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二章 交わる絆 六話













6、類は友を呼ぶ








木蓮は、27代国王の死の知らせとほぼ同時に、水陽の朝廷に辿り着いた。初出仕の段取りを考える間もなく、突然の王の訃報にばたばたしている朝廷に、いきなり飛び込まざるをえなかった。




偉い人たちに挨拶を、と思っても、その「偉い人」たちは王の葬儀やらなんやらで追われていて捕まえることもできず、兄たちも忙しいらしく、連絡がとれなかった。






そんな混乱の中、木蓮は到着と同時に采女所の所長に呼び出された。双所長は、中部長官双 鉄線と共に、中部の執務室で木蓮を待っていた。


「こんなときに初出仕とは、なんとも運が悪かったな、羊桜 木蓮。わたしは中部長官、双 鉄線。こちらも同じく双一族の采女所の所長だ。つまりは、君の直属の上司にあたるな」


中部長官が簡単な挨拶をさっさとすませる。突然の出来事にあまり寝ていないのか、鉄線の顔には疲労がにじみ出ていた。


「お初にお目にかかります。春星州より参りました、羊桜家三男、木蓮と申します。よろしくお願いいたします」


木蓮は、上司ふたりに完璧な跪拝の礼をとった。中部長官はうんうん、とうなずくと、すぐに席から立ち上がった。


「あわただしくて申し訳ないが、わたしはこれから別件の仕事があるので失礼する。あとのことは、双所長に聞くといい」


それだけ言い残すと、文字通り矢のように彼は室から飛び出してしまった。






もっと厳格な初出仕、挨拶を想像していた木蓮は、なんだか拍子抜けしてしまい、呆けてしまった。


「双長官はお忙しいのだ。仕方ない。わたしがこれから君を職場まで案内しよう。ついてきなさい」


ため息混じりに、双所長は木蓮にそれだけ言うと、さっさと歩き始めてしまった。木蓮も、あわててその後を追いかける。


「君が配属されることになった采女所については、ある程度は知っているのかな?」


振り向きもしないで、すたすたと歩きながら、双所長は問いかけてきた。仕方なく、木蓮は上司の背中に向かって答えた。


「はい。中部に属する職務で、後宮の取締りを行うところだと心得ているのですが・・・・・・」


「そうだ。我々采女所は、王族の方々が住まう後宮での様々な取締りを行うところだ。後宮で働く女官たちとのやり取りもある」


「女官とも?」


決して後ろを振り向かずに歩き続けるので、木蓮は上司に駆け足でついていきながらも、必死に彼の話に耳を傾けていた。


「なにも驚くことではない。むしろ女官とのやり取りのほうが多いくらいだ。・・・・・・そうだな、最初はそこから始めるとするか」


初めて、上司はくるりと木蓮に振り返った。ところが、いきなり立ち止まって振り向いたので、駆け足で上司に付いていっていた木蓮は、危うく彼に頭突きを食らわすことになるところだった。


「そ、そこ・・・・・・ですか・・・?」


内心、頭突きを寸でで止めることができて、木蓮はほっとしていたのだが、それでも会話を続けようと鸚鵡返しに聞き返した。


「あぁ。女官とのやり取りを最初の仕事に・・・・・・おや」


所長は、木蓮より先を見て、なにかを見つけた。彼もそれを見たくて振り向くと、中庭をはさんだ向かいの回廊に、木蓮と同い年ほどの官服姿の青年が回廊を走っていた。




官服を着ているところを見ると、文官だろうか。


書簡の束を抱えもって、忙しそうに駆けているその姿を見ると、同じように出仕したてでお使いにでているようにも見える。その後ろから、木蓮やその青年とは10は離れているであろう衛士姿の男が、青年を追いかけている。




早く、僕もあぁやって仕事をしたいな。






「・・・・・・また何を始めるつもりやら」


双所長の言葉に、木蓮ははっと我に返った。


「え、なんですか?」


「いいや。行くぞ、羊桜 木蓮」


「あ、はい」


双所長の後を追いながら、名残惜しそうに、木蓮はちらりと青年に振り向いた。




話をしてみたい。




なんとなく、そう思った。






その後、双所長の案内で、巨大な迷路のような後宮の中を歩いた。すれ違う女官という女官に、木蓮は挨拶しまくったのだが、女官の方は年若い木蓮の姿を見ると、くすくすと笑いながらも対応してくれていた。


女官と言っても、まだ幼子のような小さな少女から、凛と咲く薔薇のような美しさを持つ女性まで、なんとも幅の広い年齢層を目の当たりにして、木蓮は内心ひどく驚いていた。




加え、双所長に女官の官位について簡単に説明され、女性は女性で大変なのだと改めて思い直していた。






ぐるぐるぐるぐると後宮の中を歩いているだけで、気疲れも加わって一周する頃には木蓮はへとへとになっていた。


後宮の中は本当に複雑で、扉や門で仕切りをしている先には、公子の室や貴妃の室、王の室があるようだった。ただ、芙蓉陛下の死を弔う今は、そのあたりは特に喪に服しているため暗く重く、木蓮は妃たちや公子たちに挨拶することはできなかった。




ぐったりと疲れている木蓮を気遣ってか、双所長は、今日の残りの時間は好きに使っていい、と言い残すと、さっさと立ち去ってしまった。いまだ混乱が収まらぬ朝廷、後宮内だ。双所長も色々と仕事があるのだろう。


取り残された木蓮は、残された時間をどう使うか考えた。疲れてはいたが、このまま宿舎に帰る気にはなれなかった。






そこで、彼は宮城の中を歩き回ってみることにした。後宮の中はある程度見たが、朝廷のあたりはまだわからない。ついでに地図でも作れれば一石二鳥だ。


彼はそう思い立つと、今いる場所をもう一度確かめてから、じっくりとあたりと観察しながら歩き始めた。迷路のような宮城だ。地図の一枚でも作っておけば、これからの仕事でいつか役に立つ日がくるかもしれない。




回廊を歩いていると、おのずとその視界に庭が飛び込んできた。はらはらと落ちる落ち葉の傍に、秋の花や冬の花が咲き始めていた。咲く花が少ないこの季節でさえ、庭を彩るのだから、暖かな春になれば、さぞや見ごたえのある庭になるのだろうな、と木蓮はまだ見ぬ季節に思いを馳せた。




一方で、回廊を歩いていると、いくつも同じような扉を通り過ぎていくが、その扉の向こうが何の室なのかはわからない。表札のひとつでもつけてくれればいいのに、という思いを彼は抱かずにはいられない。




ただ、彼は歩いていてある発見をした。


宮城すべてがひとつの回廊でつながっているわけではないのだ。もちろん、朝廷と後宮の間には大きな門があり、立派な敷居がその隔たりを示している。


だが、それだけではなく、朝廷の中でも、いくつか小さな棟があったのだ。おそらく、それぞれの官職の棟なのだろう。




木蓮は、想像以上に後宮より広大な朝廷に驚くというよりも、感心していた。ここで働く者たちはよく、迷わずここを歩いているものだ。


貴族によって持つ屋敷の広さは違うだろうが、ここまで入り組んだ屋敷もそうあるまい。さすが朝廷。王のおわす所。


木蓮も一応は11貴族の本家出身。それなりの広さの屋敷だったが、それでも後宮の広さがあるかないかくらいだ。




朝廷がどれだけ広いのかさっぱりわからなかったが、彼は道半ばで探索をあきらめた。陽も落ちてきたこともあり、また改めた方がよさそうだった。


あたりに誰もいないことを確認してから、木蓮は欄干に寄りかかった。そこから見える庭もまた、美しい。これから雪が降り積もれば、また絵画のような美しさになるだろう。


しばらくぼぉっと庭を眺めていると、後方から突然声をかけられた。






「どうした?迷ったのか?」


誰もいないと思っていた木蓮は、ぎょっとして姿勢を正して振り向いた。新米文官が欄干に寄りかかって庭を眺めているなんて、仕事をさぼっていると思われたかもしれない。


「い、いえ、申し訳ありません!!!少し、お庭を拝見させていただいてまして・・・・・・!!」


思わず先に謝罪の言葉が口に出る。下を向いて頭を垂れた木蓮に、笑い声が飛んできた。


「なんだ、迷ったわけじゃなかったのか。見たところまだ若いようだから、ここへ来たばかりなのかと思ってな」


意外に若い声に、木蓮はそっと顔をあげた。


「あ・・・・・・!!」


頭で考えるよりも先に、声が出てしまった。


「ん?」


目の前の文官は、不思議そうに首をかしげた。




木蓮の目の前にいる文官は、昼間彼がちらりと垣間見た、書簡を抱えて走っていた青年だった。


「どうした?」


「え、あ、いえ・・・・・・。・・・・・・あの、この棟ってどこかの官職の棟なんでしょうか?」


年の近い文官に再び出会うことができ、木蓮は少しほっとしながら彼に尋ねてみた。目の前の青年は、不思議そうに、けれどなにかを見つけておもしろそうに、答えてくれた。


「あぁ、ここは民部の棟だ。なんだ、やっぱり迷ったのか?」


「迷った・・・・・・んでしょうか?実は、僕は今日が初出仕でして・・・・・・」


「今日が初出仕?ずいぶんと時期はずれだな。新米はみんな春にどかどかと来たぞ?」


「あの、少し、父の具合が悪く、出仕を迷っていたら時期を逃してしまって・・・・・・」


話す必要のないことだとわかっていても、つい、木蓮は彼に話してしまった。年が近いように思えたので、気が緩んだのかもしれなかった。


「そうか、父上の具合が・・・・・・」


急に、目の前の青年の声が沈みこんでしまった。見れば、今にも泣きそうな悲しそうな顔をしている。


「それで、父上は今はご健在なのか?」


「は、はい。この官位も父が用意してくれたので・・・・・・」


「そうか、よき父上だ」


そこで初めて、青年が笑った。そして、青年も先ほどの木蓮のように、欄干に寄りかかった。


「文官になりたかったのか?」


「はい」


「なって、なにをしたいんだ?地位がほしいのか?名誉か?一族の繁栄か?」


春星州での桃魚家当主、華鬘とのやりとりよりも厳しく、鋭い青年の言葉と視線に、木蓮はまるで試されているような気分になる。


「いいえ」


力強く、木蓮は答える。




華鬘にも言わなかった、大きな目標。野望、かもしれない。


言えば、笑われるかも。馬鹿にされるかもしれない。


それでも、なぜか、木蓮は『今』青年に言わなければいけない気がした。


正直な自分の思いを。






「僕は、朝廷を変えたくて、ここへ来たんです」






目の前の青年の目が、大きく見開かれた。


呆れられるか。笑い飛ばされるか。


木蓮は、青年の反応を、覚悟をしながらじっと待った。


すると、青年は、笑いもせず、呆れもせず、けれどふっと不敵な笑みを浮かべた。






「俺も、同じだ」






木蓮は、耳を疑った。


同じ?


今、同じと言ったか?






「・・・え?」


「俺も、今の朝廷のあり方を変えたいんだ。まずは高官。腐った根元から断たなければ変えることはできない」


それだけ言うと、青年はひらりと欄干に腰掛けた。


「それにしても驚いたな。まさか俺と同じ志をもつ者と会えるなんて。おまえは、朝廷をどうしたい?」


おもしろそうに、青年がそう問いかけた。




朝廷をどうしたいか。


木蓮は、そんなことを聞かれて、どきどきした。


初対面で、あろうことか新米のくせに、朝廷を変えたいと豪語した者にどう変えたいか聞いてきている。


木蓮の本音を、聞きたがっている。






「僕は、朝廷内に11貴族以外の者も取り入れるべきだと思うんです。11貴族以外の民たちも、もっと政務に携わりたいと思っています。民たちの声も聞かなければ、国はひとつにはなれない。守れないと思うんです」


「民を、政務に・・・・・・」




風が、吹いた。風がふたりの頬を撫でる。




「・・・・・・なるほど、おもしろい意見だ。たしかに一理ある。国を支えるのは11貴族だけじゃなく、多くの民だ。彼らの意見もなくては、国も成り立たないな」


まるで王のような口調で、青年は木蓮の意見に同調した。


木蓮は、なぜか無性に興奮していた。


彼ともっと話したい、彼をもっと知りたい。




彼と、共に政務をしたい。






青年もまた、木蓮に興味を示したようだった。


「おもしろいヤツだな、おまえ。どこに所属している?」


「中部采女所です」


木蓮が答えると、青年はまた複雑な表情をした。笑いたいような驚いたような、そんな表情だった。


「そっか、采女所か」


「あなたは、民部に所属されているのですか?」


「俺か?いや、民部にはちょっと『調査』でな」


にかっといたずらっ子のような顔を青年はする。青年の意図がわからず、木蓮は首をかしげながら、ぽそりとつぶやいた。


「調査・・・・・・ですか?僕の兄ふたりは民部に所属しているのですが・・・・・・」


「なに、本当か?!」


ばっと青年の表情が変わった。表情どころか雰囲気すら変わった。後ろに控えるように立っていた衛士に青年は振り向き、誇らしげに言った。


「聞いたか、連翹。新しい糸口が見つかった!!」


「ですが、関係のない方まで巻き込むのはいかがかと思われますよ、若君・・・・・・」


衛士は困ったようにそう言った。




若君、と言われているところを聞くと、この青年も相当な地位の貴族の御曹司なのだろう。彼専用の衛士まで連れ歩いているのだから。


民部の調査までしているということは、もしかしたらこの若さで相当の官位を持っているのかもしれない・・・・・・!!!




木蓮はぐるぐると青年について考え始めた。そんな彼の心中にはお構いなしに、青年が木蓮の肩をがっと掴んだ。


「先ほどの、朝廷を変えたいという思い、偽りはないな?!」


「は・・・・・・はい!!」


「ならば、協力してほしい。民部で、ある『調査』をしなくてはいけない。そのために多くの味方がいる。証拠もいる。おまえにも、協力してほしい」


まっすぐに、突き刺すように青年は木蓮を見た。


木蓮の胸の中に、再びふつふつと興奮が沸き起こる。




民部で、調査。


多くの味方がいる。


協力して、ほしい。






「それは、朝廷を変えるきっかけになりますか?」


「なる」


きっぱりと青年は告げた。


「おまえの望む、民にも開かれた朝廷になるためにも、この作業は欠かせない」




胸がどきどきして苦しくなる。


目の前に、希望の道が見える。華鬘さえ、見つけることができなかった道が。


声が、震える。


喜びと、興奮で。




「わかりました、僕にできることなら協力します」


震える声で、木蓮はそう告げた。


青年は、ほっとしたように破顔した。それはまるで、優秀な臣下の意見に満足してうなずく王のように、尊大さと威厳が入り混じった表情だった。




「そういえば、名は何というんだ?」


すっかり出会ったばかりの青年のように、年相応の無邪気な表情で彼は木蓮にそう尋ねた。ころころと表情がよく変わる人だ。


「羊桜家三男、木蓮と申します」


「ふぅん、羊桜家か・・・・・・。春星州、だな」


つぶやいて、青年は後ろの衛士を見る。


「おまえも、春星州出身だったよな?」


「はい」


青年と衛士のやりとりを聞きながら、木蓮はうずうずしていた。


青年の名はなんと言うのだろう。


どこの貴族なのだろう。




同じ、いや、木蓮以上の志を掲げるこの青年の名は。






「あの、あなたのお名前は・・・・・・?」


遠慮がちにたずねた木蓮に、青年はきょとん、とした顔をする。


「あぁ、そうか、まだ名乗っていなかったな」


いったいどんな官位なのかと木蓮はついそわそわしてしまう。




そして、青年が告げた名に、しばらく木蓮の頭は停止した。








「俺は、獅 風蘭。先の王、獅 芙蓉の第3公子、風蘭だ。羊桜 木蓮、だな、覚えておこう。采女所なら、後宮で会うことになるかもしれないしな」


にかっと笑う青年の前で、木蓮は石像のように、固まった。











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