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十章 露呈された歪み 八話







八、共闘と別離







彼らはただひたすらに、黙々と道を歩き続けていた。


北山羊一族の屋敷には、少数精鋭で向かうことになった。


それはつまり、風蘭や連翹、椿はもちろんのこと、同じく『闇星』の逸初、それから黒灰、そしてなんと柘植まで共に同行していた。


さすがに州軍を出陣させるわけにはいかないため、黒灰が選出した私軍の中でも信の置ける兵たちだけを連れて、彼らは北山羊一族の村に向かっていた。



剣を交えて争いたいわけじゃない。


だから、合図を送るまでは決して剣を抜かないでほしい。


それが風蘭の要望だった。



かつて北山羊一族から冬星州の財務の権限を巡って争った時、柘植もまた穏便にすまそうと軍を出軍させたりはしなかった。けれど、北山羊一族はそのつもりは毛頭なく、論争が平行線になっていくにつれて、争いは激化していった。


そのときから、霜射一族もまた北山羊一族に恨まれているであろうことは、柘植も想像できていた。


今回、柘植も同行することで、彼自身の身にも危険があるかもしれない。


風蘭も黒灰もそれを懸念していたが、柘植はとうに覚悟していた。


それよりも、北山羊一族当主、北山羊 蝋梅ともう一度きちんと話をしておきたかったし、王族である風蘭と蝋梅がどのような話の決着をするのか、それも気になった。


なにより、後見人として守るはずだった紫苑を無事に取り戻したいという責任も、彼の中にあったのだ。





目的の場所までには数回の野宿をし、山間にある集落のような村に辿りつくことができた。


風蘭を先頭にして進む彼らは、北山羊一族の村が見えると、全員で合図するように顔を見合わせ頷き合った。


この先、何が起こるか分からない。


覚悟を決めるように、馬を降りて、風蘭は辺りをじっくりと見渡した。


ここが、北山羊一族が暮らす、白露山。神秘の山。


ふと、彼の視線の中に、赤い実がなった木を見つけた。その実をいくつか手に取り、じっと見つめる。


冬星州で、こうも赤く綺麗に熟れた木の実を見たことはなかった。


この実もまた、彼ら北山羊一族を支えるもののひとつ。


そして、冬星州を再興させるための希望の一つでもあるのだ。


「・・・・・・風蘭さま」


ふと、それまでずっと何も言わずに黙って風蘭についてきていた連翹が、突然彼に声をかけた。


「どうした、連翹?」


風蘭も突然連翹に話しかけられたことにより、少し驚いたように彼に応じた。その連翹はというと、風蘭を呼び掛けたものの、彼にしては非常に珍しく、何かを躊躇うように視線を泳がせていた。


「なんだ?何か心配するようなことでもあるのか?」


「・・・・・・いえ」


長い躊躇いの末、連翹は無表情に首を横に振った。


連翹が何を案じ、迷っているのか、その時その場にいる者たちには誰もわかることができなかった。


村の前には白装束の者たちが、ずらりと入口に立ちふさがっていた。


風蘭たちは馬を止め、彼らを見下ろし言った。


「北山羊一族当主に伝えよ。獅 風蘭が来た、と」


「お待ちしておりました、新王陛下」


彼らにしてみれば当然に、風蘭がここへ来るのはわかっていたのだろう。


特に驚くわけでも構えるわけでもなく、白装束の者たちは落ち着きのある声で風蘭に応じた。


「それならばなぜ、俺たちを通さない?その場を退き、俺たちを村の中に入れたらどうだ?」


「いいえ、新王陛下。我々はあなたひとりをお通しするように言われております。そちらにいらっしゃる方々をお入れするわけにはいきません」


ちらりと柘植たちに視線を投げ、それからさらに後方に控える黒灰の私軍たちにも注視した。


「いや、彼らもあなたがたに関連のある、冬星州の者たちだ。州主である霜射 柘植殿や、冬星軍大将の瓶雪 黒灰殿のことはあなたがたもわかるだろう?彼らとは共に当主に面会させてもらおう」


頑とした態度で、風蘭もまた白装束たちに言い返す。


「冬星州貴族の当主がおふたりもいらっしゃるとは・・・・・・。かしこまりました、当主おふたかたがお伴されることまでは許しましょう。ですが、軍の立ち入りはご遠慮願いたい。聞き入れていただけぬのならば、『どのような手段』を使ってでも、こちらに留まりいただくことになります」


こちらもきっぱりとそう言い切ってくるので、風蘭としても必要以上に要求を出せない。


確かに、はじめから戦いを望んでここへきたわけではないのだから、軍を連れ歩くのは村の中で暮らす北山羊一族の者たちにもあまり心安らかなものではないのかもしれない。


「・・・・・・わかった。軍はここに待機させよう」


「風蘭さま?!」


「だが、霜射星官、瓶雪星官と共に、このふたりは供として連れていく」


万一の戦力を考えて軍を連れてきたというのに、あっさりとその場に置いていくと発言した風蘭に、柘植も黒灰も声を上げる。けれど風蘭は、それだけに留まらずに、条件として椿と連翹の同行を求めた。


すると、ちらりと白装束たちはふたりを確認した。


「・・・・・・そちらの女性方は武官ですね。あの、幻の国軍の」


何も言わないうちから椿の正体を見抜かれ、風蘭たちは驚きのあまり反応ができない。


これは、北山羊一族の情報力なのか、それとも彼らの異能の力なのか・・・・・・。




そして柘植が黙って観察していると、白装束の者たちはなぜか連翹を見上げ、互いに顔を見合わせた。


「その男は・・・・・・。いやはや、なんとも罪深いことをなさる・・・・・・」


それは誰に対してなのか、誰のことなのか。


ぽつりと呟やかれたその言葉は、連翹に対してなのか。


訳が分からずに、柘植はそっと連翹を盗み見た。


彼は、無表情だった。何の表情もなく、感情もなかった。ぞっとするほど冷たい瞳で、北山羊一族の者たちを見下ろしていた。


『罪深い』とは、誰に対し、何の意味を持つのか。


柘植が目を細め、連翹と北山羊一族たちを交互に見ていると、やがて白装束のひとりが風蘭に言った。


「わかりました。新王陛下と両当主さま、そして彼と彼女の同行を認めましょう。まずは馬をお預かりいたします」


その言葉に促されるようにして、風蘭たちは馬から降りる。


逸初が何か言いたげに風蘭に近寄ったが、その前に椿が逸初に言った。


「逸初さんは私軍と一緒に残ってて。何かあった時、瓶雪親分の代わりに指揮をとる人が必要でしょう?」


それは、賢明な判断と言えた。


私軍だけでこの場に残すのは、いささか不安が残る。『闇星』のひとりである逸初がここに残り彼らの指揮をとるのならば、それは心強い。


それに彼らもまた、逸初たちと共に訓練しているから、どれほど彼女が有力な武人であるかは認識しているはずだ。


女だからといって決してあなどれない存在だとも。


椿のその判断と信頼に柘植は同意するようにひとり頷いていると、風蘭もそれに同調した。


「椿の言う通りだ。あなたはここに残ってほしい。紫苑は必ず、連れ戻すから」


「・・・・・・それが陛下のご命令ならば」


不服そうな表情を一瞬見せたものの、そこは彼女の矜持で隠される。


逸初は忠実に礼を取り、彼女の馬を私軍たちと同じ位置まで下げた。風蘭はそんな彼女に最後に一度だけ頷き返すと、そのまま前を向く。


椿もそれに続き、柘植たちも逸初に目配せだけ残して風蘭たちに続いた。


そうして、風蘭たち一行は、北山羊一族のひとりを先頭にして、村を横断していた。


村の中にも民家と思えるものはぽつぽつと建っているだけで、随分と敷地を広々と間取りしているように見えた。


「・・・・・・ここには北山羊一族しか暮らしていないのか?平民たちはいないのだろうか?」


「えぇ、ここは北山羊一族の一部の者たちだけが暮らす村。他にも、白露山の中にいくつが村がありますが、ここよりは小さく、そして平民はおりません」


「・・・随分と閉鎖的なんだな」


「同じことを紫苑姫にも言われました」


くすりと笑ったその白装束の男の言葉に、風蘭は即座に反応した。


「紫苑?!紫苑と話したのか?!」


「姫がこちらにいらしたときに、少し」


短く静かに男は答えると、それ以上は何も言うつもりはないと示すように、風蘭に背を向けて早足で歩いていく。


風蘭と椿は互いに顔を見合わせ、小さく頷く。


それを見届けていた柘植もまた、心の中でしっかりと頷いていた。



―――――――――紫苑は、ここにいる。ここに来ている。


彼女がここに来てからどれだけの日数が経ったのかはわからないが、おそらくまだ彼女はこの村の中にいると柘植は確信していた。




そうしてそれぞれが思いを巡らせているうちに、村を突き抜け、何やら今まで見てきた民家とは造りが違う、重厚な大きな建物が見えてきた。


「あれは・・・・・・」


「御方様がいらっしゃる『神殿』となります」


「御方様?」


「北山羊一族当主さま、と申し上げればおわかりになりますか?」


「北山羊一族当主が・・・・・・ここに・・・・・・」


呟いて見上げる風蘭につられるようにして、柘植たちもその見たことがないような神聖な雰囲気を漂わせるその建物を見上げた。


石造りでできたその建物は、おそらく石は石でも大理石でできているようだった。色が入っているのか、青白く光るその大理石は、真冬の雪に覆われる白銀の大地にも映えるに違いない。


冬星州は、特に大理石などを含める鉱石が多く発掘される。


特に白露山は大理石が多く取り出されることで有名であったことを、柘植はふと思い出した。


もう長い間、冬星州は鉱石を発掘する作業を怠っているように思える。


それをするだけの希望も気力も体力も尽きてしまっていたのだ。


けれど、紫苑が再びその光を取り戻そうとしてくれていたのだ。冬星州の民に、もう一度立ち上がる力を与えてくれたあの姫君を、必ず連れ帰らなければ。




「では、わたしのご案内はここまでになります。あとは陛下たちでこの中をお歩きください」


『神殿』と言われる建物の前まで来て、白装束の男は立ち止まっていきなり風蘭たちにそう言った。


「え、案内はここまでって・・・・・・。当主殿の室までどうやって行けばいいのだ?!」


「この『神殿』の中に構造は、御方様にしかわかりません。この『神殿』は御方様の『力』によって、構造が変わってしまうので」


「・・・・・・ふぅん?気分屋の迷路ってことか?」


「おもしろいことをおっしゃいますね、陛下」


白装束の男は小さく笑って、そして『神殿』の扉を開けた。


「どうぞみなさま、お入りください。みなさまが無事に御方様にお会いできることをお祈りいたしております」








「なぁにが、『お祈りしています』だ!!心にもないことをぬけぬけと!!」


『神殿』に入ってしばらく歩くと、途端に風蘭はそう喚き始めた。


先程までの王としての威厳は欠片も残っていない。


「だったら無理矢理命令して案内させればよかったんじゃない?風蘭にはその権利があるんだから」


「あんな何考えているかわからない怪しい奴に案内されたら、余計迷うかもしれないだろ?まったく、いけすかない奴だった」


椿の指摘にも風蘭は彼らしく素直な気持ちで答える。


即位してからというもの、肩を張っている彼の姿ばかりを見ていたから、こんな年相応の反応をしている様子を見るのも、なんだか微笑ましい。


そうは思っていても、表情にはでない柘植だが、黒灰と連翹は同時に少し表情を和らげた。


「案内なんかなくても、当主の室を見つけ出してみせるさ」


「どうやら、目的以外の室は開かないようになっているようですからね」


意気込む風蘭に向かって、すぐそばの扉に手をかけていた連翹がそう言い加えた。どうやら押しても引いても、その扉は開かないらしい。


「それはそれは、親切なこと」


椿が冷ややかにそう言い放つ。ここにはいない、この『神殿』の主に言うかのように。


そうして文句を続ける風蘭と椿を先頭に、まるでふたりの保護者のように柘植や黒灰、連翹が続いた。


しばらく歩き続けていくと、とうとう一本道だった『神殿』の回廊に、ふたつの別れ道が現れてしまった。


「あーあ、とうとう分かれ道ね。どうする?」


腰に手を当て、少し楽しそうに、少しふてくされたように椿が風蘭に問う。風蘭もまた、椿と同じような表情で左右の道を見比べ、柘植たちに振り向いた。


「二手に分かれましょう。どちらかの道が紫苑の元へ繋がっているかもしれないし、そちらかは北山羊一族当主殿の室に繋がっているかもしれない」


風蘭の中では、紫苑と北山羊一族当主が同じ室にいるとは思っていないらしい。


それはたしかに賢明な判断だと柘植も思った。


彼が同意するように頷くと同時に、黒灰と連翹も頷いていた。


「じゃぁ、柘植殿と椿、それから連翹はそっちの道を。俺と黒灰殿でこちらの道を行きましょう」


「ちょ、ちょっと待って!!あたしがなんで州主と一緒なの?!」


風蘭の告げた割り振りに、椿が即座に声をあげて抗議する。柘植も、風蘭が連翹をそばにおかなかったことに驚いていた。


「だって、戦力的にそうしたほうがいいだろ?俺に黒灰殿がつけば大丈夫だし、そっちは柘植殿以外は武人だ。もしもどちらかが当主殿に繋がってしまったときのために、戦力と権力は分けておいた方がいいし」


『王』という権力と『州主』という権力。


少なくとも北山羊一族当主よりも上位の権威を分散させた方が、確かに万一のことを考えると得策だともいえる。


そして紫苑を見つけたときのために、彼女を安心させるためにも風蘭と椿も分かれて行動したほうがいい。


そう考えると風蘭の割り振りは適切だと思えるが、だが、連翹を風蘭ではなく椿につけたのには疑問が残った。


「どうしても州主と行かなくちゃいけないのなら、あたしが先に行くわ。そのあとから州主と連翹がついてくればいいじゃない。あたしの姿が見えなくなった頃にね」


「椿、それじゃぁ迷子が増えるだけだろ?感情的なものは抜きにして、紫苑を救出するという任務に専念してくれ、『黒花』」


なおも抗議する椿にぴしゃりと風蘭がそう言えば、彼女も言い返す言葉はない。


風蘭が『黒花』と呼びかければ、それは公務となり、王からの命令となる。


すると椿は風蘭に逆らえなくなるのだ。



「・・・・・・それが陛下のお望みならば」


不服そうに、ものすごく不満そうにしながらも、結局は椿は風蘭に服従した。


そんな椿の様子に風蘭は苦笑をもらし、そして連翹に視線を送った。


「・・・・・・連翹、頼んだ」


「御意」


丁寧に腰を折る連翹を見ていて、ふと、柘植は気付いた。



柘植を嫌う椿。


いくら柘植の秘めていた思いを知ったからといって、すぐに椿の中で柘植への感情が整理できているとは思えない。


その椿と柘植を共に行動させるのは、安心とは言い難い。


連翹はふたりの中立の立場を保つために添えられたのだ。


風蘭のその深い読みと配慮に、柘植は感服してしまう。いつのまに、こうも思慮深くなられたのか。



「無事を、祈る」


風蘭のその一言を合図に、彼らはそれぞれの道へと進んでいった。






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