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十章 露呈された歪み 十二話







十二、偶然と必然






前ほど嫌でもないし、苦痛でもなかった。


けれど、長い間憎むように敵視していた相手だけに、急に心を入れ替えて慣れ親しむという気持ちにもなれなかった。


どちらかといえば、戸惑いがあった。


会話もなく苦痛なほどの沈黙が、椿と柘植の間を流れていた。



どれくらい『神殿』の中を歩いているのか、時間の感覚が薄れている。


風蘭と別れてから随分と時間が経った気はする。


だが、一向に道が開ける様子もなく、階段を上ったり下りたりもしていないのに、ただひたすら延々と一本道の回廊を歩き続けることができている。


どう考えてもさすがにそこまでここは広くはないはず。ということは、ぐるぐると同じところ回るようにして歩き続けているということなのだろうか。



「・・・・・・不思議な場所だな、ここは」


ちょうど椿もそう思っていた矢先に柘植にそう言われ、彼女はどう返していいかわからずにただ黙って頷く。


「・・・・・・あまりにも不自然だわ」


「まるで操られているようだ」


「・・・北山羊一族の当主に・・・・・・ということかしら?」


「他に誰がいる?」


せっかく会話が成り立ち始めていたのに、柘植のそっけない一言で椿は黙り込んでしまう。


どうしてこうも、この男は無愛想な物言いしかできないのだろうか。


会話を続けようにも、これでは続けたいという思いさえ打ち砕かれてしまう。



「・・・・・・当主の意志に沿った屋敷なのだと言っていたな、この『神殿』は」


「・・・北山羊 柊さまからそう聞いていますが?」


「ならば、わたしたちが当主と会える確率というのは低いだろうな。彼はわたしとは会いたくもないだろうし」


「むしろ、殺したいほど憎んでいる、とか?」


「だろうな」


淡々と無表情に、前を見据えながら柘植は歩く。


その横に椿がいようといまいと、柘植には関係がないのだろう。



「・・・当主に会えないのはもどかしいけど、連翹もどうしたのか、気になるところだわ・・・・・・」


「彼とは一体どこではぐれたというのだろうか・・・。どこにも扉など見当たらなかったというのに・・・・・・」


本来、風蘭と黒灰、そして椿と柘植、連翹で行動を共にしていた。それなのに、ふと気付いたら、連翹がふたりとはぐれていたのだ。


「・・・・・・さて、これは故意か過失か・・・・・・」


「・・・え?」


「椿ちゃん?!」


柘植の呟きに椿が問い返すのとほぼ同時に、前方から声が上がった。


柘植でもなく、椿でもない声。


会話に意識を奪われていたため、慌てて前方を見れば、ここに来て初めて曲がり角があるのが見えた。


そしてそこから、椿たちが探していた人物が現れたのである。


「紫苑?!」


風蘭や椿が何としてでも連れ帰ると誓った人物、紫苑がひょっこりと姿を現したことにより、椿は素っ頓狂な声をあげてしまう。


囚われの身とは思えぬほど元気な姿に、紫苑の救出に意気込んでいた椿としてみれば、完全に拍子抜けである。


「えっと・・・・・・元気そうね、紫苑?」


「まさか椿ちゃんまでここに来てくれるなんて思わなかったわ。それに、霜射さままで」


至って元気にすたすたとこちらに歩み寄ってきながら、紫苑は椿と柘植を交互に見比べてそう言った。


「北山羊さまが風蘭と話をするために私をここに呼んだとおっしゃっていたから、風蘭がここに来ると思っていたんだけど・・・・・・」


「・・・・・・北山羊当主がそう言ったの?風蘭と話をするために、紫苑をここに連れて来たって?」


頬に手を当てて首を傾げた紫苑に、椿は疑うように鋭い声をかける。椿の厳しい態度に紫苑は一瞬瞠目したが、すぐに表情を引き締めた。


「・・・・・・えぇ、そうよ。北山羊さまが私にそうおっしゃったの。私をここに連れてきたのは、風蘭をおびき出すためだって。そして風蘭が、ここに来ているような言い方をされたから・・・・・・だから私、風蘭に無事を伝えるためにも会わなくちゃって思って・・・・・・。だって、風蘭は・・・・・・王族は、北山羊一族に・・・・・・」


「恨まれている。殺されそうになるほどに」


紫苑の言葉を引き継いで椿が静かに言うと、紫苑も小さく頷いた。


「残念ながら、風蘭さまとは途中で分かれてしまった」


ぽつりと柘植がそう答えると、紫苑は弾かれるように彼を見返した。


「やっぱり、風蘭もこちらに来ているのですね?!・・・分かれた、とは・・・・・・?」


「この『神殿』を歩いている最中、道が途中で分かれてしまったのだ。そこでわたしたちは二手に分かれたのだが、こうして紫苑姫に再会することができた。あとは、風蘭さまと合流できればいいのだが・・・・・・」


「それから、連翹とも」


柘植の言葉に被せるように椿が言えば、彼もそれには黙って頷いた。


そんなふたりの相槌の意味がわからないのは、紫苑だけである。困ったように紫苑は椿に首を傾げた。


「え、連翹さんって・・・・・・風蘭と一緒じゃないの?」


「あたしたちと一緒だったの。だけど途中でいなくなっちゃって・・・・・・」


肩を竦める椿に、紫苑は眉をしかめる。


「連翹さん、迷っていないといいけど・・・・・・」


「紫苑も残念だったわね。風蘭に会いたくて『神殿』の中を駆け回ったのに、会えたのがあたしだったなんて」


「つ、椿ちゃん!!」


「あら、紅くなってかわい~。・・・・・・あれ?でも、さっきまでずっと一本道だったのに、紫苑、さっきあの辺りの角を曲がってきたわよね?」


「えぇ、あそこの・・・・・・あれ?道がない?!」


じゃれ合っていた紫苑と椿だったが、先程紫苑が姿を現した道を見ると、すでにその道はなくなり、再び彼女たちの視界にはただの一本道だけの回廊だけが続いていた。


「・・・・・・『神殿』の主の思うがままに歩くしか、わたしたちに出来ることはなさそうだな」


静かに呟いた柘植のその一言に、椿も紫苑も表情に緊張感を帯びながらも、小さく頷いて従った。



為す術がない。


ただもう、それだけなのだ。


抗うことなく進むしか、椿たちにできることはない。



「・・・紫苑姫」


仕方なく、導かれるままに回廊を三人で歩き始めてしばらく、柘植がおもむろに紫苑に話しかけた。足を止める様子もなく話しかけてきた柘植にあわせるように、紫苑も歩きながら柘植に顔だけ向けた。


柘植は無表情のままだったが、それでも何かを躊躇うかのように視線を泳がせていた。


だが、何も言わずにじっと柘植の次の言葉を待っている紫苑に顔を向けると、細く息を吐いてから彼女に言った。



「・・・・・・こんな時に、こんなところで話すことではないのかもと思うのだが」


「・・・・・・はい」


「冬星州の再興に向けて努力をしてくれているとのこと・・・・・・ずっと感謝を伝えたいと思っていた。・・・・・・ありがとう」


思わぬ柘植の言葉に、驚いたのは紫苑だけではない。


そばでそれを聞いていた椿も、思わず足を止めてしまうほど驚いた。


そもそも、柘植がお礼を言うなんて姿、想像もしたことない。


いつも無愛想で無口で無表情。人に感謝する気持ちすらあるのかどうか、わからなかったというのに。



「・・・・・・う~ん、でもそれは、あたしの勘違いだったわけだし・・・」


柘植が人に対し、感謝の気持ちがないわけではないらしい。


それは、この短時間で聞かされた、柘植と冬星州の過去によって薄々感じている。


ただ、表現するのが下手なのだ、この男は。それはもう、恐ろしく。


それでも、こうして素直に感謝を示す柘植の姿に、まだ慣れない椿は戸惑ってしまう。


そんな先入観がないからか、紫苑はすぐに柘植に笑顔を向けた。


「いいえ、霜射さま。お礼などいただかずとも、私は私のやりたいようにしただけです。何か、冬星州の方々のお力になりたかった。私にもできる何かを見つけたかった。ただ、それだけなのです」


にっこり笑ってそう言った紫苑に、柘植はただ静かに首を横に振る。


「『ただそれだけ』。そう言えるだけのあなたは素晴らしい。わたしたちはずっと、誰かの救いを待っていただけなのかもしれない。けれどあなたは、自らで立ち上がる力を、術を、与えようとしてくださっている。そして、そのための助力を国に要請しようとしている」


「ですが、実績のないものに対し、国も援助はできないでしょう。何か、目に見える実績が必要になると思うのです。ですから・・・・・・」


「手始めに氷硝に近い村で、畑を始められたのですね」


「はい」



柘植の表情も声色も、何ら先程と変化はないはずなのに、ふたりの会話を聞いていた椿は、柘植の目が先程よりも柔らかくなっているように見えた。


ただの勘違いかもしれない。


だがきっと、椿の思い違いではないだろうという確信もあった。


紫苑は、そういう存在なのだ。


人の持つ、温かな部分を引き出し、それを表面に映し出してしまう。


それでいて、自らの確固とした意志もある。


労わりと意志。


両方を備え持つ彼女は、人の上に立つことのできる存在だ。


こんなところで畑を耕しているのはもったいないほど。


「あなたはこれからも、冬星州のための奔走してくださるおつもりか?こんな危険な目にあっても?」


「えぇ、もしも許されるのであれば。それに、今回のことは、私が自ら望んでここまで来たのですから」


「はぁ?!望んで行った?!ここに?!」


静かな柘植と紫苑の会話に、思わず椿は口を挟んでしまった。


挟まずにはいられない。


紫苑が、自ら望んでこの北山羊一族の屋敷を訪れたなどと聞いてしまっては。



「・・・相変わらずうるさいな、椿は」


「どうもすいませんね、州主。それよりも!!どういうことなの、紫苑?!自分からここへ来たっていうのは・・・・・・」


「確かめたいことがあったの」


「確かめたいこと?」


即答してきた紫苑の答えに、椿は首を傾げる。紫苑は小さく頷いてから、真剣な瞳で椿と柘植を交互に見比べながら答えた。


「同じ州にいながら、北山羊一族は財政援助がなくても自立して生活している。その方法が何かあるはずだと思ったの。それを知りたいと思ったのが第一点。もうひとつは、王族と北山羊一族の間に何があったのか、それを解消させる解決策はないのか、それを知りたくて、私は直接北山羊一族の当主さまとお話をしようと思ってここへ来たの」


「なんでそれをあたしたちに黙って・・・・・・」


「言えば、反対したでしょう?」


「う・・・・・・そりゃぁ・・・ねぇ・・・」


「私ね、もう守られてばかりは嫌なの。ちゃんと、私ひとりでもできる何かが、私でも力になれるものがほしいの」


「紫苑・・・・・・」


守られてばかりいるのは嫌だというが、椿たちは特に紫苑を特別に守っているという自覚はない。


心配だから構いたくなってしまう。


けれど、その余計なおっせかいが、紫苑にとって心苦しいものになっていたのだろか・・・・・・。



「・・・そんな顔をしないで、椿ちゃん。私は椿ちゃんたちに守られていて、とても幸せ者だって思っているの。でもそれじゃぁ何も恩返しできないから、私は私のやり方で、冬星州に恩返しをしたいと思ったの」


「紫苑・・・・・・」


「それはこちらにとっては大変喜ばしいことですな。今後、もしもお気付きのことなどがありましたら、お知らせください」


「はい、霜射さま」


すかさず柘植が言い攫っていったのに対し、素直に返事をした紫苑とは異なり、椿はむっとした表情をつくった。


「ですが州主、今まで紫苑が州主宛てに書いた文に対して、何も返事がないようですけど?紫苑は、色々と冬星州の財政に関する要請などについて、州主に提言していると思いますけど?」


「あぁ、もらっている。だが、どの文にも返事は不要と文末に書いてあったから、わたしは返事をしなかっただけだ」


「んな・・・・・・っ!!」


うるさそうにしながら、さらりとそう返してきた柘植の返答に、椿は怒りか呆れか、言葉を失う。


無愛想なのは対面だけでなく、文でも無愛想だったのか。


・・・・・・救えない・・・。




「いいのよ、椿ちゃん。私がそう書いたのだから、霜射さまは何も悪くないわ」


「・・・そりゃそうかもしれないけどさぁ・・・・・・」


はぁ、とため息が出てしまうのは許してほしい。


すると、前方を歩いていた柘植の足が止まった。おのずと、その後ろを歩いていた椿と紫苑も足を止めて柘植の背中を見つめる。


「州主?どうしたのですか?」


「・・・どういう思惑かは知らないが、やっとお招きがかかったようだ」


「・・・え・・・・・・?」


柘植が見つめるその方向を椿と紫苑も見つめる。


すると、薄暗い廊下の先に、今まで無機質な壁だけが続いていたというのに、ぽつんと見慣れない扉が見えたのだ。


「あれは・・・・・・」


「どこかの室に繋がるのだろうな。ここでそれを見て見ぬふりはしないだろう?」


冷然と椿を見返す柘植に、彼女もまた挑戦的な笑みを返す。


「もちろんですわ。何かしらの進展があるのなら、たとえ罠でも飛びこんでやりますとも」


「では、武人としてわたしと紫苑姫を懸命に護衛するのだな」


「・・・・・・はいはい」


柘植の素っ気ない返答に、椿も次第に怒りよりも呆れと諦めが強くなってくる。


黒灰もそうして柘植と付き合ってきたのだろうか。


柘植の心内を知ってしまった今、彼に対し以前のような憎しみのような怒りはない。


こうして慣れて行くのかもしれない。


いつかは、その背を尊敬する日も来るのだろうか。




「では、入るぞ」


守れと言ったくせに、まるで椿たちを守るように柘植が先頭に立って扉に手をかける。


言っていることとやっていることがちぐはぐなのもまた、彼の不器用な性格故であろう。


「はい」


椿と紫苑も覚悟を決める。


その扉の先に何があるのか、北山羊一族との因縁を晴らす何かがあるのか、それとも罠が待ち受けているのか、戸惑いを不安を抱えて。





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