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千年生きたエルフの溜息

◆1


 シュタイン王国の王都トライデントには、いくつもの精強な冒険者パーティーがある。

 その中でランクS級の、最も優秀な冒険者パーティーがあった。

 その名は〈時の狩人〉。

 単純シンプルな名前だけど、王国中に広く認知された、超有名冒険者パーティーだ。

 冒険者組合(ギルド)には、様々な依頼クエストが舞い込んでくる。

 魔物狩りから、迷宮ダンジョン攻略、呪いの浄化など、多種多様だ。

〈時の狩人〉は、その全てに対応する力を持つパーティーだった。


 冒険者に憧れる青少年は、誰もが〈時の狩人〉のようなS級パーティーに所属したいと思っている。


 僕、ライオネスもその一人だった。

 実際、S級冒険者パーティーと行動を共にするだけで、いくつもの難しいクエストを一緒にこなしていくことになるのだから、個人の等級も格段に進歩すること請け合いである。

 田舎の農村で農民として朽ち果てたくなかった僕も、なんとしても〈時の狩人〉のようなS級冒険者パーティーのメンバーになって、有名な冒険者になりたかった。

 でも、僕は田舎から出てきただけで、くわを振るって畑を耕したり、いのししを罠で殺したぐらいしか経験がなかった。

 そんな僕が、この〈時の狩人〉に入れたのは、奇蹟だと誰もが言う。

 王都トライデントの冒険者ギルドで一時期、僕は話題の人になって、いろいろと噂され、陰口を叩かれたものだった。

 何か卑怯な手でも使って、有名パーティーにもぐり込んだに違いないと激しく嫉妬され、何度か顔見知りの冒険者から喧嘩を仕掛けられたほどだった。

 実際、僕自身も、どうしてこれほどの冒険者グループに入れたのかわからなかった。

 どうして入れたのか、リーダーのバトラーさんに訊いても、武道修道士モンクのランガさんにいても、答えは一緒だった。


「フレシアが連れて来たんだから、仕方ないだろ?」


 エルフの弓使いフレシアさんは〈時の狩人〉草創期からのメンバーで、リーダーのバトラーさんと一緒にパーティーを立ち上げたという。

 金髪、碧眼の彼女は、弓使いの腕は確かで、狙いを定めた獲物を外すことはない。

 さらには、王国一と噂されるほどの多様な魔法を駆使し、人間には見通せないはる彼方かなたにまで意識を飛ばせるという。

 しかも、超絶美人なうえに、王国一の長寿と噂されていた。

 普通のエルフは数百歳を超える程度だが、彼女、フレシアは、一千年を生きてきたと言われる。


 そんな彼女が、街中をブラブラと腹をかせてうろついていた僕に声をかけ、パーティーに入るよう誘いかけてくれた。

 当時の僕は、田舎から上京したばかりで、右も左もわからず、何とか冒険者組合で登録を済ませたばかりだった。

 商隊の護衛や失せ物探し、薬草の採取ぐらいしかクエストをやったことのない、文字通りの最下級冒険者だった。

 それなのに、フレシアさんは声をかけてくれた。

 まさかあの有名なS級パーティー〈時の狩人〉に誘われると思いもしていなかったので、思わず、


「どうして、僕なんかが?」


 と声をあげてしまった。

 すると、フレシアさんはにっこりと微笑んで言った。


「あら。あなたほど生気に満ちた人間は、そうそういないのよ。

 結局、魔物が出る森や、トラップに満ちた迷宮ダンジョンで生き残れるのは、生気と基礎体力がしっかりしたヒトだけなんだもの」


 一千年を生きたエルフのフレシアは、豊富な魔力を有し、多様な魔法を操ることができるにもかかわらず、魔法を嫌い、敢えて弓使いとして活動し、人を評価するに際しても、魔力量ではなく、生気•生命力もってするーーそう語ったのは、〈時の狩人〉メンバーの魔法使いハーベイさんだ。

 二十代後半、小太りでおっとりしたハーベイさんは優秀な魔法使いで、三日三晩寝ないで動き続けた人間の体力をわずかな時間で回復させたり、魔物に食いちぎられた手足すらも再生するほどの治癒魔法を使うことができる。

 そんなハーベイさんでも、


「フレシアさんが扱える魔法の全貌は、窺い知れない。

 まったく、魔法使いとして恥ずかしい限りだ」


 とぼやいていた。


 そんな女神の如きフレシアさん、唯一の弱点が「新人に甘い」ことだという。


 事実、僕がメンバーに加わって以来、なにくれとなく世話を焼いてくれたのはフレシアさんだった。

 冒険者組合での換金手続きや、薬草の種類、食事の作法に至るまで、こまごまと指導してくれた。


 ある日、森に潜む魔物の討伐を終えた後、夜の酒場で祝杯をあげた際、僕は酔いにまかせて、


「フレシアさんは、どうして僕に優しいんですか?」


 と訊いたら、彼女は少し恥じらったように頬を赤らめた。


「ライオネスくんをうちのパーティーに誘ったのは私だからね。

 仕方ないわ」


 キョトンとしている僕に、リーダーのバトラーさんはバンと背中を叩いた。


「気にするな。一千歳を超す長寿なんだ。

 彼女から見れば、〈勇者〉であるボクも、子供みたいなもんだ!」


〈時の狩人〉のリーダー、バトラーさんは、冒険者仲間から、〈自称勇者〉と呼ばれていた。

 彼自身が、


「魔王が復活したとしても、安心しろ。

 必ず俺の剣で、討ち取ってやる!」


 と公言し、自らの職業を「勇者」と名乗っているからだ。


 もっとも、バトラーの〈自称〉を、〈時の狩人〉のメンバーだけでなく、他の冒険者たちもーーいや、王都の街の人々も、好意を持って受け入れていた。

 実際、バトラーは剣でドラゴンの首を討ち取っている。

 彼によって討伐された盗賊団も十以上を数える。

「勇者」と自らを称するだけの実績が、確かにあった。


〈時の狩人〉のメンバーは、彼、バトラーのように武力をふるえる者が他にもいる。

 奴隷上がりの武人で、国王を前にした御前試合において、王国騎士団の錚々《そうそう》たるメンバーを打ち倒して準優勝を勝ち取った、武道修道士モンクのランガさんだ。

 ランガさんも「パーティーの姐御(アネゴ)」と称してフレシアさんを敬愛していて、エールを満たした木製ジョッキを片手に笑った。


「心配すんな、ライ坊。

 お前なんか、子供にも見られていねえさ。

 まだまだ赤ん坊同然なんだよ。

 だから、手取り足取り構われてんだ。

 フレシアの姐御のおっぱいでも飲んでるのがお似合いさ。

 もっとも、エルフってのはみな、胸が真っ平らなところが残念だがな。ガハハハ」


 励ましにもならない発言をして、僕の背中をバンバン叩く。

 そんなランガさんの坊主頭をパチンと平手打ちして、


「なんだい、その言い草は。

 フレシアさんにも、ライ坊にも、失礼じゃねえか!」


 とたしなめてくれたのは、斥候せっこうのエレノアさんだ。

 彼女は僕と幾らも違わない年齢(推定では十代後半から二十代前半)なのに、すでに幾つもの有名な洞窟や迷宮ダンジョンに潜って、価値ある宝箱をこじ開け、未踏破迷宮(ダンジョン)の地図を更新してきた猛者もさである。


 そう、〈時の狩人〉という冒険者パーティーは、他から隔絶した異能者が集まった集団なのだ。


 だからこそ、みんなから注目を浴びて、仲間になりたがる人は多い。


 それに比して、僕自身は無力だった。

 体つきががっしりしてて、若いところが、フレシアさんに気まぐれで見込まれたにすぎない。

 僕はまだまだ新米冒険者だ。

 だから、今の僕には、これといった職名はない。

 強力なメンバーに取り囲まれて、荷物を運んだり、料理を作ったり、装備を準備したりする、S級冒険者パーティーに入ったばかりの〈雑用係〉といったところだ。


 一千歳を超えながらも美しく、艶然えんぜんと微笑むエルフのフレシアさんは、僕の頭を優しく撫でる。


「焦る必要はないわ。ゆっくり慣れていけば良いのよ。

 あなたはいずれ、私の力になってくれると信じてる。

 ここにいるどのメンバーよりもね」


「おいおい、ひどいな。

 リーダーの僕を差し置いて、それはないだろう?」


 バトラーさんがおどけると、みなで盛大に笑った。


 こうして三ヶ月近く、僕は〈時の狩人〉の一番の下っ端として、こき使われつつも、可愛がられていた。

 楽しい日々だった。


 ところが、ある日、いきなり変化が訪れた。

 僕よりも年若い、ピンク色の髪をして、大きな八重歯が覗く女の子が、


「どうか、ワタシを仲間に入れてください!」


 と〈時の狩人〉が根城にしている宿屋に押しかけてきたのだ。


◆2


 春の日差しが暖かくなったある日ーー。

 ピンクの髪をした若い女の子が、酒場〈愚か者の罠〉に押し掛けてきた。

 酒場〈愚か者の罠〉(ブービー・トラップ)は、僕が所属する、S級冒険者パーティー〈時の狩人〉が定宿にしている宿泊所でもある。


 彼女ーーリイファは北方出身の、小さな女の子だ。

 図体がデカい僕とは違って、僕の腰ほどの背の高さしかない。

 年齢は十六歳と言う。

 一応この国では十五歳以上は成人なので、村長の許可を得て村から出ることができ、ようやく王都に来られたのだという。


 彼女、リイファは、三つ編みの頭をちょこんと下げて、リーダーのバトラーさんの前で、大声を張り上げた。


「何でもしますから、仲間に入れてください!」


 自称勇者のバトラーさんは困惑気味に少女を見下ろしたまま、笑顔で固まっている。

 彼の口からは、言下に拒否することははばかられたのだろう。

 だけど、武道修道士モンクランガさんや、魔法使いハーベイといった男どもは、即座に冷たく断った。


「悪いが、ウチは嬢ちゃんのような女の子を可愛がるゆとりはねえんだ。

 他所よそを当たりな」


「そうですよ。あなたのような子に、ウチは務まりませんよ」


 だが、エルフの女性フレシアは違った。

 彼女は少女リイファの視線に合わせるようにかがんで、両手を広げる。

 ピンクの髪の少女を、優しく迎え入れたのだ。


「あら、可愛い子じゃない?

 素敵な八重歯をしてるわね。

 私は歓迎するわ」


 宿泊所の酒場に集っていた客たちは、驚きの声を上げた。


「おいおい、またもや〈時の狩人〉が新米を入れたぞ!」


「しかも、今度は女の子だ!」


 体が大きいだけの田舎者である僕、ライオネスを荷物係に採用しただけでなく、今度は八重歯も矯正できない貧しい田舎の子娘を、S級冒険者パーティーが迎え入れようとしている。

 普通なら、何が理由で採用したのかを、仲間に説明しなければならない。

 だが、よわい一千年を超す長寿エルフのフレシアに意見できるものなど、そうそういるわけもない。


 実際、リーダーであるバトラーさんが諦めたように首を横に振ると、フレシアさんに抱かれた格好になってる少女に呼びかけた。


「よかったね、お嬢さん。

 ウチの姐御のおメガネにかなったみたいだよ。

 よろしくね」


 自称勇者は大きな手を差し伸べる。

 少女リイファが頬を赤らめて、おずおずと手を出し述べた段階で、パーティー入りは決定したようなものだった。

 その様子を、僕は呆然と見続けていただけだった。


(こんな小さな女の子が〈時の狩人〉に!?)


 相応ふさわしくない。

 おかしいと思う。

 僕ですら荷物係がやっとなのに、こんなか弱そうな女の子に何が出来るのだろうか。

 魔物を狩ったり、罠をくぐることができるとは、とても思えない……。


 ーーそう思ったが、僕は瞬時に思考を切り替えた。

 S級冒険者パーティー〈時の狩人〉に相応しくないと勝手に決めつけるのは、僕が入団した際に、嫌がらせをしてきた連中と同じ愚を犯すことになる。

 それだけは嫌だった。


 僕は男だし、先輩だ。

 後輩が出来たのだと、素直に喜ぼう。

 そして、彼女に少しでも良いところを見せようと、頑張ることにした。

 それがひいては恩義があるフレシアさんたちに「一人前になった」と認められる近道だ、と思い直したのだ。


「よおし。リイファ、だっけか?

 僕はライオネス。

 今は雑用をこなしてるだけだけど、いずれは先輩方のように、一流冒険者になる男だ。

 君を歓迎する」


 僕は立ち上がって、パンパンと両手を叩いて合図した。

 すると、ウェイターが料理人たちを呼び込み、食材を僕たちのいるテーブルに運んできた。


 ドン!


 少女の目の前には、自分の背丈よりも大きい、でっかい生肉が、板ごと運ばれてきた。


「おおっ!」


「こいつは豪勢だ!」


「さすがはS級!」


 近くのテーブルについていた他のパーティーの冒険者たちも、感嘆の声を上げ、拍手する。


「なんですか、これは?」


 と少女が問いかけるのを、僕は得意げに鼻を鳴らした。


「これはね、昨日討伐したばかりの大鬼オークの肉さ。

 ここが〈時の狩人〉の常宿になってるのには、理由があってね。

 こうして討伐した魔物や迷宮ダンジョンで出た珍しい食物などを、すぐに調理してくれる場所だからなんだ。

 珍しい料理を食べるなら、〈愚か者の罠〉(ココ)が一番ってことさ」


 周りの冒険者が、はやしたてる。


「ほんと、羨ましいこった」


「そうだ、そうだ。

 俺たちも通いじゃなく、ここに泊まりてぇよ。

 だが、宿代が高くてなぁ」


「ボヤくな。オメェもS級になれば、ここに住めるってことよ」


 ゲラゲラと笑う。


 僕はまだ新人冒険者ながらも、まるでベテランメンバーのように胸を張って宣言した。


「リイファちゃん。

 君もこの肉を食べて、強くなるんだ。

 たっぷりと、これぐらいの肉を食べれるくらいにならないと、〈時の狩人〉のメンバーになれないよ」


「えーっ!?」


 と声をあげ、リイファは泣きそうな顔で言った。


「私、料理は得意ですけど、これほど食べるとなると……」


 フレシアさんは少女の頭を撫でながら言った。


「もう、ほんとに。

 ライオネスちゃんたら、ちょっと前に来たばかりなのに、すっかり先輩風吹かせちゃって。

 あんまり妹をいじめないことね。

 私はこの子入れるの、もう決めてるんだから」


 僕は頬を膨らませながらも、「わかってますよ」とだけ答えた。

 それを受けて、〈時の狩人〉のメンバーのみならず、周囲で食事をしていた他のパーティーの冒険者たちもゲラゲラと笑った。


 こうして僕の下に、一人の女の子が、新たなメンバーとして加入してきたのだった。


◆3


 ピンクの髪をした女の子、リイファが、王都のS級冒険者パーティー〈時の狩人〉に加入してから、三週間ほどが経過した。


 新米の冒険者リイファは、〈時の狩人〉の面々とともに、魔物討伐のために森深くに入ったり、迷宮ダンジョンの中にある宝箱を目指してマッピングしながら、ぴったりと行動を共にし続けた。


 身体が大きい僕は、大きな荷物を背負いながら、時に魔法使いハーベイさんに回復と癒しの魔法をかけてもらいつつ、後をついていった。

 が、何とかメンバーの役に立ちたいという思いでいっぱいだったのは、僕だけではなかった

 リイファも頑張って、パーティーの役に立とうとする。

 見ていて、いじらしいほどだった。


 しかも、総じて、後輩である彼女の方が、僕よりも有能だった。

 肉体強化がちょっと出来るだけの僕と違い、彼女は弱いながらも、治癒魔法が使えた。

 リイファは大きい銀色のペンダントを持っていた。

 女神像が彫られた、中央に青い水晶がめ込まれたペンダントだ。

 そのペンダントをかざすと、その箇所に魔力が注がれる仕様になっていた。

 魔法使いのハーベイさんほど強力ではないが、ペンダントをかざせば治癒魔法がすぐに発動し、小さな切り傷や火傷ヤケド程度は、たちどころに治した。

 特に速攻で痛みをやわらげるには十分な効果があり、ハーベイさんが使うほどの大魔法を必要としない怪我ならば、十分に用が足りた。

 迷宮ダンジョンの中で、コボルトに襲われて足を負傷した僕と、何匹ものゴブリンと殴り合ってを首筋や腕を痛めた武道修道士モンクのランガさんの傷を、一瞬で治したりもした。


「おお、すげーな、嬢ちゃん。

 ハーベイのヤツは魔法を使うと、ずいぶん魔力をもっていかれるみたいで、一日中不機嫌になる。

 でも、リイファちゃんは違うな。

 魔力をあまり消費しないのか、そのペンダントは?」


 ランガさんが声をかけると、彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。


「このペンダントは、まわりから魔力をゆっくりとたくわえていくみたいで……。

 私の弱い魔力では、ようやく魔法を発動させる程度の力しかないんですけど、みなさんのお役に立てて嬉しいです」


 魔法使いのハーベイさんは微笑みを浮かべ、リイファの頭をぐりぐりと撫でた。


「それじゃあ、みなさん!

 これからは治癒、回復に関しては、リイファちゃんを頼りにしてくださいよ。

 俺はサボらせていただきます」


「おいおい、俺には児童虐待の趣味はないぞ」


「あれ? こんなでも、リイファちゃんは成人なんだよな?」


 あはははは。


 迷宮ダンジョン内で魔物の煮物を食べながら、なごやかな時間を、パーティーメンバーで過ごした。


 この日以降、リイファは〈ペンダントのリイファ〉と呼ばれるようになり、〈魔法使い〉として遇されるようになった。

 その一方で、僕は相変わらず雑用をこなす〈荷物係〉でしかなかった。


 後輩のリイファが〈魔法使い〉に昇格しても、僕はめげずにメンバーの役に立つよう、努力を怠らなかった。

 僕、ライオネスは、〈時の狩人〉のメンバーが森林や洞窟、迷宮ダンジョンなどにもぐる前に、いろんな道具や食糧などを購入し、それらの使用計画を立てる役割を担った。

 それゆえに便利に思われ、やがて先輩方から、単に〈荷物係〉と呼ばれるだけでなく、〈商人〉とか〈便利屋〉とも呼称されるようになった。

 僕は、迷宮ダンジョンや森林地帯などを長期、一週間以上かけて攻略する際には、必要不可欠の人材とすら思われ、S級冒険者パーティである〈時の狩人〉のメンバー構成を真似て、〈荷物兼商人係〉を随伴するパーティーが増えてきたと、冒険者ギルドの受付のお姉さんが、僕に言ってくれた。

 僕はちょっと誇らしい気持ちになった。


 だけど、僕以上にパーティーメンバーから可愛がられ、かつ重宝がられたのは〈ペンダントのリイファ〉だった。

 彼女もまた、迷宮などを長期で攻略する際に、必須のメンバーと認識されていた。

 リイファの持つペンダントは便利で、治癒の光を発するだけでなく、魔法で熱を発することもできる。

 おかげで冒険先でも、彼女は獲得したばかりの植物や肉をすぐさま調理することができた。

 彼女は料理の腕も良かったのだ。


「おお、うまいじゃねえか!」


 武道修道士モンクのランガさんが喜びの声をあげると、リーダーの自称勇者バトラーさんもフォークを片手に絶賛した。


「楽しみなんだよな、リイファちゃんのご飯」


 いつのまにか、食事時は、調理するリイファを中心に円陣を組むようになっていた。

 今回潜行している迷宮ダンジョンの第二層では、大きな植物が群生している。

 低層なことも相まって、魔物退治に励んでポイントを稼ぎやすく、どのパーティも長居したがる。

 だから、リイファが料理の腕を現場でふるえるということは、価値が高かった。

 迷宮の奥深くに潜った時ですら、食事時が楽しみになった、と斥候のエレノアさんや魔法使いのハーベイさんも言っていた。


 それに加えて、エルフのフレシアさんが、いつもぺったりとリイファにくっついていた。

 美貌のエルフが、少女の頭を撫で撫でしたり、ピンク色の髪をいてあげて、三つ編みに編んであげているさまを、何度見たかわからないほどだった。


 リイファは先輩方だけでなく、他のパーティメンバーであろうと、誰彼なく付き合うことができた。

 人見知りではあるけど、人懐っこいのだ。

 今日もリイファは、迷宮ダンジョンの中で、魔物の干し肉を、ペンダントによる加熱によって焼きながら、その肉を骨ごと切り取って、フレシアさんに渡したていた。

 フレシアさんはスラっとした容姿のエルフでありながら、意外と大喰らいで、特に肉を好むところがあった。


「エルフさんも、お肉を食べるんですね?」


 リイファが、ニコニコしながら、焼き肉を皿に盛り付ける。

 すると、フレシアは遠慮なく手を伸ばしつつも、若干、頬をふくらます。


「当たり前よ。これでも、〈弓使い〉なんだから。

 弓矢で仕留めた獲物を、ただ捨てるとでも思うの?」


「考えてみれば、そうですね」


「森で生活する私たちエルフは、当然、肉はさばいて、焼くなり、煮るなりして、食べるわよ。

 骨もとっておくわ。

 骨は乾燥させたうえで薬品を塗り、削り尖らせて、やじりにするの」


 フレシアさんは、かたわらに置いた矢筒から、一本の矢を取り出し、リイファ見せながら言う。


「この鏃なんかも、コボルトの骨から削り出して磨いたものなの。

 硬くて重宝するのよね。

 コイツらの骨のおかげで、お肉が美味しくいただけるってわけ。

 あ、でも、同族の名誉(?)のために言っておくけど、エルフは肉を食べるとはいっても、たいがいは少食よ。

 大喰らいは、私ぐらいかも。

 おかげで、普通のエルフより長寿なんじゃないか、と思ってるわ。

 里から出て、こうして人間と一緒になって冒険者もしてるし」


 かたわらで聞いて、僕は合点した。


(そうなんだ。

 やっぱり、フレシアさんは、エルフの中でも特別なんだ。

 いや、女性の中でも、特別に違いない)


 女性が美味しそうに肉を頬張るのを、それまで僕は見たことがなかった。

 僕のいた村では、小麦を育てて生計を立てる家が大半だった。

 獣や魔物を狩る狩猟者は少なく、肉が出るのは祭りの時ぐらいだったから、これほど頻繁に肉が食べられるのなら、森林だろうが迷宮ダンジョンだろうが、長期滞在しても一向に構わない、と思えるほどだ。

 それだからか、女性でありながら、フレシアさんは肉をバンバン食べる。

 無造作に両手で引きちぎって食べる。

 実際、エルフ、どんだけ肉、食うんだよ!? と驚いたものだ。


 たしかに、フレシアさんの狩りの腕はホンモノだ。

 荷物を運んでる時、猪や狼に襲われたりしても、どこからともなく弓矢が飛んできて、獣たちの額を射ち抜いた。

 上を見上げると、樹上には必ずと言っていいほど、フレシアさんがいた。

 フレシアさんの目が〈時の狩人〉パーティ全体に行き届いているから、安心して冒険ができるのだ。


 斥候のエレノアさんが道を開き、次いで武道修道士のランガさんが主だった障害を掃討し、自称勇者のリーダー、バトラーさんが全隊の指揮を担い、魔法使いのハーベイさんが後衛を任されていた。

 荷物係の僕は、いつも最後尾だった。


 が、今では同行する仲間がいる。

 ペンダントのリイファだ。

 僕ら最後尾の二人は、後衛の魔法使いハーベイさん、そしてチーム全体に目を光らせてる弓使いのフレシアさんにお世話になりっぱなしだった。


 だから僕は荷物係の差配で、ハーベイさんとフレシアさんに少し多めに食材を振り分け、リイファも料理の腕をふるう。

 そうした僕らの配慮が伝わっているようで、フレシアさんは肉をがっつきながら、褒めてくれた。


「ほんと、おいしいわね」


「「ありがとうございます!」」


 と、僕とリイファは声を合わせた。


 その晩の料理も豪勢だった。

 一本角ラビットの串焼きと、魔物化した猪をぶつ切りにして、根菜を混ぜたスープ。

 そして、体力の回復効果がある薬草を主体にしたサラダ。

 果実を集めて蒸留させた果実酒までがあった。


 ウサギ肉の串焼きを何本も平らげ、イノシシ肉をほおばって、腹を叩く自称勇者のバトラーさんは快活な声を上げた。


「ほんと、リイファちゃんなしでは、これからの活動は考えられないな!」


 リーダーの賞賛に相乗りする形でありながら、少々、毒を含んだ発言を、武道修道士のランガさんがした。

 僕の頭を軽く小突きながら、


「おい、ライ坊。

 おまえなんかより、リイファちゃんの方が、よっぽど使えるなあ。

 なにしろ、治癒ができるし、料理の腕に至っては、替えが利かない。

 おまえ、ウカウカしてると、頭越されるぞ」


 奴隷上がりのランガさんは、僕が来るまでは荷物係だったそうだから、親しくしてくれていたけど、歯に衣着せぬ物言いをする。


 「ははは。冗談、キツイっすよ」


 と僕は愛想笑いをする。


 ランガさんとしては、冗談混じりながら、僕に発破ハッパをかけたつもりなんだろう。

 けれど、内心では、僕はかなり落ち込んでいた。


◆4


 ピンクの髪の毛をした少女リイファが、僕ら〈時の狩人〉のメンバーに入って、すっかり馴染んだ頃ーー。


 人喰いの化け物を探索するため、〈時の狩人〉は森の奥深くにパーティで潜行した。

 その活動中、荷物番の時、久方ぶりに、リイファと僕は森の中で二人きりになった。


 そのとき、僕は、大きな荷物を背負っていて、ふくらはぎがパンパンにれていた。

 木陰で休んでいるとリイファがやってきて、ペンダントから治癒の光を当ててくれた。

 ペンダントからぼんやりとした青白い光が出てきて、僕のふくらはぎを照らす。

 すると、次第にふくらはぎから張りが退いていき、足が軽くなるのを感じた。

 僕は素直に頭を下げた。


「ありがとう。

 料理のための加熱や、怪我を直す治癒だけでなく、体力の回復までできるなんて。

 ほんと、便利なペンダントだ」


 正直、僕はうらやましかった。

 僕には、これといった特殊能力がない。

 体力だけの男だ。

 でも、彼女にはペンダントがある。

 僕にもこんな便利な魔道具が使いこなせたらと思う。

 だから、つい冒険者のタブーである、前歴を彼女に問うてしまった。


「どうやって、こんなペンダントを手に入れたんだ?」と。


 リイファはタブーにこだわることなく答えた。

 むしろ、誰かにいてもらいたかったかのように。


「うん。これ、本当はお兄ちゃんのものなんだ。

 でも、冒険者になりたいって私が言ったら、くれたの。

 思い出のペンダントなんです」


 リイファのお兄さんーーランドと言うらしいがーー彼は北方の村ハリスのガキ大将で、いつもと大人の真似事をしては、冒険者につき従って、魔物討伐や盗賊の探索に参加していたという。

 随分と大人びた少年だったようだ。

 このペンダントは、たまたま村にやってきた伝説的な冒険者パーティーのメンバーにもらったという。

〈時の狩人〉という王都のS級冒険者パーティの名前は、その冒険者から、


「一千年を超えたエルフがいる古株のヤバいパーティだから、気をつけな」


 と聞かされていたという。


 王都にはS級冒険者パーティーは三つしかないから、その三つのどれかに入るんだ、とお兄ちゃんのランドは言っていた。

 このペンダントの正式名称は忘れてしまったが、その、お世話になった冒険者からお兄ちゃんが、「ボウズ、頑張れよ!」と言ってもらったもので、迷宮ダンジョンにあった宝箱から出てきた発掘品らしい。

 もらった当初から使い方を教わっており、わずかな魔力で治癒や発熱の魔法が使えることは承知していた。

 だが勇者や剣士に憧れるランドは、このペンダントを使うのをいさぎよしとしなかったらしい。

 妹のリイファに投げ渡して、言ったという。


「俺には、そんなものはいらない。

 剣一本で、勇者になってやる」と。


「ふうん。自信があったんだね」


 と応じながらも、いかにも挫折を知らない、田舎の少年のようなセリフだ、と僕は苦笑いした。

 リイファは頬を紅潮させながらも、兄ランドのことを懐かしそうに語る。

 だが、急にうつむくと口調が変わった。


「そんなお兄ちゃんが、行方不明になって……。

 私、お兄ちゃんを捜すために冒険者になったんです。

『ペンダント、ありがとう』ってお礼を言いたくて」


 冒険者は過酷な商売だ。

 魔物を討伐しようと思っても、返り討ちにあうことも多い。

 迷宮ダンジョン彷徨さまよって、地上に出られなくなることもある。

 冒険者仲間ですら、信用がおけない。

 同業者から魔術具や金品、さらには生命までをも奪われることは、よくある話だ。

 基本、無法状態の世界の中で、腕っ節や才覚だけでのしていくしかない。

 それが冒険者という生き方だった。

 才能のある冒険者が魔物にやられたり、古株の先輩や盗賊に殺されたりすることも、よくあることだ。


 音沙汰がなくなったお兄ちゃんを心配するのもよくわかる。

 しかも、彼女、リイファは、できれば兄を見つけ出し、故郷の村に帰りたがっていた。

 優しい父母に育てられただけでなく、兄のランドの帰りを待つ許嫁いいなずけまでがいる。

 いつ帰ってきてもいいように、ランド用の麦畑が何枚も用意されているほどだという。


 僕は驚いた。

 同じ田舎出身者として、こうまで境遇が違うものか、と。

 親との折り合いも悪く、近所での付き合いが心地も良くなく、一刻も早く大人になって、田舎から飛び出したくって仕方なかった僕とは大違いだ。

 身体一つで王都にまでやって来たのも、農作業ばかりの〈日常世界〉から、冒険に満ちた〈非日常世界〉へ行きたくて仕方がなかったからだ。

 でも、リイファは逆で、ペンダントを兄に返して、できるだけ早く、平凡な農村の〈日常世界〉に帰りたがっていた。

 僕は自分と真逆とも言えるリイファに対して、不思議と親近感を覚えた。

 自分でも意外だった。

 パーティ内で評判になっている彼女に対する嫉妬がないわけでもない。

 だけど、それ以上に、彼女の素朴さがいとおしく、できれば彼女の思いを遂げさせてやりたいと思った。

 僕には妹はいないが、妹がいたら、こんな感情になったのではないかと思った。


「リイファが、お兄ちゃんを探してるってのは知ってる。

 そして、お兄ちゃんーーランドだっけ?

 彼は勇者とか、剣士を志望してるんだろう?

 しかも、S級冒険者パーティーに入ろうとしてた。

 だったら、まだ見つかるかもしれないよ。

 三年前程度だったら、誰か知っている人がいると思う。

 王都に来たんだったら、冒険者組合の受付のお姉さんあたり、なにか覚えてるんじゃないかな?

 とにかく、僕が組合に行った際、みんなにいといてあげよう」


 幸い、僕は〈荷物係〉としてだけでなく、〈商人〉として、魔物や迷宮ダンジョン由来の宝物を換金するために、冒険者組合や商業組合にも顔が広くなっていた。

〈時の狩人〉の経済状態を管理しているのは、斥候のエレノアさんと、エルフのフレシアさんだけど、僕も今では売買取引の責任者になっているような感じで、経済活動の重要な一翼を担っている立場になっていた。

 だから、それなりに顔が広いのだ。

 加えて冒険者に女の子は少ないので、新人にとっては、社交の輪を他のパーティーにまで広げるのは難しいようだった。


「ありがとう」


 僕に向かって、手を合わせて微笑む。

 そんなリイファは、一段と可愛く見えた。


◆5


 最近、S級パーティー〈時の狩人〉が、ぶっ続けでもぐっている迷宮ダンジョンがあった。

 その第二階層で得たコボルトの牙やオークの角といった戦利品を換金するため、僕は冒険者組合や商業組合を巡り歩いていた。

 その際、リイファのお兄さんランドについて聞いて回った。


 冒険者組合の受付のお姉さん、レミーさんは、北方からやって来たヤンチャな少年冒険者ーーランドのことを、しっかりと覚えていた。


「三年程度前のことなんか、昨日のことのようよ」


 と言う彼女はドワーフの血を引いているので、エルフほどではないが三、四百歳ほどは生きるというから、人間の感覚で言えば、三年なんて、ほんの数週間前のような感覚なのだろう。

 彼女の記憶と冒険者登録台帳に記された記録によって、ランドが〈骸骨騎士団〉という新興パーティーに入ったことまでは、わかった。


 だが、この〈骸骨騎士団〉というパーティーには問題が多く、リーダーが貴族出身だったせいで、さる貴族家と揉め事となり、すぐさま活動休止にさせられたらしい。

 珍しく僕と同行してくれていた斥候せっこうのエレノアさんが、顎に手を当てながら、往時を思い出しつつ言った。


「あれ、解散したって聞いたわよ。

 リーダーが国法に背いた元罪人っていう噂だからね。

 再結成されるっていう噂もあるけど、ホントかしらね」


 彼女の発言に、他の冒険者パーティーの武闘家や魔術師たちが、横から口を挟む。


「大きなパーティーだったからなぁ。

 ゴタゴタが続いて、何人もの冒険者があぶれて……ウチも何人か雇い入れたよな、あのとき」


「うん。すぐに別のパーティーに移っていったけど」


「ウチには他のパーティーの情報もよく入ってくるから、探りを入れといてやるよ」


 僕は先輩方に対して、勢い良く頭を下げた。


「ありがとうございます!」


 冒険者組合は酒場を併設していて、様々な職種の先輩方が半分酔っ払いながらも、受付近くのテラスでたむろしている。

 正直、「鬱陶うっとうしいなぁ」としか思ったことがなかったが、今日、初めて、酔っ払いたちが頼もしく思えた。

 そうした〈酔いが回った先輩方〉が様々に話している内容を細かにメモしながら、僕が相槌あいづちを打っていると、斥候のエレノアさんが「そろそろ、宿に帰ろう」と勧めてきた。


 いつのまにか、夕方ーー食事時になっていた。


 でも、今日はかなりの収穫があった。

 ランドくんは、曰く付きの冒険者パーティーの解散にともなって、フリーになり、幾つものパーティーに臨時で協力し、幾つかの依頼クエストをこなしていた。

 最後に、王都近郊で最大の迷宮ダンジョンに潜ったことまではわかった。


「でも、ランドくんが所属していたパーティーは、地上に戻ってこなかったという話ですよね? ひょっとして……」


 調べた結果を、リイファに伝えるものかどうか悩んで、僕は口籠もる。

 が、エレノアさんは快活に笑う。


「なに言ってんのさ。

 これだから、ライ坊は、まだまだ坊やなんだ。

 いいか、あのデメロス迷宮は近場で最大の迷宮ダンジョンなんだぜ。

 潜ってから三年戻ってこないって程度は、よくあることだ」


「え!? そうなんですか?」


「ああ。迷宮ダンジョン内部に活動拠点を移して、たまに買い出しや換金のためだけに、地上にメンバーを派遣するパーティーってのも、幾つもあるんだ。

 長く潜ってるパーティーの中には、十年、二十年ってのもあるそうだよ」


「凄いですね! 驚きました。

 それならば、ランドくんも健在かもしれない」


 エレノアさんは夕陽を見上げながら伸びをしつつ、つぶやいた。


「そっかぁ。

 三年前っていえば、たしかにそれぐらいだったかな。

 多くの若いのが、出たり入ったりしてたの。

〈時の狩人〉(ウチ)も大変だったよ。

 使えないのばかり、多く入って来てさぁ」


 エレノアさんによれば、大きな冒険者パーティーが貴族と揉めて潰されたとき、何十人という規模の、多くの新人冒険者の移動があったという。

〈時の狩人〉にも入れ替わり立ち替わり、何人もの男女が出たり入ったりしたそうだ。


 エレノアさんをはじめとして、たいがいのメンバーは、新人の参入をこばみがちだった。

 だけど、リーダーの自称勇者バトラーさんが「来る者、拒まず。去る者、追わず」といった鷹揚おうような態度で接するため、S級パーティーに入りたい、と新人が殺到したのだそうだ。

 特にエルフのフレシアさんが、リーダーのバトラーさん以上に、新人を可愛がるので、頻繁ひんぱんに新人冒険者が入り込み、一時期は二十人を超すほどの大所帯となった。

 おかげで、〈時の狩人〉は冒険者組合から「S級パーティーとしての質が、保てるはずがない」と等級を下げる処分がくだされそうにまでなったという。

 だから、ランド少年が、一時期、短期間ながらも〈時の狩人〉の冒険に参加していたことすらあり得る、一緒に一つや二つの森や迷宮ダンジョンに潜っていたかもしれない、とエレノアさんは言った。


「たしかに、入るのは甘々なんだよね、〈時の狩人〉(ウチ)は。

 フレシアがいるから。

 でも、居残るには、ちと、厳しすぎるからな。

 若い新入りは、すぐ逃げちまう」


「でも、とにかく、お兄さん、生きてるかもしれないんですよね、その迷宮の中に!」


 リイファに〈朗報〉として、兄のことを伝えられそうな気がして、僕は喜んだ。


 僕はエレノアさんに問いかけた。


「僕が来てから、その迷宮ダンジョンに潜りましたっけ?

 そのデメロス迷宮っての」


「いや、潜ってない。

 ちょっと難易度高いんだよね。

 かなり古い迷宮ダンジョンでさ。

 一度死んだら、蘇生されることがないんだ。

 ライ坊やリイファちゃんには、まだ早いって思って……」


 王都近郊で最大のデメロス迷宮では、一度死んだ助からない。

 蘇生されないタイプの迷宮なのに、潜行したパーティーの幾つかが全滅してしまっていた。

 第二階層にすら辿たどり着けず、這々《ほうほう》のていで逃げ帰ってきた連中も多い。

 だから、僕とリイファが一人前になるまで、デメロス迷宮に潜るのは避けていたという。

 斥候のエレノアさんは再び伸びをしてから、僕より背丈が小さいのに、爪先立ちになって僕の頭を撫でながら言った。


「でも、まぁいいか。

 ライ坊の大事なリイファちゃんのためだもの。

 お兄ちゃんを見つけてあげて、ポイントを稼がなきゃね!」


「そ、そんなんじゃありませんよ。

 リイファは妹みたいなもんです」


 僕は力いっぱい両手を振って否定したけど、顔が赤くなるのを止められなかった。


◆6


 そして、翌朝ーー。


 エレノアさんの提案によって、案の定、〈時の狩人〉も、近日中に、デメロス迷宮ダンジョンに潜ることに決定した。

 珍しくフレシアさんが難色を示したけど、結局、僕とリイファの保護者を買って出てる彼女が、反対し続けることはなかった。


 でも、フレシアさんは強く念押しした。


迷宮ダンジョン内では、くれぐれも勝手行動しないでね。

 あのデメロスは蘇生ができないだけじゃない。

 ダンジョンレベルが高いというか、難所が多いのよ。

 昔、私とバトラーで何度か潜ったことがあるんだけど、新人のあなたたちには厳しすぎると思うの」


 僕とリイファは生唾を呑み込みながらも、迷宮ダンジョンに潜るのは冒険者の宿命だから、どんな艱難かんなんにも耐え忍ぶ覚悟を決めていた。


 そして、デメロス迷宮の第三階層ーー。


 美術工芸品と階段の多い区域で、様々なトラップが仕掛けられていた。

 迷宮ダンジョン自体が生命を持っているとよく言われているが、なぜだか、この階層は中世紀の王族の地下墳墓を模した造りをしているらしい。

 迷宮を生み出した〈疑惑の魔女〉の趣味らしい。


〈時の狩人〉メンバーは、先人が作成した地図を手に入れて、慎重に潜る。

 わずか三日で、第三階層にまで足を伸ばせるたのは、さすがにS級パーティーならではの力であった。


(ここまでは快調だ。

 ひょっとして、思ったより早く、リイファのお兄さんと会えるかもしれないぞ)


 奥深くまで潜れば、それだけ荷物が増える。

 ここから先の第四階層には、地上のような森林地帯が広がっており、幾つかのパーティーが野営している。

 魔物を狩って調理することができれば自給自足も可能なので、何年も居座っているパーティーもいるという。


 でも、今現在、歩いている、この第三階層では、食糧の調達が難しい。

 植物もなければ、獲物となる獣や魔物もいないからだ。


 そのぶん、荷物係が脚光を浴びる舞台といえる。


 いつもは僕が三つのでかいリュックサックを背負い、魔法使いのハーベイさんの魔法で、食糧を詰め込んだ荷車を一台ばかり宙に浮かせて迷宮に潜る。

 だが、今回はハーベイさんにさらに頑張ってもらって、荷車四台を浮かせて階層奥へと進む。

 それでも、大の大人が五人と、十代の若者が二人もいるのだ。

 干し肉や乾パンといった保存食が中心だったけど、今運んでいる食糧だけでは一週間分にしかならない。


(早く第四階層に到達しなきゃ、食糧が尽きてしまう……)


 僕は気ばかり焦っていたが、じつはすることがなかった。

 迷宮内での僕は荷物運搬しかすることがなく、実質的な仕事は、迷宮に潜る以前に終了している。

 保存食などの食糧だけじゃなく、罠をくぐるための魔道具のほか、甲冑かっちゅうや武器、作業用の工具などを調達し、そのための資金を管理するーーそれが終わったら、僕が迷宮内でやることといったら、荷物を運びながらマッピングしていくことぐらいだ。


 斥候エレノアさんの情報を元に、全員で打ち合わせして、今後の方針を立てる。

 僕にはやるべきことがなく、リイファと一緒にお兄さんを探しに行きたいくらいだけど、エレノアさんのように〈探索〉や〈索敵〉などのスキルがないのがうらめしい。

 僕は第三、第四階層の中継地点で、ぼんやりと荷物番をしているだけだった。


 もちろん、〈荷物番〉であっても、やるべきことは多い。

 故障した道具や装備の点検・修理などといった補修作業がある。

 それ以外にも、食糧を荷物から出したり、料理器具の点検、薬草やポーションを中心とした回復薬品の整理、そして、当座の寝床の確保なんかもある。

 これらについては前衛からわざわざ戻ってきたエレノアさんと一緒になって、トラップに注意しながら、一つ一つこなしていくしかない。


 デメロス迷宮の第三階層は広大で、王都の街区一個分ぐらいの広さはある。

 なので、前衛のエレノアさんと、どんじりにいる僕とでは、凄く距離が離れていて、合流するだけで相当時間がかかる。

 結果、僕とリイファが孤立しないように、さらにはトラップにかからないように配慮してくれるのは、主にエルフのフレシアさんの仕事になっていた。


「私は〈弓矢使い〉だからね。

 罠をくぐって宝箱を収集しながら、踏破とうはすること自体が目的となるこの第三階層では、これといってやることがないのよ。

 だからライオネスくんと同じく、みんなのお役に立てないの。

 のんびりしましょう」


 そう言って、フレシアさんは微笑む。

 僕を迎え入れてくれた時と同じく、優しい笑顔だ。


 第三階層に降りる前、僕が荷物を運ぶときに階段でつまずいて、転倒したりした時なんかは、リイファがいなかったので、フレシアさんに包帯を巻いてもらったり、ポーションをもらったりして、随分ずいぶんと気をつかわせてしまった。

 フレシアさんは、本当に優しい。

 しかも彼女は、この迷宮の経験者でもあり、一千年に及ぶ人生経験から得た知見によって、トラップのありどころを、メンバーの中で最もよく見抜き、迷宮の構造もしっかり把握はあくしていた。

 おかげで僕が休める場所や、荷物を集められる場所などを、事前に指示してくれたりした。

 正直、たとえ以前にこの階層を体験していたとしても、僕にこれほど的確な指示が出せるかどうか、自信がない。

 そう思わせるほどの力量差を感じさせられ、僕は少し落ち込む気分になった。


 第三階層に到達して、三日目。

 昼食を終えた後、荷物を移動させる準備に取り掛かった時ーー。


 奇怪な、耳慣れない音が聞こえた。

 やがて息が苦しくなって、咳き込み始めた。

 狭い通路で、毒ガスが発生したのだ。


 フレシアさんは叫んだ。


「気をつけて。息を吸ってはダメ!」


 僕は慌ててマスクを取り出そうとリュックを下ろし、一番下にあるポッケに手を入れた。

 けれど、あせりのため、手が震え、自分の口にマスクを付けることすらままならないほど、動揺してしまった。


 エルフのフレシアさんをはじめ、斥候のエレノアさん、魔法使いのハーベイさん、そしてリーダーのバトラーさん、たいていのメンバーには毒ガスに耐性があったが、武道修道士モンクのランガさんとリイファには耐性がなく、僕と同じように咳き込み、喉を掻きむしって苦しみ始めた。

 すると即座にフレシアさんが中心となって魔法を駆使して小さな結界を築き、空気が正常な空間を展開させた。


 フレシアさんのサポートを受け、まずはリイファちゃんが助けてもらって、次いで彼女がペンダントを使って、息苦しくなったメンバー、みんなに治癒魔法をほどこす。


 僕が用意したマスクは、床に散らばるばかりだった。

 しかも、みなに配給できたとしても、毒消しの薬草を染み込ませただけのマスクでは、今回ほどの毒ガスに、うまく対応できたとは思えない。

 まったく僕は役に立たなかった。


 それに比べてリイファはお兄さんを探すだけでなく、みなを助けているのだから、立派に〈時の狩人〉メンバーの一員になっていたと言える。

 僕はそんな彼女の姿をうらやましく思いながら、眺めていた。


 エルフの フレシアさんが作ってくれた結界のおかげで息が出来、リイファのペンダントによる治癒魔法のおかげで毒をやわらげることができ、ようやく僕は、自分が運んできた荷物の山を背もたれにして、ぐったりすることができた。


 助かったーーそう思って、気を抜いてしまった。

 その時である。

 いきなり脚に激痛が走った。


 蛇に太腿ふとももを噛まれたのだ。


 魔物化した毒蛇だった。

 以前の階層で駆除したはずだったが、今まで荷物の隙間にまぎれ込んで生息していたところ、毒ガスで這い出てきて、僕を噛んだのだ。


 エルフのフレシアさんが、


「大丈夫!? ライオネスくん!」


 と叫ぶ。

 彼女はそれまでリーダーのバトラーさんと今後の攻略方法を打ち合わせていた最中だったけど、僕が蛇に噛まれて叫んだのを耳にして、駆け戻って来てくれた。

 即座に弓矢で蛇の頭を撃ち抜くと、僕の太腿にできた傷口に口付けて毒を吸い出そうとする。

 毒の味がするのか、苦そうな顔をする。

 同時に、治癒魔法もかけてくれた。

 応急措置が適切だったからだろう。

 即座に痛みが退いた。

 僕は深く安堵の溜息をついた。


 本当にフレシアさんは凄い人だ。

 弓矢を良くするだけでなく、魔法を駆使して結界も築けるし、治癒も毒消しもできる。

 じつは、リイファのペンダントよりも、さらには魔法使いのハーベイさんよりも、治癒力が強い強力な治癒魔法を使うことができそうだ。

 ただ、彼女らの役割を奪わないために遠慮しているだけな感じだ。


「ありがとうございます」


 僕は彼女に向かって、深くお辞儀をした。

 しかしこのときのフレシアさんは気分がすぐれないようで、顔色が悪かった。


「ツイてないわ……」


 珍しくフレシアさんが、頬をふくらませて、ねる。

 彼女のおかげで毒が抜けたばかりなのにと、僕は皮肉な気がした。


「ははは。でも、ほら、こんなに元気です!」


 僕は大袈裟にガッツポーズをする。


「僕がこうして元気なのも、フレシアさんのおかげです」


 僕がほがらかな笑みを浮かべたからだろう。

 フレシアさんも、いつものような優しい笑顔を取り戻した。


 その直後、妹分のリイファが泣きながら僕に抱きついてきた。


「苦しくない? 今すぐ魔法をーー」


 そう言って、慌てて懐からペンダントを取り出そうとするのを、僕がやんわりと静止した。


「いや大丈夫だよ。

 もうフレシアさんに治癒してもらったから」


 リイファは両目いっぱいに涙を溜めながら、蛇に噛まれた僕の太腿の傷口に手を当ててさすってくる。

 そんな彼女の頭を、僕の方が撫でた。


 他人から、こんなに優しくしてもらえるのは、〈時の狩人〉に入れたからだ、と改めて感謝した。


 フレシアさんに導かれ、先輩方に励まされ、リイファにまで懐いてもらって……。

 僕は幸せを噛み締めていた。


◆7


 王都近郊最大のデメロス迷宮ダンジョンの攻略は難航した。

 この迷宮は今まで第六階層まであることが判明しているが、まだ先があるとも言われている。

 多くの未踏破地域を残しつつ、階層のボスを倒さずに行ってもまだ先がある。

 この迷宮に潜行した結果、数々のトラップに引っかかって全滅したり、主要メンバーが欠けて解散するに至ったパーティーが、いくつも存在していた。


 幸い、〈時の狩人〉は、七箇所以上も、今まで未発見だった地域の潜入に成功した。

 リーダーの自称勇者バトラーさんや、武道修道士モンクのランガさんが、強力な攻撃力を有するうえに、斥候のエレノアさんが探索技術にすぐれていた結果である。


 ところが、得るものは少なく、リイファのお兄さんのランドも発見することがなかった。

 特に第三階層は広大なために、マッピングも完全にされてはいない。

 次の、森林地帯である第四階層も同様で、たとえリイファのお兄さんが所属するパーティーが潜っていたとしても上手く出会えるとは限らない。

 今回、この迷宮に潜ってから、〈時の狩人〉は四十組以上のパーティーに遭遇し、共同戦線を張ったりして、罠を掻い潜り、魔物や中ボスを退治してきた。

 だが、リイファのお兄さんの噂はとんと聞かなかった。

 挙句、荷物係である僕が負傷してしまったことで、それがダンジョン攻略停滞の原因の一つとなっていた。


 僕の活動の有無が、ダンジョン攻略の進捗しんちょくに関わるということは、誇るべきことなのかもしれない。

 けれど、やはり嘆かわしく思うべきことで、リイファのお兄さんを見つけることができないこともあいまって、僕は忸怩じくじたる思いにとらわれた。

 だが、あの蛇に噛まれて以降、どうにも気力が出ない。


 ちなみに、あれから二日かけて地上にまで戻り、すぐさま病院に駆け込んでいる。

 すると、フレシアさんの治癒魔法がいたのか、毒性は感知されず、僕自身の体力や魔力の減退も見られないので、生命力は相変わらずだった。

 結果、「ゆっくり養生すれば回復するだろう」とお医者さんからお墨付きを得て、今は〈時の狩人〉の拠点宿〈愚か者の罠〉(ブービー・トラップ)で休息している。


 僕の活動休止を受け、すでに〈時の狩人〉は、大量の荷物をデメロス迷宮ダンジョンに持ち込むことをやめていた。


「ゆっくり休んだほうがいいわよ」


 とフレシアさんは枕元で、僕に優しく寝かしつけるように言う。

 彼女の後ろで仁王立ちする武道修道士モンクのランガさんが、カッカカカと豪快に笑い、


「おまえに付きまとわれてたんじゃ、足手纏あしでまといなんだよ。休め、休め!」


 と憎まれ口を叩く。

 一方、リイファはひざまずいて僕の手を握り、涙を浮かべながらも、「ごめんね。でも私、行くから」と言う。

 もちろん、彼女には、さらに迷宮ダンジョンに潜ってもらって、お兄さんを探して見つけてもらいたく思っていた。

 僕のせいで迷宮攻略が停滞するのは、我慢ならない。


 僕はベッドで半身を起こし、胸をトンと叩いた。


「こんな調子ですけど、後方支援は任せてください。

 地上にいればこそ、やれることもあります!」


 こうして僕は、みなが迷宮ダンジョンから持ち帰った宝物やドロップアイテムを換金するため、組合ギルドや商人とのやり取りに専念することにした。


 それから、さらに一カ月ほどが経過した。

 かなり身体は軽くなったけど、まだ少しゴホゴホと咳き込む。

 体調は万全とは言えなかった。

 それでも、リンゴやオレンジなどの果物は美味しくいただけるし、最近は肉の脂身まで食べれらるようになっている。

 完全回復もすぐだろうと、みなもお医者さんも言ってくれた。


 リーダーやランガさんなどは第三階層のラスボス攻略に忙しく、マッピングにかかり切りのエレノアさんもちっとも顔を出さなくなった。

 それでも、リイファとフレシアさんは僕の許に頻繁に訪れ、一週間に一度くらいは一緒に地上に戻って来ては顔出してくれた。

 迷宮の中に、幾つかの転移魔法陣を発見し、地上に戻りやすくなったのだという。


 フレシアさんは優しく僕の頭を撫でてくれるし、その横でリイファが僕の手を握りながら「顔色も良くなって順調そうですね?」とニコニコしている。

 なんだか女性二人に甘えまくる弟みたいで、恥ずかしい。

 僕は頬を赤く染めながらも、口をへの字に曲げた。


「リイファもフレシアさんも、子供扱いはやめてください」


 フレシアさんは「あらあら」と微笑みを浮かべ、僕の頭から手を離す。

 でも、いつも通りにおどけてみせた。


「でもねえ、私から見たら、あなたは孫みたいなもの。

 本当に小さなひよこみたいに可愛いのよ。

 この子も一緒でね」


 と、隣にいるリイファの頭を撫でる。


「この子、肌がすべすべしてて。

 ほんと、若い子はいいのよね」


 と、透き通るような肌をしたエルフが言う。

 なんとも奇妙な感じがした。

 ゴホゴホ咳が出る。

 春が過ぎ、初夏に差し掛かったというのに、相変わらず寒い日々が続く。


「最近、冷える。寒いな」


「そうかなぁ?」


 とリイファは首をかしげる。

 その一方で、フレシアは大きくうなずき、「そうね」とつぶやく。


 そうした穏やかな会合を何度か続けた後、変化が訪れた。

 二週間後、リイファが勢い良く飛び込んできたのだ。

 バタバタと音を立てて階段を昇ってきて、バタンとドアを開け、開口一番に叫んだ。


「お兄ちゃん生きてた! ダンジョンの奥にいるんだって!」


 ベッドの上でパンをかじりながらぼんやりしていた僕の身体を抱き締め、顔を押し付けてきた。

 ちょっと冷たい。

 リイファは泣いていたようだ。


「フレシアさんが、お兄ちゃんのバンダナを見つけたのよ!」


 僕がいない代わりに、荷物を運ぶのはランガさんの役回りになっていたが、荷物を管理する役目はリイファに押し付けられたらしい。

 一刻も早く、お兄さんを探しに行きたいリイファだったが、経験も乏しい未熟な彼女が動くよりも、エレノアさんやフレシアさんが目や鼻をかせた方が、はるかに罠を見抜け、魔物の動向も探ることができるから、仕方ない。

 おとなしく荷物の番をする日々が続いていた。

 結果、僕がしていたように、彼女もみなの荷物を預かって、次の攻略のための資材準備をするようになった。

 そんなとき、フレシアさんのリュックから、見慣れたバンダナが発見されたのだ。


 フレシアさんがもっていた荷物の中に、リイファはバンダナを見つけた。

 真っ赤な色のバンダナで、白字で『北方のランド』と記されてあった。


「間違いない。これは、お兄ちゃんのものです!」


 フレシアさんにたずねたら、迷宮の第四階層に先行したときに見つけた、という。


 リイファは、そうした経緯いきさつを早口でまくし立て、息をはずませる。

 その後、ゆっくりとした足取りで、フレシアさんがやって来た。


「まさかあのバンダナが、お兄さんのものだったなんてね。

 それにしても、荷物係って怖いわね。

 私の私物まであさっちゃうなんて」


 僕は笑った。


「仕方ないですよ。それぞれの私物も込みで管理しないと。

 次のミッションをこなす準備をするのが役割ですから」


 改めて問いかける。


「で、どこで見つけたんですか? そのバンダナ」


「リイファちゃんには言ったはずよ。

 第四階層。

 男どもが魔物やボス相手に張り切ってる間に、一歩先へ先行したら見つけたの。

 持ち主は、まだ奥にいると思う」


「お兄ちゃんが生きてた!」


 とリイファは喜び、僕の手を握ってブンブン振り回す。


 第四階層は森林地帯と泉があり、そこを根城にしてさらなる階層踏破を目指す冒険者パーティーが十二組以上もあり、中には十年以上も滞在している冒険者もいると、フレシアさんは聞き込んできたという。


 リイファは改めて拳を握り締めた。


「私、一人でも探しに行きます!」


 彼女の威勢の良い宣言は、廊下にまで聞こえたようで、ダンジョンから帰ってきた他のメンバーたちがドヤドヤと僕のいる部屋に入り込んできた。

 リーダーの自称勇者バトラーさんと武道修道士ランガさん、そして魔法使いハーベイさんといった男性陣の顔を見るのは久しぶりだ。


「ライ坊、元気だったか。

 やっぱ、荷物はおまえに運んでもらわないとな」


「こんなにしょっちゅう地上に戻ってたんじゃ、一向に攻略が進まないよ。

 でも、よかったなぁ、リイファちゃん。

 お兄ちゃんが見つかりそうで」


 僕と、僕の手を握って、ちょこんと隣でベッドに腰掛けるリイファを中心に、大人の冒険者たちが取り囲んで歓談を始めた。


「でも、第四階層も、湖のほとり以外は、かなり危ないし、湖の中にも見慣れない水生生物がいるってさ」


 とエレノアさんが口をとがらせたら、ランガさんも大きくうなずき、


「リイファちゃんが先走ってんじゃ、危なっかしい。

 特に第四階層への階段近くには、転移トラップが多いからな」


 そこでリーダーのバトラーさんが、パンパンと手を打って話をまとめる。


「とりあえずは、すでにルートが開けているんだから、第四階層まで食糧や備品など、必要な荷物をまとめて、まっすぐ届けよう。

 それから、他のパーティーと同じく、湖のほとりでテントを張って、拠点とすべきだろうね。

 聞いたところによると、さらに第五、第六階層へと向かったパーティーが五つあったっていうから、その中の一つにリイファちゃんのお兄さんも紛れているかもしれないよ。

 な、そう言ってたよな、フレシア?」


 リーダーの知識は、どうやらフレシアさんの聞き込みから仕入れたものらしい。

 フレシアさんはちょっと自信なさげにうなずく。


「ええ。噂に聞いた程度だけど」


 こうした二人の会話を耳にして、リイファは目を爛々《らんらん》と輝かせた。


「私、第四階層で食事をとったら、すぐに第五階層に向かいます。

 今度こそ、お兄さんに会える気がするんです」


 彼女の喜びの声を耳にして、難色を示し、腕を組んだのは斥候のエレノアさんだった。


「水を差すようで悪いんだけど、第五階層以降は、ろくにマッピングされてないんだよね。

 潜ったパーティーが幾つかいるみたいだけど、誰も地図を公開してくれてないのよ。

 一歩、みんなより先に先行したんだけど、私の探索や索敵のスキルにも何の反応もなくって、嫌な雰囲気しかしない。

 やっぱり、もっと武器や詮索のための杖とか、道具を装備してからじゃないと、私は行きたくないな」


 要するに、商業組合や魔道具の店をあさって、いくつか調達したいものが揃られてからじゃないと、動く気がしない、それまで待ってくれないか、とエレノアさんは提案したのだ。

 優秀な斥候らしい意見だった。


 けれども、待ちきれないリイファは泣きそうな顔になる。

 僕をはじめ、みながオロオロするが、そんなリイファに優しく声をかけたのがフレシアだった。


「わかったわ。心配いらない。

 私が一緒に行くから」


 そう言って、自らの肩に弓と矢筒を担ぐ。

 ゆったりとした雰囲気のフレシアが、「みなは来なくてもいい」とまで断言した。

 彼女がこれほど積極的になるのは珍しい。

 一千年の経験を誇るエルフの協力を得ると知って、〈時の狩人〉のメンバーはみな、深く安堵した。


「だったら、安心だな」


「おお。吉報を待ってる」


「ありがとう。みなさん!」


 リイファは涙を流しながら、フレシアさんに抱きつく。

 抱擁ほうようし合う二人の女性を取り囲んで、仲間たちは微笑む。

 そんな姿を、僕はベッドの上から眺めて、幸せな気分を味わった。

 そして一刻も早く現場に復帰し、リイファやフレシアさんの手伝いをしたいと強く思った。


 そして二週間後ーー。


 ダンジョンから、エルフのフレシアさん独りが帰ってきた。

 僕の妹分、〈ペンダントのリイファ〉はいなくなってしまったのだ。


◆8


 お兄さんのバンダナが見つかって、すぐにも兄を見つけてみせると意気込んでリイファが仲間と共にデメロス迷宮ダンジョンに潜ってから、二週間後ーー。


 ダンジョンから、エルフのフレシアさん独りが帰ってきた。

 僕の妹分、〈ペンダントのリイファ〉はいなくなってしまったのだ。


 ちょうど僕の体力が回復して、宿屋一階の食堂でご飯が食べられるようになった頃のことだった。

 これまた珍しく〈時の狩人〉のメンバーがみなで晩餐ばんさんをしに現れ、ちょうど収穫物からの料理を待っていた。

 僕と鉢合わせし、一緒に晩餐を取ることになった。


「どうして、さそってくれなかったんですか?

 あれ、リイファは?」


 ザッと見回すが、ピンク色の髪をした女の子がいない。

 僕がたずねると、ハーベイさんやエレノアさんは視線をらし、言いにくそうにしている。

 仕方ない、とばかりにリーダーのバトラーさんが立ち上がって僕を席につけると、ポンと肩を叩いた。


「喜べ、ライオネス。

 リイファちゃんの願いがかなったんだ」


 武道修道士モンクのランガさんも立ち上がり、僕の前にエールのジョッキをドンと置いて、白い歯を見せた。


「リイファちゃん、兄貴が見つかったんだとよ」


「お兄さんに会えたんだ?」


 僕は目を丸くして、身を乗り出す。

 これに対し答えたのは、腕を組んでうんうんとうなずいていたリーダーのバトラーさんだ。


「感動の再会を果たしたって話だよ。

 僕は現場を見ていないけどね」


 エルフのフレシアさんがバトラーさんにおしゃくをしながらも、自分でもチビチビと果実酒を飲みつつ言った。


「ええ。リイファちゃん、泣いて喜んでたわ」


 フレシアさんが、感動の兄妹再会場面を見届けたらしい。

 斥候のエレノアさんが笑いながらも舌打ちする。


「ちぇ。いつも良い場面は、フレシアさんに取られちゃうんだよね。

 貴重な宝箱を見つけるのも、未踏破の道を真っ先に攻略するのも、こんな可愛いライオネスくんを街中で見つけるのも。

 そして今回、リイファちゃんがお兄ちゃんに抱きつくのもーーみんな肝心な場面に出くわすのは、フレシアさんが独りのときだったりするのよね」


 魔法使いのハーベイさんは、目の前に並べられた魚のソテーに手づかみで食べている。

 メインディッシュの前に淡白な川魚を口にするのが、この人の特徴だ。


「まぁいいじゃないか。

 伊達に一千年も生きてないってことだよ」


 フレシアさんは穏やかに切り返す。


「随分な言い草ね。

 ハーベイちゃんも、すっかり大人みたい」


 みんなで、あはははと笑う。

 いつもの〈時の狩人〉のメンバーの会食だった。


〈時の狩人〉について、リーダーのバトラーさんは言っていた。

 S級冒険パーティーになってもC級から始めた初心者冒険者集団だった頃の雰囲気を忘れないようにしていると。

 それはメンバーが入ったり出たりすることを、そのまま引き受けることも意味していた。


(去る者、追わず、か……)


 でも、本当を言えば、僕は悲しい。

 妹分のリイファがいない。

 彼女の八重歯が覗く、満面の笑顔が見られない。

 ようやく現場復帰ができるかと思った矢先になのに。


「あら、寂しいの?」


 とエルフのフレシアさんが、僕の頭を撫でる。

 僕は顔赤くして、「子供扱いしないでください」と頬をふくらますが、ハハハと笑いながら、武道修道士モンクのランガさんは、僕の背中をバンと叩いた。


「自立すんのも、妹分に先を越されちまったな。

 だが、いいさ。おまえの愚痴は俺らが聞いてやるから。

 早く一人前の冒険者になれよ」


「愚痴なんて……でも、彼女、何か僕に伝言とか、なかったですか?」


 僕が宿で療養していたとき、最も頻繁に訪ねて来てくれたのが、リイファだった。

 僕すっかりなついていた彼女が、別れの挨拶もしないのが信じられない。

 だけど、リイファについてとフレシアさんが言うには、彼女はお兄さんのランドと感動的な再会を果たすと、そのまま第五階層の攻略に向かったという。


「おいおい、本当に挨拶なしかよ」


 と文句を口にしたのは、斥候のエレノアさんだ。

 視線を僕のほうに向けて憎まれ口を叩いているのを見ると、僕を気遣きづかってくれてるらしい。

 でも、たしかにそれは、僕の本音ほんねでもあった。

 魔法使いのハーベイさんは口数が少ないが、珍しく口を開いた。


「まあ、よかったじゃないか。

 リイファちゃんの目的が果たされたんだから」


 たしかにその思いは、僕だけではなく、みなが共有していると思う。

 斥候のエレノアさんは口許をナプキンで拭きながら、改めて指摘する。


「でも、あのデメロス迷宮ダンジョン、かなり難易度高いわよ。

 それなのに、さらに深層に潜るなんて。心配だな」


 バトラーさんは、いつものごとくパンパンと手を叩くと、明るい声でまとめた。


「さあ、荷物係ライオネスくんの復帰だ。

 他人の心配なんかしてる場合じゃないぞ。

 デメロスには、まだまだ未踏破の地域は多いんだ。

 今夜は英気を養って、明日からさっそく潜ろうじゃないか!」


 リーダーはそう言って、僕のほうに向けてジョッキをかかげる。

〈時の狩人〉メンバーのみなが手にしたジョッキやコップを掲げてから、歓声を上げた。


 おお!?


 そのタイミングで、テーブルの上にドンと置かれたのは、塩胡椒をふんだんにまぶして焼いた肉の塊だった。

 フレシアさんがスクッと立って、笑みを浮かべた。


「これはライオネスくんの快気祝いだから、〈時の狩人〉のみんなで食べましょう!」


 目を丸くしたのは、僕だけではなかった。

 リーダーのバトラーさんが笑みをこぼしつつ、


「用意がいいなぁ、フレシアは。

 いつの間に、獣を狩ったんだ?」


 と明るい声をあげ、食事用ナイフを突き刺していく。

 リーダーに倣ってメンバーたちも口々に語らいながら、豪勢な料理に舌鼓したづつみを打ちはじめた。


「これはうまいなぁ。

 ほんと、何処どこでこんなの狩ったんだか。

 第五階層って、あんまり獲物えものがいるとは聞いてないけど」


「まぁ、フレシアさんの活動範囲は広いからね。

 静かに弓矢でたれたら、私たちでも気づくことすらできない」


「とんだサプライズだ」


 僕の快気祝いという名目だけど、実質は迷宮から久しぶりに戻って来たお祝いなのは承知している。

 デメロス迷宮の探索は、よほど大変だったのだろう。


 威勢良く肉にかぶりつく仲間の姿を、目を細めて眺めてから、僕も久しぶりの肉料理を堪能たんのうした。

 肉汁がジューシーで、噛めば噛むほど味わい深い。

 魔物肉のような獣臭けものくささがない、実に上品な味だった。


 ふと気づけば、豪勢な肉料理をサプライズ提供した、肝心のフレシアさんが、その肉料理を自分の皿に盛り付けていない。


「どうしたんですか。食べないんですか?

 おいしいですよ」


 フレシアさんは、自分はチビチビとお酒を飲むだけだった。


「私、お腹いっぱいだから、今晩は遠慮するわ」


「そうですか」


 とだけ答えて、僕は再び手掴みで肉にかぶりつく。


 僕にとっては久方ぶりのまっとうな食事だった。

 肉を食べるなんて何週間ぶりだろう。

 久しぶりに口にしたのが、こんな美味しいお肉でよかった。

 バクバクと肉を頬張ってから、ぐいっとエールを飲む。


「ん?」


 何かが歯の間に絡まった気がした。

 異物を口から吐き出す。

 指で摘んで、目の前に持ってきた。


「こいつ、毛か?」


 フレシアさんは獣を狩るだけではなく、さばくことについても名手だ。

 味付けは料理人に任されるけど、毛をり、皮をぎ、解体する作業は手際良く、丁寧だった。

 そんな彼女が毛を剃り残すなんて珍しい。

 そう思っていたら、目の前につまみ出されたモノを凝視して、息を呑んだ。


 「細いーーまさか、髪の毛?」


 僕が今、指で摘んで目の前にしているモノーーそれは、一筋のピンク色の髪の毛……。


 僕の頭に真っ先に浮かんだのは、リイファの笑顔だった。

 お兄さんが見つかるかも、と希望に満ちた、あの笑顔……。


◆9


 翌日ーー。


 僕は内心、モヤモヤするものを抱えながらも、リーダーに一刻も早い現場復帰をわれたこともあって、みながこれから迷宮ダンジョンに潜るための準備を始めた。


 持っていくみなの荷物を整理する。

 武道修道士モンクまとう替えの道着、弓使いが使う弓矢の補填ほてん、魔法使いが補助に使う魔力をめた宝珠ほうじゅなど。

 他にも、食糧とかポーションなども、僕が持ち運ぶことになっている。

 現場復帰は久しぶりで、まだいくらか体が重いけど、気を取り直して仕事を始めた。


 僕が久しぶりに仕事を始めた場所は、定宿じょうやどの敷地内にある倉庫だった。

 僕ら〈時の狩人〉パーティー以外の冒険者パーティーも、ここに荷物を集積している。

 その中で〈時の狩人〉の荷物は、一番奥の壁側にひとかたまりになっていた。


 僕は荷物置場の只中で腰をえると、斥候、武道修道士、弓使い、魔法使い、そしてリーダーのバトラーさんの正式な職種である剣士ーーそれぞれの職にとって、必要な荷物を確認していった。

 重要な道具は個々人が携帯してくれているものの、食糧やポーションなどを三週間分も揃えると、結構な量の荷物になる。

 これをすべて荷台に積み上げるだけでも、病み上がりの僕には、かなりの重労働だった。


 半日かけてあらかたの作業を終えた僕は、荷車の脇にへたり込んで一息ついた。

 でも頭の片隅には、昨日手にした一本のピンク色の髪の毛が気にかかって仕方なかった。

 今もポッケに忍ばせてある。

 ポッケから取り出して、ジッと見る。

 一度だけリイファの髪の毛を、僕もいたことがある。

 その時、櫛にからみついた、あの髪の毛にそっくりな気がする。


 昨晩、僕らが食べたあの肉の食材になった魔物に、彼女が食われたのか?

 いや、あの肉を調達したのはフレシアさんだ。

 まさか、そんな悲劇があったなら、彼女が悲しそうな顔をしながら、その顛末てんまつを語ってくれたはず。

 やっぱり、リイファの髪の毛が、フレシアさんに絡みついていて、それが、魔物の解体に際して、お肉に付着したに違いない。

 綺麗好きなフレシアさんには珍しいことだけど、何日も迷宮にもぐっていたら、汚れもする。

 彼女はよくリイファの髪をいたり、三つ編みにったりしていたから、リイファの髪の毛がフレシアさんの身体に付着したまま、仕留めた獲物の皮をいだり、肉をさばいたりしたときに、からみついたのに気づかなかったんだろう。


(うん。そうに違いないーー)


 そんなこと思いながら、僕はフレシアさんの大きなリュックを開けた。

 その中から、何本ものカラになったポーションのビンと、干し肉、乾飯の残りものなどを取り出した。

 そんな時ーー意外なものを見つけた。


「これは!?」


 僕は手にかかげた。

 さすがに覚えている。

 女神様の彫刻がされた、真ん中に青い水晶がついたペンダントーー。


「私にくれたのよ。今までありがとうって」


 いきなり声をかけられた。

 振り向いたら、エルフのフレシアさんが立っていた。


「……」


「どうしたの?」


 僕がしゃがんだ姿勢のまま、身を固くしていると、フレシアさんは可愛らしく小首をかしげる。

 僕は喉がカラカラにかわきながらも、精一杯、問いかけに答えた。

 答えたーーというよりも、疑問に対し、疑問でこたえた格好になった。


「僕はしっかり覚えています。

 リイファが言ってたんだ。

『このペンダントがないと、治癒魔法が使えなくなる。

 それじゃ、ワタシは単なる役立たずになってしまうから、冒険者である限り手放すつもりはない』って。

 それに、なによりこのペンダントはお兄さんに返すものだって……だから……」


 喉を詰まらせる僕を、フレシアさんは不思議そうな顔をして、ポンと手を打って微笑んだ。


「なに? コレが欲しいの?」


「いえ……」


 僕はこれ以上言葉が出なかった。

 うつむいて、沈黙していると、いたずらっぽく笑いながら、フレシアさんが一本、弓矢を取り出し、僕に手渡した。


「この矢の先端のやじり、骨で出来てるのよね。

 何の骨だかわかる? ああ、骨というよりーー」


 彼女が語り終わらないうちに、僕は両目を見開き、ガタガタと身を震わせる。

 僕はわかってしまった。

 これは歯だ。

 見慣れた八重歯の形だった。


 ピンク色の髪の毛、女神の彫物がされた魔法のペンダント、そして八重歯ーー。


「まさか、昨日の肉……」


 喉の奥から吐き気が込み上げてきて、僕はつんいになって、げええっといた。

 だけど、昨晩の料理はすっかり消化されていて、胃液しか出ない。

 僕が突然、吐き始めた姿は本来なら目立つはずだけど、今は倉庫の中だし、多くの荷物に視界をさえぎられていて、近くにいるはずの冒険者たちからも目に付かなかった。


 フレシアさんはしゃがみ込んで、僕の耳許みみもとささやきかけた。


「じつを言うと、少し後悔したのよ。

 あの子、ちょっと筋張すじばってて、さばきづらかったのよね。

 でも、たっぷりの香草こうそうに、塩胡椒しおこしょうをまぶしておいたから臭みが取れたし、料理人が上手に調理してくれて助かったわ。

 みんな、美味しそうに食べてくれたもの。

 でも、お兄さんの方が、肉付きが良くて、おいしかったわね」


 フレシアさんは、僕の隣にゆっくりと腰を下ろした。

 僕の耳許に唇を寄せて、息を吐きかけた。

 彼女は見た時もないほど、悪戯いたずらっぽく笑っていた。


「何を驚いた顔をしてるの?

 居なくなって、せいせいしてるんでしょ?

 彼女のせいで、あなた、肩身が狭くなってたものね」


 僕は彼女から目を逸らす。

 そして思い出した。

 斥候のエレノアさんが言っていたセリフを。


『たしかに、入るのは甘々なんだよね、〈時の狩人〉(ウチ)は。

 フレシアがいるから。

 でも、居残るには、ちと、厳しすぎるからな。

 若い新入りは、すぐ逃げちまう』……


 僕は声を震わせた。


「エルフさんは、新入りに優しいって……」


「そりゃあ、なついてくれないと、隙を突けないもの」


 こともなげにフレシアさんは、そう語り、僕の頬に口づけをする。

 僕はフレシアさんの美しい顔を正面から見詰めて、喉を詰まらせた。


「ーー今までの、他の新入りも……?」


「そうね。役立たずに長居してもらっては困るもの。

 私にとって、人族は家畜のようなものなの。

 使える者は残しておいて、護衛や雑用なんかに役立ってもらうけど、使えない者は……ね。

 間引くことは必要だと思うわ。

 そうそう。知ってた?

 私の正式な名前は、ラフレシア。

 面倒だから『ラ』だけ省略してるんだけどね。

 人間に聞いたら、ラフレシアって世界で一番大きな食虫植物ですって?

 それ聞いて、嫌になっちゃったわよ。

 私、昆虫を食べる趣味なんて、持ち合わせてないもの。

 でも、この前、ようやくラフレシアの花ってのを見たんだけど、たしかに大きくて、結構きれいだったわよ」


 フレシアさんはゆっくりと立ち上がって、金色の髪をなびかせる。

 相変わらず美しい。

 一千年も生きた女性だとは、とても思えない美しさだ。

 僕は後ろの荷物にすがるように後退あとずさりながら、それでも彼女から視線を外さず、乾いた喉から声を発した。


「ぼ、僕も食べられるんですか?」


 勇気を振り絞って口にした僕の言葉を耳にして、フレシアさんはキョトンとする。

 そして一拍いっぱく、間を置いてから、口に手を当て大笑いした。


 あははは!


 今まで見たことのないほど大口を開けて、エルフが笑っていた。

 彼女はしゃがんで僕に視線を合わせると、ようやく言った。


「あなたは食べない。

 あなたは病気だから。

 気づいてない?

 あなたに死相が出てるの。

 ほんと残念だわ。毒蛇に噛まれちゃって。

 急いで毒を抜こうとしたのに、間に合わなかった。

 せっかく肉付きの良いあなたをパーティーに招待したのに、食べ頃を見計らっていたら、こんなことになるんだもの。

 ほんと、あのピンクの髪の女の子、邪魔臭かった。

 知ってた?

 彼女、あなたに気があったみたいよ。

 いつも近くにいようとするし、あなたから視線を離そうとしなかったもの。

 挙句、私があなたを好いてるんじゃないかって邪推して、面倒臭いったら、なかった。

 おかげで、とても、あなたをどうこうする隙をうかがうことができなかったわ。

 殺すだけならできただろうけど、肉をさばいて調理しようと思うとねーー。

 そうなのよ。

 彼女のおかげで、あなたを食べそこねたのよ。

 残念だわ。

 ーーああ、そうそう。

 あの蛇の毒は、致死率100%の猛毒なの。

 それなのに遅効性なんだから面白い。

 効果が現れるのが遅いのよ。

 そんな毒が、あなたの身体中に回ってる。

 あなたを口に入れたら、私にまで毒が回っちゃう。

 それなのに、人間ってのはわずかな年数しか生きないせいか、ヤブ医者が多いのよね。

 気脈を伝う魔毒が見抜けなかっみたい。

 そうねぇ……あなたはこれからもって一ヶ月といったところかしら。

 私、エルフだからって、なぜだか誤解されがちなんだけど、葬送そうそうなんかに参列したりしないから。

 辛気臭いの、嫌いなのよね。

 あなたたち人間なんて、すぐに死んじゃうんだから。

 でも生命いのちは生命だしね。

 生きてる限り、生きてるんだから、ライオネスくんもあと残り少ない余生を楽しんでね」


 全身をこわばらせて動けなくなっている僕に、フレシアさんは美しい白い指を伸ばした。

 そして僕の手からペンダントを奪い取る。

 ペンダントを胸につけて、エルフさんは深い溜息をつくと、笑顔で立ち去っていった。


 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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