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03.幼馴染 Side:フェリシア

「遅かったか……」


 公爵様と2人で城を歩いていると、そんな男の人の声が聞こえてきた。


 パーティーでの一件から外に出ることが恐ろしくなってしまっていたが、公爵様と一緒なら外出できるようになっていた。

 彼はいつも私を、私だけを見て、思いやってくれる。

 それが私の心を少しずつ、癒してくれていた。


 この日も発明品を王様に献上しにいくという彼に誘われて、城に赴いていた。

 声が聞こえたものの、私に声を掛けるような人間は王城にはいないはず。

 そう考えて、気にせず歩き続ける。


「フェリシア!」


 だが、声とともに、腕を掴まれた。

 驚いて振り向くと、背の高い男の人が私のことを見下ろしている。


 がっしりとした身体に、目が覚めるような赤色の髪。精悍な顔つきの男性は、確かに私の名前を呼んだ。

 だが……私は、まったくその人のことを知らなかった。


 戸惑っていると、私の腕を掴む男性の手を、公爵様が振り払った。

 そして私とその男性との間に体を滑り込ませると、立ち塞がるように男性に対峙する。


 その背中から、私のことを守ってくれたのだというのが伝わってきて――ほっと、強張っていた身体から力が抜けた。


「私の妻が、何か?」

「ああ、急にすまない。驚いたよな」


 にこりと微笑む公爵様。

 その背中越しに様子を窺っていた私を見て、男性が申し訳なさそうに眉を下げた。


 先ほどは急に腕を掴まれたことに驚いて、少し怖いと感じたが……苦笑している姿を見て、その印象が薄らいでいく。

 身体は大きいが、優しそうな目をした人だ。


「怖がらせるつもりはなくて……幼馴染に久しぶりに会えて、嬉しかったんだ」

「幼馴染?」

「あれ? 覚えてないか?」


 思わず聞き返した私に、男性がずいと身を屈めてこちらを覗き込んでくる。

 瞳も鮮やかな赤色で、きらきらと輝くそれに吸い込まれそうになった。


 男性は私を見つめながら、不思議そうに首を傾げた。


「小さい頃、よく一緒に遊んだだろ」

「ええと、……すみません」


 そう言われても、まったく思い出せなかった。


 小さい頃からあまり、友人は多くない。

 よく一緒に遊んだ友人など数えるほどで……その中には、彼はいなかったと思う、のだが。


 しかし小さい頃の記憶である。

 私が忘れているだけだったら申し訳ないと、縮こまることしかできなかった。


 人懐っこそうな瞳でこちらを見つめている彼に、また「すみません」と小さく呟いた。


「あー、いや。俺、結構背伸びたからかもな」


 彼が自分の顎を指で摩りながら、うーんと唸る。


 身長は関係なく、こんなに目立つ容姿の知り合いがいたらきっと忘れないと思うのだが……子どもの頃のことを全部覚えているかと言うと、自信はなかった。


「失礼、我々はそろそろ……」

「まぁ、そのうち思い出すか」


 暇乞いをしようとする公爵様の言葉を遮って、男性がさっぱりと言い切った。

 そして公爵様を通り越して、私に向かって右手を差し出した。


「俺はエクス。エクス・デ・ルータニア」


 その名前に、目を見開いた。


 知り合いだからではない。

 この国の貴族なら誰でも知っているべき名だったからだ。


 エクス・デ・ルータニア。

 このルータニア王国の第三王子の名前だ。

 他国に留学に行っていると聞いていたが、お帰りになっていたのか。

 慌てて淑女の礼を執り、頭を下げる。


「し、失礼しました!」

「気にしないでくれ。俺から声をかけたんだ」


 にこやかに、白い歯を見せて笑う王子殿下。

 日に焼けた肌に、白い歯が眩しい。

 留学も軍を統括する勉強のためだという話だったのを思い出した。


「失礼、王子殿下。もう妻を解放していただいてよろしいですか?」

「ああ、引き止めて悪かったな」


 公爵様が言葉をさし挟む。

 表情こそいつもの優しくにこやかなものだが……彼と一緒に過ごす時間が増えたからこそ、私には彼がこの場を立ち去りたいと思っているのが分かった。


 今度は王子殿下も言葉を遮ることなく、片手を上げて公爵様に応じる。

 去り際、王子殿下は私に向かって手を振りながら、微笑んだ。


「またな、フェリシア」


 その言葉がまるで、親しい友人にかける言葉のようで……私はつい気になって、何度も王子殿下を振り向いてしまった。


「フェリシア」


 後ろ髪を引かれる私の名前を、公爵様が呼ぶ。


 彼の長い指が、私の手首に触れた。

 そのまま流れるように、彼の胸に引き寄せられる。

 突然距離が近づいて、どきりとしてしまう。


 公爵様がするすると私の手の甲をなぞり、指を絡める。

 どこか妖艶なその手つきに、心臓の鼓動がどんどんと早くなっていった。


 さらりと、透き通るような金色の髪が私の目の前に垂れる。


「王子殿下と、知り合いなんですか?」


 その彼の口から出てきた声音がどこか拗ねた子どものようで、ミステリアスな外見とのギャップに面食らう。

 眼鏡の奥から金色の瞳で心配そうにこちらを窺う眼差しが何だか可愛らしく思えて、ついふっと笑ってしまった。


「すみません。心の狭い男と呆れましたか?」


 私の様子を見て、彼がばつの悪そうに唇を尖らせる。


 黙っているとミステリアスで、話すとエキセントリックで変わり者。

 そんな彼が時折見せる、子どものような一面。

 私はその表情にめっぽう弱かった。


 彼がそんな顔をするのは、私にだけなのかも――と。

 いつしかそう感じて、より一層、彼を愛おしく感じるようになった。


 年上の男性に、「可愛い」なんて言ったら、失礼かしら。


「たとえ呆れられても――あの男が貴女の手に触れたことを妬んでしまう」


 公爵様が、私の手をさらに引き寄せた。

 そしてそっと、私の手の甲に口づける。


 すっと通った鼻筋に、長い睫毛。

 彫刻のような美しい姿に、見とれてしまう。


「忘れないでください。貴女は今、僕の婚約者です」


 公爵様の眼差しが、まっすぐに私を射抜く。

 一度収まった胸の鼓動が、またどきどきとうるさく騒ぎ立てた。


「貴女に触れるのを許すのは、僕だけにしてください」

「もちろんです」


 にこりと笑った公爵様が、私の手を自分の腕に捕まらせた。

 そのまま、ゆっくりと歩き出す。

 彼を見上げながら、私も寄り添って隣を歩いた。


「あの。先ほどの王子殿下のことですが」

「……気になりますか?」

「はい。私、まったく覚えていなくて」

「なるほど」


 私の言葉に、彼が顎に手を当てて頷いた。


 ふと気が付いた。転生者であるらしい彼は、時折未来のことを言い当てる。ということは、過去のことも?

 そう思って、彼に問いかけた。


「あの、公爵様は何か、ご存じですか?」

「僕ですか?」


 公爵様がぱちぱちと目を瞬いた。

 少し私から視線を外して、何かを思い出すような仕草をする。

 だが、彼はやがて首を横に振った。


「いいえ。僕の知る限り、貴女が王子殿下と親しいなどということはありませんでした」

「そう、ですか」

「……どなたかと勘違いされているのかもしれませんね?」

「そうかもしれません」


 今度は私が考え込む番だった。


 確かに公爵様の言う通り、私以外の誰かと勘違いしているのかもしれない。

 王子殿下本人も、子どもの頃は今と雰囲気が違っていたと言っていた。

 私も成長するごとに少しずつ変化があったはず。

 今の私を見て想像する子どもの姿が、私本人であるという保証はないだろう。


 だが、それでは名前を言い当てたことの説明がつかない。


「そんなことより、フェリシア」


 悩んでいる私に、公爵様が声を掛ける。

 気づいたら馬車が目の前だった。いつの間にか城のエントランスを出ていたようだ。


 つい考え事に夢中になっていた。道中で知り合いに会っていないと良いのだが。


 公爵様のエスコートで、馬車に乗り込む。


「来週のデート、本当にピクニックでいいんですか?」

「はい」


 彼の問いかけに、頷く。

 本当は観劇や音楽鑑賞をお願いするのが、貴族の女性としては正しいのだと思う。


 だが私はあの一件から、人が――特に貴族が多くいる場に出向くことが、怖くなってしまっていた。

 城には皆自分の用事があって来ているし、出入りや往来も激しい。

 公爵様と一緒なら登城は出来るようになったものの……夜会にはまだ、一度も行けていない。


 いつかはと思うけれど、「焦らなくていい」という公爵様の言葉に甘えている。

 演劇場はどちらかというと、パーティー会場に近い印象がある。

 観劇に来ている貴族同士が互いに挨拶をしたり、目を光らせたり、噂話をしたり。


 もとからさして得意ではなかったが、貴族の妻になるのだからと自分を殺して、貴族らしく振舞おうと努めていた。

 その努力がすべて水泡に帰した今、ぷつんと意志の糸が切れてしまって――ますます、足が動かなくなっていたのだ。


「人がたくさんいるところより……景色が綺麗なところの方が、気持ちが安らぐので」

「そうですか」


 公爵様がやさしい微笑を浮かべて頷いた。

 私の希望を聞いてもらってしまったけれど、公爵様はそれでよかったのかしら。

 ふと不安がよぎって、彼に問いかける。


「公爵様は、他に行きたいところが?」

「いえ。貴女と一緒なら、僕はどこでも楽しむ自信がありますから」


 公爵様は隣に座る私に愛おしげな眼差しを注ぎながら、目を細める。

 公爵様がくれる愛の言葉はいつも、やや大げさなくらいストレートだ。

 ついつい恥ずかしくなって、頬が熱くなってしまう。


 だが、今の私にはそれが、たまらなく嬉しいことでもあった。


「お恥ずかしい話、インドア派なもので。一人だと研究に没頭して家から一歩も出ない……なんてこともよくありますし。貴女に連れ出してもらえて助かっています」


 悪戯めかして笑う公爵様。

 こうして、私が気後れしないように気遣ってくれる。「我儘を言っていい」のだとそう思ってくれているのが伝わってきて、胸があたたかくなった。


「愛しいフェリシア。僕の太陽。青空の下で見る貴女は、いっそう美しいことでしょう」


 公爵様がにこやかに言うものだから、結局あたたかいでは済まなくなってしまった。



 〇 〇 〇



 公爵様と二人で、王都から離れた丘にやってきた。

 馬車を降りて、膝の上に置いていた帽子をかぶる。


 視界いっぱいに広がる緑の草原と、遠くに見える林の木々。青い空に穏やかな日差し。

 真ん中をここまで通ってきた道が白い帯のように横たわっていて、まるで絵画のようだった。

 胸に空気を吸い込むと、太陽と草の香りがした。


 子どもの頃の屋外での遊びというと、お父様たちの狩りに付き添うことが多かった。

 子どもたちは狩りには参加せずに、子どもたちだけで遊んだり、簡単な食事をしたり。

 屋外で食事をするのが子ども心にはとても楽しくて、今回公爵様にどこに行きたいかと聞かれたとき、お願いしてみたのだ。


 公爵様も狩猟には興味がないそうなので、ただ景色の良いところでお茶を飲んだり、話をしたり。

 のんびりと過ごす予定になっていた。


 公爵様の手を借りながら、使用人たちが準備してくれたラグの上に腰を下ろす。


「馬車だとやはり時間がかかりますね」


 着くや否や草を喰み始めた馬を眺めて、公爵様がため息をつく。

 私の隣に腰を下ろすと、次の瞬間には生き生きとした表情で語りだした。


「今、新しい馬車を考えているんです」

「新しい、馬車?」


 どういうものか想像を巡らせてみても、まったく思いつかなかった。

 「新しい」というからには今の馬車より、早かったり便利だったりするのかしら。


「ええと。馬以外の動物に引かせるんですか?」

「いえ。蒸気を動力にしようかと」


 公爵様が新たな発明について話してくれた。


 石炭を燃やして、その蒸気でピストン? を動かすのだという。

 彼の発明はいつも私の想像をはるかに超えているので、聞いていることの半分も理解できない。


 それでも彼が楽しげに次から次へとアイデアを生み出すのを見ているのは、好きだった。

 生み出すと言うより……前世の記憶にあるものを、再現する方法を探しているのかもしれないが。


 馬車の中でもいろいろな話をしたのに、彼はまだ話し足りないといった様子で……聞いている私まで、うきうきとした気分になる。

 前に屋敷の一部を爆発させてしまったと言っていたので、そういった危険なことはできればやめてほしいけれども。


 話の合間に、使用人が淹れてくれたお茶を飲む。


 さやさやとやわらかな風が訪れて、髪を揺らした。

 咄嗟に帽子が飛ばされないように押さえると、切れ目なく話をしていた公爵様も、眩しそうに目を細めて空を見上げて口を噤んだ。


 本人もインドア派だと言っていたが、こうして爽やかな日差しと自然の中にいる公爵様というのは少し不思議な気がして、つい彼を見つめてしまう。


 私の視線に気づいた公爵様が、ごろんとその場に寝転んだ。

 そして私の膝の上に、そっと頭を乗せる。


「すみません、研究が煮詰まって少し寝不足で」

「え?」

「なんて。今日が楽しみで昨晩眠れなかっただけですけど」


 照れくさそうに言って、彼が目を伏せる。

 きらきらと輝く金色の瞳が、長いまつ毛に隠れてしまった。


「たまには外に出るのも、いいですね」


 彼がぽつりと呟く。


 私もそれに頷いて、膝の上にある彼の頭をそっと撫でた。

 髪が細くて、柔らかくて。肌がすべすべで綺麗で。

 まるで大きな猫のようだ。


 草の香りを胸いっぱいに吸い込んで、今度は私が、独り言のように言う。


「子どもの頃……こうして、ゆっくり空を眺めるのが好きだったんです」

「嬉しいです。貴女の好きなものを教えてくださって」


 公爵様が目を開けて、私の顔をまっすぐ見上げる。

 彼の腕が伸びてきて、私の頬に触れた。


「愛しいフェリシア。もっと貴女のことを、教えてください。これからずっと、長い時間をかけて」


 彼の言葉に、きゅうと胸が締め付けられるような心地がした。


 私は彼を愛し始めている。

 それは確かだが……彼が私に向けてくれるのと同じそれを、返せているのか。

 彼から愛を囁かれるたびに、少し後ろめたくもあった。


 私を信じてくれた彼を信じたい。

 それでもまだ、心の片隅に……あのときのことを忘れられない自分がいて。

 そんなものすべて忘れて、彼の胸に飛び込めたらとそう思うのに、現実は言葉で言うほど、簡単ではない。


 そんな私に、彼は急がなくてもいいのだと言ってくれる。

 長い時間をかけてもいいと言ってくれる。


 そんな彼の隣に居られることは、幸せだ。

 私は今幸せだと、心からそう思う。


 彼の髪を指で梳きながら、そのまま二人で黙って、空を流れる雲をいくつも見送った。



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