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一章 始まりの宴 九話







9、海燈








王や公子の妃となるための第一条件は、11貴族本家の姫であることだった。


そして、第二条件は、宮廷を司る中部の管轄下である、神祇所の賛同を得ることだった。


後宮の取り締まり、及び祭事の執り行いをしている神祇所の反対があれば、どんなに優れた姫君であろうとも、水陽に行くことすら許されなかった。






11貴族本家の姫君の妃候補の審査試験が行われるのは、実に26年ぶりだった。


現正妃の実家である双家本家がある、海燈でそれが執り行われることとなった。


奇しくも海燈は、王都水陽と同じ夏星州ということもあり、おのずと国民の注目は集まった。






3人の妃候補のうち、まず最初に海燈にたどり着いたのは、同じ夏星州に居を構える11貴族、蟹雷家の姫君、槐だった。16歳とは思えぬ大人びた容姿と自信に満ちたその態度に、それを見ていた民たちの意見は割れた。


次に、秋星州より州主女月家の姫君、紫苑が到着した。彼女は、終始ずっとうつむき加減で、その表情には不安というよりは迷いのような表情があった。儚げで、愛らしいその姫君の様子に、民たちは公子に召し上げることを惜しいとすら思った。


最後に、冬星州から州主霜射家のたったひとりの姫君、雲間が先のふたりの姫君より5日ほど遅れて到着した。夏星州からはるか遠く離れた冬星州からなので、その遅れは仕方ないように思われた。


病弱と噂の雲間姫を見ようと、到着した霜射家の馬車を見ていた男たちの姿が固まった。馬車より出てきたその姫君は、なんとも妖艶だった。かわいらしいクモマ草の刺繍が施された衣を纏っているというのに、その名にふさわしくない妖しげな視線をあたりにめぐらすと、彼女を惚れ惚れと見つめていた男たちを瞬殺した。






「もっと慎ましく登場できないのか、おまえは」


雲間姫専用の室に到着すると、開口一番に霜射家当主、柘植は呆れたようにそう言い放った。言われた当の雲間姫は、すまして茶の用意をし始めた。侍女たちも人払いしてしまったので、自分で淹れるしかないのだ。


「別に、特別なにかをした覚えはございませんわ、『お父様』?」


流し目で、『父』である柘植を見た。柘植は、手を軽く振ってため息をつく。


「ふたりでいるときはその呼び方はやめろ、気色悪い。・・・・・・いいか、雲間は病弱ということで11貴族のなかでも通っていたんだ。そんな姫が、あんな男をたぶらかすような登場をされたら、おまえだけでなく、霜射家全体の恥だ。ここは妓楼ではないんだぞ」


くどくどと説教を続ける柘植にも、雲間姫は茶を淹れる。そして自分の分の茶を淹れると、手頃な場所に腰を落ち着けた。


「わかっています。だから、なにもしていませんと申し上げているではありませんか」


「椿、おまえは妓女であることをもっと自覚するんだな。何気ない仕草ひとつひとつにも、叩き込まれた男への誘惑の所作がにじみ出てる」


「まぁ、お褒めいただき光栄ですわ、州主さま」


にらみつける柘植に向かい、雲間姫のフリをしていた椿はにっこり笑いかける。


「ご心配いただかなくとも、この審査、ぬかりなく通ってみせますわ。そのために、馬車の中ですら勉強したのですから」


一般教養を始めとして、姫としての常識、所作、貴族の関係、果ては冬星州の名産に至るまで、完璧に答えられるまで叩き込まれた。




「頭が破裂するかと思いましたよ」


「馬鹿言うな。これくらいのこと、他の姫だって当然知っていることだ」


ぴしゃ、と突き放す柘植を横目で見て、椿は自分が纏っているクモマ草の衣をしみじみと眺める。


なんとも手触りのよい絹でできた衣だ。施されている刺繍の糸も、金糸が混じっている。この衣を売れば、村一つ救えるのではないかと思う。


「それにしても、クモマ草の似合わぬことよ」


あざ笑う柘植に殴りかからないように、椿は必死に自制する。


「おまえはやはり、雅炭楼で会ったときのような、ツバキの着物が似合うな」


真っ赤なツバキの花。それこそやはり、美しく妖艶な椿に相応しい。


だが、そんなことを今は言ってはいられない。似合わないならば、似合うように『フリ』をしなければならない。


「あたしは、姫ではありませんから」


ほんの少しの反抗心を見せて、椿は抵抗したが、見事に柘植には聞き流された。






「これで、3人のお妃候補が揃ったな」


中部長官、双 鉄線は審査をする面々を眺めて言った。その中央に座る紅一点、神祇所所長の北山羊 柊はゆっくりとうなずいた。


「そうですね。よき姫君たちが集まりました。・・・・・・けれど・・・」


何か言いたそうに言葉を切った柊の言葉を、その場の全員が待つ。だが、柊はすぐににこりと笑い、首を振った。


「いいえ、なんでもありません。明日の審議を待つだけですね」






北山羊 柊。


祭事の運営だけでなく、先見の占いまでも行う神祇所には、『そういった力』がある者たちが集まっていた。特に北山羊一族には、そのような人知を超えた能力を持って生まれた者たちが多く誕生した。


おのずと、そのような能力を持つものたちを頂点に、神祇所は成り立っていった。


今、神祇所の所長を務めるのは、北山羊一族でも桁外れに、先見の能力を発揮している柊だった。柊は女性であったが、その能力の高さに、所長の座に彼女が座ることに異を唱えるものはなかった。


この審議も、柊が「否」といえばどの姫であろうと、今この場で即刻帰郷してもらうしかなかった。




それほど、神祇所所長の持つ権力は絶大なのだ。




立場としては柊の上司にあたる中部長官 鉄線も柊の言葉には、耳を大きくして聞き入れる。けれど、柊があっさりと話を引き上げたので、鉄線もそれ以上は深く追求しようとはしなかった。


妃候補の審議を執り行うのは、中部長官である鉄線、神祇所所長である柊、そして、神祇所に務める先見の能力の高い面々であった。


人知を超えるその能力には、先見の他にも、洗脳や千里眼、念力等々、様々な力があったが、妃候補を定める今回の審議において必要とされるのは、未来を読み取る先見の力だった。




「あの3人の姫君のうち、本気で妃になるつもりがあるのはひとりだけ。けれど、妃となるべき器をもつのもまた、ひとりだけ。・・・・・・さて、嘘の姫君も混じっているけれど、どうするつもりやら・・・・・・」


決して他の者には聞こえない小さな小さな声で、柊はそうつぶやいた。








次の日。


大きな広間で、3人の姫君は初対面した。


中部長官による簡単な紹介があったあと、3人だけ取り残されて長官は消えてしまった。妃候補である互いを見知っておくこと。


これもまた、審議の始まりだった。






「初めまして、紫苑姫、雲間姫。わたくし、蟹雷 槐と申します」


にっこりと、自信に満ち溢れた美しい顔でそう告げたのは、槐だった。白い小さなエンジュの花を散りばめた衣を纏い、優雅なお辞儀をする。


どこにでもいる高慢な姫君。


椿はあっさりとそう判を押した。




「・・・・・・私は秋星州から参りました、女月 紫苑と申します。お見知りおきを」


槐に対して、自信がなさそうに、小さな声で紫苑はお辞儀をした。おとなしそうな彼女は、無地の紫の衣に、シオンの花を模った簪を頭につけていた。簪がしゃらしゃら揺れるのが、まるで彼女の心が揺れているのを象徴するようで、思わず椿は声をかけずにはいられなかった。


「紫苑姫、違っていたらごめんなさい。・・・・・・あなた、迷っていらっしゃる?」


椿の指摘に、紫苑ははっと顔を上げた。だが、賢明なことに何も言わない。


「迷う?妃となることに迷っていらっしゃるということ?」


会話に割り込んできたのは槐だ。何も言わない紫苑に、槐は呆れたように言い加える。


「なぜ、妃となることに迷うのです?本家の娘として生まれ、妃候補となるなんて、これほどの栄誉はありません。そうでしょう?」


最後の疑問は椿に向けられた。




椿としては、もともと本家の娘どころか、11貴族にさえも引っかかっていないのでその気持ちはよくわからない。


というよりは、貴族の誇りというものが憎くて仕方ない椿としては、そんなものどうでもよかった。


だから、彼女は槐の問いかけにも答えなかった。


それを槐は肯定と受け取ったようだった。


「紫苑姫は、なにを迷う必要があるというのです?秋星州の州主の姫君でありながら、公子さまの妃となることに、何の迷いが?」


「私自身の身分などどうでもよいのです」


小さな、けれどはっきりした声で、紫苑は槐の言葉を遮った。


「私が迷うのは、その公子様のことです。そして、国王陛下のことです」


その先をどう説明していいかわからずに、紫苑はまた黙ってしまう。


「国王陛下のこと・・・?政務をとらない今上陛下がどうかしたの?」


思わず、椿が何も考えずにいつもの調子で紫苑に話しかけてしまった。


気付いたときにはすでに遅く、槐が眉間にしわを寄せていた。


「雲間姫、言葉を慎まれた方がよろしいですわよ。・・・・・・けれど、紫苑姫、雲間姫がおっしゃったように、今上陛下について思うことがおありですの?」


「・・・・・・今上陛下は、26年もの間、政務をおとりになっていらっしゃらないと聞きました。・・・・・・そしてまた、芍薬公子様にもそのご意志はないとも。・・・・・・では、私たちは何のための妃となるのですか?」


紫苑は、ずっと胸の中で靄のように晴れずに、重く圧し掛かっていた思いを投げかけた。






国を支える王を支える。


それが妃の責務だと思い続けていた紫苑。




けれど、楓に真実を聞き、わからなくなってしまった。


国を支えることを放棄した王。


王と同じ姿勢をとる公子。


その公子の妃となり、妃は公子のなにを支えろというのだろうか。






「・・・何のための妃・・・ですって?王の子を生み、自身の一族の誉れと、王族の繁栄を得るために妃となるのでしょう?他に、なにがあるのです?」


槐の答えに、椿は内心うんざりしていた。




王の子を産んで、生まれ育った一族に栄誉を。そのための妃。


一族の出世のための道具となる。それが自分の誉れだと信じて。




貴族の栄誉とは、そうまでして守っていかなければならないのか。


おそらく、そうなのだろう。


だからこそ、椿はこうして、雲間姫の身代わりとしてここにいるのだから。




・・・と、いうことは、椿が妃となれば、霜射一族の出世の手助けをすることになるのだろうか。冬星州を見捨てた州主一族のために?




「・・・・・・条件つけて、姫をやればよかったな・・・」


「何かおっしゃって、雲間姫?」


思わず出た椿の本音に、槐が聞き取れずに聞き返した。


「いいえ。なんでもございませんわ」


ほほほほ、と柄にもない笑い方をして椿は誤魔化した。ちらっと紫苑を見てみると、どうやら槐の考え方に納得していない様子だ。




「紫苑姫は、どんな妃になりたかったのです?」


椿の問いかけに、紫苑は泣き出しそうな顔で答えた。


「私は・・・・・・私は、王を支える妃になりたかったのです・・・。国を支える王を、支える、妃に・・・・・・」


途切れがちにでてくる言葉は、飲み込む涙のせいだろうか。






なんとも純粋な姫君。






片や一族のために妃となる、と自信満々で高慢に告げる姫もいれば、国のため、王のために尽くすつもりで妃になるつもりだった姫もいる。


だが、この姫は、今の王や公子では、支えるに足る人物ではないと絶望しているのだろう。




だが、紫苑のその嘆きは、椿には意外と簡単に答えが見つけられた。


「そのようなことに嘆かれる必要はありませんよ、紫苑姫」


意識して『姫』を演じながら、椿は紫苑に優しく語り掛ける。


「支えるに足らぬ公子と思うのなら、あなたが導きなさい。人はいくらでも変われるのです。どう変わるかは、そばにいる者次第だと、わたくしは思いますよ」


人はいくらでも変われる。




妓楼で多くの人を、客を、妓女を見てきた椿は知っている。


人は、いくらでも変われる。良くも悪くも。






現状の王や公子を見て嘆くのなら、自分で変えてしまえばいい。






それは妓女としてあらゆる男を手の上で操ってきた椿だからこそ思いつく考えだった。


現に、そばでそれを聞いていた槐は、信じられない、といった顔つきをしている。


けれど、思い悩む紫苑には、よい助言となったようだ。


「私が・・・導く・・・。支えるのではなく、導くというのですね。・・・まぁ、それはなんて、重大な責務・・・・・・。妃は、支えるだけではないのですね」


再び目に輝きを取り戻して、紫苑ががしっと椿の手を握り締めた。


「ありがとうございます、雲間姫。私、妃としてすべきことを見つけられそうです」


「そ、そりゃ、よかったデス・・・」


勢いに負ける椿の横で、槐がおもしろくなさそうに間に入ってきた。


「ちょっと紫苑姫。まだあなたが妃とは決まっていませんわ。わたくしも、妃となる決意はとうに固まっているのです。州主の姫ではないからといって、わたくしをあなどらないでいただきたいわ」


じろっと紫苑を見、そして次に椿もにらみつけて、槐は続ける。


「それから雲間姫。あなたは少し、言葉を慎まれた方がよろしいかと思われますわ。まるで姫君らしくない発言ばかり。病のために床に伏せりがちで、あまり世間というものをご存知でいらっしゃらないのかしら?」


「槐姫!!」


血相を変えて叫んだのは紫苑だ。


「槐姫、言い過ぎですよ。雲間姫は、私のためにああ言ってくださったのです。お責めにならないでください」


椿の隣でかばう紫苑に、槐は冷たい視線を送る。


「甘い姫君ですこと。正妃の枠はひとつ。そんな甘さではつかみとれませんことよ」




化けの皮がはがれたな。


椿は、ふたりの姫君のやりとりを見ていて思った。槐姫の化けの皮ははがれ、敵意がむき出しになってきた。


それでもなお、椿をかばい続けるこの紫苑姫は、たしかに槐の言うとおり、甘い。


さて、このふたりの姫君を超えて正妃となるにはどうするべきか。






「お茶菓子を用意しましたよ、姫君たち」


しばらくして、中部長官が再び室に戻ってきた。


鉄線は、すぐにその場の雰囲気が出て行く前と変わっているのを感じた。


3種3様、3人とも姫君の雰囲気が変わっている。




敵手となってしまう3人の姫たち。その姫たちだけで対話させることが最初の審議だった。同じ立場の姫君たちが、同じ座を目指して敵意を露にしていく。




取り繕っていた仮面がはがれたその先で、どのような志を持って妃となるかが、これからの審議の本番だ。




じっくり、慎重に事を運ばなければならない問題なので、審議はゆっくりと進んでいく。




姫君たちがお茶とお菓子を食べ終わるのを見計らい、中部長官は、簡単な面接を姫達とすることを告げた。


すぐにひとりひとりが小さな室に呼ばれ、簡単な面接を執り行った。






その結果、実におもしろいことになった。


槐姫は栄誉のため、紫苑姫は国のため、雲間姫は故郷冬星州のために妃となると告げた。




どの姫が芍薬公子にふさわしいか。


審議を執り行う者たちは真剣に話し合った。








その夜。


星が無数に瞬く夜空を眺め、柊は占いをしていた。


先見の占いだ。


星を見つめ、これから起こる宿命を見定める。




と。


柊の顔色がみるみる青くなる。


あわてて屋敷に戻り、中部長官 双 鉄線に告げた。


「審議を中止し、いますぐ宮廷に戻るべきです」


「・・・なぜ?」


すごい剣幕で鉄線に告げた柊の様子を危ぶみながら、あえて彼は彼女に聞いた。


「朝廷が・・・・・・朝廷が、揺れます」


先見でみたことを、安易に周りに告げることは許されない。


だが、柊はこの思いを、なんとかして鉄線に伝えようと必死になった。


「妃候補の審議など行っている場合ではないのです。朝廷が、大きく揺れます」


「朝廷が揺れるとは、いったいどういう・・・?」


「妃候補の審査は、水陽で執り行えばよいのです!!」


「そんな無茶なこと、聞いたことありませんよ?」


「無茶でもなんでも、これ以上審議を続けている場合ではありません」






水陽で妃候補の審査試験を行うとは、異例のこと。


だが、神祇所所長のこの慌てようはどうしたというのだろうか。




戸惑う鉄線のもとに、続々と神祇所に務める神官たちが入室してきた。


みな、柊のように青い顔をしている。


「柊様、星が・・・!!!」


「落ち着きなさい、みなさん。まずは、水陽に帰りましょう。すべてはそこからです」


星見の知識などかけらもない鉄線には、なにがなんだかわからない。






ただ、なにかが起こる、ということだけはわかった。


朝廷が揺れる。






そう告げた、北山羊 柊の言葉は、次の日の朝、証明される。






朝廷より早馬で知らされた事実に、鉄線は息が止まった。






















27代星華国国王、獅 芙蓉が、崩御したのだ。











これにて第一章始まりの宴が終了です。

次章からは、また朝廷を中心に話が動き出します。なんていったって、芙蓉が死んじゃったようなんで!!

王が亡くなったことにより、朝廷は揺れますよ~。今のところ、4人の主人公全員夏星州にいますしね!


次章もお付き合いいただけるとうれしいです。

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