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十章 露呈された歪み 一話











一、隠蔽と暴露
















実のところ、王族と北山羊一族の間に何があったのか、詳しく知る者はとても少なかった。


みなが口をそろえて言うのは、王族が北山羊一族を迫害し、朝廷から追放したのだということ。


それがなぜそうなったのか、具体的に風蘭に教えてくれる者はいなかった。


高齢の高官たちならば事実関係を知っているはずなのに、風蘭がそれを尋ねようとすればその気配を察知し、お茶を濁して逃げられた。




どんな迫害をしたのか、なぜそんなことをしたのか、風蘭にはわからない。


26代星華国国王と当時の北山羊星官の間に、一体何があったのか。


噂話や憶測話などに興味はない。


知りたいのは真実。




桔梗なら知っているのかもしれない。


芙蓉から話を聞いているのかもしれない。


だが、風蘭はもうひとり、この事実関係を知っているであろう人物に覚えがあった。


噂でも憶測でもない、ありのままの真実を知り、それを教えてくれるであろう、人物を。






風蘭は意を決して、執務室を出る。


行くべき場所は決まっている。


会うべき人物も。



執務室をあとにして、ひとりで回廊を歩く。


今は連翹も木蓮もそばにはいない。


どうしても風蘭はひとりでそこに行きたかった。


ゆっくりとひとりで考えたかった、というのもある。




王族を嫌悪する北山羊一族が紫苑を攫った。


目的は、風蘭をおびき出すために。


一度は北山羊一族に命さえも狙われている。


こうも憎まれているその理由は何なのだろうか。




王族でありながら、祖父の犯した罪を風蘭は知らない。


芙蓉は26代国王の話をしたがらなかった。


それだけではなく、自らの兄公子たちの話しや姉妹姫たちの話も。


大きな事故で肉親すべてを失ったせいだろうと、誰もがそう思い、深く追求することはできなかった。



けれど、当時その場に居合わせなくとも、各一族をまとめ、王に一番近い場所で指揮をしていた人物ならば、その事情を知っているはず。





回廊を抜けた風蘭は、広い庭院に足を踏み入れる。


その先にある目的の場所へ足を速めていく。誰かに見られたら面倒だ。


庭院を横切り、目的の場所へと辿りつくと、風蘭はその建物の頑丈な扉を開けた。



今まで後宮で暮らしていて、そして王となって、風蘭はここへ来たことも入ったこともない。


あまり気分のいいものではないから、避けてきたのかもしれない。


だが今や、ここには風蘭が信を置いていた人物もいる。


そして、今日風蘭が会いたいと思っている人物もまた。




この場を警護する門番が、はっと風蘭に気付き、慌てて礼をとった。


「へ、陛下、なぜこのようなところに・・・・・・」


「忍びだ。他言無用で頼む」


「か、かしこまりました」


「最奥の鍵はあるか?付き添いはいらないから、鍵だけ渡してほしい」


「で、ですが・・・・・・」


王の頼みとあれば断れない。


だが、この場を責任もって取り締まるのが彼らの務めだ。


戸惑う官吏の表情に風蘭は苦笑を返した。


「大丈夫、長官には話してある」


「あ・・・・・・左様でしたら、こちらをお渡しさせていただきます」


彼らの直属の上司である長官に話がついていると知り、彼らも安堵しながら今度は素直に鍵を渡してくれた。


・・・・・・実際のところ、彼らの上司にこのことを話してはいないのだが。



心の中で彼らに謝罪をすると、風蘭はそのまま鍵を受け取り、さらに奥へと歩を進めた。


下に下る石畳の階段を、下へ下へと下っていく。


湿気がまとわりつき、陰気な雰囲気が辺りに漂っている。


光の届かない、薄暗い場所。


それが、風蘭が初めて足を踏み入れた、重罪人だけを投獄しておく牢獄、大獄の中だった。




大獄の奥の奥。


かつて、連翹が投獄されていた牢。


そこに今は、他の重罪人が投獄されている。


風蘭が今、知りたいと思う事実を知る人物が。




「・・・・・・これはこれは、風蘭王。なぜ、勝者であるあなたがこちらにいらしたのでしょう?」




相変わらず嫌味にしか聞こえない、というよりは嫌味としてしか言っていない口ぶりで風蘭に話しかけてきたその人物は、若干のやつれはあったものの、その鋭利な光を失わぬ目でこちらを見た。


風蘭のことを『王』と呼ぶにも関わらず、敬意など微塵もない。


勝者と彼に言ったが、その人物は屈している訳ではない。




「それとも、兄を手にかけた罪の懺悔にでもいらしたのでしょうか?」




相変わらずズケズケと人の触れられたくない場所に土足で入り込み、まるでここに閉じ込められている鬱憤を晴らすかのように、風蘭に突っかかってくる。


大獄に投獄されても、相変わらずの頭の回転とその態度に、心のどこかで安心すらしながら、風蘭は冷ややかにその重罪人を見下ろした。




「今日はおまえに聞きたいことがあって来たんだ・・・・・・蠍隼 蘇芳」




名を呼ばれた重罪人、蘇芳はぴくりと肩を震わせた後に、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。


朝廷で怒っていることなど何も情報はないはずなのに、まるで何もかもを知っているかのように。何もかも見透かしているかのように。


ここは大獄の中だというのに、まるで政堂で対峙していたあの頃のような既視感を覚える。



「朝廷ではあなたの理想を追いかけられていますか?あなたの壮大な理想郷のような国になるために」


「・・・・・・今日はその話をするために来たのではない。朝廷のことは、もうおまえには関係のないことだ」


「これはこれは失礼いたしました、新王陛下」



おどけて頭を下げるその仕草が、計算されているものだとわかっていても憎らしい。


思わず感情をむき出しにしてしまうところをぐっと堪え、風蘭は変わらず冷静に、そして冷たく蘇芳に言った。



「おまえが知る事実だけを俺に言えばいい。余計なことは話すな」


「ほう?随分と殺気立っていらっしゃる。何かありましたかな?・・・・・・そう、たとえば、北山羊一族と」



表情を変えないようにするのに、相当の努力が必要だった。


強張ったかもしれないその表情をなんとか保ちながら、風蘭は変わらず静かに蘇芳に問いただした。


「なぜそのように思う?北山羊一族が何かを起こしたのか、と」


「無論、彼らが王族を憎んでいるからでしょう」


「・・・・・・なぜ、北山羊一族はそうも王族を憎む?かつて、彼らとの間に、何があった?」


「それが、あなたがわたしにお尋ねになりたいことなのですかな、風蘭王?」



まんまと蘇芳の手の内に嵌められたことに気付いた頃には、すでに遅かった。


すっかり蘇芳に誘導されるような形で、風蘭はこちらの抱える問題を暴露してしまった。


だが、すぐに風蘭は開き直った。そこまでばれたのなら、聞き出したいことを聞き出すまでだ。


「そうだ。王族と北山羊一族の間で何があったのか、それをおまえに聞きに来たのだ。執政官だったおまえなら知っているだろう、北山羊一族との確執を。どうすれば、彼らの誤解を解くことができるのかを」




沈黙。


あれほど嫌味な言葉を並べて、風蘭にあれこれと話しかけていた蘇芳が、ぴたりと何も言わずに黙り込んだ。


しばらく、どちらも何も言わずに、沈黙が走った。


じっと黙り込んだまま風蘭を見上げる蘇芳と。それを冷たく見下ろす風蘭。


かつて政堂で対峙していたときとは、立ち位置が逆になってしまった。



どれくらいの沈黙が続いただろうか。


ただ睨みあうように見つめ合っていた風蘭と蘇芳だったが、ふっと蘇芳が視線を外した。


「・・・・・・北山羊一族は、初代国王の頃から王族のことを憎んでいたでしょう」


「・・・・・・牡丹王のことか?」


突然始まった昔話に、風蘭は眉根を寄せて問い返す。


それに対して蘇芳はもちとん返答などすることもなく、続きを話した。



「王族は、北山羊一族の忠告を何度も蔑にしてきた。未来を予見する、重宝なる一族だと囃し立てるにも関わらず、実際はその存在を、忠告を受け入れることはなかった。この国を創った、王の時代から」


「牡丹王は人望厚き、聡明なる王であったと・・・・・・。そんな牡丹王が、北山羊一族を蔑にするなど・・・・・・」


「だが、現に初代国王は国を裏切った。自らの欲を果たすためだけに、国も民も捨てたのですよ」


「なにを・・・・・・言って・・・・・・?」


「おや?初代国王はあなたがた王族に関わる大切な史実ではありませんか?なぜ、当の王族であるあなたがご存知ないのです?」



再び、蘇芳の中に勝ち誇った笑みが浮かびあがってくる。


風蘭は史学を学ぶのが好きではなかった。


過去に囚われるよりも未来を見据えて学ぶ方がいいではないか、というのが彼の持論で、上辺だけの史学しか学んで来なかった。


こうして玉座について、わかる。


史学とは・・・・・・歴史とは、今ここに風蘭たちがこうしているまでに起こった、ありとあらゆる過程を綴ったものだ。


それを知らずして、その事実と想いを知らずして、未来を描くことなどできない。


過去の礎を知らずに、未来を築きあげることなど、不可能だ。



蘇芳はもちろん、知っているのだろう。


そして驚くことに、木蓮もそれを知っているようだった。木蓮もまた、驚くほど史学の知識を持っていた。


けれどやはり、北山羊一族と26代国王との諍いは、史学にはないもので知らないようだった。


蘇芳の言い分によれば、その溝は初代国王からさかのぼるというのだ。


しかも、聞き捨てならないことを言われた気がする。




「牡丹王が国や民を見捨てたというのは、どういうことだ・・・・・・?!」


「どうもこうも、その文字通りですよ。初代国王は、いまだ建国で整わぬ情勢の中、さっさと玉座を退き、朝廷を後にしたのですよ」


「そう・・・・・・なのか・・・・・・?」


牡丹王がどうやってどの場を退いたのか、風蘭は知らなかった。


代々の王のように、死してその座を退いたのだと、当然のように思っていた。


だが、蘇芳の言葉を信じるのなら、牡丹王は志半ばにして退位したということなのか・・・・・・。


しかも、自ら望んで・・・・・・。




「どうして、牡丹王はそんなことを・・・・・・。彼が、そんな無責任なことを・・・・・・?」


「・・・・・・彼・・・?『彼』ですと・・・・・・?」




茫然と呟いた風蘭の呟きに、今度は蘇芳が眉根を寄せる。


だが次の瞬間、喉奥で不気味な笑い声を立てた。


「まさか、獅一族の末裔でありながら、ご存知ではないのか、風蘭王?あなたがたの初代国王のことを」


「何を言って・・・・・・?」


不気味に笑う蘇芳の言葉に、風蘭は当惑するしかない。


なにか、見落としている気がする。


重大な何かを。



「風蘭王、この事実は知っておく必要があるかと思いますよ」


ねっとりとした含みのある言い方で、蘇芳は言う。


風蘭はじっと彼を見下ろしながら、心中の混乱を悟られまいとしていた。


だが、蘇芳はすでに見通している。


だからこそ、彼は告げる。


隠された真実を。





「初代星華国国王 獅 牡丹は、男ではない。女の国王ですよ、風蘭王」





最奥の大獄の中で、蘇芳の声がよく響いた。


反響し、ゆっくりと風蘭のもとにその事実が流れ込む。



「・・・え・・・・・・?」


「つまり、牡丹王は女王だった、ということですな」


喉奥で再び笑いながら蘇芳はそうも言い加えた。


そして混乱し、当惑する風蘭を楽しげに見上げながら、さらに蘇芳は続けた。



「牡丹王は、水陽の下町で出会った男に惚れ、玉座を捨てて女としての道を選んだ。獅一族という王族で在り貴族でもあるその道をあっさりと捨てて、姓を捨て、ただの平民となって余生を過ごした。そんな人物が果たして英雄王と呼べようか。・・・・・・そうは思いませんかね、風蘭王?」



蘇芳の声が、遠く、近く、響く。


知らない事実。


知らされていない、過去。



「さて、北山羊一族と何があったのか、とお尋ねでしたな、風蘭王?いいですとも、お教えいたしましょう」


蘇芳は、不敵に笑い風蘭を見上げる。


かつて、政堂で風蘭を不敵に見下ろしたように。


あの頃と何も変わらない眼光で。




英雄王と信じ続けた牡丹王が女だった。


その衝撃に立ち直る暇すら与えず、蘇芳は次なる決定打を打つように言葉を続ける。


「26代国王の治世がどのようなものであったのか、まずはそこからお話しいたしましょう。誰も、あなたにお話しされなかったようですからね」


親切そうな物言いで、恩着せがましく彼は言う。


その事実が、再び風蘭に衝撃をもたらすことを知っているから。



ゆっくりと蘇芳は語り始める。


風蘭はただじっと、蘇芳の話す新たな事実に、相槌ひとつ打つことなく聞き続けていることしかできなかった。















久々の彼の登場と、牡丹の秘密。

色々紫月の書きたいことが詰まった一話でした☆彡


少しはこの秘密に驚いてくれる人がいてくれるといいな~と思ってます(笑)

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