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九章 擦れ違う想い 一話











一、新たな提案










追い求めるものは、易々と手に入るものではないことはわかっていた。


賛同してくれる者より、反発する者たちの方が多いであろうことも覚悟していた。


それでも、叶えたいと思った。


だが・・・・・・。



「考えが甘かったのかな・・・・・・」


溜め息と共に溢れ落ちた風蘭の弱音に、傍らで書類の整理をしていた木蓮と華鬘の動きが止まった。


「風蘭?急にどうしたの?」


「・・・・・・いや、考えが甘かったかな、と思ってさ」


「人事の問題?それとも、財政の?」


「両方だな」


すっかり落ち込み気味の風蘭に、話しかけた木蓮も戸惑ってしまう。


確かに、ここのところ立て続いた朝議では、木蓮が仕掛ける必要がないほど、風蘭への反論が嵐のように飛び交った。


無論、財政問題にせよ、人事問題にせよ、風蘭を支持する高官もいたから、彼らの援護によってなんとかここまできた。


式部による人事異動の発令も間もなくだ。


だが、財政問題は、不正計上問題を含めてまだまだ進退していないのが現状。


さらに最悪なのが・・・・・・


「一番頭が痛いのが、官吏登用制度・・・・・・だね?」


「・・・・・・まったく相手にされないからな・・・・・・」


思わず木蓮まで溜め息混じりに風蘭に問えば、彼は気鬱そうに頷く。




民を朝廷に。


それがこんなにも大きな壁が立ちはだかるものだとは、風蘭も木蓮も考えを甘くしていた。


彼らが思う以上に、高官たちの貴族としての矜持は高く、そして民を招き入れたときの混乱を正確に予測もしていた。


民の声も受け入れれば、星華国はもっといい国になるかもしれない。


椿や霞、梅たちと出会い、話し合っている内に、風蘭はそう確信していたのだ。


貴族だけで頭を突き合わせ、民が抱える苦しみの現状を知らぬまま国を運営するより、はるかに良策だと信じていた。


もちろん官吏登用制度の導入に、一筋縄にはいかない反対はあるだろうことも予想していた。


だが、それ以上に官吏たちもまた、起こりうる混乱を理路整然と風蘭に提示してきたのだ。


闇雲に反対するのではなく、相応の理由も添えて。


そしてまた、風蘭には即座にそれらに反論する術もなかった。


むしろ、理想だけで夢を語った己の甘さを痛感するだけだった。




「風蘭さまは王におなりになった。公子でいらしたころとは、発言の重みが遥かに変わってきているのですよ。・・・・・・夢を追うことは、もう諦めますか?」


諭すように、試すように、華鬘は風蘭に問い掛ける。風蘭もまた、即座に首を横に振った。


「いいえ、諦めません」


「・・・・・・わかりました、どこまでもあなたの意志を尊重し、お助けいたしましょう」


「華鬘殿・・・・・・」


「華鬘さま・・・・・・」


恭しく礼をとった華鬘に、風蘭も木蓮も瞠目する。


そんなふたりに、華鬘は柔らかく笑った。


「あなたが信じる道をお行きなさい。ただし、周りの忠告はきちんと耳を傾けることです。それが、よき指導者となる第一歩です」


「・・・・・・はい」


しっかりと風蘭が頷くのを見届け、華鬘はより一層笑みを深めた。


すると、執務室の扉から聞き慣れた声が聞こえた。



「風蘭陛下、兵部大将双 縷紅です。お目通りを願いたい」


「・・・・・・双大将?!」


突然の縷紅の来訪に、風蘭だけではなく木蓮も華鬘も驚きの表情を浮かべている。


連翹が窺うような視線を風蘭に向けたので、彼は頷き返して促した。


連翹が扉を開けると、なぜか軽装といえど武装した縷紅がそこにいた。


「そ、双大将・・・・・・?!」


「風蘭陛下、軽く一運動でもいかがですか?」


息子を散歩に誘うかのように、縷紅は風蘭に気軽にそう言った。


もちろん、彼の言う『一運動』とは、手合わせのことであることは明白。


なぜ突然縷紅がそんなことを言いにやってきたのか、風蘭は訳がわからずに返答に窮してしまう。


そんな風蘭に連翹が微笑みながら言った。


「いってらっしゃいませ、風蘭さま。気晴らしになるかと思いますよ」


「連翹・・・・・・?」


「そうですね、せっかくですから双大将のお誘いをお受けするのも悪くないかと思いますよ」


「華鬘殿まで・・・・・・」


連翹だけではなく華鬘にまで促され、実際風蘭自身も体を動かしたかったのもあり、終いには縷紅の申し出を受けることにした。




縷紅と手合わせするのは随分と久しぶりだ。


芙蓉が生きていた頃には、よく兵部を訪れては兵部の武官に相手をしてもらっていた。


だが、五星軍の軍人たちに一本とるのはなかなか難しく、そんな風蘭を見て縷紅は、


「こいつらから全員一本取れなきゃ、手合わせはしてやれないな」


と言って相手にしてくれなかった。


一方で、彼ら全員から一本取った連翹は、縷紅とよく手合わせをしているようだったが。


だから、風蘭が縷紅と直接手合わせるのは、本当に久しぶりだった。


これでも黒灰や『闇星』に鍛えられ、水陽にいた頃よりはずっと強くなったつもりだ。


・・・・・・だったのだが。




「・・・・・・やっぱり強いな~、縷紅叔父上は!!」


息も絶え絶えになり、風蘭はごろんと地面にひっくり返った。


すでにこの短い間に何連敗したのかわからない。


へろへろの風蘭に対し、縷紅は涼しい顔でにやにやと笑いながら風蘭を見下ろしている。


「陛下も随分とお強くなられましたな」


「・・・・・・嫌味か?!そんなこと言って、余裕なくせに・・・・・・」


ふてくされる風蘭に、縷紅はくすくすと笑っている。思わず風蘭も笑みをこぼしながら、身を起こした。


「でも、なんだかすっきりとした気分だ」


「それはよかったです。あなたはもともと、一ヶ所でじっとしている性格ではありませんからね」


「まぁ・・・・・・確かに・・・・・・」


「即位される前、反乱軍として水陽に向かっていた頃の風蘭の方が生き生きとしていた。なぜだかわかるか?」


急に改まった口調をやめて、以前のふたりの関係のように砕けた口調で縷紅は風蘭に問いかけた。その問いの意味がわからず、風蘭は素直に首を横に振った。


「『敵』がはっきりとしていたからだよ。目的が明確だったというべきかな。蘇芳と言う敵と、芍薬陛下を玉座から下ろすと言う目的があった。そのために、仲間を集めて奔走し、被害を最小限にするために懸命になった」


「・・・・・・でも、今だって目的は明確だ。民を朝廷に引き入れたい。そのために、みんなの賛同が欲しい」


諭すような縷紅の言葉に、風蘭もまた昔のような口調で言い返す。


思うようにいかない己の焦りを吐き出すように。


すると、縷紅はそんな風蘭に薄く笑って返した。


「だがそれは、今までとは違う。気持ちを押し付けるだけでは周りを動かすことはできない。反対する者たちにも、それなりの理由と理念がある。それを受け入れられなければ、互いに歩み寄ることはできない」


「それはわかっているけど・・・・・・」


縷紅に正論を突きつけられ、風蘭の声は力ないものになっていく。




今まで、こうして風蘭に厳しい口調で現実を突きつけるのは、椿の役目だった。


彼女が風蘭のもとを去り、華鬘も木蓮も風蘭の意見に耳を傾けてくれ、助言をしてくれたが、彼らは風蘭に強く意見を述べなかった。


縷紅に比べたら、彼らは風蘭に対して遠慮があったのかもしれなかった。




「でも・・・・・・それでも、俺は夢を叶えたい。時間がかかっても、少しずつでも、叶えたい」


「風蘭ひとりの願いでは叶わない。これは、そんな簡単なことじゃない。国の風習を打ち壊すものだ」


「わかってるけど・・・・・・だけど、それじゃぁ俺は、どうしたら・・・・・・?」


「さぁ?」


「さぁって・・・・・・」


ひょいと首を竦めてあっさりと問題を放棄した縷紅に、風蘭は咎めるような視線を送る。


だが、縷紅は涼しい顔で風蘭にこう言った。


「それを相談する相手は他にいるだろう?今まで、自分の考えを通すためだけの助言だけをもらっていて、それを説得するための道、解決策について相談したことはあったのか?」


「・・・・・・え・・・・・・あ・・・・・・」


一瞬、縷紅が風蘭に対して何を言っているのかわからなかった。


だが、風蘭がそれを理解するよりも早く、縷紅がさらに言った。


「少なくとも、賢明なる州主を務める華鬘殿は、風蘭の言葉を待っていると思うがね」


「お、俺、執務室に戻らなくては!!」


いても立ってもいられなくなった風蘭は、自らが思うがままにばっと急に立ち上がってそう叫んだ。


先程までへろへろになって地面に倒れ込んでいたとは思えぬほど生き生きと機敏に動く風蘭の背中に、縷紅は呼び掛けた。


「待て、風蘭」


「・・・・・・え?」


「執務室に戻るなら、水浴びをしてからにするんだな。汗まみれ、泥まみれなんだからな」


本気なんだか冗談なんだかわからない、適切なずれた助言をニヤニヤ笑いながらくれた縷紅に、風蘭は思わず思い切り笑ってしまった。


「わかった。色々ありがとう、縷紅叔父上」


ほんの数刻前ではあんなにも憂いた態度であったというのに、今の風蘭はすっきりとした晴れ晴れとした気分になっていた。


縷紅があんなにも都合よく現れたのは、もしかしたら連翹の差し金だったのではないかという考えは過ったが。





執務室に戻るなり、風蘭は未だ書類と睨めっこして頭を付き合わせている木蓮と華鬘のもとに駆け付けた。


風蘭が戻ったことに気づくと、華鬘はいつものように柔らかな笑みで彼を迎えた。


「おかえりなさいませ、風蘭さま」


そんな華鬘の優しさに、風蘭はずっとどれだけ自分が甘えていたのかを実感した。


「・・・・・・華鬘殿、木蓮」


急に神妙な様子で名を呼ばれ、ふたりは不思議そうに風蘭を見返す。


そんな風蘭は、先程のように思い詰めた瞳ではなく、しっかりとした強い意志を宿した瞳で、ふたりに問い掛けた。



「俺の夢をみんなに認めてもらうために、どうしたらいいだろうか」



瞬間、華鬘は瞠目したが、すぐさま鋭利な光を瞳に宿し、安心した様子で風蘭に告げた。


「わたしと木蓮殿で考えていたことがございます。遠回りですが、おそらくこれが未来に続く確かな礎となるはずです」


「それは・・・・・・」


「その前に。次の朝議の席で論議が白熱した際、こうおっしゃってはいただけませんか?」


そうして告げられた華鬘の台詞に、まだ理解が追い付かない風蘭は、瞳を瞬かせながらも確かに頷いた。





そしていつもの朝議。


今回は、始めから論点はただ一つだった。


つまりは、風蘭が即位の頃から提示している、官吏登用制度の見直し。


賛成意見、反対意見も双方白熱し、風蘭と木蓮による論議も必要がないほど様々な意見が飛び交った。


だがどれも、毎回同じ。


官吏登用制度そのものに対する賛同と反対。


風蘭もまた、今まではずっとそうだった。


この官吏登用試験制度の導入を認められることだけしか考えていなかった。


この場を取り仕切る風蘭がその姿勢だったから、論議もその狭まれた枠組みから抜けることはなく、堂々巡りだった。


だが、今回は違う。



「・・・・・・双方の意見はわかった。だが、これでは堂々巡りだ。ならば、角度を変えてみなに問おう」


いつもとは違う風蘭の態度に、みながしんと静まり聞き耳を立てる。


風蘭は堂々たる態度で、眼下に控える官吏たちに言った。


「星華国は今、変革を求められている。貴族も民も、それを感じ求めていたからこそ、わたしをこの玉座へと導いてくれたはずだ。だが、わたしが変革を唱えれば、それは無謀だと諌められる」


「お言葉ですが陛下、しかし・・・・・・」


なおも反論しようとする高官の一人を、風蘭は片手をあげて制した。そしてなお続ける。


「わたしもまた、理想を求めるあまりに盲目であったことは認める。そして、この座につき、案を提示るには経験が浅いことも。・・・・・・だからこそ、みなに問いたい」


小さく息を吐き、そして大きく息を吸い込んで、風蘭は言った。




「この国に変革をもたらすにはまず、どうしたらいいとみなは思うのか」




政堂にいるみなの視線が一斉に風蘭に向く。


今までは、これらの視線に試されている気分だった。嘲り、呆れられていると感じていた。


だが、今はそう思わない。


彼らの知恵と経験を求めているから。




風蘭がじっと見渡している中で、すっと一本の腕が上がった。


今までさしたる発言もしてこなかった、刑部長官だった。


「なにか案があるのか、双刑部長官?」


「恐れながら、陛下のお望みを叶えるには、まずは秩序を設けることが必要かと存じます。反対する方々のご意見もごもっともなものばかり。罪人を多く見るわたしには、なおのこと懸念されることが多くございます。それ故に、わたしにはある提案がございます」


「その提案とは?」



風蘭は刑部を束ねる長に問う。


華鬘が横で小さく笑みを漏らしたのを感じながら。


視界の端で、木蓮が満足そうにうなずいたのを確認しながら。


おそらく、刑部長官が告げようとしていることが、このふたりもまた、考えていたことなのだと風蘭は確信する。


そして罪人を数多く見てきた刑部長官は、この場にいる全員に聞こえる声で言った。




「わたしは、法部の設立を提案致します」









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