木蓮の質問には答えず、何かを噛み締めるように華鬘はひとりうなずく。そして、まっすぐに木蓮を見返すと、力強く微笑んだ。


「風蘭公子は、真に星華国を変えたいと思っていらっしゃるようですね。よき王族にお会いすることができ、よかったですね、木蓮殿」


「え、あ、はい。風蘭公子は、本当に星華国の情勢、未来を変えたいと願っているのです」


「そして、それはあなたの望みでもある」


「はい」






26年間、王が表舞台に立つことなく、執政官の独裁を許した。


それ以前は、古来からの風習を抜け出すことができずに、王は王族のために、貴族は一族のためだけに政務を行った。




長い間、民は軽んじられてきた。


小さな反乱は、小さなうちに徹底的に潰されてきた。


所詮、民がどれだけ集まろうと、11貴族の力には抗えない。






華鬘は、それを嘆いた。軽んじられ、虐げられる民たちを。


木蓮は、望んだ。民もまた、星華国を築く一員であることを。そこに参加すべきであることを。






風蘭公子は、それを一歩でも近づけようとしていた。






「・・・・・・だから、風蘭公子は、執政官に打たれた・・・」


「え?」


「木蓮殿、あなたの予想はおおよそあたっています」


空になった茶器に、新たな茶を注ぎながら、華鬘は言った。


「風蘭公子が民部を探っている最中、民部長官がなんらかの原因で死に至った。・・・執政官は、風蘭公子に民部長官の死を調べてほしいと冬星州へ行くことを薦めたのです」


「民部長官の死を調べるのは刑部の仕事ではありませんか?!」


思わず立ち上がって息巻いた木蓮に、華鬘は彼を見上げて答えた。




「そうです。ですが、風蘭公子は民部を独断で調べていた。ならば、同じように調べていた民部の長官の死も調べられたらいかがか、と執政官は嫌味も含めてそう言ったのです。・・・・・・無論、次期王である芍薬公子が執政官を諌めることができれば、事態は変わりましたが・・・・・・」


「芍薬公子さまはされなかったのですか?」


非難するような口調の木蓮に、華鬘はまた、悲しそうな瞳で彼に告げる。




「芍薬公子は決断をされなかった。できなかったのです。星華国を思えば、今、執政官に逆らい、執政官に職務を放棄されるわけにはいかない。けれど、弟公子である風蘭公子を冬星州へ向かわせる決断も、できない」


「では、なぜ・・・」


「風蘭公子、自らが、おっしゃったのです」






あの時の場面を、華鬘は今も鮮明に思い出せる。


苦悩する芍薬公子を見上げる風蘭公子。


それを、面白そうに見守る蠍隼執政官。


風蘭公子と、執政官の目が合う。そこで、おそらく、なにかがあった。


次の瞬間には、風蘭公子は政治堂に響き渡る声で告げていた。




「わかりました、冬星州へ参りましょう」


と。






彼は、彼の立場をわかっていたのだ。これ以上、兄公子を苦しめないために選択したのだ。


だから、彼の冬星州行きを望まない高官や星官も何も言わなかった。言えなかった。








「風蘭公子が・・・自分で・・・?」


そのときの様子を見ていない木蓮は、なぜそうなったのかわからず戸惑っている。無理もない。




木蓮には、風蘭のその決断がわからなかった。


なぜ。あんなにも星華国を変えることを望んでいたのに。


冬星州へ行っても、それは叶わないのに。






「・・・風蘭公子に、会うことはできるでしょうか?」


やはり、直接彼に会って話を聞きたかった。共に、理想に向かって進んでいたのに。努力していたのに。なぜ。




「それは難しいと思いますよ、木蓮殿。一月足らずで、風蘭公子は水陽を発たなければなりません。その間、果たして朝廷の方へ足を運んでいただけるかもわかりません」


「・・・・・・そうですか・・・」




思わず、木蓮は嘆息する。もうすでに決まってしまっていることなのだから、覆すことはできない。




けれど、このやるせない気持ちはなんだろうか。


梅と同じくらいに尊敬する華鬘に再会し、うれしいはずなのに、木蓮の心は晴れなかった。






風蘭と直接話をしたい。








木蓮のそんな強い思いが通じたのか、風蘭左遷が決まってからおよそ半月ほどたったある日、偶然、後宮内で彼は風蘭に会った。




「木蓮?木蓮じゃないか!」


「風蘭・・・公子?!」




どれだけ後宮内を探そうが、朝廷内を探そうが会うことができなかった風蘭に、やっと木蓮は会えた。後宮の回廊なので、あまり打ち解けて話すこともできないが、彼は慌てて風蘭に近寄った。




「よかった、話をしたかったんだ」


「あぁ、俺もだ。・・・でも悪いが、そんなに時間はないんだ」






残念そうに風蘭は首を振り、木蓮をまっすぐに見据えた。


「俺は、冬星州へ行く。連翹もだ。そこで、木蓮に頼みたいことがあるんだ」


「・・・・・・なに?」


「まずは、朝廷のこと、民部のこと。執政官に目をつけられない程度でいい、見張っていてくれ」






そして彼は、周りを見渡し誰もいないことを確認すると、木蓮にしか聞こえないほど小さな声で言い加えた。






「それから、母上・・・双大后のこと、芍薬兄上のこと、そして紫苑姫と槐姫にも気をつけてくれ」


「・・・・・・妃候補・・・に?」


「あぁ」


難しそうに風蘭はうなずく。木蓮には、まだその意味はわからない。だが、今は時間がない。


「わかった。・・・風蘭、僕もお願いがあるんだ」


「なんだ?」


華鬘と再会してから、ずっと木蓮は風蘭のことが心配だった。






「星華国を変えたいという想いを、どうか失わないでほしい。無事に、また一緒に朝廷で仕事をしたいんだ」






揺らがないでほしい。そのまっすぐな想いを。


共に目指すべき、未来を。






「なんだ、そんなこと。・・・もちろんだ、木蓮。俺だっていつか、芍薬兄上のもとで、おまえと一緒に王政に携わりたいと思っているんだ」




うなずく風蘭の笑顔に、木蓮はほっとする。いつか、きっと、そのときのために。






これが、風蘭と木蓮、ふたりの理想者の一番最初に交わした『約束』だった。















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