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七章 揺れ動く心 八話













八、星官













各州に散らばっていた星官が揃い、朝議がすぐさま開かれた。


その場にいるのは、北山羊一族を除く10人の星官と、各部の高官たちの限られたものだった。


しかも、その座る位置にも少なからぬ動揺が走っていた。


通路を挟み、高官と星官が向かい合うのは通例。


だが、星官の席に空席が2つ。北山羊一族とあともうひとつの星官の席が空いている。


そして、玉座に座るのは、まだ正式な即位はしていないものの、かつての玉座の主を撃ち落とした風蘭。


ここまでは、誰もが理解できた。


だが、その風蘭のとなりに・・・・・・今までは執政官である蠍隼 蘇芳がいたその位置に、星官である桃魚 華鬘が立っていたことがその場にいた人々に動揺を与えた。





「・・・みなが動揺するのも仕方がない」


風蘭がゆっくりとそう言えば、政堂にいる全員が風蘭に視線を集めた。


その視線すべてが、良いものばかりでないことは風蘭もわかっている。そして、華鬘に向けられているものも。


「だが、わたしは王政のことをよくわかっていない。傍らで相談し、指南を受ける必要があり、桃魚星官をそばに置いているに過ぎない。星官以上の権威も彼にはない」


「ですが、風蘭さまのお近くにいることで、桃魚一族が優遇されることが懸念されますが?あなたのおそばで無償であなたを助ける代わりに、一族にその恩を返さなくてはと思う日が来ないとは言い切れないのではありませんか?」


「・・・あなたのお考えはごもっともだ、蟹雷星官。おそらくこの場にいる過半数の者たちがそう思っていることだろう」


神妙に頷く風蘭の横に立つ華鬘の表情は、穏やかなものだ。


何をどう言われても表情が動くことはない。


かつて、妃審査に娘を差し出した蟹雷星官は、ただじっと風蘭の言葉の続きを待った。



「万一、わたしにそのつもりがなくとも、少しでも桃魚一族に有利なことが起これば、たちまちわたしが当一族を贔屓したと騒がれることは必至。・・・故に、桃魚星官だけをこの傍らに置くことはしない」


「・・・それは・・・?」


一同が首を傾げる中、風蘭はくすりと笑った。


「それはいずれ、わたしが正式に即位したときに明かすとしよう。・・・ではさっそく、始めようか」


戸惑いが政堂を駆け巡るなか、風蘭のピンとした宣言を合図に、堂内の空気が張り詰めた。


「まず、財政の問題だが・・・」


「お待ちください、風蘭さま」


風蘭の言葉を遮ったのは、彼と同じ、若い声。


この緊張感溢れる中での発言に、少し青ざめた表情で起立した星官がいた。


蠍隼一族当主、藍だった。



「・・・我が一族を筆頭に、あなたに反抗し、芍薬陛下に加担した者たちへの裁きをお聞かせいただけませんか」


「蠍隼星官・・・」


おとなしそうに見える藍から、まさかそんな発言が飛び出すとは思わなかった風蘭が思わず呆然としていると、たちまちそれに同意する者たちが口々に騒ぎ出した。


「そうだ、彼らの処罰を早く決めなければ・・・」


「全員の官職を剥奪するだけでは済みますまい」


「監獄に入れるべき者たちもおりましょう・・・」


「彼らの処罰も当然定めねばならないが、他にも決めるべきものもありましょう」


最後の発言者に、一瞬で注目が集まる。


それは、女月一族当主、石蕗だった。



「先の王の妃の処罰をいかがされるおつもりでしょうか、風蘭さま」


その先の王の王妃であった、紫苑の父である石蕗の視線が鋭く風蘭に向けられる。


彼は、風蘭が女月一族の別宅に招かれているときに、一度風蘭の命を狙ったこともある。


それはもちろん、娘の紫苑のために。このような事態になり、娘の命が失われないように。


だが、それは叶わず、石蕗が懸念した最悪の事態となったのだ。


覚悟と非難が入り交じった視線で、石蕗は風蘭を見る。


風蘭もそれを受け止めるが、すぐに何かを言うことはなかった。それに痺れを切らしたか、高官の誰かが囁く。



「習わしからいけば、反乱に負けた王の妃は、死罪・・・」


「妃は・・・まして正妃は、王と対等に位置する身分。王が反乱に負け、死に至るのならば、同じ運命を辿るのが妃というもの」


「それのみでなく、万一、芍薬陛下の仇討ちと称して、妃を筆頭に風蘭さまへの反乱軍が出現したら・・・」


「災いの芽は今のうちに排除すべきでは・・・」


好き勝手に囁き合う者たち。


石蕗の表情は変わらず硬いものだったが、耳には届いているはずだった。


「みなさん、そんな勝手なことばかりを・・・!!紫苑姫はそのような姫ではありません。これだけの命を犠牲にしたというのに、さらにまた命を奪おうと言うのですか・・・?!」


痛切な叫びをあげたのは、女月一族と同じ秋星州の貴族の当主、長秤 海桐花だった。


「さすが長秤一族は医官一族だけある」


クスクスと笑い声が響く。ひとり、ふたりと連動するように。この事態において、海桐花を冷やかしているのは明らかだった。


「命を大切に思って何が悪いですかな。我々は常に生と死に向き合って職務を全うしている。命の尊さを身を持って実感しておるのです」


凛と響く声でそう言ったのは、典薬所所長であり、筆頭侍医である長秤 南天。


厳しい表情の中に苦悶するような色合いを見せながら、威厳ある声色で彼がそう説けば、それまで浮き足だってざわついていた堂内が、しん、と静かになった。


そこに響いたのは、ひとりの手を叩く音。



「さすがは医官。おっしゃる通りだ。救う者と奪う者。立場は違えど、同じように命に向き合う者として、わたしも長秤一族の意見を支持させていただこう」


不適な笑みを浮かべてそう告げたのは、兵部長官及び大将である、双 縷紅。加え、星官の席からも声が上がった。


「双大将にわたしも同意だ。害ある者と懸念される者たちは獄に入れ、その他の者たちは官位を剥奪して帰州させるがよいでしょう。妃たちもまた、然り」


そう発言したのは双 薊。


すると、薊の意見に同意を示すように、次々と星官たちが頷き合う。だが、高官の席から不満そうな声が上がった。


「では、正妃であってもその地位を剥奪するだけで、他に処罰はないのですか?!王の妃とはそんなに軽いものなのですか?!」


それは、式部長官である蟹雷一族の者だった。


蟹雷一族の姫は、二度も正妃の座を逃している。やはり、一方ならぬ思いが色々とあるのだろう。


ざわざわと両者の意見に戸惑う声。同意もあれば、反対もある。


その間、一番の当事者でもある蠍隼 藍と女月 石蕗は、じっと風蘭を見上げているだけだった。




やがて、それまで沈黙を守っていた風蘭が、とうとう言葉を発した。


「・・・みなの意見は、よくわかった」


その一言で、堂内のざわめきは一瞬で静まり、みなが風蘭の次の言葉を待つ。


「紫苑姫の処罰については、わたしにも考えがある。今、こうしてみなの意見を聞き、決意した」


ちらりと傍らにいる華鬘に薄く笑ってから、風蘭は正面を向く。


紫苑の処罰について、華鬘とそれから柘植は、風蘭がどう考えているか知っていた。


だが、それはまだ漠然としたもので、具体化したものではない。しかし、今の風蘭の笑みを見る限りでは、何か考えがあるようだった。


「確かに何人かの者たちが言うように、紫苑姫にも先の王の妃として、責任をとってもらう必要性がある」


ゆっくりと、何の感情もこもっていない声色で風蘭は続ける。




「・・・故に、紫苑姫の王妃の地位を剥奪。加え、冬星州への左遷を命ず」



再びざわり、と堂内がざわめく。


誰もが予想していなかった処罰。


紫苑の父である石蕗も、真っ青になって立ち尽くしている。


だが、風蘭の声色は変わることなく、言葉が続く。


「冬星州での紫苑姫の監督は、州主である霜射星官に責を負っていただく。よろしいかな、霜射星官?」


突然風蘭に話を振られた柘植は、眉を上げて彼を見上げた。その間にも、ひそひそと戸惑いの声があがっている。



「紫苑姫を冬星州へ左遷なんて・・・酷な・・・」


「何の後ろ楯もないまま、よりにもよって冬星州など・・・」


「いや、命があるだけいいだろう」


「それにしても、その責を霜射星官に負わせるなど、まるでこれもまた処罰のような・・・」


「だが、霜射星官は、風蘭さまの軍に加担されていたはずなのに・・・」


「信を置いているからこその判断ともとれるが・・・・・・」



口々に思い思いのことを話し合っている者たちの会話を耳にして、柘植はひっそりと笑みを浮かべた。


そう、これは柘植への罰だ。椿を雲間姫と偽り、妃審査に参加させたことへの。


この場で公言することなく、けれど重責を負わせるのは風蘭の優しさと厳しさだ。


万一、冬星州で紫苑に何かしらの事態が起こったとき、その責任のすべては、監督者であり州主である柘植が負うことになる。


公にはできずとも、後見人であるようなものだ。


だが一方で、この判断は、柘植を信頼していなければできない話だ。先王の妃を預けるなど、こんな大切な話、なにかあれば女月一族との確執さえ招きかねない話を、柘植に委ね任せたのだ。


風蘭が柘植を信頼しているという、何よりの証だ。誇りらしくて、胸が熱くなる。



「・・・慎んでお受けいたします」


柘植ははっきりとした口調で風蘭にそう返した。


一瞬交わした視線で、風蘭が満足そうな色を見せたのを柘植は見逃さなかった。そして風蘭はそのまま石蕗に視線を移した。


「この処罰に異論はあるか、女月星官?」


そこに確かにあったのは、有無を言わせぬ威厳。


蘇芳のような脅迫めいたものではなく、その権威に見合った相応の威厳。


政堂にいた何人かはその空気に思わず背筋を正したほどだ。


その風蘭の視線の先にいる人物、女月当主は首を横に振った。


「・・・いいえ、ございません」


「ならば、この話はこれで終いだ。誰か異論ある者は?」


若いとはいえ、低く響く風蘭の声に、誰もが黙って首を横に振った。


それを見届けてから、風蘭はひとつ深呼吸して言った。


「他の者たちの処罰については、個々に判断し、みなに相談した上で決断したいと思う。先の王や執政官に深く心頭していた者、悪政を知りえながら加担した者、それを煽った者たちについては、重々の処罰を下すつもりだ。だが、真実を知らずに加担した者たちにまで過度な重罰を与えるつもりはない」


風蘭のその言葉で、あちらこちらから安堵のため息があがる。



蘇芳は力づくで統治をしていた。刃向かう者たちを片っ端から潰し、否が応にも無理矢理全員の首を縦に振らせていた。


彼らは失脚しないために、彼らの意見を殺した。蘇芳の意見に従う姿勢を見せた。


それを罰せられるのはあまりにも酷なこと。意に反して、または真意を知らずに、首を縦に振ったに過ぎないのだから。


無論、中には蘇芳に肩入れし、彼のご機嫌をとるために悪政に拍車をかけた者たちもいる。


彼らは厳重に罰しなければならない。


この境目が難しい。


正確に見極めなければ、風蘭への信頼性にもかかってくる。


しかし、口先だけではどうとでも逃げ切れるが故に、それは最も困難な処置でもあった。



「各部の意見を聞き、公正な判断を下したいと思っている。蠍隼一族だからとて、全員を罰するつもりもない」


きっぱりと風蘭はそう言い切り、その場にいた全員を見渡した。


蠍隼 藍は、懸念していた最悪の事態ではないことに、ほっと胸を撫で下ろす。


一族の中から権威を越えた独裁者を出してしまったのだ。


一族の没落とまではいかなくとも、相応の処罰は一族と、その一族の当主である藍に向けられるかと思ったが、そうではなかった。


風蘭は、言葉通り『公正』に判断を下すらしい。



ふと、その風蘭が一点を見つめ、小さく微笑んだ。


その視線の先にいるのは、民部長官である蠍隼 鶏頭。


なぜ、彼が彼を見つけて微笑んだのか、藍にはわからない。疑問に首を傾げるよりも前に、風蘭が玉座から告げた。



「では、それを踏まえ、財政の話をしたいと思う」


この場の指揮権は完全に風蘭にあった。だが、誰もが意見を述べることもできた。


確実に変わりゆく風に、胸を踊らせる者と戸惑う者がいるのを、風蘭の隣にいた華鬘は正確に読み取っていた。













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