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七章 揺れ動く心 一話



一、国王









血濡れた玉座。


それは、覚悟していたことだった。


戦を始めたときから。


王になると決めたときから。




けれど、覚悟していても、実際に実行にうつすことになると、やはり辛かった。


辛くて辛くて辛くて、逃げたかった。


みなの期待に応えられるか不安で、怖かった。


この国を未来に向かって創っていけるか、守っていけるか、不安だった。



けれどなにより牡丹を苦しめたのは、この血濡れた玉座に座り始めた頃から止まぬ、『制裁』だった。


牡丹が星華国の王となったそのときから、それに刃向かう者たちに制裁を与えていた。


戦を終え、やっと平和が訪れたというのに、まだ血を流そうとする臣下たちを牡丹は諌めた。


今はわかってもらえずとも、話せばきっとわかってもらえるから、安易に命を奪うようなことはするな、と。



しかし、臣下たちはそれを許さなかった。


始まったばかりのこの国を乱すものは、すべて排除すべきだ、と。


それは牡丹が玉座に座り始めてから随分と経ち、王政が整い始めていても続けられたことだった。







「・・・どうすれば、いいんだ・・・・・・。これでは、独裁政権ではないか・・・」


執務室で、牡丹は頭を抱えていた。そこにいるのは、弟であり、王佐でもある葵と、星華国建国に一役活躍し、今は国軍となった『闇星』の統率者、百合であった。


ふたりとも牡丹の性格は知りすぎるほどよく知っていたし、どんな思いで王となったのかわかっているつもりだった。


だから、牡丹がこうして頭を抱えて悩んでいる理由もまた、わかっていた。


「仕方ないじゃない、牡丹。取り締まるところを取り締まっておかなきゃっていう、あの人たちの意見も一理あるわ」


「だけど、何も殺すことはないじゃないか。牢だってあるんだから、そこで・・・」


「ですが、一度謀反人を許せば、そいつらはまた束になって一軍を築くでしょう。そうすれば、やがてまた戦となりますよ。・・・臣下とて、もう戦の日々に戻りたくはないのです。こうして、やっと穏やかな日々がやってきたのですから」


百合の発言に反発した牡丹に、葵がゆっくりと諭す。




繰り返さないために、粛正をしなければならない。


災いの種を根絶しなければ。


それが、臣下たちの意見だった。



牡丹もその気持ちがわからないわけではない。


牡丹こそ、二度と血で血を洗うような戦の日々は迎えたくないと思っている。


だか、どうしても納得がいかなかった。


平和の世が欲しくて、十二の国をひとつと為したのに。


誰の命も脅かさなくて済む日々が欲しくて、刃を振るったのに。


それなのに、こうして戦を終えてもなお、命を奪わなければならないのか・・・・・・。





「牡丹は潔癖すぎるのよ」


牡丹が座る机までスタスタと歩み寄り、百合はじっと牡丹に顔を近づけた。目を反らすことなど許さぬかのように。


「・・・潔癖・・・・・・?」


「そうよ。奪う命にひとつひとつ傷ついていたら牡丹の心がもたないわ。戦の間にも言ったでしょう?!」


「わかってる・・・。だから、わたしは剣を取った・・・!!だけど、あれは戦だ。泰平の世を築くためだと自らを納得させて・・・・・・」


「同じことよ。戦を再発させないために、根を摘むの。今度は、泰平の世を築くためではなく、維持するために剣を取るのよ」


「それでは、わたしの・・・王の意見に従わぬ者たちはみな殺すと言うのか?!それでは独裁ではないか!!」


「落ち着いてよ、牡丹。そうじゃなくて・・・・・・」


「もういい、出ていってくれ」


百合の手を振り払い、牡丹は立ち上がってふたりに背を向ける。これ以上、何も話す気はないと主張するように。


「・・・では、失礼いたします、牡丹王」


「ちょっ・・・話はまだ・・・・・・!!」


苦笑しながら退室の礼をとった葵は、百合の腕を引いて共に退室を促す。百合はそれに抵抗したが、そこは男と女の力の差。結局葵に引きずられるようにして、百合も牡丹の執務室から退室するしかなかった。


「何よ、あの態度!!感じ悪い!!」


「すいません、百合さん。最近、特に感情の起伏が激しくて。百合さんの言葉なら聞き入れてくれるかとも思ったのですが」


苦笑を漏らす葵を見上げ、百合は呆れたようにため息を吐く。


「まったく、年の離れた弟にこんなに心配させて。仕方ないわね、牡丹は」





星華国建国から数年。ばらばらだった国はひとつとなり、人々の日常はかつてないほど落ち着いていた。


しかし、一方で牡丹の王政に対する不満も少なからず増えていった。


それは、よくよく聞いてみれば、さらに楽に幸せを得ようとする強欲な者たちの戯言に過ぎないものもあったが、牡丹はそんな声にすらひとつひとつ耳を傾け、本当に救いが必要だと思ったものには迷いなく救いの手を差し伸べた。


それでも、不満は絶えない。


それは、絶大の信頼を得ている牡丹への妬みも含めて。


王の資質を持つ、絶対的な存在である牡丹を羨んで。


だから、反発するように刃向かい、ひどいと牡丹の命を狙うことさえした。



口先だけで異を唱えるくらいなら、臣下達も放っていた。だが、それを過激な行動にうつすのならば、話は別だ。


話し合って通じる相手ではない。


だから、『制裁』の道をとった。



牡丹が言うように、牡丹に・・・王に逆らう者たちすべてを手にかけているわけではない。


理があって異があるのならば、それを押さえつけるようなことはしない。


臣下達が押さえつけているのは、牡丹の命を危うくさせる者たちだけだ。


それでも、どんな悪人であっても牡丹は命が奪われることを嫌った。


命を奪い合う戦は終わったのに、と嘆いて。


呆れたように呟く百合も葵同様、牡丹の命を案じながら、牡丹の心を心配する者のひとりだ。





「・・・牡丹王は、自分の手が汚れている、と話してくださいました」


「汚れている?」


「愛する者との子を抱くには、両腕が汚れている、と」


「そんなことを・・・・・・」


それは、葵が牡丹から後宮の建設について提案を受けたときの話。


まだ後宮の建設は内密に、となっているから、いくら百合であっても話せないが、そこで交わした牡丹との会話を葵はぽつりと漏らした。


「・・・あたしたちは、牡丹に何もかも押し付け過ぎたのかしら。国王という重責は、牡丹にとっては辛いものでしかないのかしらね・・・・・・」


百合が遠くを見つめながら呟く。




牡丹は、疲弊している。


心が。


平和の世を、血が流されないことを誰よりも願っていたのに、国王の座は、それを目の当たりにしなければならない。


厳しく罰するときは罰しなければならないときがある。


増して、王の命を狙う者は許すわけにはいかない。


けれど、それを肝心の牡丹は納得していない。理解はしているようだが、気持ちがついていっていないのだ。





「・・・いや、そんなことはない」


ふと、ふたりの後ろから声がしたので慌てて振り返れば、そこにはちょうど話題となっていた牡丹がいた。


すでに葵も百合も先程牡丹の室を退室し、今はふたりで葵の室にいたというのに。


「・・・牡丹」


「牡丹王、いかがされましたか?」


すぐさま葵が王佐の顔つきになり、牡丹に駆け寄る。しかし、牡丹は苦笑しながら首を横に振った。


「・・・いや、大丈夫だ。・・・先程は百合に失礼なことをしたな、と反省したから謝りに来たんだ。・・・八つ当たりだったと思うから・・・」


辛そうに顔を歪ませながら、牡丹は百合に頭を下げる。一国の王が。


「・・・八つ当たりなら、すればいいわ。それをあたしたちにまで遠慮して我慢することない」


ぶすっとした表情と口調でそう告げると、百合は、葵よりも背の低い牡丹の頬をそっと撫でた。


「八つ当たりならいくらでも受ける。愚痴なら気が済むまで吐けばいい。だから、我慢しないで。あたしたちは、牡丹が平和な国を築いてくれたお礼をしたいの。負担を少しでも減らしたいの」


「百合・・・」


「忘れたの?『闇星』と『黒花』は仕えるべき王に全力で仕えるのよ。だから、あたしたちにもその重荷を分けて」


「ありがとう、百合」


そっと目を閉じて牡丹は頬を撫でる百合の手をとった。


そして、少し光を弱くした瞳で、彼女を見つめた。


「大丈夫だよ、心配をかけたね。・・・わかっているんだ、光と闇は一対で存在していると。わたしを神のように崇めてくれる民たちがいる一方で、妬み、疎い、嫌う者たちもいる。みなに好かれなくてもいい。理解されなくてもいい。・・・けれど、わたしの命を狙う者たちがいることも確かだ」


「戦の時代も終わったのに、他人の命を奪った奴等も、自らの命でそれを償うべきだわ」


「・・・・・・百合・・・」


「だってそうでしょう?!やっとやってきた平和の世で、殺された民の無念は?!遺された遺族の悲しみや悔しさは?!そこで甘えを見せたら、国はただ堕落していく一方よ。秩序が乱れていくわ」


きっぱりと言い切った百合に、牡丹は弱々しく笑い返す。


「・・・そうだね、わたしは甘いのかもしれない。・・・わたしは、始めから王に向いていなかったのかもしれないな・・・」


「牡丹・・・?!」


「牡丹王・・・・・・!!」


思いもよらない牡丹の発言に、百合と葵が同時に声を上げる。


当の牡丹は、小さく苦笑しているだけだ。


「わたしはただ、戦の世を終えたかった。王になりたいわけでも、国を建国したいわけでもなかった。ただ、戦を終えるにはみながひとつになるしかなく、それを言い出したのがわたしだったから王となってしまっただけ。・・・本当は、王の器ではないんだよ」


「それは・・・」


「それは違います、牡丹王!!」


百合が勇んで反論しようとしたのを遮る勢いで、珍しく葵が声を荒げた。


「あなたは誰よりもこの国の王にふさわしい方です。民を想い、国を想う心は誰よりも強い。この平和な世を導き築くことができたのは、あなたが指導者であり、王であったからです!!最も近くであなたを見て育った僕の言葉を、信じてはいただけませんか?!」


必死に葵は牡丹に伝える。


現状に嘆き憂う王に。


また、あのときのような光を取り戻して欲しくて。





「・・・ありがとう、信じるよ、葵。・・・そうだね、もう少しだけ、がんばってみようか」


かつて葵が幼かった頃にそうしてくれたように、牡丹はそっと葵の頭を撫でた。


その言葉にほっとした葵だったが、同時に、光を取り戻すことはできなかったことに不安が過る。




「・・・・・・牡丹にとってはもう、国王という立場は・・・玉座は、苦痛なのでしょうね・・・」


去っていく牡丹の背中を見送りながら、百合が呟く。


「いつか、その重責に耐えかねて、牡丹の中で何かがぷつりと切れてしまいそうで怖いわ・・・」


「・・・・・・はい」





思い出す。


予言者と名高い北山羊一族の当主の言葉を。




『牡丹王はそう遠くない未来に退位される』



以前より小さく細く見える牡丹の背を見送りながら、葵はこれからの未来に、不安を覚え始めていた。











お久しぶりです、紫月です。

第一部の更新を終え、ずっと開店休業にしていたのですが、紫月の予想を超えるアクセスとお言葉をいただき、ゆるゆるとしたスピードですが、続きを更新していこうかな、という気分になっちゃいました(笑)

やっぱり感想をいただけることはうれしいのです(笑)


すでに紫月のHP「紫月の物置き場」では終幕を迎えたお話ですが、紫月自身がもう一度彼らに会いたいと思ってしまった寂しさもあり、この場を借りて更新していこうかと思いました。


番外編等も書きたいと思っているので、どうか色々と感想等をいただけるとうれしいです♪





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