泥棒猫を呪い殺すなんて、呪術師のたいがいがやってるわ
◆1
私の彼は有名な冒険者だ。
〈疾風の剣〉という二つ名を持つAランクの剣士だ。
彼の逞しい二の腕に掴まりながら、街中でデートすると、みなから注目されて、ちょっと嬉しい。
ほんと、冒険者組合の受付嬢をやってて、良かったと思う。
そうじゃないと、彼との接点はなかっただろうし、彼から冗談混じりのアプローチすら受けなかっただろう。
それぐらい、私は平凡な女の子なのだ。
だから、街の有名人と付き合っている喜びに全身で浸る毎日を送っていた。
ところが、今日は、彼とのデート中だというのに、気分が冴えなかった。
「どうした?」
彼が私の顔を覗き込んでくるので、自分の首や足に手を当てながら答えた。
「首が痛い。足が痛い。身体がだるい……」
最近、体調が滅茶苦茶悪い。
今まで、こんなことはなかった。
まだ二十代。
まだまだ更年期障害を云々する年齢ではない。
「大丈夫か?
治癒魔法を使えるヤツ、俺のパーティーにいるから、紹介しようか?」
「ありがと。でも、ウチにはシーナがいるから。
彼女、こういうの、癒すの得意だから、心配してない」
シーナは私と同室で起居するルームメイトだ。
「ああ……」
シーナの名を耳にすると、彼は決まって気まずそうな顔をする。
彼はシーナと幼馴染で、シーナが私に彼を紹介してくれた。
巷では、彼とシーナが付き合ってると噂されてたけど、彼に聞いても、シーナに聞いても、「そんなことはない、単なる幼馴染だ」というから、私は彼のカノジョに収まることにした。
それから、私と彼は付き合ってる。
シーナにも思うところがあったようだけど、私と彼が付き合うのを応援してくれるようになった。
私には最高のルームメイトだ。
◆2
「また、痛くなったって?」
私が体調不良を訴えると、シーナは冗談めかして笑った。
「アイツが呪いを連れて来たんじゃないの? ダンジョンからの冒険帰りなんでしょ?」
「アイツ」とは、私のカレのことだ。
気安く呼ぶのは幼馴染の特権といえよう。
「そーみたいだけど、呪いとは縁のないダンジョンだって言ってたよ」
「そう? 残念。呪いだったら、私が祓ってあげようと思ったのに」
ルームメイトが明るくて助かる。
彼女は、薬を塗った湿布を貼ってくれたり、足を揉んでくれたりする。
彼女は呪術師だ。そして治癒師でもある。
職業を兼任するヒトは珍しいけど、シーナに言わせれば、どちらも似たような職能だという。
「呪いと癒しは、相関関係にある」
というのが彼女の持論だ。
実際、毒物とポーション、どちらを作るにしても、ほとんど同じ行程を踏むのだという。
知らんけど。
とにかく、シーナの回復ポーションは良く効く。
そのはずだったけど……。
今回の痛みには、効果が薄いようだった。
あまりに首や足が痛いので、私は仕事を休んだ。
◆3
シーナが出払ったから、私は部屋で一人になった。
ひとりで伏せっていても、全身のダルさが抜けない。
シーナ特製のポーションはすぐになくなった。
だから、ベッドから這い出して、新しいポーションを探した。
めぼしいところに探りを入れてみたが、見あたらない。
部屋の中の方々を見てまわることになった。
そして、気づいてしまった。
私が手出ししていなかった場所に。
それは、シーナが私的に使う鏡台だった。
彼女の鏡台の引き出しに手をかけた。
いつも鍵が掛けてある引き出しだ。
が、試しに、力任せに引いてみた。
すると、その日は偶然、鍵の調子が悪いのか、引き出しがパカッと開いた。
「わあ、凄い!」
鏡台の引き出しの中には、小さな瓶に詰まったポーションが何本もあった。
みな、透き通るような青色で、最近、シーナが私に処方してくれるポーションとは色が違った。
なんだか素人目にも、こちらのポーションの方が効く気がする。
最近のポーションの色は黒みがかっていて、趣味じゃなかった。
(じゃ、三本ほど失敬して……)
立て続けに青いポーションを三本飲み干した。
すると、瞬く間に、元気になった気がした。
(なによ、シーナのやつ。
こんなに効くポーション、隠し持ってただなんて……)
意外な発見に浮かれて、さらにお得な何かがないものかと探し始める。
ルームメイトが不在なことを良いことに、さらに引き出しの奥のほうに、手を伸ばす。
すると、奇妙なものを、自分の手が掴み取っていた。
手元に手繰り寄せたところ、それは小さな粘土人形であった。
胸が盛られているから、女性を象ったものだろうか?
首と足、そしてお腹に、黒い針のようなものが刺されている。
その周りにはーー。
(あ、これ。この前、失くしたヤツだ! これも、それも……)
イヤリングの片方。
お気に入りの爪切り。
口紅ーー。
みな、最近紛失した、私の小物だった。
掻き集めて、私のバックに入れる。
残されたのは、三本の針が刺さった、歪な格好をした粘土人形だけだった。
気持ち悪いから、私は針を抜いて、クシャクシャに粘土を丸めて、ゴミ箱に捨てた。
◆4
その日の夜ーー。
受付嬢の宿舎に、冒険者組合に雇われた上級呪術師が派遣されていた。
呪い絡みの死骸が発見されたからだ。
呪術師のシーナが帰って来たら、ルームメイトがベッドの上で死んでいたという。
顔も胴体も混じり合った、気持ちの悪い状態で、丸まっていた。
先輩呪術師は、後輩のシーナに語りかけた。
軽い尋問のようなものだった。
「この死体ーー呪術師のアンタなら、わかるよね?
アンタのルームメイトの霊体を写し取った粘土人形を、誰かが丸めたんだ。
で、時間差で呪いの効果が現われて、その人形と同じ形体にルームメイトがなってしまった、と……」
そこまで語ってから、先輩は急に声を潜めた。
「ところで、シーナ。
アンタ、噂じゃ、ルームメイトに彼氏を取られたって小耳に挟んだけどーーまさか殺ってないわよね?」
「もちろんです!
私が人形を丸めたなんてこと、ありません。
嘘発見の魔法をかけたって構いませんよ」
「いや、いい」
先輩呪術師はシーナの肩をポンと叩いて、何事かをささやいた。
その言葉を耳にして、シーナは明るい顔で深々とお辞儀をした。
「ありがとうございます、先輩!」
◆5
シーナは独りになって、丸まったルームメイトをボンヤリと眺める。
このルームメイトの変わり果てた姿を、明日、掃除職人たちが片付けることになった。
〈魔物の遺失物〉として撤去してくれるらしい。
彼は「そんな化け物になった彼女なんか、見たくない!」と語って、この部屋に顔も出さなかった。
ふう、とシーナは溜息をついた。
(それにしても、ようやくアイツも、私の呪い人形に気づいたのね)
体調不良になったら、すぐに気づくかと思ったけど。
(私のような呪術師から彼氏を奪うから、こんな目に遭うのよ……)
まさか、自分の手で粘土人形をグシャグシャに丸めるだなんて。
粘土人形に自分の霊体がトレスされてるなんて、思わなかったようね。
でも、正直、助かった。
これで素人には、彼女が化け物に殺されたとしか思えないわよね。
もっとも、同業者の呪術師や魔術師だったら、すぐに私が怪しいって気づくかもだけど、同業者同士は庇い合うのが基本だから。
それに、組合から調査に来た先輩は、耳打ちしてくれた。
「泥棒猫を呪い殺すなんて、呪術師のたいがいがやってるわ」と。
あははは。
シーナの口許には、自然に笑いが込み上げてきた。
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