魔法少女ソウル
昔からカッコいい人に憧れていた。
物語の中の英雄や、特撮のヒーロー。
少年漫画の主人公に、名探偵コ◯ン。
いつだって善人は輝いていて、目に見える希望で、私の正義だった。
そんな憧れ達を見習って、私は日々を過ごしてきた。
重い荷物を持って四苦八苦しているおばあちゃんが居れば、迷わず声を掛けて、電車では冴えない大人に妊婦さんに席を譲るよう促し、皆が嫌がる放課後の掃除や面倒ごとには、進んで参加した。
けれど、中学生になってもヒーローに憧れ続ける私の言動は、周りから少し浮いて見えたようで、次第に人は離れていった。
面倒事を引き受ける、子供っぽい良い人。
きっと、それが今のクラス内での空風向日葵の位置付け。
わかってはいる。
私のやっている事がエゴで、見る人が見れば偽善者に見える事くらい。
けれど、私は信じて疑っていない。
人助けは、正義は巡り巡って自分のためにもなるって。
だって、傍にいるすいちゃんがそれを証明してくれているから。私の言動に苦笑いを溢し、去っていく友人達の中で、唯一私から離れようとしなかった女の子。
佐藤翡翠。
通称すいちゃん。
一人で読書している所を、私が小学生の時になんとはなしに話し掛けたのが出会い。
小学生の時、星型のぬいぐるみの妖精に誘われ迷いなく魔法少女を始めた私に、同じく魔法少女になってまで追い掛けてきた世話焼きな友人。
ここ数年間、魔法少女として活動する際も、チームを組んで二人でメランコリアを討伐してきた。
私が遠距離型の杖の魔法少女で、すいちゃんが近距離型の槍の魔法少女。
超接近戦とか白兵戦とか憧れていただけに、武器が杖なのはちょっと悲しかったけど、メランコリアという悪鬼を倒して人知れず皆の日常を守る魔法少女としての活動は、私にとって堪らない充溢感と高揚感をもたらした。
メランコリアに襲われていた人を助けた時に、感謝された時は本当に、物語の主人公になったみたいで、興奮が収まらなかった。
危なっかしい私の魔法少女としての活動に、すいちゃんは文句の一つも言わず、付き合ってくれた。
だから、だろうか。
私はきっと、自分に酔っていたんだ。
だから、それを正してくれた恩人のあの子と、私はどうしても友達になりたい!!
▲▲▲▲▲▲
「すいちゃん!」
「ん」
昼休み。机をくっつけてすいちゃんと給食を食べていると、妖精さんからもらった変身デバイス(スマホ)がけたましくバイブレーションを鳴らした。
慣れた手つきで変身デバイスのメランコリア出現アラートの通知をタップし、メランコリア出現レーダーのアプリを起動する。
『ちょっと待ってソウル! サエルも! 今回のメランコリアは危険な変異種だよ! 君達でも倒せるかわからない! 幸い、直ぐに人を襲おうとする様子はないから此処はイトーの復帰を』
『関係ないよ! 気づいてるのに出撃しないなんて、絶対後で後悔するもん!』
『空、気を急ぎすぎ。人を襲わないメランコリアなら、直近で倒す必要は』
『何言ってるのすいちゃん! メランコリアが人を襲わない保証なんてないし、未然に被害を防ぐ方が良いに決まってるよ! それに、人の夢を食べちゃうだけでも、私は悪い事だと思う!』
諌めようとしてくる二人をの意見を一蹴し、私は迷わずメランコリア出現レーダーの赤い点をタップした。
『あ、ちょっとソウル!』
『仕方ない。ヨシュア、危険そうだったら応援を呼んでおいて』
『サエルまで…… 応援って言っても、君達レベルの魔法少女なんて、イトー以外に…… あ』
転移した先は、砂利の多い運動場だった。
平日の昼間という事もあってか、幸い人気はない。
そして、運動場の端を疾駆する狼型のメランコリアの姿が見えた。
「燃え盛れ、正義の炎」
常に常備している赤色のヘアピンを外し、胸の前で構えるように握り拳を作る。
刹那、爆炎が咲き、正義の炎が私の身体に力を宿す。
紅色に変色し、伸びた髪を靡かせ、どこからか現れたとんがり帽子の鍔に手をやり、先端がとぐろを巻いた杖を掴む。
「赤き炎の魔法少女ソウル・レッド!! ここに見参!!」
杖の先端をメランコリアに向け、名乗りを上げる。
同時に、顎を開いて狼型のメランコリアが飛び掛かってきた。
「ギャギャ!?」
しかし、突如現れた黄金の結界に衝突し、後退する。
私はその隙にメランコリアを逃がさないように、運動場一帯を包むように、結界を展開する。
「ソウル。その名乗りの最中に何回攻撃されたら気が済むの? 都度守ってるこっちの身にもなって」
「なに言ってるの? サエルがいるから私が安心して名乗りを上げられるよんだよ。いつもありがとう」
なんとはなしにお礼を告げると、すいちゃんがそっぽを向いて顔を赤らめる。
「……ソウルのそういうところ、嫌い」
「感謝したのに嫌われた! サエルはいつも理不尽だよー!!」
鬱憤を晴らすように、メランコリアに向け、掌から炎の球を連射する。杖を使った方が威力は高いけど……
こっちの方が見た目がカッコいいし、良いよね!
狼型のメランコリアは、幾度か身体に爆炎を咲かせるも、傷ひとつ見られなかった。
「無傷? 待ってソウル、少し出方を伺って」
「必殺技でトドメをさしてやる。受けてみよ」
杖を水平に構え、燃え盛る炎の玉を一つに集め、巨大な炎の輪を形成。それに魔力を込めて輪を拡大。
「バーニング・バスター!!!」
メランコリアに向けて紅色の極閃光を放つ。
私の十八番にして必殺技。
遠距離型の魔法少女の、私の極大の魔力を以て練られた紅色の光線は、全てを無に帰し灰燼と化す。はずだった。
「っえ」
牙を剥いた紅色の光線が、メランコリアを呑み込む瞬間、跳弾でもしたかのように反転し、私の元に跳ね返ってきた。
結界は、同時に二つは展開できない。
もう一度展開するにしても、一度結解を解いてからでなければ再発動ができない。
咄嗟に腕をクロスして防御態勢を取る。
紅が視界を塗りつぶす中、一点の黒点が佇んだ。
刹那、光線と私の間に割り込むように黄金色の壁が形成される。
「ソウルには指一本触れさせない」
轟音。水平に展開された黄金色の障壁と、紅色の光線が衝突する。
猛烈な突風が舞い上がり、近接型に比べて身体能力の低い私は踏ん張れずに吹き飛ばされる。
うつ伏せになった体でなんとか踏ん張り、前方に視線を向ける。
「すいちゃん!!」
「っぐ。うぅ」
紅色の光線を前に、形成された結解の障壁が軋んだ音を立てて罅が入り始める。
近接型の魔法少女は、身体能力が高い故に、遠距離型の魔法少女に比べて魔力が乏しい。
遠距離型の魔法少女ならば結解を修復するための魔力がふんだんにあるけれど、槍の、近距離型の魔法少女のすいちゃんにはそれができない。模擬戦で、バーニング・バスターを受けきった魔法少女なんて私は一人しか知らない。
故に、結解が破られるのは必然。
「あ、ああ、ぁ」
すいちゃんの身体を、紅色の光が包む。
結解の障壁によって減衰した威力でも、ただで済まないことは技を使っている私が一番わかる。わかってしまう。
猛烈な粉塵と突風が晴れ、私がなんとか目を開けたとき、そこにはうつ伏せで倒れるすいちゃんの姿と、それに向かって大口を開けて飛び掛かるメランコリアの姿があった。
「やめろおぉぉぉぉぉ!!」
うつ伏せのまま手を伸ばし、炎弾を放とうとした瞬間。
メランコリアが宙空で、不自然に弾き飛ばされ首から血が噴き出る。
「ぎゃぁぁう!?」
驚くような、唸るような猛り声をあげたメランコリア。
次の瞬間にはその姿が掻き消え、数瞬後に再び姿を現して、虚空に向かって口から炎の玉を吐いた。
直後、炎が虚空のなにかに当たったかのように煙が上がる。
メランコリアが、何かと、戦っている?
敵なのか、味方なのかはわからないけれど、今は味方の魔法少女であるのを信じるしかない。
「すいちゃん!」
一目散にすいちゃんの元に駆け寄る。
気絶しているみたいで、回復魔法は発動していない。
不幸中の幸い、結解の障壁に威力を減衰され、魔法少女の衣装によって、守られていたおかげか、命に別状はなさそうだった。しかし、身体のところどころに火傷の跡が見られ、頑丈な衣装はところどころ破れ、焼け焦げてしまっている。
後で、魔法省に報告して、回復班の魔法少女に衣装の修復を頼もう。
ひとまず安堵の息を吐き、周りを見渡すと、見慣れない格好の少女が佇んでいた。
夜色のパーカーに、フリルのついたミニスカート。
うなじに垂れる黒髪のポニーテールが風に揺れ、どこか超然とした雰囲気を纏っている。この場にいて、それも刀を腰に提げている辺り、どう考えても魔法少女だろう。
他の魔法少女が近くに現れた気配はないし、おそらくすいちゃんを助けてくれた魔法少女だ。今回の事態は私の傍若無人が招いた結果だ。
見慣れない魔法少女だけど、ひょっとしたら叱責されても文句は言えない。
「あの……」
私が後ろから声を掛けると、少女が振り返る。
細く透き通った少女の空色の瞳は、どこか私を咎めているようで、思わず言葉に詰まる。
「ありがとう、ございました。私の、大事な友達を助けてくれて。何が起きていたかは全く分からなかったけど。助けて、くれたんですよね。えっと……」
そこまで言って言葉に詰まる。私、恩人の名前も知らないじゃん。
ここはまず、私が名乗らなくちゃ。
けれど、罪悪感に苛まれている故か、普段のように言葉が出なかった。
「ナハト」
私がまごついていると、それを見て察したのか少女が端的に名前を告げる。
「ナハトちゃん。改めてありがとう。私が、私は……」
私が、今回の結果を招いた。ヨシュアに止められた時も、すいちゃんに釘を刺された時も。
私が、周りを見ずに行動して幼稚な正義感に駆られた結果がこれだ。
弁解はできないし、反省もしている。
けれど、それを初対面のナハトちゃんに懺悔したところで、なにが変わるわけでもない。私は、魔法少女失格で、正義感を建前に間接的に友達を傷つけた偽善者だ。
私の掲げていた正義なんてものは、ひょっとしたら間違っていたのかもしれな
「……あまり、自分のした事を気に病まない方がいい。後悔はしていい。ただ、その失敗を次の戦闘に活かす。それが、出来ればきっと、貴方はオレ、……私よりずっと強くなれる」
ナハトちゃんの言葉が胸を貫く。
どこからナハトちゃんが見ていたのか私は知らない。
でも、罪を告白したわけでもないのに私の心は晴れていた。
そうだ、そうだよね。
反省も後悔もしている場合じゃない。
大事なのは次に活かして、大切な親友を傷つけないように戦うことだ。
「……うん。うん! ありがとう! ナハトちゃん! 良かったら、ってアレれ?」
私の友達を助けてくれて、私自身の考えも正してくれた魔法少女。
ナハトちゃんにお礼を述べ、近づいて手を伸ばそうとすると、その姿が瞬く間に掻き消えていた。
「あ、あれ? あれ?」
魔力の気配も、残滓もない。
その後、サエルちゃんの衣装が修復され、回復したのち、夜遅くまでナハトちゃんを探し回ったけれど、ついぞ見つからなかった。
けれど、ヨシュアからナハトちゃんが野良の魔法少女で、姿を隠蔽する魔法を持ってることは聞いた。
プライバシーがどうとかで、住所までは教えてくれなかったけど、少なくともナハトちゃんは私たちと同じ、神奈川県内で活動している魔法少女だ。
きっと、またいつか会えたら改めてお礼を言って、友達になる。
絶対、すいちゃんと同じくらいの親友になれる。
そんな予感がするんだ。
新しくできるであろう友達の姿を胸に抱きながら、私は自室で布団を被り、目を閉じた。