魔法杖作りのお役立ち
◆1
私は冒険者組合の受付嬢をしています。
それなりの年数を勤め上げてきましたが、若い娘が重宝がられる業界ですから、最近は、居心地が悪くなってきていました。
この仕事は、私に向いていないんじゃないかしら?
もっと自分に相応しい居場所があるんじゃないかしら?
そう思い始めてしまいました。
ですから、一週間の休みを取り、ふらっと旅に出かけることにしたのです。
旅といっても、大した距離を行くつもりはありません。
この街から馬車で二日ぐらい行った先に、風光明媚な渓谷があります。
王国有数の観光地です。
そこの湖畔にあるコテージでゆっくりしたいと思いました。
しかも、当地の渓谷にはこぢんまりとした森があり、薬草が豊富におい茂っています。
薬草採取をすれば、ちょっとした小遣い稼ぎも可能です。
コテージでの宿泊料ぐらいは出るかもしれません。
そんなことを考えてしまうのも、冒険者組合に勤めるゆえの性なのでしょう。
それでは、いけません。
せめて格好ぐらいは、湖畔で安らう大人の女性らしくしたい。
そう思って、魔法使いのような鍔広の帽子に、青色のワンピースを着込みました。
三十五歳オーバーのわりには若造りかも。
ですけど、私は、まだまだ魅力的な女だと、自分のことを思っています。
さっそく早朝から、街の西出口から出ている馬車便に乗りました。
他の商人や、移住するつもりの家族連れと一緒に、馬車に揺られます。
観光地へと至る道は、しっかり舗装されていました。
幹線道路沿いはすっかり魔物が討伐されており、誰もが安心して移動できます。
車窓から外を見ると、麦畑が広がっていました。
良い気分転換になりそうだと嬉しく思いました。
◆2
最近、年齢のせいもあって、私は人生航路に行き詰まりを感じていました。
仕事に張り合いを感じなくなってきたのです。
冒険者組合の受付という仕事は、意外と忙しい。
カウンター越しに冒険者と会話を交わすだけではありません。
依頼の整理・分類と等級を適切な形で決めるのも、私たちの仕事です。
それに実際問題として、依頼の内容と報酬、それと冒険者の意向との兼ね合いが難しい。
冒険者と依頼主の条件が食い違って、報酬の寡多で揉める時もあります。
その時の調停をするのも、私たち受付の仕事です。
時折、ギルドマスターから降りてくる、王国や貴族を介しての指示もあったりします。
『今月は、ゴブリンを多く討伐せよ』とか、『年末までに、竜の巣を探し出せ』とか、無茶な課題が多いものです。
基本、上のほうは王国や貴族、大商人などの依頼主の要求に従えと言いますが、現場では荒くれ男や気のつよい女性が脅すようにして「条件が違う」と迫ってきます。
冒険者たちは、どの等級であれ、命がけで依頼をこなしているのですから、自然、私も冒険者側の肩を持ってしまいます。
でもそれがマズイらしく、直接の上司であるお局様から、私がカウンターに付くことを煙たがられるようになってきました。
「いいかげん、受付に出るのは、若い娘に譲りなさい」
と言われています。
こうして上の方ともうまく付き合えてないうえに、下からは若い娘が突き上げてくるんじゃ、私の居場所がなくなって当然でした。
そもそも、私は受付嬢どころか、冒険者にすら、なりたくはありませんでした。
若い頃の私は、王宮で仕えるような魔法使いになりたかったんです。
誰もが魔力は持っているけど、それをうまく使える人は少ないもの。
ですから、魔力を細かく操れれば、魔法使いになれる、そう魔術の先生から教わりました。
子供の頃、私は魔力を杖に込めるのが上手だと言われ、実際、かなり見込まれたものでした。
ですけど、王立魔法学園には入学できませんでした。
家が裕福ではなく、良家の子女が通う学校の学費を捻出するのは厳しかったのです。
加えて、そもそも私の体内に宿る魔力量が少なすぎました。
結果、私は、民間の魔法訓練所で資格を取って、冒険者になりました。
職業はもちろん魔法使いです。
けれども、現役時代はC級止まりでした。
そのまま二十代後半になって体力の限界を感じたので、スタッフ募集に応募しました。
そして、組合の受付になったのです。
でも、もう疲れました。
もちろん、今更、冒険者に復帰するつもりはありません。
かといって、家庭に収まるにも、農村出身の私には、絶望的な縁組しかありません。
私が気に入るような結婚相手が見つからないのです。
お母さんは地元の農夫を紹介しますが、バツイチ男や当然のごとく野良仕事を要求するような男ばかりで、でうんざり。
そもそも、田舎では三十女をもらってくれる男など、訳ありしかいません。
私だって、若い冒険者の頃には、何人かのオトコと付き合いました。
ですが、下卑た男ばかりで、身体を求めてくるヤツばかりでした。
粗野なオトコは趣味じゃありません。
私は、芸術を解するような、繊細なオトコが好みなんです。
でも、そんなオトコには、現実世界では、今まで出会ったことがありません。
少女時代からの妄想といえばそれまででした。
そもそも冒険者稼業界隈で見つかる人種ではなかったのでしょう。
仕方ありません。
都会で、独りで生きていこう。
できれば、魔法に携わる仕事がやれたらいいな、と馬車に揺られながら、ぼんやりと思っていました。
◆3
わが身の振りようを、あれこれ考えるうちに、目的地に到着しました。
美しい渓谷で有名な観光地です。
綺麗な湖の畔には、いくつもの別荘やコテージが並んでいました。
その背後には小高い山があり、小さな森が広がっています。
ここら辺でよく薬草を採ったものでした。
今でも、どこら辺に回復薬の元になる草が生えているかを覚えています。
この森の入口は、冒険者成りたての初心者がよく来る場所です。
実際、私が森に入ると初心者たちがウロウロしていました。
私の方から朗らかに声をかけました。
「みんな、頑張んなよ!」と。
彼らのほうも、私に会った時がある者も多いらしく(受付にいたのだから当然か)、向こうから挨拶してきたり、
「あれ? 受付の人も依頼受けたりすんの?」
「なんか、ずるくね?」
などと言う男の子までいました。
でも、私はここで薬草採取を五年間はやった時があります。
彼ら初心者に比べたら、ちょっとしたベテランになります。
なので、穴場を知っています。
さらに森の奥に入ったところで、岩場がある辺りに、珍しめの薬草が生えています。
私は予約したコテージに到着する前に、ひと稼ぎしようと、穴場へと向かいました。
「あった、あった」
屈んで薬草を採ること一時間ーー。
かなりの量の薬草が採取できました。
回復や治癒のポーションの原材料になる薬草です。
(マジで冒険者に復帰できるかも?)
そう思い、ニヤニヤしました。
でも、やはり、魔法使いや上級冒険者が装備する魔道具の原材料になるような素材は見つけられませんでした。
薬草や魔石は幾つか手に入りますが、魔法杖の材質になる神木や、ミスリルの刃を納める鞘の原材料なんかは見つけたことがありません。
(こんなんじゃ、現役復帰しても、またC級止まりかぁ……)
現実を思い、落ち込みます。
そうしたモヤモヤした気分を晴らすよう、軽く伸びをしました。
気づけば、かなり森の奥深くにまで踏み込んでいたようでした。
目の前には、幾つも岩が連なっています。
その先に、切り立った崖がありました。
崖には数多くの洞窟が穿たれていました。
(自然が作った洞窟なんだろうけど、ちょっと不気味……)
その洞窟のそばに、以前なら見かけなかったものがありました。
赤い屋根に白い壁ーーまるでおとぎ話の〈お菓子の家〉のような建物でした。
(なんだろ、看板?)
小屋向かって、私は目を凝らします。
看板が掲げてあり、『魔道具あり〼』と書いてありました。
◆4
私は美しい渓谷で有名な観光地にやって来て、森の奥に踏み込み、意外なものを見つけました。
洞窟入口の横に、赤い屋根の小さな魔道具店があったのです。
(こんな森の奥に? いくら観光地とはいえ、誰も客なんか来るはずないのに……)
好奇心を強く刺激されました。
だから、私は玄関扉を開け、身を屈めつつ、店の中に入ったのです。
「お邪魔します……わあーー!」
思わず口に手を当て、声を出してしまいました。
たくさんの魔道具が、綺麗に並べ置かれていたんです。
物騒な剣や弓といったものではありません。
指輪やブレスレット、それに水晶玉ーー。
みな魔力が込められているのが、見ただけでわかります。
露骨に霊波が感じられました。
そしてなんといっても、魔法使いならではのグッズーー魔法杖!
玄関脇には、ひときわ大きな魔法杖がありました。
木の幹がぐるぐると巻かれたようなデザインで、いかにも高級品に見えます。
大きい青い水晶玉が、先端の広くなった台に据えられていました。
水晶がキラキラと輝いて美しい。
私は引き込まれるように、じっと水晶の輝きに魅入っていました。
すると、後ろからいきなり声をかけられたのです。
「お気に召しましたか?」
びっくりして振り向くと、そこには、上品な老婦人が立っていました。
「その杖は息子が作ったものなのですよ」
「息子さんが……」
パッと見で、七十歳ほどのおばあさんでした。
だったら、息子さんは私よりも年配でしょう。
杖を前にして、私はその老婦人と会話を始めました。
「こんな森の奥にあるということは、この店は販売というより、製作がメインなんでしょう? 奥様もお作りに?」
「いえいえ、私は夫や息子ほど手先が器用ではないのよ。ほほほほほほ」
と老婦人は、口に手を当てて微笑む。
「しかし、こんな山奥にお店があるだなんて思いませんでした」
「そうね、もっと街中に店を構えればいいのにって私も思ってるのよ。
でも、夫も息子も頑固で。
事実上、店というより、ここは工房ということになるわね」
「じゃあ奥様は、こちらにお住まいではない?」
「ええ。時折来るだけで、普段は王都に住んでいるんですよ」
訊けば、王都の一等地、貴族街に近い区域に住んでいるとのことでした。
この老婦人は、〈お屋敷の奥様〉ということになります。
自然と奥様の指に、目がいきました。
紅い宝石を嵌めた指輪が輝いていました。
それも、単なる紅い色石ではありません。
暗がりなのに、自前で光っています。
魔石特有の現象でした。
つまり、奥様の指輪は、深紅の魔石を嵌めた、高価な稀少品だったのです。
「素敵ですね」
と私が褒めますと、奥様は首をちょこんと横にしました。
「ありがとう。でも指輪は女性のモノでしょう? 一人息子に残してもね」
ちなみに、豊かな家では、女系で指輪を伝えていく伝統があります。
私のような農家の出にはない風習でしたが。
「息子さんは、ご結婚なさっていないんですか?」
「そうなの。早くお嫁さんもらって欲しいわ。
私が晩婚でしたので、高齢出産で大変でしたのよ。
魔道具を使って妊娠、分娩をしたんです」
「そんな魔道具もあるんですね」
「遅くに出来た子とはいえ、もうかなりの年齢になってますわ。
このままじゃ、義母様からいただいたこの指輪も、他の道具たちといっしょに、商品に並べて売る羽目になってしまいます」
ほほほと明るく笑ってから、真顔で私を見据えて、奥様は言いました。
「この指輪はぜひ、息子のお嫁さんにお渡ししたいわ」
◆5
私は森の奥にあった魔道具店で歓待を受けていました。
奥様と話し込み、奥へと誘われたんです。
私は、魔道具が並ぶ店頭ではなく、奥にある来客用の応接間に通されました。
普段は、お得意さんと膝を突き合わせ、魔道具設計の打ち合わせをする部屋だそうです。
私は周囲を見回して、感嘆の声をあげました。
「わあ、随分とお洒落なお部屋ですね!」
テーブルや箪笥など、アンティークのものがたくさん置いてありました。
飾り窓は陽光を受けて、キラキラと輝いています。
魔力に満たされた空間になっていることは、私にも、居ながらにしてわかりました。
中央にあるテーブルには、老婦人によって手早くお茶が用意されていました。
「お茶をどうぞ」
ティーカップには湯気が立っています。
ソファ席に腰掛けると、奥様は頬に手を当てて言いました。
「私は道具は作らないんですよ。魔力が少なくて。お嬢さんは?」
「私もそんなにないんですけど、以前は魔法使いでしたから……」
「まぁ魔法使い! ということは魔力は相当あるんですね」
「ええ。普通の人に比べたら……」
冒険者の魔法使い職でも、普通の人よりは魔力があるのは事実です。
嘘はついていません。
緊張して背筋を伸ばし気味の私に比して、奥様は始終、くだけた調子でした。
「そうですか。うちは夫も、私の父もみな、魔道具製作者でしてね。
ご存知?
魔道具を造る際には、絶えず道具に魔力を注入しなければいけないんですのよ。
外科医が手術に輸血を必要とするように。
ですから、製作者にとって、魔力不足が悩みの種なんですのよ。
大掛かりな魔道具を造る際には、豊かな魔力を持つ魔法使いに助けていただくんですの」
「こちらの店では、専門とする道具があるんですか?」
「おほほ。商品をご覧になったんなら、おわかりでしょう?
私どもは依頼に応じて、いろんな道具を作るんです。
護身用やら攻撃用やら、多種多様な道具をね。
中には虫除けだったり、犬や猫を呼びつけるような道具もあったりするんですよ。
そうそう、おじいさんの代では空間転移するような道具もあったそうですけど、私の夫には作れないみたいで。
息子は、いずれ作れるんだと息巻いていますがね」
「すごいですね。
お店では、まるで博物館のように道具が揃えてありました。
こんな辺鄙な森の中に店を構えるだなんて、ほとんど商売を度外視してますよ。
それでいながら、あれほどの魔道具を揃えて……。
住んでいる場所も王都となれば一等地ですし、さぞ豊かな家柄なんでしょうね」
「いえいえ、お恥ずかしい。
夫も息子も魔道具造りに没頭するだけで。
ご指摘通り、お客様のほとんどが、旧知の顧客から紹介された方々ばかりなんです。
でも、そっちの方が良いんですの。
接客するには、息子はどうも性格がきつくてね。
馴染みの顧客ですら、『態度がなっていない』とよく怒るんですのよ。
でも、帝国や共和国など、外国で活躍してますの。
息子が作った杖は高値で売れるんです。
そうそう、ウチの夫や父は専門がなかったんですが、息子は杖作りにばかり夢中で……」
訊けば、不在の息子さんは現在三十五歳なんだそうです。
私とほぼ同じ年齢でした。
よほどの高齢出産のようで、道理で魔道具の助けが必要だったわけです。
奥様はよほど息子を売り込みたいらしく、おずおずと一枚の絵画を取り出しました。
「これ息子の自画像なんですよ」
「絵もお描きになるんですか?」
「ええ。道具よりこっちの方が売れるくらいで。
貴族様方の肖像画など、よく描いたりするんですよ」
「そうなんですね……」
この自画像が正確ならば、息子さんは鼻筋が通った結構なイケメンということになります。
「ただ偏屈でねぇ。
活躍の場所は外国なんですけど、外国人との結婚は厳しく制限されておりますでしょう?
だからお相手がいないんですよ。
王都の私の家には顔を出したがらないし、もっぱらこのお店というか、アトリエにこもってるばかりで。
失礼ながら、あなたおいくつ?
あなたのような若い方と話すのは久しぶりなのよ」
「若いだなんてーーそんなふうに言われたのは、久しぶりです」
年齢を聞かれ「三十二歳です」と四つもサバを読んでしまいました。
少しでも若く見られたかったのです。
奥様は手を合わせ、興味深そうに目を輝かせました。
「そうそう、あなた、魔法使いですってね。
もちろん、ご出身は王都の王立魔法学園ですよね?
何期生かしら。息子は108期生なんですけど」
「そうですね。王都の学校出身です。
息子さんとあまり変わらない年齢なので、その辺りで……」
民間の魔術訓練所の卒業とは言えませんでした。
自分から薮を突いて蛇を出した気持ちでした。
でも、もう後には引けません。
私は、奥様の話にできるだけ合わせようと決心しました。
「私、大した魔法使いではないんですが、魔道具ーー特に魔法杖作りって素晴らしいなって思っていました。
私も魔法杖作りのお役に立ちたいです」
案の定、好印象を持たれたようでした。
奥様はズイッと私の方へと身を寄せてきました。
「ねぇ、あなた。息子に会っていただけないかしら?
魔法を使える方は重宝するんですよ。
魔法使い様は、私ども魔道具製作者にとっては神様みたいなもんです。
魔力を豊かにお持ちなんでしょう?
杖作りにもってこいですわ。
ぜひ息子に会っていただけないかしら?」
「私なんかで、よろしければ……」
私はツイてる、と思いました。
旅に出て、薬草探しの森の中で、思わぬ出会いがありました。
私は想像(妄想?)してしまいました。
ひたすら杖を製作する夫。
その姿を見ながら、本を読む私。
傍らには、可愛い赤ん坊ーー。
「今日はお泊まりなさいな。
心配しなくても、明日、馬車で街まで、息子に送らせますよ」
「息子さん、今、外国におられるのでは?」
「いえいえ。今は帰ってきていてーー。
ほら、隣に洞窟がありましたでしょう?
あそこの奥がアトリエになってるんですよ。
籠りきって、ちょうど杖を作っておりましてね。
基幹部となる水晶精製の時は光が邪魔なんですよ。
自然光が入らない場所を好むんです」
「そうなんですね」
「翌朝、息子に言って、アトリエを紹介しますわ。
お休み、都合つきます?」
「はい」
本当は湖畔のコテージに宿泊予約を入れていたんですけど、この出会いを逃すわけにはいきません。
これは神様が与えてくれたチャンス!
展望の見えない仕事ーー荒くれ冒険者どもを相手にする日々を卒業し、美に彩られた、しかも安定している、魔道具職人の奥様に収まるんです。
しかも王都の一等地にお屋敷があって、相続できるーー。
村に戻って野良仕事に明け暮れる生活とは大違いです。
この機会を逃すわけにいきません。
私は拳を強く握り締めました。
ちょうどその時、がたんと音がしました。
「今回は、ちょっと難しいな」
とつぶやきながら、一人の男性が部屋に入ってきました。
「あ、失礼。珍しい。お客さん? どなた?」
息子さんのようでした。
奥様はキラキラと瞳を輝かせながら、私を紹介します。
「この方は、街の方でね。あなたの作品に興味があるってよ」
「そうなんだ」
お母さんが話す合間に、照れたように私に視線を送る男の顔は、確かに自画像をちょっと老けさせたような顔でした。
息子さんが、かなり絵がうまいことが、見て取れます。
息子さんは気恥ずかしそうに頭を掻きながらお辞儀をしてきました。
「洞窟の中に、僕のアトリエがあるんですよ。
明日、案内させてください。
嬉しいなぁ。女性を招くのは久しぶりですよ!」
◆6
翌日、深夜ーー。
「ただいま」
息子が帰ってきました。
手には魔法杖を持っています。
老婦人が玄関まで出迎えました。
「どうだった?」
「あぁ、あの女性?
たくさんの水晶玉や杖の素材を眺め渡しては、はしゃいでいたよ。
『こうやって杖ができるんですね!』って、本当に杖の製作するのを見たことがないようだった」
老婦人は、息子が手にした杖の水晶をまじまじと見詰める。
「鈍い輝きだねえ。
魔力量が少ない。中級の杖がせいぜい。
国法を犯してるってのに……」
「あの女、本当にこれで魔法使いだったの? 魔力が少なすぎたよ。
おかげで杖の出来が今ひとつだ。
でも、指輪を嵌めるときなんか、恍惚とした表情をしてたな。
結構な年嵩のオンナだけど、あの瞬間は、なんとも妖艶だよな」
老婦人が付けていた紅い指輪ーーじつは人間から魔力を吸い取る魔道具でした。
魔石が付いてる台を何度か擦ると、装着している人間から魔力を吸い取り始めるのです。
この指輪を介して、魔法杖の水晶に魔力を注ぎ込めば、良い杖が出来るはずでした。
「この杖の水晶ーー良いモノにするには、もう五、六人は生贄が必要だね」
「抜け殻になったオンナの身体は? ちゃんと処分した?」
「心配いらないよ。放っておいても、洞窟の中に踏み込むヤツなんかいないから」
「でも、もし死体が発見されたらーー」
「忘れてんの、母さん?
血抜きして切り刻んだ人間の肉片は、魔族の好物だ。
じつはあの女、魔力よりも、生身の肉体の方が価値があったんだよ。
〈捧げ物〉として最適だったんだ。
なんと、処女だったんだぜ、あの年齢で!」
彼らの一族が、曽祖父の代から魔道具製作者になれたのは、魔法に長けた魔族と代々、契約していたからでした。
魔族から素材を得て、魔道具を作り続けてきたのです。
ちなみに、魔族の助けで道具を作ることは本来、違法で、表立つわけにはいきません。
ですから、彼らは森の奥で、ひっそりとアトリエを構えていたのでした。
しかも、力関係で言えば、人間側が魔族に従属しているに等しい契約です。
つまり、彼ら一族は、事実上、魔族の眷属になっていたのでした。
そのため、定期的に魔族相手に〈捧げ物〉をしなければいけません。
「人間のオンナーーしかも処女の肉体を、魔族サマに献上できるのは久しぶりだ!」
息子は興奮して顔を赤らめました。
「きっと、お喜びになるぞ。
おかげでしばらくは素材に不自由しない。
まさか、あの歳で処女とは。
目的の魔力は十分に得られなかったけど、ほんと、思わぬ収穫だった」
老いた母親はニタリと笑いました。
「まあ、本望じゃないかえ? 『魔法杖作りのお役に立ちたいです』って言ってたんだから」
「ああ、興奮したら、お腹空いちゃった。ご飯食べよう」
「はいはい」
今日も洞窟の隣にある小さな道具店では、仲良しな母と息子が向かい合ってご飯を食べています。
そこには、よそものが入る隙間はまったくありませんでした。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。
今後の創作活動の励みになります。
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