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9/11

私、呪術師。貴族の豪邸での除霊を頼まれたんだけど、じつは豪遊してたんだよね。ダリィし。でも、実際に出たんだよね、怖いのが……

◆1


 私がまだ駆け出し冒険者だった頃の話です。


 呪術師だった私は、ソロでも効率良く稼げる依頼クエストを探していました。

 私が女性であるがゆえに、まだ実力がついていない段階で冒険者パーティーに所属するのは危険だと考えていたんです。


 男性なら未熟なうちにパーティーに所属し、揉まれて力をつけることもあるでしょう。

 でも、女性では、集団に所属しながら無力だと、ロクなことがありません。

 炊事洗濯にこき使われたり、勝手に保護欲に取り憑かれたオトコに言い寄られたり、悪くすると貞操の危機に直面したりします。


 だから、ソロでも出来る高額依頼にこだわっていたんです。

 そして、ついに寝泊まりするだけで、お金を稼げる依頼にありつけました。


 私は寝袋とパンを抱えて〈幽霊屋敷〉に泊まったんです。


〈幽霊屋敷〉とはいえ、もとは歴とした男爵家のお屋敷です。

 ただ、主人だった男爵がお亡くなりになって、後継もなく、空き家になって一年が経とうとしていました。


 亡き男爵はヤリ手で、巨万の富を築いて、商人から男爵に成り上がった人物でした。

 それゆえか、その邸宅も贅沢を極めていました。

 床も柱も大理石が使われて、方々に美しい装飾がなされていました。

 調度品も年代物が取り揃えてあります。

 規模は小さいながらも、中身は公爵邸にも匹敵すると噂されたお屋敷でした。


 本来なら、すぐにでも新たな買い手がつきそうなものです。

 実際、子爵様や伯爵様といった貴族の方から、さらには大商人からも購入希望があり、男爵亡き後、半年のうちに、二回も買い取られました。

 ところが、子爵様の娘さん、次いで大商人の娘さんと、この旧男爵邸の住人が立て続けに行方不明になってしまったのです。


 おまけに、夜中に近くを通りかかった人々が、「屋敷内で人影が徘徊するのが見えた」と証言したことから、〈幽霊屋敷〉という通称がパッと広がりました。

 実際、行方不明になった娘さんが、二人とも、「誰かが呼びかける声がする」と語っていたからです。

『あの旧男爵邸には亡霊が出て、娘をかどわかす』

 ーーと、ささやかれるようになったのでした。


 貴族街を管理する部署は、頭を抱えました。

 男爵邸をいつまでも空き家にしておくのは治安にも良くないし、税金も取れない。

 結果、国家から冒険者組合に依頼がなされたのでした。

『亡霊はいない』もしくは『亡霊を浄化した』という実績で不気味な噂を上書きしたい、と。


 ですから、駆け出しではありましたが、私が「呪術師」として、十日間、旧男爵邸に住み込むことになったのでした。


 報酬は高額で、三ヶ月分の家賃ほどもあります。

 私は喜んで引き受けました。


 冒険者組合の組合長ギルドマスターは笑顔で、屋敷の鍵を渡しながら言いました。


「こいつは呪術師しかこなせない依頼なんで、引き受けるヤツがいなくて、困ってたんだ。

 まあ、色々あるかもしれないけど、みんな無視して」


◆2


 そうして、私は初めて、貴族のお屋敷で暮らし始めたのでした。


 初日から何事もなく、日々は過ぎていきました。

 最初のうちは、所持してきたパンをかじり、寝袋にもぐり込んで、床で就寝しました。


 が、豪華な家具や装飾品に囲まれると、緊張し続けるのが馬鹿らしくなってきます。

 せっかく、お貴族様のお屋敷で寝泊まりする機会を得たのです。

 誰憚だれはばかることなく、贅沢な暮らしをしても良いはずだーー。

 そう開き直ったのは、三日目以降のことでした。


 私は、街で新たに食べ物を買い込み、天蓋付きのベッドで眠るようになりました。

 キッチンは豪華で使いやすく、お風呂までありました。

 私は極上で快適な生活を送るようになりました。

 それからは、呪文書や魔術書などを読みふけりながら、日々を過ごしました。


 これなら十日と言わず、一生、ここで暮らしても良いと思うほどでした。


 そして、九日目の深夜ーー。


 ついに、廊下の突き当たりにある奥の部屋から、変な物音が聴こえてきたんです。


(さすがは、〈幽霊屋敷〉。

 あの奥の部屋から、男爵様の亡霊が出てきたりして……)


 私はお屋敷すべての部屋を、敢えて調べ尽くしていませんでした。

 私自身、まだ駆け出しの呪術師です。

 ホンモノの亡霊や呪いと遭遇したくありませんでした。


 しかも、今回の依頼は、「十日間、住み込んでも何事もなかった」という実績があれば良いのです。

 ですから、たとえ亡霊が出ても、ヘタに手出しせずに、「十日間、過ごしましたが、幽霊は出ませんでした」と組合に報告して、お金だけを貰おうと思っていました。

 ゆえに一番怪しい、廊下奥にある男爵様の書斎にだけは、踏み込まないでいたのです。

 ところが、向こうからやって来るのなら、仕方ありません。


 私は頭を振り、杖を手に握り締めました。


(私にはらえる程度の亡霊ならいいけど……)


 視線を廊下奥に向け、緊張しながらも身構えます。


 しばらくして、今度は、ドンドンと、玄関ドアを叩く音がしました。


(なに? 外から? こんな深夜に、いったい誰が?)


 気配はするけど、奥の部屋から何も出てきてません。

 仕方なく、私は身をひるがえし、玄関から顔を出しました。


 すると、一人の生真面目そうな、銀髪の、眼鏡をかけた男性が立っていました。

 身なりは少し洒落シャレていましたが、身分が貴族なのか平民の金持ちなのか、判然としません。


「どちら様で……」


 と問う私の発言は一切無視して、眼鏡男は断言しました。


「このお屋敷に誰かいたでしょ? 貴女アナタのほかに……」


 いきなりの発言に、私は首をかしげました。


「いえ、私だけしかいませんよ。幽霊でも出るってんですか?」


 しかし、私の軽口に、眼鏡男はまるで応じる気配はありません。


「じつは、ここはアナタのものでもなければ、幽霊のものでもない。

 そう、私の物件なんです。

 私が大枚払って買った屋敷なんです」


 その男が言うには、この屋敷は、自分が一年半も前に、生前の男爵から買い取ったのだといいます。


 だからーー、と眼鏡男は続けます。


「ここを不法占拠する者どもに、アナタも言ってやってください。

 すぐに明け渡せ、とーー」


 見るからに、思い詰めた、危なそうな雰囲気を、眼鏡男は漂わせていました。


「色々ある」と組合長が言っていたのは、このことなのでしょうか。

 深夜でもありますし、正直、私は関わり合いたくありませんでした。


「そんなの、知りませんよ。

 もう男爵様は亡くなっておりますし、このお屋敷もすでに何度も売買されてます。

 ご存知なかったんですか?

 苦情を言うのなら、いっとき住み込んでるだけの私に訴えるのは筋違いですよ」


 私は男を追い出し、玄関扉を思い切り閉めました。


 ふうと一息ついた直後ーー。

 驚くべき事態が起きました。


 しばらくしてから、背後より、声が響いてきたのです。


「よく追っ払ってくれた。助かったよ、お嬢ちゃん」


「ほんと、しつこいったら、ありゃしないよ、あのメガネ」


 慌てて振り向くと、中年の男女が並んで立っていました。

 男は片手にワインビンを持ち、女はほうきを手にしていました。

 オッサンは錐のように痩せ細り、オバサンはでっぷりと太っています。

 正反対の身体つきながら、ふたりして奇妙な風体をしていました。

 きらびやかな服装をしていますが、着崩れていて、サマになっていません。

 服に着せられている、といった感じでした。


「アナタたち、幽霊なんかじゃ、ありませんよね?」


 私が杖を掲げつつ尋ねると、中年男は平然とした口調で答えました。


「もちろんだ。だから、お嬢ちゃんも杖なんか下ろして、ゆったりしなよ」


「あなたたちは? ご夫婦?」


「違う。同僚だ」


 同僚?

 私が首をかしげると、中年男は苛立たしげな声をあげます。


「このお屋敷で、男爵様にお仕えしていたんだ」


 私は合点が入って、ポンと手を打ちました。


「男爵様って、あの、お亡くなりになった?」


「そうだよ。当然だろ。

 なんだよ、そのあとに来た、子爵様や商人のお付きだと思ったのか?」


「いえ……。今まで、ずっとこの屋敷に?」


「当然だ。今は俺がこの屋敷の主人だからな。

 旦那様が、『おまえにくれてやるから、誰にも渡すな!』って言ってたんだ」


「先程の眼鏡の人は、このお屋敷を買ったってーー」


「アイツだけには渡したくないってさ。因縁があるんだとよ」


「どんなーー?」


「知るかよ。そんなの。とにかく、今は俺の家なんだよ、ここは!」


 次いで太った下女が、甲高い声をあげました。


「バカだねえ。旦那様は、あのメガネに、娘をやることすら許さなかったんだ。

『娘を奪っておいて、家までも、アイツにくれてやるもんか!』って言ってたよ」


 彼らが言うには、奥の書斎から出てきたといいます。

 男爵様の書斎は、ふたりが住むのに十分なほど広く、そのうえ執事室や勝手口に通じているのだそうです。

 彼らは普段、書斎と勝手口を行き来して生活しているのだそうです。

 旧主が亡くなって以降、我が物顔で暮らしてきたらしい。


「じゃあ、今まで行方不明になったお嬢さんは……?」


 中年男は手にするワインの瓶を振りながら、吐き捨てました。


「あれか。

 あれはさ、アイツらが、俺たちに出ていけというからさ、代わりに出て行ってもらうために手を打ったのさ。

 アイツらの親に知られる前に眠らせて、やることやって、それから勝手口から運び出して娼館に売る……良い金になった。

 おかげで今まで暮らせてきた」


 下女は太った身体を揺すりながら、私に迫ってくる。


「アンタはヤツらみたいに、アタシたちを追い出そうなんてしないよね?

 見てたわよ、ここ数日の暮らしぶり。

 快適そうだったじゃないの。

 知ってるよ、このお屋敷が〈幽霊屋敷〉って呼ばれてるの。

 だから、アンタが住み込んできたんでしょ?

 おおかた『幽霊を祓う』とかなんとか言って。

 そのくせ、好き放題に暮らしてるだけで、アタシたちに気づきもしない。

 アタシたちのお仲間だって思ったね、アンタは」


 中年男も身を寄せ、ささやく。


「だからさ、『お化けを祓うのには手間がかかる。今しばらく住み込ませてくれ』ってアンタがお偉方に持ちかけてくれねえかな?

 そうすれば時間が稼げる。

 その間に、アンタも一緒に、これ以上、他人に踏み込まれない方法ってやつを考えて欲しいんだ。

 アンタが表向き、このお屋敷の顔になってくれたら、面倒じゃねえんだがなぁ」


 私は寒気を感じて、身を震わせました。

 ところが、中年男はニコニコ笑ってさそいかけてきます。


「どうだい、この提案。アンタ、俺たちの仲間にならねえかい?」


「や、やめてください。ふ、不法占拠ですよ、アナタたちは!」


 必死に抗弁しながら、私は彼らから身を退こうとしました。

 が、気づいたら、身体が思うように動きません。

 中年男はニタリと笑いました。


「このお屋敷の貯水蔵に、ちょっとだけ毒を仕込んだんでさぁ。

 しびれるでしょ、身体。

 男爵様のときは量が多過ぎて、お亡くなりになっちまったけどーー」


 中年男は空になったワイン瓶を叩き割って、振りかざす。


「アンタ、おとなしく俺たちの仲間になりなよ。

 もう、コッチは手の内をバラしてんだ。他に道はねえんだよ。

 断ったら、コイツで殴り殺すしかねえ。

 それとも、娼館行きが望みなのかぁ?」


 私は腕を掴まれ、彼の許へ引きずり込まれそうになりました。


 そのときーー。


 いきなり、例の、眼鏡男が姿を現わしました。

「生前の男爵様から、この屋敷を買った」と言った、眼鏡をかけた男です。

 彼がいきなり、玄関ドアを叩き破って入ってきたのです。

 手には斧が握られていました。


 そのまま、ズンズンと土足で部屋に上がり込んできます。

 そして斧が振り下ろされ、まず中年男の頭がたたき割られました。

 ついで、悲鳴をあげた中年女に飛びかかって斧を振り廻します。

 悲鳴があがり、血飛沫ちしぶきが舞い上がります。

 凄惨な地獄絵図が展開しました。


 ものの数分で、下男下女は二人とも血溜まりに沈んでいました。


 その後、眼鏡男は、


「ふう、これでサッパリした」


 と一言もらし、私の方を一瞥いちべつします。

 眼鏡男の両眼は青白く、爛々《らんらん》と輝いていました。


「ああ、僕のことは気にしないで。

 そう、かつて僕には一生を誓い合った女性がいたんだ。

 でも、その父親ってのがろくでもなくてね。

 彼女が僕と結婚するのを許さないっていうんだ。

 おかげで彼女はーー。

 いや、いい。

 僕は、彼女がいつまでも下衆な連中の噂になるのが耐えられなかっただけなんだ」


  彼が話している間中、私は腰を抜かして、何もできませんでした。


◆3


 やがて、眼鏡男が立ち去っていきました。

 それからしばらくして、私もお屋敷から飛び出しました。

 真夜中に、痺れる身体に鞭打って、冒険者組合へ向かいました。


 街に辿り着くと、夜中だというのに、冒険者組合の館は煌々《こうこう》と明かりをつけ、私を迎え入れてくれました。


「あの……すいません、あと数時間で依頼クエスト達成でしたが、とんでもないことが……眼鏡の男が斧をふるって……その、部屋の奥にいた下男下女をーー」


 支離滅裂ながらも、私はなんとか起こった事件を伝えようとしました。


 すると、組合長のおじさんは、すんなりうなずいてくれました。


「ご苦労様でした。

 想定外の形になりましたが、依頼主が報酬を支払うとおっしゃっておられますから、受け取ってください。

 あとは組合コチラで、うまくやっておきます。

 ああ、それから、今回のこと、黙っててくださいよ。お願いしますね」


 ドサっと袋を手渡してくれました。

 中を見ると、金貨が何十枚も入っていました。

 本来の成功報酬の四、五倍はありそうでした。


 それから数週間後ーー。


 私が泊まったあの旧男爵邸、通称〈幽霊屋敷〉は取り壊され、新たな邸宅が建造されました。

 最近、新たに男爵になった元平民が屋敷を建て直したといいます。

 その人物に私は会ったことはありませんが、噂によれば、極度の近眼で、銀縁眼鏡をかけているといいます。


 組合長のおじさんとは、あれ以来、懇意にさせてもらい、私はどうにかソロの呪術師として依頼をこなせるまでに成長しました。

 ですが、私の方からあの事件のその後を問うこともありませんでしたし、向こうが話そうとする素振りもありませんでした。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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