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八章 開かれる道 五話











五、新王の覚悟











やらねばならないことは山積していた。


現状を打破するためには、改革案を提示し、高官の同意を必要とした。


財政も人事も、手を出さねばならないところはいくらでもあった。


けれど、風蘭はそれらをひとりで背負おうとはしていなかった。


特に財政に関しては全くの無知であることを自覚していたため、民部に意向だけ伝え、予算案の提示を待つことにした。


そのため、次に風蘭がとりかかったのは、人事問題であった。




「なぁなぁ、木蓮はどこで働きたい?」


「・・・・・・は?」


風蘭の執務室で、今後の議案について華鬘と話し合っていた木蓮は、突然風蘭にそう訊かれて戸惑った。


「えっと?どこで働きたいかっていうのは一体・・・・・・?」


「木蓮はもともと中部采女所にいただろ?で、今は兵部で武器庫管理の仕事。・・・・・・楽しいか?」


首をかしげ問うてくる風蘭に、木蓮は曖昧に笑って答えるしかできなかった。


「風蘭、仕事で楽しいかどうかと聞かれても・・・・・・」


「真に楽しいと思える仕事というのも少ないですからね」


華鬘もまた、苦笑を漏らしながら木蓮に同意する。


「そっか・・・・・・それもそうだな。じゃぁ、質問を変えよう。今の兵部の仕事で満足しているか、木蓮?」


「風蘭・・・・・・?何が聞きたいの・・・・・・?」


「人事異動を考えているんだよ、木蓮」


「人事異動?!」


「そう。前に朝議でも話をしただろう?」


「だけど、それはまだ結論が出ていないはず・・・・・・」




風蘭が即位してから、忙しないほど朝議を重ねているが、その議題に毎回あがるのが、人事問題と財政問題だった。


特に人事問題に関しては、風蘭が突然現職官吏の人事異動について提案したので、様々な波紋を呼んでいた。


しかし、ここで諦めるわけにはいかない。これはただの通過点でしかなく、最終的には民間人の官吏登用制度を確立させたいと思っているのだから。



貴族と平民。


長い間大きな壁で隔てられ、謂れのない差別を受けてきた彼らにもまた、国政に参加してもらう場を設けるために。


風蘭も木蓮もそれを目指していたし、そのためにはもたもたしている場合ではないことも確かだった。



だが、あまりに性急な風蘭の考えに、木蓮は心配になった。


「急いでいるのはわかるよ、風蘭。だけど、朝議で高官たちの支持もないまま決行するのは、独裁と変わらないよ」


必死な表情で風蘭を諭そうとする木蓮の様子を見て、こともあろうに、その風蘭がクスクスと笑い始めたのだ。


「風蘭!!」


「悪い、悪い。あまりにも木蓮が真っ直ぐに俺にぶつかってくるから、うれしくて」


「は・・・・・・?」


「木蓮が相棒でよかったよ。朝議も多くの意見を引き出せるし」


「・・・・・・それは、僕も案を客観的に見ることができるからよかったとは思っているけど・・・・・・」


片目をつぶっていたずらっぽく笑う風蘭に木蓮は答えるものの、その表情は納得していない様子。


木蓮の問いには、まだ風蘭は答えてくれていないからだ。


だが、満足そうににこにこと笑う風蘭を見ていると、なんだかこちらも苦い笑いを浮かべてしまう。




風蘭が木蓮を『相談役』という立場に任命してから最初の朝議の折、朝議に参加する木蓮に風蘭は言った。


「木蓮、朝議では俺が提案すること、発言することすべてに反論してくれ」


始め、風蘭の意図が木蓮にはわからなかった。


風蘭と木蓮、それから華鬘の助言を受けながら完成させた議案に、朝議で反論しろとはどういうことだろうか。


反論も何も、その議案に賛同したから一緒に考えてきたのに。


「そんな裏切られたような顔をするなよ、木蓮」


「だ、だって、訳のわからないことを風蘭が言うから・・・・・・。一緒に考えた議案に反論しろだなんて・・・・・・。僕は最後まで風蘭の味方なのに・・・・・・」


「そう。そこなんだよ、木蓮」


びしっと人差し指を持ち上げて、風蘭は少し困ったように続けた。


「俺が木蓮に特別な職位を与え、加えて『花』を渡した。だから、みんなもまた、木蓮は俺が何を言っても賛成するだろうと思い込んでいる」


「風蘭が暴走したとしても、それを止めることもできず、むしろ最後のひとりとしてまで甘受する・・・・・・と?」


「そうだ。そうすると、朝議でいくら俺が議案を出しても、どうせ俺と木蓮の独壇場で、自分達の意見は通らないだろうと高官たちは思うだろう」


風蘭の言いたいことが次第にわかってきた木蓮が、彼の言葉にゆっくりと頷く。


「賛成意見も反対意見も、どちらの声も聞かなきゃ、納得して議案を進めることはできない。僕らが目指しているのは、独裁ではないからだね」


「そうだ。だから、木蓮には反対派の代表として、常に口火を切ってほしい。・・・・・・難しいとは思うけど」


「そんなことはないよ。議案の欠点を見つけることができるかもしれないし、なにより、僕自身の勉強になるから」


力強く頷いた木蓮に、風蘭もやっとほっとした様子で頷いた。


「ありがとう、木蓮」


「僕は最後まで君の味方だよ、風蘭。だからこそ、僕らは戦わないといけないね」


「あぁ、楽しみにしてるよ」


挑戦的な視線が絡み合う。


ふたりが散らすであろう火花を楽しむかのように。


これから幾度となく交わすこととなる頭脳戦に心を躍らせて。


これが、風蘭と木蓮が交わした約束だった。




そして、約束通り木蓮は朝議で風蘭が提案する度に反論した。


白熱するふたりの若者の論議を聞いていると、周りの高官たちも次々と己の意見を口にした。


議案が採決されることがひどく手間取ることにはなったが、高官たちの考えを聞けることは、何よりも重要だった。


風蘭や木蓮よりも、彼らの方が経験値は高いのだから。


だからこそ、風蘭たちの提案した議案は、慎重に進めなければならなかった。


それなのに、性急すぎるほど性急な発言をした風蘭に、木蓮のみならず華鬘も驚いた様子だった。



「風蘭さま、木蓮殿の言うことに一理ありますよ。まだ朝議では結論が出ていません。ここは慎重に・・・・・・」


「朝議ではまだ言うべきではないだろう、という結論に至ったんだよ」


華鬘の言葉を遮り、風蘭は楽しそうにそう言った。訳がわからないのは木蓮たちである。


「結論に至ったって・・・・・・誰と?」


「式部長官とだよ。先日、式部長官が直々に執務室を訪れてくれて、話し合ったんだ」


「式部長官と?!」


思わぬ話の展開に、木蓮も華鬘も驚いて顔を見合わせる。


人事を司る式部。


その最高責任者である式部長官自らが、王である風蘭の執務室を訪れたというのは・・・・・・。




「式部長官は、俺たちの議案に半分だけ賛同してくれたんだ。・・・・・・もう半分は、あまり納得していない様子だったけど」


風蘭の濁した言い方に、木蓮は小さく笑った。


式部長官が賛同した半分・・・・・・それは、全官吏の適性に則った人事異動という、想像せずとも途方もない労力を必要とする議案の方に違いない。


賛同を得ることがなかったもう半分の議案は、民間人の官吏登用制度。


やはり、未だに民を朝廷に招き入れることには反対する者たちの方が圧倒的に多い。


朝議で垣間見る限り、式部長官もまた、その姿勢の様子だった。



「いきなり全員の希望を聞いて人事異動をすることはできない。各部署の機能性も考慮しなければならないから、偏った異動を実行するつもりもない。式部長官ははっきりと俺にそう言った」


風蘭がそう言えば、木蓮も華鬘も黙って頷く。その反応を確かめてから、彼は続けた。


「だから、朝議で話を進める前に、実験的に何人かの候補生を実際に動かしてみようという話になったんだ。そして式部長官が持ってきた候補生の一覧の中に、木蓮の名前もあったんだよ」


「僕の名前が・・・・・・」


「木蓮が蘇芳によって、強引に異動させられたのは記憶に新しいし・・・・・・それに・・・・・・」


「僕は新王から『花』をもらったからね」


言い淀む風蘭の言葉を引き継ぐように、木蓮は苦笑しながら言った。



『花』の持つ影響力。


風蘭や木蓮の望みなど無視して、それは広がっていく。


だが、ふたりともそれも承知の上、覚悟の上だった。


それでも、叶えたい願いと目標があるから。



「木蓮さえよければ、俺は木蓮には式部に行ってほしいと思ってる」


「式部に・・・・・・?民部ではなく・・・・・・?」


「民部は、俺が目を光らせておくよ。今の民部長官なら、きっと変えてくれると思うしな」


民部長官である蠍隼 鶏頭の顔を思い浮かべながら、木蓮は頷く。


「民部は・・・・・・財政は俺が何とかする。だから木蓮には式部で、人事に携わってほしい。官吏登用制度を見直すためにも、式部で理解者を募って欲しいんだ」




財政は風蘭が、人事は木蓮に任せたいと。


彼の瞳はそう訴えていた。


ふたりの夢は今、こうして手の届きそうな先にある。


互いが互いを信頼し、各々の務めを果たして。


その重大な相棒としての仕事を、信頼を、惜しげもなく木蓮に託そうとする風蘭の姿勢に、胸が熱くなった。


風蘭が王になったら、もう傍にいることも言葉を交わすこともできなくなると思ったのに。


それなのに、風蘭はこうして木蓮を必要としてくれている。



「・・・・・・うん、わかった」


自信に満ちた瞳で木蓮が風蘭に頷き返すと、風蘭も満足そうに笑った。


「人事問題は、たしかに早急に見直すか手を打つかしないといけませんね。一部官吏が、職務を放棄しているようです」


「・・・・・・俺への当て付けか・・・・・・」


難しい顔をして告げた華鬘に、風蘭も表情を曇らせる。


風蘭の突拍子もない提案に抵抗するように、職務を放棄する者たちもいる。


ふたりの夢は、ふたりだけが乗り気になっていても果たせない。越えなければならない壁は、多くあった。


それは、風蘭も木蓮も、そして華鬘も実感していた。だが、諦めるつもりもなかった。


だからこそ、風蘭は木蓮と役割を分担させることにしたのだ。


「それにしても、式部長官と話をしていたことを黙っていたなんて、驚いたよ」


「ここのところバタバタしていて話す機会がなかったからな」


少しふてくされたように言った木蓮に、風蘭がくすくすと笑って答える。


すると、華鬘が辺りを窺うように室内をぐるりと見回しているのに気づいた。



「華鬘殿?」


「・・・・・・風蘭さま、ひとつうかがってもよろしいですか?」


声を落とし、ひどく真剣な様子で華鬘は風蘭に近付く。


「・・・・・・なにか疑問でも・・・?」


「風蘭さまの戴冠式以来、ずっとうかがいたいことがありました」


風蘭が王として即位した日。


その日の話だと聞き、風蘭と、そして木蓮も身を固くする。


華鬘が何の話をしたいのか、わかったからだ。


「・・・・・・僕もその話は聞きたかった」


今、この室にはいない、もうひとりの『花』を受けた者。



「あの日・・・・・・風蘭さまが連翹殿に『花』を下賜されたとき、おっしゃいましたね。前民部長官の死について、すべて解決済みである、と」


「その犯人を連翹さんや『闇星』の協力を受けて、捕まえたということなの?!」


華鬘と木蓮が形相を変えて風蘭に詰め寄る。すると、それまで真っ直ぐにふたりを見返していた風蘭が、つい、と視線を流した。


「・・・・・・風蘭?」


「・・・真相を・・・聞きたいか?」


「もちろんだよ。連翹さんが疑われて、誤って投獄されたなんて・・・・・・あのとき僕は、とても悩んだのに・・・・・・」


「・・・連翹は疑われても仕方なかった」


しぶしぶといった様子で、風蘭が重い口を開ける。


「あの日、たしかに連翹は民部長官室のそばにいたんだ。俺が民部長官室を出てから、そこに入るために」


「・・・・・・風蘭の護衛のためではなく・・・?」


「そう。連翹が単独で霜射民部長官に会うために」


「では・・・ではまさか、やはり連翹殿が・・・・・・?!」


華鬘が驚愕した様子で言った言葉には、風蘭は頭を振った。


「いや、違う。連翹ではない」


「なぜ、そう言い切れるのです?!今のお話の様子では・・・・・・」


「連翹が入室する前に、新たな人物が民部長官室を訪れたからです。そして、その人物が去ってからしばらくして入室すると、すでに彼は死んでいたらしい・・・」


「・・・・・・それは、誰が・・・・・・?」


「・・・申し訳ないが、まだ言えません」


「なぜです?!もうその人物は捕らわれたのでしょう?!」


「・・・いや」


「え?!」


「・・・・・・いや、実は、その人物を捕らえてはいない。あの時はああ言わなければ収拾がつかなくなると思って・・・・・・」


言いづらそうに、親に叱られるのを待つ子供のように、風蘭は小さくそう言った。


「・・・・・・じ、じゃぁ、まだこの朝廷の中に、霜射前民部長官を殺害した人がいるの?!なぜ捕まえないの?!刑部に報告すれば、投獄は免れないのに」


風蘭を責めるように叫ぶ木蓮に、彼は首を振った。


「今はまだ、その人物の様子を見たい。連翹に探らせてはいるんだ。もう少し、待っていてほしい」


「・・・・・・その人物の危険性はさほどないということですね」


華鬘が風蘭に静かに問えば、今度は彼は首を縦に振った。


「はい」


「・・・・・・わかりました。では、この件は風蘭さまにお任せします。報告だけはしてください」


「華鬘さま?!」


「木蓮殿、先程の風蘭さまのお言葉を聞きましたね?これは、わたしたちが安易に立ち入ってはいけない領域となりつつあるのですよ」


「・・・・・・え・・・・・・?」


先程の風蘭の説明で、どうして華鬘がそこまで深読みできたのか、木蓮にはわからない。


だが、否定をしない風蘭の態度からして、華鬘の判断は正しいのだとわかった。


「わたしたちからは何も口出しはいたしません。ですが、求めていただければいつでも助力いたします。どうか無理をしすぎず・・・・・・無茶をしすぎないでください」


「ありがとう、努力する」


華鬘の言葉に風蘭は頷いて答える。木蓮もそれ以上この話を掘り下げようとは思わなかった。


そんな木蓮に、風蘭は言った。




「木蓮、式部で頼んだぞ」


「うん、任せて」


風蘭には風蘭の、華鬘には華鬘の、そして木蓮には木蓮のやるべき役目がある。


風蘭の傍らで王を支えるには、木蓮には経験値が足りなかった。


だが、焦っても仕方がない。


風蘭も木蓮もまだ半人前。


まずは目の前の果たすべき目的のため、風蘭も木蓮も覚悟を決めたのだった。






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