エルフの女性、生命の選択をする
中央大陸の奥に、万物の生命を生み出す大樹がありました。
〈生命の樹〉といわれる、神様が植えられた、神々しい樹木です。
その樹は黄金色に輝き、まばゆく光る枝々には赤や緑の実がなり、その実の中には、あらゆる生命の元が入っていました。
あらゆる種族の生命をつかさどる、その大樹を求めてやって来る種族は、後を絶たちません。
ある日ーー。
〈生命の樹〉のところへ、エルフの女性がやってきました。
彼女は子供を欲していました。
エルフは長命ながら、繁殖力が弱い種族です。
そのうえ、人間や魔物によって、たびたび生活圏が侵され、どんどん殺されていき、種族が少なくなっていました。
現に、このエルフの女性も、森から森へと旅をしながら、獲物を狩って生き永らえてきました。
かれこれ三百年ほども同じような暮らしをしてきたので、弓矢や刀剣を扱う技術に長けていましたが、さすがに飽きてきました。
人間や動物たちが家族で暮らすさまを垣間見ては、赤ん坊を育てるのも悪くない、と思い立ったのです。
かといって、自分たち女性に比して生活力がなく、そのくせ腕力だけが強い男性なんかと、寝食を共にする気にはなれませんでした。
彼女は、男性を頼みにして、子供を産む気にはなれなかったのです。
彼女に限らず、エルフ族はもともと性欲に乏しい種族でした。
それでも、彼女は子供は欲しいと思ったのです。
どうせ長く生きているのだから、気長に旅を続けて森を分け入り、赤ん坊を育ててみたいーーそう思い立ってから十五年が経ちました。
いくつかの渓谷を踏み越えて、彼女はようやく〈生命の樹〉に辿り着いたのでした。
「これが生命の樹……」
エルフの女性は、矢筒から矢を取り出して射撃します。
ちょうど枝と実の間に延びる茎を射ちました。
狙い通り、ひとつの実がボトンと落ちました。
桃のような形をした、赤い実でした。
これにナイフを入れ、殻を割ってみます。
すると、実の中に、小さな子供が入っていました。
「おぎゃああ、おぎゃああ!」
生まれたての赤ん坊は、大声で泣きました。
女性が手を差し伸べると、赤ん坊は泣き止み、胸に飛び込んできます。
赤ん坊を見ると、たしかに、耳が長い。
彼女と同じエルフ族のようです。
でも、男の子でした。
彼女はつぶやきました。
「男の子かぁ。できれば女の子が欲しいな……」
続けて実を射ち落とします。
次は緑の実でした。
それでも、割ってみると、中に入っていたのは、再び男の子でした。
エルフ族は総じて、しつこい性格をしています。
彼女は二人の赤ん坊を足下に置くと、さらに矢を構えて、もう一度射ました。
今度は数少ない青い実でした。
ところが、またも男の子が入っていました。
女性エルフは額の汗を拭いつつ、呆れ声をあげました。
「いったい、どの実が女の子のなのよ?」
すると、〈生命の樹〉が一際白く輝いたかと思うと、樹木の幹の中から、人の姿をした存在が現われました。
白く輝くその姿は、男とも女ともつかず、気品に満ち溢れ、端正な顔立ちをしています。
耳が長く、彼女と同じエルフに似てはいますが、エルフではありません。
もちろん人間や魔物といった類でもありません。
背中から白と黒の羽根が二本生えていました。
「あなたは?」
エルフの女性の問いかけに、その存在は答えました。
「ワタシか?
ワタシは、この〈生命の樹〉の精霊と思っていただければ良い。
性別は特にないですよ」
エルフの女性は片膝立ちになって、頭を垂れました。
神々しい存在に対して礼儀正しいのも、エルフ族の特徴です。
「この〈生命の樹〉は、じつにありがたい。
我々エルフのような、繁殖力の弱い種族にとっては救いの主です。
とはいえ、どうして男の子の実ばかりなのですか?
女の子が欲しいんですけど、どの実にあるか教えていただけませんか?」
エルフの訴えを聞いて、精霊は首を振りました。
「あなたは誤解してます。実の中に入っている生命には性別はありません。
どの種族がその実を手に取るかによって、性別が分かれるんです。
男の子、女の子が生まれる確率も、そのときに決まるんです。
あなたはエルフですから、9対1の確率で、男の子が生まれてくるだけなんですよ。
その確率をいじることは、我々にもできません。
だから、エルフが受け取る実のたいていが男の子ですよ」
「どうして?」
「調整です。
我々が仕える〈生命の神〉のご意思では、ぜひ、各種族の自力による繁殖を求めているのです。
〈生命の樹〉から直接、子供を授かるというのは、まさにイレギュラー。
本来、あってはならない特例なんです。
要するに、あなたたちエルフに必要なのは、男性なんです」
エルフの女性はムッとしました。
なるほど、頭では理解できなくもない。
実際、人間や魔物を相手に戦って、まず殺されるのは男性です。
さらわれるのは女性の方が多いですが、殺されないで生かされていたりします。
奴隷となって人間社会で生活しているうちに逃げ出したり、人間との混血児を産んだりするのもいます。
とにかく、エルフ族は9対1ほどで女性が多いのが現状らしい。
ですから、10個実を落としたところで、そのうちの9つは男の子だろうと〈生命の樹〉から出てきた精霊は言うのです。
エルフの女性は呆然としました。
さらに実を落としても、その中の生命が女の子になってくれればいいけど、また男の子だったらどうしよう?
すでに男の子が3人もいます。
これ以上ーーいや、すでに3人も子育てできる気がしません。
〈生命の樹〉から出てきた精霊は、エルフの女性に問いかけました。
「もしや、あなたは後悔しているのですか? この子たちを手に入れたことを」
「……」
答えに詰まっているうちにも、懐いた男の子たちがハイハイして、彼女の足下に群らがってきます。
顔を見ればそれぞれ可愛いけど、生活上の現実があります。
エルフの女性は溜息混じりに答えました。
「さすがに3人も育てることはできません。
今現在でも、森から森へ旅する生活なのです」
精霊は微笑みながら、うなずきました。
「それだったら、選びなさい。あなたはどの子が欲しいのですか?」
「え? 選ぶ?」
「そうですよ」
「選ばなかった子供は……?」
「あなたからの庇護は受けられませんからーーそうですねぇ、ここら辺にポイッと放っておきますかね」
「お乳は?」
「心配はいりませんよ。運良く動物の雌がいたら、乳をわけてくれるかも。
知ってます?
人間やエルフなんかに比べたら、四つ足の獣の方がよほど乳を分け与えて、赤ん坊を育ててくれるんですよ。それこそ種族にとらわれず、赤ん坊ならなんでも!
凄いと思いませんか?」
「はあ」
「とにかく、今、あなたがなすべきことは、どの子の母親になるか、ということです」
「どの子の……」
改めて足下に集まってきた赤子の顔を見詰めました。
それぞれよく見たら、顔が違います。
目がくるくると大きい子もいれば、唇が厚い子、えくぼが可愛い子、三人三様の笑顔がありました。
エルフ女性はふと思いました。
考えてみれば、成人男子は好まないけど、子供なら男の子もかわいい。
子供のうちなら、女の子と変わらないと思うくらいでした。
それでも、自分が選ばなかった子供は、森に放置されてしまうといいます。
そんな子は、おそらくは遠からず死んでしまうでしょう。
精霊は、「獣の方が子育てする」と言うけど、とうていアテになる話とは思われません。
つまり、一人だけを助けて、あとの二人を殺せ、と言っているようなものでした。
彼女は涙を溜めて、精霊の方を振り返りました。
「ごめんなさい。私には、選べない……」
「そうですか。なら仕方ありませんね」
〈生命の樹〉の精霊は、いつの間にか、大きな鎌を手にしていました。
「まさか、その鎌で……?」
「そうです。生命を絶つのです。
なぁに、一瞬ですよ。痛みを感じることもないでしょう。
あなたが選べないということなら、処分ということで」
女性は慌てて両手を振りました。
「わかった! わかりました。私が選べばいいんでしょう?
私が選べば、選んだ子だけは助かるんですよね?」
「もちろん」
緊迫した状況を察知したのか、赤ん坊たちが泣き始めました。
「わあああん、わあああん!」
エルフ女性の脚に縋りついてきます。
(やっぱり、選べない……!)
エルフの女性は唇を咬み、涙を流します。
「時間切れです」
精霊は笑顔のままに、大鎌を振るいました。
ザンッと鈍い音がして、首が落とされました。
首を駆られたのは、男の赤ん坊たちではありませんでした。
大人のエルフの女性でした。
赤子たちはヒクッと喉を詰まらせて、まじまじと首が切れた大人の女性を見詰めます。
それから、しばらくして、一斉に火がついたように泣き出しました。
「わああん、わあああん!」
精霊は肩をすくめます。
「やれやれ。うるさくて困ったものです。
やはり、この子たちは、このまま森に捨てていくしかないでしょう。
でも、このエルフ族の女は、いったい何を考えてたんでしょうね?
〈生命の樹〉としての観点から言って、最も価値が高い生命は、当然、生まれたばかりの生命であろうのに。
もう何百年も生きた生命なんて、さしたる価値は無いんですよ。
新たな生命に場所を譲ってもらいたいものです」
そう独白して、白く輝く精霊は、そのまま〈生命の樹〉の中に姿を消しました。
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