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七章 揺れ動く心 九話











九、黒花
















そこは水陽の中でも、あまり知られてはいない場所。


朝廷と後宮を繋ぐ回廊がある庭院から、少し歩いた茂みの奥にひっそりと『それ』はある。


そこには花が咲き誇っている。


黒いユリの花と、黒いボタンの花。




「・・・椿」


そこに佇んでいた椿は、名を呼ばれて振り向いた。


「・・・風蘭」


「ここにいると思ったんだ」


「こんなとこほっつき歩いてていいわけ?いずれは王となる身の人が」


「・・・だからこそ、ここに来たんだ」


からかうように椿が言っても、風蘭は神妙な表情を崩さずにそう言った。


「ここは俺の命の恩人・・・先代の『黒花』が眠っているから。そして、歴代の『黒花』も」





ふたりの視線の先にあるのはひとつの墓石。


そこに眠るのは、石榴を含む歴代の『黒花』たちだ。


「・・・泣いてるかと思った」


椿を気遣うように風蘭が小さく呟くと、彼女は苦笑を返した。


「いつまでも泣いてなんかいないわよ。今日は報告に来ただけ」




初めて『闇星』の者たちと共にここを訪れたとき、風蘭はひどく衝撃を受けた。


長く水陽で暮らしていたのにこんな墓石があることを知らなかった事実よりも、何年も忘れられていた場所に違いないのに黒く咲き誇るボタンとユリの花に驚いたのだ。


石榴の骨をその墓石に納めるとき、椿は堪えきれずに静かに涙を流した。


母とも姉とも慕っていた存在であったのだから交錯していく想いがあったのだろう。


彼女に命を救われた風蘭もまた、こうして無事に水陽に辿り着いたことを石榴に報告し、感謝した。


それから毎日のように椿がここを訪れているのを風蘭は知っていた。



「報告って?」


視線を墓石から椿に戻して、風蘭は尋ねた。


「氷硝に帰ろうと思って。皐月さんと何人かの『闇星』を残して、あたしと逸初さん、他のみんなはそれぞれの場所に帰そうと思って」


「・・・そっか。そうだよな」


「なぁに?寂しそうじゃない?」


「寂しいよ。できたらずっと、ここにいてほしいくらいに」


椿が茶化しても、風蘭は小さく笑うだけでいつものようにムキになることはなかった。




「・・・『闇星』の拠点はたしかに冬星州でなければならないわけじゃない。だけど同時に夏星州でなければならないわけでもない。あたしは、石榴姐さんのすべてを継いだの。それは、『黒花』だけじゃなくて、妓楼『雅炭楼』の妓女としても」


「・・・うん、わかってる」


「・・・なんか、今日はやたら素直じゃない、風蘭?どうしたわけ?」


訝しげに椿がそう尋ねれる。すると、風蘭は椿から視線をはずして、ぽつりと言った。



「・・・・・・紫苑を冬星州に左遷することに決めた」


「・・・朝議で?」


「ああ」


「・・・そう」


「・・・責めないのか?『実家に帰すことなく、そんなことを』って」


「そう言って欲しいの?」


自嘲気味に笑う風蘭に、椿はただ冷静に返す。彼女のその冷静さに、風蘭も笑みを消した。


「・・・紫苑には、すでに伝達はしてある。石蕗殿もひどく衝撃を受けておられるようだった。紫苑本人だって、きっともっと驚き・・・俺を憎むかもしれない・・・」


「あ、なるほどね。好きな女に嫌われたかもしれないからそんなに落ち込んでるのね」


「つ、椿?!」


ぺろっと風蘭の真意を口に出してクスクス笑った椿に、さすがの風蘭も焦って顔を赤くする。


けれど、ひとしきり笑ったあと、椿は真剣な瞳で風蘭を見上げた。


「・・・紫苑だってそれなりに覚悟していたわよ、きっと。あの後宮攻めのときですら、芍薬王と運命を共にしようとしていたんだから」


「そ、そうなのか?!聞いてないぞ、そんなの」


「言ってないもの。でも、紫苑にはわかってたのね、芍薬王が負けるって。じゃなきゃ、あの状況で死のうとは思わないだろうし」


「・・・紫苑が・・・そんなことを・・・」


あのとき、誰もがもう悟っていた。


芍薬は敗れると。彼の短い時代は終わってしまったと。


諦めて、自害を図ろうと火の海に残ろうとしたのは紫苑だけではない。


けれど、最終的には、『闇星』はすべての者を炎の中に残すことなく連れ出した。



風蘭が後宮の火攻めを狙ったのは二重の目的があった。


だからこそ、そんな風に死を覚悟する者たちを誘発してしまう恐れもあったから、風蘭は『闇星』を後宮の人々の救出にあたらせた。


本当は大きな戦力でもあったのだが、やはりあのときはこの決断でよかったのだと今は風蘭も・・・そして椿もそう思っている。




「王妃であった以上、相応の処罰が下ることは紫苑だって覚悟していたに違いないわ。帰州できないのは確かに悲しいかもしれないけど、それで風蘭を恨むような子じゃないわ。それは風蘭だってわかってるでしょ?」


「それは・・・まぁ・・・・・・」


「それに、冬星州に左遷するってことは、当然あたしが紫苑を預かっていいわね?」


「え・・・いいのか・・・?!」


思わぬ椿からの申し出に、風蘭が慌てて問い返してくる。


「当たり前よ。紫苑を州主になんかに渡さないんだから」


「でも椿と一緒ってことは・・・雅炭楼に・・・・・・?」


「心配ないわよ。危ない接客なんかさせないわ。仮にも風蘭の想い人にそんなことさせられないわよ」


「つ、椿!!」


意地悪く笑う椿に風蘭が抗議の声を上げる。だが、すぐにほっとした声に変わった。


「でもよかった・・・。冬星州の貴族の屋敷に預けても、また波紋を呼びそうだったから・・・。椿が紫苑と一緒にいてくれるなら安心だ」


風蘭が呟いた椿への絶対の信頼感に、思わず椿も照れてしまう。


「べ、別に風蘭のためじゃなくて、紫苑のためだけどね!!」


「うん、わかってるよ」


安心しきった様子で素直に笑う風蘭に、椿も毒気を抜かれてしまった。


すると、風蘭は『黒花』の墓に一度深い礼をすると、椿に言った。


「『報告』が気が済むまで終わったら、政堂に来てくれないか?渡したいものがあるんだ」


「渡したいもの?」


「ああ。じゃぁな」


言うだけ言い残すと、そのまま風蘭は立ち去ってしまった。


風蘭の背中を見送りながら椿は首をかしげる。


朝議も終わったというのに、なぜわざわざ椿を政堂なんかに呼び出すのだろうか。



「ほんと、風蘭ってよくわかんない。・・・でも、風蘭なら期待に応えてくれると思う」


墓石に話しかけるように彼女は呟く。


風蘭が椿を信頼してくれているように、椿も風蘭を信頼してる。


・・・・・・だから。


「しばらくお別れね、石榴姐さん。きっと風蘭が代わりに『報告』に来ると思うから。あたしはあたしの道をがんばるわ。雅炭楼の妓女として、『黒花』として」


最後にもう一度だけ、心の中で別れとお礼を告げて、椿は政堂に向かった。






そもそも王族や貴族が国政について話し合う場が政堂であるので、平民に過ぎない椿がそんなところを訪れたこともなければ、用もない。


朝廷の中に平民がいることが、すでに例外中の例外かもしれないが。


風蘭が何をしようとしていてそこへ椿を呼んだのか、彼女は目的がさっぱりわからなかった。


それでも、政堂に辿り着くと、彼女はためらいもなくその重い扉を押し開いた。


朝議も終わったそこは、すでに風蘭以外には誰もいないのだと思っていたからだ。


しかし、扉を開けば・・・・・・。




「どうして・・・」


目の前の光景に、思わずそう呟いてしまう。


呆然としている椿に、正面最奥、少し見上げなければならない位置にある玉座から、声がかかった。


「睦 椿。前へ」


それは紛れもなく風蘭の声であったのだが、まるで別人のように聞こえた。



椿はもう一度堂内を見渡してから、ゆっくりと前に進んだ。


椿の進む道の左手には、星官10人が見守っている。柘植や黒灰、華鬘や海桐花、石蕗など、椿が出会った星官たちが彼女を見守っている。


そして、歩く彼女の右手には、『闇星』の面々。逸初や皐月、他の者たちも椿を見守っている。


玉座に座る風蘭の顔がわかるところまで歩み進めると、椿は足を止めた。




「・・・椿。君を正式な『黒花』として任命するための儀式を始めよう」


「『黒花』の・・・任命式・・・・・・」


そういえば、冬星州で逸初が言っていた。


先代『黒花』である石榴の遺骨を水陽に納めた暁には、椿の任命式を行う、と。


「だけど、どうやって・・・」


「代々の『黒花』は、当時の王に任命されることで、儀式を終えていた。だが、わたしはまだ正式に即位したわけでもない故に、星官たちにも立ち会ってもらうことにしたのだ」


王としての口調で、少し楽しそうに風蘭がそう言う。完全に面食らっている椿は、そんな風蘭の様子に少し怒った視線を彼に送った。


「・・・いいわ。始めましょう」


椿のその反応に、風蘭はゆったりと笑った。そして、堂内に響き渡る声で告げた。




「睦 椿。そなたを国軍『闇星』の統率者、『黒花』として任命する。我が命に従い、この国を守る責と覚悟があらば、これを受けよ」


そう言って、風蘭は漆喰の箱を差し出す。


椿は一礼してからさらに玉座に近づき、その箱を覗き込んだ。


そこにあったのは、一輪のフウランの花。しかも、真っ黒な花。


だが、フウランの花に、黒い花などあったろうか・・・・・・。




戸惑う彼女にしか聞こえない声で、風蘭がこっそりと言う。


「じつは、フウランの花を墨に浸けただけなんだけどな」


「・・・道理で斑のある黒さだと思った」


ぼそりと返せば、彼も小さな声で言い返してくる。


「でも、『黒花』の任命式では、王が黒い『花』を与えることで正式な任命となるらしいからさ。仕方ないだろ?」


「・・・未熟な王と未熟な『黒花』の誕生ね」


くすりと小さく笑ってから、椿は黒いフウランの花を受け取った。そしてそれを掲げながら膝をつき、声高々に宣言した。




「わたくし、睦 椿は、『黒花』として王と国をお守りすることを誓います」




その瞬間、その場にいた者たち全員が感嘆のため息をつき、誰からともなしに、次々と頭を垂れた。


ふたりの若き統率者たちを祝福するように。



やがて、風蘭が椿にさらに言った。


「冬星州に帰り、万一わたしの権威が必要なときはこれを使えばいい」


さらにもうひとつの漆喰の箱が追加される。それには蓋がされていて、椿はその箱を慎重に受け取ると、ゆっくりと蓋を開けた。


「・・・これは・・・・・・」


そこにあったのは、フウランの花の髪飾り。


たしかに、この髪飾りを見て、王となる風蘭の信頼がいかなるものか、わからない者はいないだろう。


そして、箱の中にはもうひとつ入っていた。それは扇子。


「・・・できればそれは、紫苑に。見れば、わかってもらえると思うから」


こっそりと小さな声で風蘭が椿に伝える。


扇を広げてみれば、そこに描かれていたのは、サクラと白ツバキの花。


サクラも春に咲く花とは違う形をしている。小さく、けれど力強く咲いているこのサクラの種類は・・・・・・


「啓翁桜・・・?」


椿の小さな問いかけに、風蘭も小さく頷いてから、祈るように呟いた。


「・・・紫苑を・・・頼む」



このサクラとツバキの花が何を示すのか、椿にはわからない。


だけど、風蘭と紫苑だけがわかっているのなら、それでいい。


ふたりの立場は今とても微妙で、こんなに近くにいるのに会うことさえできないのだから。


『花』を紫苑に渡すわけにはいかずとも、この扇子が何か意味を持つのなら・・・・・・。



椿はそれを受け取り、もう一度ゆっくりと膝をつき、この場にいる誰もが聞こえる声で言った。


「御意のままに」


風蘭の想いと紫苑の想い。


重なりあうにはあまりに難しい立場となってしまったふたりだが、立場など関係なければ、椿はふたりを応援したい。


だからせめて、風蘭のその願いは叶えよう。


『黒花』としてではなく、ふたりを知る友人として。




星官と『闇星』の女武官たちが見守る中、正当な新たな『黒花』が誕生し、彼女は新たな誓いをたてたのだった。











椿が水陽まで来た本来の目的を果たせてよかったです。

そして、最後の場面もまた、ずっと書きたかったシーンのひとつだったので、うきうきしながら書きました!

次回もまた、温め続けたシーンの登場です!!

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