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黒瀬一也と黒瀬凪

ゴールデンウイークも中盤。

買い込んだ食糧が尽きてしまったため、俺は朝早くから近所のスーパーに足を運んでいた。


購入するのは主に加工食品のみ。

一人暮らしを始めた当初は、長期休暇の時くらい、自炊でもするかと野菜やら肉やら魚やら買い込んだのだが、怠惰故に、ほとんど無駄にするという愚行を犯した事がある。


無論、健康の事を考えるならば時間が掛かってでも自炊をするのがベターなのだが、生憎物草な俺には厳しかった。


掃除や洗濯と違って、調理は金銭を捻出する事で妥協できてしまう。


だから、多少雑になるのは致し方ないと思う。

などと、誰に聞かせるわけでもない言い訳を胸中で語りながら会計を済ませ、スーパーを後にする。


空は抜けるような青空。

仄かな暖かさを宿す日差しが体に心地良い。

深夜アニメのリアルタイム視聴で昼夜逆転した体内リズムを正常に戻してくれる。


開放的な気分に心を弾ませながらアパートの階段を上り、ドアノブに指を掛ける。

「ん?」

鍵をかけている故、開くはずがないのだが、何の抵抗もなくドアが開かれる。


出かける際、鍵を掛け忘れた覚えはない。

普段なら泥棒でも入ったかと危惧する所だが、長期休暇中の今回に限っては別である。


両親が来訪してくるほど溺愛されてもいないし、鍵を預けておくほど気心の知れた友人もいない。


が、しかし。

一人だけ、思い当たる節がある。

ほぼ確信しながら室内に足を踏み入れると、当然のようにソフャーに寝そべりながらテレビで深夜アニメを鑑賞している少女がこちらに向けて顔を上げた。

「よっ」

「やっ」

短いやり取り。

だが、それだけで全てを察した俺は買ってきた惣菜を足の低いテーブルに並べ、ソフャーに背を預けた。


「原作は超人気なのに、作画がイマイチですね」


俺が録画していた透き通るような世界観で送る学園RPGのアニメを観ながら評論家のように愚痴を垂れ、スナック菓子を貪るウルフカットの少女。


名を黒瀬凪。俺の兄の子供。所謂姪である。

一年程前から長期休みの際にはふらっと家に来てふらっと帰るのが恒例になっているため、別段驚きはない。


兄が合鍵を凪に渡している事は認知しているものの、勝手に入ってくる辺り図々しい。それともこんな所だけは年相応というべきか。


「おじさん。ご飯は?」

「スーパーで買ったからあげ。白米はパック。あとサラダ」

「うわでた。相変わらず怠け者ですね。おじさん」

「うっせ」

「おじさんが望むなら、私がおいしいご飯を作ってあげます」

「ダウト。凪がそれで作ったのは俺の嫌いなゴーヤチャンプルだったろうが」

「まだ気にしてるんですか? 子供ですね」

「お前もな」

正直、これが姪とおじの会話なのかは謎である。

そもそも、子供すらいないのに世間一般の接し方がわかるわけもない。


唯一はっきりしている事は、凪が小学生としては飛び抜けて大人びていて、それ故か、クラスで孤立していること。


本人は孤高を謡っているが、俺からすれば孤独の間違いだ。


俺のように望んで一人でいる事と、凪のように望まぬ形で一人でいることは似ているようで異なる。


少なくとも、関係が深くなりやすい小学生のうちは、友達は作っておいた方がいい。それは間違いないが、そこは凪も両親から口うるさく言われていることだろうから、俺がとやかく言うことでもない。


俺にできるのは、時々家に訪れる凪の話し相手になってやって、愚痴を聞いてアニメの感想を言い合う隣人になる事くらい。


話し相手がいる分、こちらも退屈しないで済むので凪の来訪は俺としても望ましい長期休暇中のイベントだ。


だが、今回に限ってはむしろ仇になっていると言わざるをえない。最近は魔法少女としての活動とあの一件以来始めたジョギングで、家を空けることが多くなってしまっている。


俺の場合、根が怠惰故に、一度ジョギングをすっぽかすとだらだらと続かなくなる可能性が高い。


何事も、継続して続けるには無理なく習慣づけるのが手っ取り早いわけで。

凪が家にいるからという建前でサボり始めれば、そのまま続かなくなってしまうだろう。


故に、取る行動は必然的に一つに絞られる。

ダラダラとアニメを見続け、窓から茜色の光が顔を覗かせて暫く。

俺は、立ち上がってごく自然に言葉を打ち出した。

「ちょっとジョギング行ってくる。凪、留守番頼めるか」

「っえ? なんですか。もう一度お願いします」

「? 留守番頼めるか」

「違います! その前です!!」

「ジョギング行ってくる」

俺の言葉を聞いた凪は目を丸くして硬直し、次の瞬間、にじり寄ってきたかと思うと、背伸びして俺の額に掌を当てた。


「熱は…… ないみたいですね。今日は空から槍が降ってくるかもしれません。恐ろしや」

「お前は、俺のことをなんだと思ってるんだ……」

「ものぐさで自堕落で無気力でアニメを見るくらいしか趣味のない可哀そうなぼっちの独身男性ですかね」

「……知ってるか? 時に正論は人を傷つけるんだぞ」

「知ってます。知ってた上で事実を述べただけです」

Q 子供、というのはみんなこんな生意気な生き物なのだろうか。

A 凪は孤立している事が多く、特異な思考の持ち主なだけである。


瞬時に脳内で結論付けを行い、若干沸き上がった苛立ちを収める。

凪の辛辣さとズバズバものを言う直情さは今に始まった事ではない。


ここは、大人らしく無視を決め込むことにする。

「そうかよ。まあ、なんにせよ。暫く開けるから。腹減ったら適当に冷蔵庫に入ってるもの食ってくれ」

パパっと身支度をし、玄関で靴を履いていると、当たり前のように凪が横で靴を履いていた。


「どういう風の吹き回しだ?」

「私はおじさんと違って運動も嫌いじゃないので。実家と違ってどうせ暇ですしついていきます」

「ジョギングなんて、楽しいもんでもないぞ?」

「それは人に寄るんじゃないですか? 現におじさんも今ジョギングに向かおうとしているじゃないですか」

「ただの健康維持のためだ。別に楽しさは意識してない」

「そんなんだからおじさんは自堕落なんですよ。でも、ジョギングを始めたのはいい傾向ですね。素直に褒めてあげます」

「お前は何様だよ」

「姪様です。敬いたまえ」

凪の上から目線に辟易しながら外に出る。

春の暖かで過ごしやすい陽気は、散歩にはうってつけだろう。


ジョギングだと、歩幅的に凪がついてこれるか怪しいし、今日は散歩が妥当だろう。まあ、あくまで魔法少女としての活動に支障をきたさないために、引きこもり同然の体力から、人として最低限の体力に戻すための運動だし、散歩だろうがジョギングだろうが特に問題はない。


家を出てすぐの土手を上がり、川沿いの道を真っ直ぐ歩いていく。


人通りはまばらだが、俺と同じようにジョギングや散歩をしている人も散見された。

「おじさん? 走らないんですか?」

「子供と大人じゃ、歩幅が違うだろ」

「わざわざ気を遣わなくてもいいのに。どうせ運動不足のおじさんじゃ、大したペースは出ませんよ」

「大人の気遣いくらい素直に受け取っとけ。あくまで健康維持のためにやってることだし、競い合うような真似はしねえよ。俺は大人だからな」

「え~。でも父さんからおじさんは学生時代はこうやって走るのが好きだって言ってましたよ」

俺の前を凪がちょこちょこ走っていく。

そのフォームは、掌を上に向け、肩を置き去りにした奇怪な走り方。

所謂、忍者走りである。


「若気の至りだ。一過性のブームとか男の浪漫とか。そういう類のものだろ。断じて、俺はあの病気じゃない」

「そうですか? 私は結構気に入ってますよ。この走り方? なんかカッコいいですし」

「……マジか」

思わぬところで、凪の意外な一面を目にしてしまった。

いやまあ、アニメ。特に能力バトルものやファンタジーが好きなやつなんて、程度に差はあれど、若干中二病の片鱗が混じってるしな。(偏見)


やるにしたって、家とか閉じた空間程度に抑えとかないと、後に忸怩たる思いに駆られる事になる。


俺の友人も、学生時代は夜の街で闇に紛れる練習をしたり、今の凪のような走り方をしたり、傘を剣と誤認したりしていたが、凪には大して恥じらいが感じられない。


これは、割とマジの方で患ってるかもしれないな。

「遅いですよ。おじさん。やっぱり走ったほうが良いんじゃないですか?」

珍しく、声高にはしゃぐ凪。

普段大人びた言動と生意気な言動が多いからか、その姿が新鮮で、眩しかった。


やっぱり、未来ある少女達に命のやり取りを強いる魔法少女の活動は、危険だ。憧れや夢や高揚感が先行して、命を落としてからでは遅い。


俺の力だけで、世界規模で魔法少女たちを救えるなんて己惚れや傲慢は抱いていないが、出来る範囲で魔法少女の負担を減らせるように、邁進していこう。


夕暮れに向かって楽しそうに走っていく凪を見て、再度決意を固めた。

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