精霊の灯火(ともしび)
この国は精霊に満ちています。
実際、森林や湖畔、洞窟の中といった、あまり人が触れていない自然があるところには、たいがい精霊が飛び交っています。
ですが、彼ら精霊の姿が実際に見えて、共に語らうことができる人間は多くありません。
そんな希少能力を持つのが、僕、〈精霊の加護持ち〉なんです。
テイマーが魔物を従えるのと同じで、私は子供の頃から精霊と会話ができました。
精霊と友達だったんです。
彼らはいつも僕を助けてくれます。
森の中で魔物に囲まれた時も、隠れやすい岩場を教えてくれたり、魔物に見つからないように進める道を教えてくれたり、とにかく僕の安全を考えて誘導してくれるんです。
僕を誘導してくれるとき、精霊《彼ら》は、それぞれに固有の色ーー白や青、黄色など、様々な色に光り輝きます。
精霊の灯火というやつです。
僕のような〈精霊の加護持ち〉が闇の中で立ち往生すると、決まってどこからともなく精霊が現われ、灯火で行手を指し示してくれます。
光に従って進めば、道に迷うこともありません。
ですから僕は、深い森やダンジョンの奥といった、視界が極端に悪い場所に入るとき、冒険者たちからよく重宝がられたものでした。
その日の仕事も、知人の冒険者から依頼されたものでした。
『ダンジョン奥深くに潜って、さらに先へ行こうとしたが、食糧が尽きてしまった。
補給して欲しい』
という依頼でした。
とにかく、そのダンジョンは、第四階層が真っ暗なんだそうです。
足下すら、見えません。
光魔法を使おうにも、四方の壁に魔法障壁が張り巡らされていて、ほとんど魔法が使えないそうです。
幸い、第五階層にまで達すると、視界が開けた区域に入ることができます。
ですから、知人の冒険者が率いるパーティーは、第五階層に拠点を築いて、より深く、第六、第七階層へと探索を続けようとしているのです。
そんなときに、食糧不足を理由に、地表にまで戻りたくはありません。
ですから僕に、食糧の補給と、調理等に使う燃料の補充などを依頼してきたのでした。
僕に依頼してきたのは、当然、僕が〈精霊の加護持ち〉だからです。
真っ暗闇の第四階層を、難なく突破できる人材として抜擢されたのでした。
ですが、このダンジョンに入ったときから、僕の心に不安がよぎっていました。
いつも僕の周りにまとわりついてくれる、馴染みの精霊の気配がなくなっていたからです。
精霊の世界にも縄張りがあるようで、ダンジョンの深層部ともなると、普段の生活空域とは異なった精霊が住んでいるのでしょう。
第一階層から第三階層までは明るい上に、光魔法が使えたので、なんの問題もありませんでした。
ですが、石段を降りて第四階層に辿り着いた途端、周りの景色がハッキリと変わりました。
それまでの石畳と石壁の世界が、墨で塗り潰したように真っ黒な世界に変貌したのです。
試しに光魔法を使ってみましたが、一向に明るくなる気配がありません。
最初のうちは壁に手をやりながら、ゆっくり進むしかありませんでした。
(それにしても、ほんとに真っ暗で、何も見えないな……)
ちょっと心細くなったとき、ポワッと灯りが二つつきました。
僕は胸を撫で下ろしました。
(やっぱり、僕は〈精霊の加護持ち〉なんだ。
行く先々で、そこを棲家にする精霊が助けてくれる……)
馴染みの精霊が姿をみせず、ダンジョンの暗闇の中で、僕は途方に暮れていました。
そんなとき、僕の前に、二つの灯火が現われたのです。
僕に対する親しみをもった波動を感じました。
このダンジョンを縄張りとする精霊たちでした。
『どうぞ、こっちよ。気をつけてね!』
『ワタシたちの灯りだけじゃ、人間の目には暗いでしょう?
でも、しっかり導いてあげる……』
元気な子と、おとなしめな子ーー赤と白に光る、ふたりの精霊が、先導役を買って出てくれました。
ちなみに、精霊には男女の性はありません。
ですから、「ワタシ」といった自称は、そのように僕の耳に聴こえるだけのものです。
ほんとうは声ですらありません。
思念をじかに通わす念波みたいなものです。
ですから、遠慮なく、思念が伝わってきます。
でも今回は、伝わる思念の内容からいって、女性寄りな性格をした精霊のようでした。
特に元気な子の方が、お喋りなようです。
僕は精霊と思念を交わしあって、真っ暗な所を進む心細さを紛らわせました。
『歌、唄おうよ!』
「どんな?」
『人間は、どういう歌が、こーいったときに向いてるの?』
「真っ暗闇の中で唄う歌? そんなの、ないない!」
人間が真っ暗闇に囲まれたら、魔物に見つけられないよう、息を潜めるばかりだ。
『つまんない』
「精霊はどうする?」
『唄うよ。聴いてて!』
リリリリリ〜〜。
変なテンポで抑揚がついてる歌だった。
歌といっても歌詞がない、リリリと口にするだけの歌だ。
真似してみた。
リリリリリ〜〜。
『あら、うまいじゃない?』
「ありがとう。
たしかに、暗闇の中で唄うと、声がよく響くよね。
あ、そうそう、あなたの名前は?」
精霊が二人して顔を見合わせてから、大笑いした。
『精霊に名前なんかあるもんか』
『私たちは光で区別するから、名前なんか要らない』
たしかに個々人の発する光の色がそれぞれ違うなら、識別可能だろう。
だけど、それは目視できる場合に限られるのではないか?
僕にはどうにも納得できない。
「でも、会話なんかで、他人について言及するときなんか、名前ないと不便じゃない?」
『別に。あの青い子とか、白い子っていうだけでわかるもん』
そうだった。
精霊は縄張りの中で生きているから、世間が狭いのだった。
だから、同じ色に光る存在に出合わないから、名前を持たなくとも不都合が生じない。
精霊の側からすると、名前などという不必要な識別記号まで抱え込んで、人間は勝手に苦労を背負い込んでいるぐらいに思っていそうだ。
現に、目の前で赤く光る精霊は、両目を見開いて僕を覗き込む。
『でも、アンタの任務、大変そうだね。
自分が食べもしない〈食糧〉なんかを他人のために運ぶなんて』
すると、もう一人の白い精霊は、仲間の横でしたり顔でうなずく。
『いや、人間自体が、いつも大変そうに生活してる。
畑を耕したり、遊んだり、戦争したり。
おとなしくしてるのは、寝るときぐらい。
せわしいよね、人間って』
さすがに、僕は苦笑いになった。
「僕ら、人間からすると、逆だよ。
精霊って、仕事も食事もしないんでしょ?
退屈しないの?」
再び精霊の二人は顔を見合わせてから、正面にいる僕に向けて答えた。
『面白いことが、たまにあるからね。
私、人間を案内すんの、楽しい』
『ワタシはボランティアみたいなもんよ。
人間の相手するの、結構、面倒だもん。
でも、話すのは大好き。
そうだ。アンタは好きな娘いるの?
人間は番になるんでしょ?』
〈つがい〉ってーー動物みたいに言うな! と心の中で思いながら、僕は頭を掻いた。
「じつは婚約者がいるんだ。
今回の依頼を達成したら、プロポーズするつもり」
『脈はあるの?』
恋愛経験もないくせに、微妙なアヤについて問うてくる。
今まで、このダンジョンに来た大勢の人間と〈恋バナ〉をしてきたのかも。
僕は正直に答えた。
「そりゃあ、婚約してるから……。
でも、本心から愛しあいたいって思ってるから、ちょっと心配かな」
どうにも照れてしまう。
きっと、顔が赤くなってるだろうけど、暗闇だから見えないはず。
そう思っていたけど、暗闇をも見通せる精霊からは、丸わかりだったようだ。
『ああ〜〜、アンタ、幸せなんだ?』
『ねえねえ。やっぱ、子供って欲しい?』
魔素濃度が高い地域で自然発生する精霊にとって、繁殖する動物の生態に興味があるらしい。
「実感湧かないけどね。生き甲斐になると思う」
照れ隠しもあって、僕は仕切り直しとばかりに大声を出した。
「とにかく、今は仕事に集中しないと!
先に行ってる仲間のために、食料を持ってきたんだ。
届けなきゃ!」
『ふうん、大変ねえ。
まぁ、人間は動物だからね』
『そーだね。ワタシたち精霊は、食物連鎖の環に入ってないから、他の生き物を殺して栄養を摂取するなんて野蛮なこと、必要ないもの』
なんだよ、その言い方。
僕はちょっとむくれた。
「野蛮って……仕方ないだろ。
キミたちはどうやって栄養を得てるんだ?」
『お日様』
「え? こんなとこ、日が照ってないじゃないか」
『あはは。お日様だけじゃないわ。
魔素も栄養いっぱいなのよ』
「そうか。
だから、深い森の中やダンジョンに、キミたちの仲間が多いのか」
『そーいうこと。
あれ? アンタたち動物の栄養素になる死体はどーしたの?
見かけないんだけど?』
「栄養素になる死体」とは、どうやら食物のことらしい。
僕は頭を掻きながら説明した。
「ほら、このリュックサック。これが魔法鞄になってるんだ。
広い異空間につながっていて、そこでは時間も停止してる。
だから、入れたものが腐らない。
今も、五人の男女が一週間、食っていけるだけの食糧が保存されてる。
コイツのおかげで、僕は自ら危険を冒すことなく、荷物係として生活していけてるんだ」
『なによ。ワタシたち精霊の加護はいらないって言うの?』
「いやいや、そんなこと!」
『ふんだ!』
ほんと、久しぶりに年下の女の子と会話してるみたいでした。
特に今は、周囲がまったくの暗闇です。
彼方に、彼女たち二人の精霊の灯りが揺らめいているだけですから、うっかりすると眠くなってしまいます。
というか、夢心地になって、現実感をなくしてしまいそうでした。
(ーーでも、急がなければ)
友達ともいえる、見知った冒険者たちが、もう一つ下の階層で待っています。
運んできたのは、食糧だけじゃありません。
暖を取るための魔道具、灯りを灯すための魔道具、怪我を癒すポーションなど、様々な物品をリュック型の魔法鞄に詰め込んできました。
彼らに今すぐ必要な物資ばかりです。
だから、できるだけ早く歩を進めたい。
でも、やっぱり前が真っ暗で、何も見えません。
精霊たちの灯りを頼りに進むのみです。
(おや?)
まっすぐ進んで、ゴンと頭に何かがぶつかりました。
どうやら壁に行き着いたようです。
行き止まりでした。
精霊の灯火に照らされた明かりで見ると、行き先を示す看板があるようです。
右と左に向けて、矢印が付いていました。
矢印の先端に、それぞれ文字が記されていますが、古代文字なので、読めません。
とにかく、道が二手に分かれるところに辿り着いてしまったのです。
とはいえ、右か左かどちらに進むべきか、僕にはわかりません。
でも、悩んでるのは僕だけでした。
精霊たちに迷いは一切、ありません。
二つの灯りが迷うことなく、スッと右へと進みます。
僕は安堵の溜息を漏らしました。
(ほんと、助かる。
僕は〈精霊の加護持ち〉で良かった……)
精霊は、いつも私を助けてくれます。
ひとりの子が積極的に喋りかけてくれるおかげで、寂しくもありません。
そのままガンガン進み、僕の心は踊りました。
(予想より、はやく暗闇空間を脱出できそうだ……)
このままだったら、予定より一日以上早く、依頼主に荷物を届けられそうです。
ちなみに、食糧の追加は早ければ早い方が良い、早ければ特別手当がつく、という契約になっていました。
僕は喜んで歩くスピードを上げました。
そしたら、事故ってしまいました。
真っ暗で見えませんでしたが、床の石畳にちょっとした出っ張りがあったのでしょう。
僕は盛大にコケてしまったのです。
(いたたた……あれ!?)
倒れた拍子に両腕が伸びて、僕は床の上でバンザイをした格好になっていました。
が、その伸びた腕が、ブランと下へ垂れる感覚がありました。
そして、下から冷たい風が吹きつけてくる感触が、顔面全体に伝わってきたのです。
(な、なんだ……!?)
僕は非常事態に遭遇したと判断して、奥の手を使いました。
リュックを下ろして、中から灯りを灯す魔道具を取り出し、稼働させました。
今回、運んでくるべき依頼品の中に入っていたのです。
ほんとうは未使用で依頼主に届けるべきものでしたけど、異常を察知した今、自分の目で確認したかったのです。
するとーー。
自分が身を起こして、座っている場所のすぐ先ーーこれから向かおうとした前方にーー真っ黒な闇が広がっていました。
そう。
地面がなかったのです。
巨大な空洞が、地面に穿たれていました。
僕は文字通り、崖っぷちに立たされていたのです。
あのまままっすぐ進んでいたら、確実に落下して死んでいました。
助かったのは、たまたま躓いてコケたから。それだけでした。
崖の向こう側に、ふたつの精霊の灯りが揺らいでいました。
ひとりの精霊は悔しそうに顔を歪めています。
もうひとりの精霊は腹を抱えて笑っていました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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今後の創作活動の励みになります。
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