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七章 揺れ動く心 十話









十、神官














中部神祇所所長は、その職務により、時折『神官』と呼ばれていた。


歴代の王の即位式の前が一番そう呼ばれることが多くなる。それはやはり、神祇所が中心となって王の即位式を執り行い、神祇所所長の宣告をもって、王が王となるからであろう。


しかし、史書をひっくり返したところで、こんなに短い間に二度も即位式を執り行った神祇所所長は・・・いない。





明日に迫った即位式の準備で慌ただしい中部棟を抜け出し、柊はゆっくりと回廊を歩いていた。


未だ玉座を巡る争いの傷跡が遺る水陽。


内朝はさほどではないが、実際に戦いが起こった外朝や火攻めに遭った後宮は、機能を取り戻しても、元には戻らなかった。


いや、後宮に関しては、戻すつもりがない、というのが正しい。




先日、風蘭が星官を収集して行われた、初の朝議。彼はそこで、いくつか自身の指針を示した。


それはまだ、彼が冬星州に行く前に唱えていた幼い理想を、もっと具体化させたもの。


それでも、実現するにはあまりに障害が多いように感じるほどの理想論。


だが、それが『風蘭』という男なのだ。


星華国の民が支持した新たな王。




柊は、蘇芳は嫌いだったが、芍薬は嫌いではなかった。


けれど、彼ではダメだったのだ。だから、風蘭が選ばれたのだ。


民に、国に。


ならば、彼女がすべきことは、彼が正式な新たな王だとみなに示すことだ。


それが、『神官』と呼ばれる神祇所所長としての務めであった。




いつだったか、柊は迷っていた時期があった。


芍薬につくべきか、風蘭につくべきか。


不変を選ぶか、変革を望むか。


だが、彼女の上司にもあたる双 鉄線に言われた。


「どちらを支持しようと、地位と立場のある我々に選択権はない」


個人的な感情でどちらかを支持しようと、天運が定めた結果を受け入れるしかないのだと。


そう説かれて、柊の中で何かがすっきりと晴れていくような心地だった。それからは、悩むこともなく、彼女は彼女の務めを全うした。


今回もまた、同じこと。


彼女は彼女の仕事として、この即位式を執り行わなければならない。


この政堂で。





「・・・北山羊所長?」


ふと声をかけられ、彼女は振り向いて驚いた。


「風蘭さま?!なぜこちらに・・・?!」


「ん~・・・なんか、落ち着かなくて・・・。あ、大丈夫だ、中には入っていないから」


「それならば・・・よかったです」


彼女はほっとしたながら、風蘭に向き直り、礼をとる。


「今は、そんな立場は気にされなくていいですよ、北山羊所長」


苦笑混じりに風蘭は柊にそう言う。


たしかに、今の彼は年相応の若者のようだった。


落ち着かない、とそわそわしながらこの辺りをうろついていたのかと思うと・・・なんだか風蘭らしくて思わず笑いが込み上げてくる。



「・・・?何か、おかしなことでも・・・?」


ことん、と首をかしげ、くすくすと笑う柊に風蘭は問う。


「いいえ、何も。・・・それにしても、風蘭さまが早まってこちらに入室されるようなことがなくてよかったです」


「即位式の前は、政堂を浄めているのだろう?どのみち、明日まで入室するつもりはない」


「・・・王におなりになる気持ちとは、どのような気分なのですか?」


政堂の扉をじっと見つめながら、柊がふと問う。すると、風蘭は柊を真っ直ぐ見つめながら、簡潔にそれに答えた。


「では、あなたが神祇所所長とおなりになったとき、どのようなお気持ちだったか覚えておいでですか?俺もまた、同じですよ」



そう言われて、彼女は思い出した。


この地位を与えられ、任命されたときの誇りより勝った恐怖、重責。


任された務めが満足にこなすことができるのか、ひどく思い悩んだものだ。


その地位を得るまでは、たしかに夢物語のひとつとして望んだことはあったけれども。


風蘭もまた、同じ気持ちなのだと言う。


恐怖も、重責も、憂いも、そして誇りも。


柊は静かに瞑目した。彼女は感じたのだ。


彼は、何もかもを覚悟していると。


覇王として、玉座に立ちはだかる試練を。





「あ、そうだ。北山羊所長に頼みがあったんです」


急にあどけない少年のような笑みを浮かべて、風蘭は柊に言った。その表情は、まるでいたずら前の子供のよう。


「頼み・・・ですか?」


「はい。実は・・・」


その後に告げられた風蘭の『頼み』に、柊は驚きもしたし、呆れもした。しかし、あまりにも風蘭らしいそれに、どこかで安心もしていた。











そして即位式当日。


一年前と同様に百官たちが集い、新たな王の誕生を見守っている。その視線の先が集うのは、玉座の上。


正装した風蘭がそこに鎮座している。


その傍らにあるのは、この神聖なる場を取り仕切る神官、神祇所所長である北山羊 柊。



星華国の王として必要な儀式を全て終えて、風蘭は玉座に、柊はその傍らに控えている。


あとはただ、彼女が宣言すればこの儀式は終わる。


一年前のように。



「・・・これより、獅 風蘭さまを、第29代星華国国王と定める」




その場にいた者たちがみな、頭を下げる。


たったひとりの新たな王のために。


これで風蘭の即位式が終わり、儀式はすべて終わった。


誰もがそう思ったそのときだった。





「みなが集まっているこのときに、もうひとつ発表しておきたいことがある」





急に玉座から立ち上がり、風蘭がそんなことを言い出したのだ。


彼を見上げる百官も困ったような表情を浮かべている。


「すでにみなも知っての通りだが、王の執務を助け、星官と同等の権限を持つ、重要な職位である執政長官が今現在、空位である。今後、しばらくはこの執政長官の位を埋めるつもりはない」


風蘭の発言に、途端にざわめきが生まれる。


執政官の座が空位であることは、長い統治の間にまったくなかったわけではない。しかし、最近ではその座が空位であることはなかった。


執政官の位を空位とすることはつまり、執政官の独裁を避けることはできるが、王の独裁を諫める者がいなくなるということになる。


一斉に騒ぎ出したその場を、風蘭は冷静に見守っていた。やがて、彼はさらに言った。




「無論、わたしが在位の期間すべてにおいて、執政官を空位にしておくつもりはない。然るべき人物が現れれば、就任してもらうつもりだ。だが、だからといって、現状をわたしひとりで決断し打開していくことは非常に難しい」


演説のような風蘭の言葉を、あれだけ騒がしくしていた人々もおとなしく聞いている。


「そこで、先日も高官星官には伝えたが、しばらくの間、桃魚星官及び霜射星官に指南を受けることにした。このふたりは、此度の戦において、わたしの意志を汲み動いてくれた、信頼できる者たちであると思っているからだ」


再び、ざわざわと堂内が騒がしくなる。


「贔屓」や「平等性」「公正な判断」などといった単語がひそひそと飛び交う。けれど、風蘭は構わずに続けた。


「一族の当主である星官を特別に扱うことに平等性を欠くのではないかと懸念する者もいるだろう。故に、星官ではない第三者をわたしの相談役としてそばに置く」


さっと風蘭が立ったまま少し体の角度をずらす。


まるで、玉座の奥から誰かを招くような・・・・・・。



「彼は・・・」


「あの青年は・・・」


口々に玉座を見上げて呟く人々。


玉座に隠れるように姿を現した、風蘭と年の頃が近いであろう青年を、みなが凝視している。


緊張しているのか、少し青白い顔をしたその青年に笑いかけてから、風蘭は再びみなに向かって告げた。




「羊桜 木蓮。わたしの一番の理解者であり協力者だ。だが、わたしたちふたりでは経験が浅く、力が及ばぬため、先の2人の星官に助力を願う次第だ」


堂々と、そして少しワクワクしたような表情を浮かべながら告げる風蘭とは対照的に、紹介された木蓮はひどく不安そうに、けれど自らを奮い立たせるかのようにその場に立っていた。


「・・・風蘭陛下、お言葉ですが、彼はまだ若い官吏の様子。何の地位も権限もない彼を、いきなり執政官に匹敵する地位にまで引き上げるのは、権力の乱用になりませんか」


どこからかあがった声に、そうだそうだ、と同意の声が相次ぐ。


風蘭はそれを涼しい顔で受けながら、しっかりとした口調で告げた。



「羊桜 木蓮には、執政官はおろかどの高官にも匹敵する権限は持たない。彼はただの官吏の一人に過ぎない。ただし、わたしの相談にのり、すべての朝議に参加し発言する義務と権利のみ与える。彼の発言によって何らかの権限が発生するものではない。一官吏の発言だと思っていい。だが、すべての朝議に参加する以上、本来ならば高官星官のみの朝議であっても参加する。そして、万一わたしが先の2人の星官やその一族を特別に優遇するような発言をすれば、それを諫める権限はある」


つまり、と彼は続ける。


「みなに対しては羊桜官吏は何の権限もないが、わたしに関しては諫める権限を持つ。いわば、わたしの手綱のようなものだ」


軽快に風蘭は笑う。だが、他の者はその異例の事態についていけていない様子だった。


あまりの突然の人事に、反論の声さえあがらない。


風蘭はそんな反応を見越していたかのように平然とした態度で、さらに畳み掛けた。




「この異例の処遇について、様々な意見があることだろう。だが、執政官を任命しない今、この異例な体制をしばらく受け入れてほしい。無論、国政を執り行うにあたって不都合があれば申し出てくれて構わない」


そして風蘭はちらりと柊に視線を送った。彼女は小さく頷き、次に彼がとる行動のために準備をした。


「ここで、その羊桜官吏に『花』を授けよう」


一瞬だけ、動揺を表すかのようにざわついたが、すぐさまその儀式を見守るように静まった。




王が臣下に『花』を与える。


それは、その者への絶対の信頼の証。


それを即位式という公式の儀式のあとで、公然と授与の儀を行うというのだ。


風蘭がいかに木蓮に信を置いているかが図れるというものだ。




「・・・羊桜 木蓮、前へ」


それまでずっと、風蘭の少し後ろに控えるようにして立っていた木蓮は、風蘭にそう言われてゆっくりと彼の前まで歩き、膝をついた。


「羊桜 木蓮、貴殿に我が『花』を授ける。わたしと・・・そして国のために力を尽くしてくれ」


「・・・慎んでお受けいたします」


風蘭が柊から『花』を受け取り、木蓮に差し出す。


フウランの花が掘られた佩玉を。



木蓮は恭しくそれを受け取り、再度深く礼をした。


それを見届けた風蘭は、再度堂内を見渡し、声を張り上げた。


「それからもうひとり。この場で『花』を与える者がいる。・・・入れ」


風蘭の言葉に従い、政堂にある人物が足を踏み入れる。


途端、本日一番の動揺が堂内を駆け巡る。



けれど、風蘭もその人物も、そのどよめきを気にも留めず、互いを見つめ合った。


やがて、その人物はゆっくりと玉座に向かって歩を進める。その度に、動揺の波紋が広がる。


彼が玉座の真下に辿り着いたとき、風蘭は彼を見下ろし不敵に笑った。




「蜂豆 連翹。おまえに我が『花』を授けよう。前へ」


「御意」



名を呼ばれた連翹は、顔を上げて玉座にいる主に近づく。


そこで、再びどこからか声が上がった。


「納得がいかない!!官吏に『花』を渡すだけならまだしも・・・平民に・・・まして、彼は一度大獄に捕えられ、脱獄までした身です!!そんな者に『花』を下賜するなど、我々への冒涜に値します!!」


これをきっかけにして、次々と不満の声があがる。ハラハラと成り行きを見守っている木蓮とは違い、風蘭も連翹も平然としている。


先程よりもさらに騒がしくざわめく人々を、風蘭が片手を挙げることによって黙らせる。



「まず、王が平民に『花』を渡すことについて不満を持つことは、わたしは誤った考え方だと思っている。『花』は従来より、身分や地位に関係なく、『信頼』を示す証として授与されてきた。相手を縛るためでもなく、地位や権力を約束するためでもなく」


風蘭のその言葉に、連翹はわからないくらいに薄く笑い、木蓮は瞑目した。



そう、いつだって『花』の意義に悩んできた風蘭だからこそ、その重みを知っている。


たとえ口でどう言っても、『花』の存在が、いつか相手を縛ることになることも知っている。


それでも、『花』の『信頼』は、身分や地位に関係ないのだと彼は木蓮と連翹に与えることによって示した。


特に王が平民に『花』を与えることは、革命的だったかもしれない。


けれど、風蘭が正論であるために、そこに反論する者はいない。




その反応を確かめてから、風蘭はさらに言った。


「それから連翹にかけられた嫌疑、霜射前民部長官殺害の件だが、こちらはすでに解決済みだ」


「・・・解決済み・・・?」


「解決済みとはいったい・・・?」


「犯人が別にいたということか・・・」


「それともやはり噂通り執政官が・・・?」


「だから、執政官が死んだ今、解決したと・・・?」


風蘭が発言すれば、その度に口々にみなが囁きあう。それはもちろん、風蘭たちの耳にも届いている。


しかし、風蘭はあえて、否定も肯定もしなかった。


彼らが口にするすべての発言に。


「連翹と『闇星』の力を借りて、その問題は解決している。つまり、連翹には疑うべき罪はないということになる。誰か、他に反論のある者は?」


力強く言い放ってから、風蘭はぐるりと辺りを見渡す。そして誰一人反論する者がいないことを確認すると、改めて連翹に向き直った。




「蜂豆 連翹、その信を示し、我が『花』を授けよう。これからも、よろしく頼むぞ」


「・・・御意」


風蘭が差し出したのは、一振りの剣。


その鍔に彫られているのは、フウランの花。その剣は、今の連翹に見合った長剣。


かつて連翹が手放したキキョウの剣よりもずっと長い立派な剣。


連翹はそっとそれを受け取り、その重みを確かめるように風蘭に掲げたまま、もう一度膝をついて礼をとった。


「・・・遅くなってすまなかった」


小さく風蘭が呟く。


そして、連翹と風蘭の視線が絡み合った。


この瞬間、ふたりは本当の意味で主従関係となった。






風蘭が公に下賜した『花』は、3人。


その3人の『花』がまた波乱を招く気配を漂わせて、時代は動く。



こうして、第29代星華国国王として、風蘭の時代が幕開けた。















七章はここまでです。

次回八章となり、また話が動き始めます!

やっと連翹に本当の『花』を渡せて、そのシーンを書くことが出来て、うれしかったです!

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