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序章 幼き歯車 二話



2、それは、秋で遠い人を想う紫苑










彼女の一族が治める秋星州は、『学問の州』だった。


特別な研究機関が設けられており、その中で様々な学問が研究・発表されていた。


医学を始め、発明のもととなる科学や気候を読み取る天文学、地学や、果ては王政学まで取り入れられていた。


そのため、朝廷で仕える人々、仕えようとしている人々のなかで、ここで知識を得ようとわざわざ『修行の地』として訪れる者も少なくは無かった。






秋星州州都、奏穂でこの州を治めているのは11貴族のうちのひとつ、女月一族だった。


女月家では、不思議と代々女の出生率が高く、5年前にも女月家本家でかわいい女の子が誕生した。


女月家当主は、すぐさまこの女の子を次代の王の妃とすることを決意した。これは、一族の繁栄のためでもある。当主として当然の決断だった。




だが、貴族から出てきた妃、というだけでは他の妃候補から抜きん出て、次代の王の心は掴めない。


やはり女といえど、必要なのは教養。王の助けとなるための知識。


秋星州の特徴を活かした女月家の『お妃教育』は5年も前から道筋が定まっていた。








「では、こちらの古歌を暗唱してごらんなさい」


そんな女月家の思惑のもとに、この物語2人目の主人公である、一族当主の娘、女月 紫苑は齢5歳にして徹底した英才教育を施されていた。




また、紫苑も両親の期待にきちんと応えてみせた。父が示した古歌を淀みなく暗唱してみせる。そして、にこぉっとこぼれんばかりの笑みを浮かべると、女月家当主と向かい合わせに座っていた場所からぴょん、と飛び降りた。




「お約束よ、父様。古歌を暗唱できたら今日のお勉強はおしまい。今日は野薔薇ちゃんと遊ばせてね」


「あ、こら、紫苑!!」


父の止める声も聞かずに、紫苑はそのまま室を飛び出してしまった。


「まったく・・・・・・」


ため息と共に、女月家当主は額をおさえながらつぶやいた。








女月家の果てなく広い庭の片隅で、紫苑たちは花摘みをしながらおしゃべりを楽しんでいた。


まだ幼い紫苑に、少し年上の野薔薇が花冠の編み方を教えている。


「ねぇ、野薔薇ちゃん。『国』を最初につくろうとした人はすごいよね」


慣れない手つきで花冠を編みながら、まだ5歳の紫苑はそう言った。


「『国』というひとつの『家』の中で、ばらばらだった人たちを綺麗にならべて、統率して、その中に収めてしまったんだもんね。秩序と規律。この均衡がとれれば、人々の心は安定して、『国』も安泰する」


そう話しながらも、紫苑の視線はずっと花冠を編んでいる指先にある。ちょっと世間話をするかのように話す紫苑の話の内容に、野薔薇は毎度のことながら瞠目してしまう。


「紫苑の話を聞いてると、ほんとに勉強になるわね・・・。でも、本当に5歳児なわけ?」


「・・・・・・数えでは今年で5歳だけど?」




紫苑は野薔薇が大好きだった。


紫苑には従兄弟が何人もいたが、彼女が心を許しているのは野薔薇だけだった。分家の娘だからといって卑下することもなく、また、本家の娘だからといって紫苑を特別扱いすることもなかった。


「紫苑」と紫苑のことを呼び捨てにするのも野薔薇だけだった。


他の従兄弟たちは、たとえどんなに年上であろうとも、女月家本家、当主の娘であり、お妃候補である紫苑を「紫苑様」と呼んだ。


その一線引いた関係が、紫苑は大嫌いだった。利発な彼女は、大人の『媚』を直感で感じ取っていた。


そんな中で、女月 野薔薇だけは、彼女を本当の妹のようにかわいがった。かわいがるだけでなく、いけないことをすれば本気で叱ってくれた。






「野薔薇ちゃん、また今度、舞踊を教えてね」


編み方のコツをつかめてきた紫苑が、野薔薇の顔を見ながら言う。


「野薔薇ちゃんの『雨乞いの舞』が私、一番好き」


英才教育を受ける紫苑は、勉学だけではなく、作法や舞踊も教育されていた。


舞踊に関しては、野薔薇とその母の右に出るものはなく、紫苑は野薔薇親子に舞踊を習っていた。


「いつかは野薔薇ちゃん、宮廷の踊り子になるの?」


紫苑の問いかけに、野薔薇の手が止まった。


「ううん、私は・・・・・・」


紫苑が妃候補だと知ってから、野薔薇はずっと心に決めていたことがある。けれど、それを今、言うべきかどうか。


「ねぇ、紫苑、私・・・」




「へぇ、花冠かい?未来の妃は早くも冠がご所望で」


野薔薇の言葉を遮って、ふたりの間にどかっとひとりの青年が座り込んだ。


「楓兄?!いったいどうしたの?!」


ぼさぼさ頭の青年の姿に驚いて、野薔薇が口に手を当てながら叫ぶように彼に尋ねた。


「明日、夏星州へ向かう」


笑顔をすっと消して真顔で告げた彼の顔を、紫苑と野薔薇はまじまじと見つめる。


「水陽へ、宮廷の医官となるために、行くのね」


野薔薇は、慎重にそれだけ言った。


「・・・・・・まぁね。ほんとは、医官じゃなくて文官として出仕したかったけどねぇ~」


再び笑顔を取り戻して、楓はへらっと笑った。


へらへらと笑う楓の心中を、紫苑と野薔薇は知っていた。






長秤 楓。


今年で16歳になる彼は、代々医官を宮廷に出仕させている医学の名門、長秤家の次男。


11貴族のうちのひとつである、長秤家の誇りと栄光のためにも、医官を排出させ続けているのだが、楓当人は、医官よりも文官を昔から目指していた。


だがやはり一族からの反対もあり、泣く泣く医官へと進路を変えた。


楓の進路をめぐっての一族との戦いを聞かされていた紫苑や野薔薇は、楓がどれほど文官として王政に携わりたいと思っているかを知っていたし、その気持ちを抑えて医官として出仕しようとしているその決意も理解しているつもりだった。




「楓兄、私がいつか、王様のお妃さまになったら、楓兄を文官にしてあげるからね」


必死の形相で、紫苑が楓の膝をたたきながら約束する。そんな彼女の様子を見て、思わず楓から優しい笑みがこぼれた。


「あぁ、じゃぁ楽しみにしてるよ。それまでは、医官として恥の無い勤めを果たしてみせるよ」


「うん、私、お妃さまになれるようにがんばる!!」


顔を輝かせて宣言したあと、紫苑は野薔薇に振り向いてうれしそうに言い加えた。


「楓兄が宮廷でお医者さんをして、私がお妃さまになって、野薔薇ちゃんが踊り子になったら、またみんなで宮廷で会えるね」


「紫苑、私は宮廷の踊り子になるつもりはないの」


きっぱりと、野薔薇は紫苑の言葉を否定した。


そのはっきりとした態度に、紫苑だけでなく、楓も驚く。




「紫苑、私は踊り子じゃなくて、あなたの侍女として一緒に後宮にいきたいの」


紫苑が妃候補と知ってから決めていた。


この子の傍にずっといようと。一番近くで。




「野薔薇ちゃんが・・・私の侍女に・・・?」


よく状況を把握できていない紫苑は、ぼんやりと言葉を反芻する。




「じゃぁ、結局は」


突然ばっと立ち上がりながら、楓はにかっと笑って言った。


「全員、宮廷で会えるわけだな。目標に向かって、俺たちががんばれば」






医官として。


侍女として。


そして王妃として。






「うん、そうだよね、宮廷でも会えるんだよね」


紫苑と野薔薇もうれしそうにうなずいた。


くしゃくしゃっと楓は紫苑と野薔薇の髪を掻き撫でると、そのまま手を振って立ち去ってしまった。


その背中を見て、紫苑も野薔薇も一層思いを募らせた。


未来への思いを。






女月 紫苑、5歳。


女月 野薔薇、8歳。


長秤 楓、16歳。


3人のこの誓いは、意外な形で果たされることとなる。





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