12歳②ようすけ
風邪をひいた日に、俺は必死でけいすけに祖父の店に行くなと伝えた。
その時のけいすけの不思議そうな顔が今でも忘れられない今日は彼女に会う日だった
けいすけが神社に行かないとも限らないから
彼女の名前は森咲はる 12歳
俺と彼女は偶然、神社の鳥居の下で出会った。
森咲はランニング中に目の前で、小さな赤い缶を落とし、その中身をぶちまけた。
たぶん、飴を食べようとして蓋を開けたが、中身が飛び出してしまったのだろう。
様々な味の飴が俺の足元に転がり慌てて足を止め飴を拾い彼女に手渡した。
「ありがとう」
恥ずかしそうに伝える彼女に、俺は一瞬で恋に落ちた。森咲は無言の僕に飴を選べと言わんばかりに勧めてきた。俺は好きなオレンジ味を選び、ありがとうと告げて飴を口に運んだ。
「オレンジ迷わず取ったね。好きな味?」
「好きだね」
飴を口の中で転がしながら答えた。
「私は…イチゴ味が好きなの」
その瞬間、イチゴ味が好きな
けいすけの姿が浮かび、背中に寒気が走った。
そのとき、彼女の携帯が鳴り始め、すぐに車が到着し彼女は俺に何かを伝えようとしたが、そのままその場を離れて行った。
その後、俺たちは何度か神社の鳥居で遭遇し、少しずつ話す時間が増えていった。
10分を越えるようになった頃からは、幼い頃にけいすけと過ごした桜の木の下まで彼女を誘い、椅子に座って話すようになった。
会う度に儀式のように飴をもらい、飴を舐め終わる頃合いでいつも彼女の迎えが来る。
森咲はいつもイチゴ味の飴を舐め、俺はオレンジ味。彼女との短い時間が心地良くて、俺は祖父の店に通うようになり、けいすけに黙って彼女に会っていた。
部活がある日には行けないが、16時から17時まで、会える日だけ桜の木の下で森咲との時間を過ごした。彼女は神社近辺の私立小に通っていて、出来の良い彼女に嫉妬しているのであろう(森咲は言わないが俺はそう思っている)友だちから嫌な言葉を投げかけられるのを避けるため、神社まで歩いて迎えを待っていた。
森咲と話しているうちに、彼女が将来ピアノの調律師になりたいこと、幼い頃に迷い込んだこの神社で会いたい人がいることを知った。
中学に進学すれば、この時間も終わってしまうと知ったとき、心が苦しくて涙が出た。
森咲が好きだ。今日は彼女に会えなかったことが残念すぎて、早く眠りにつくことにした。
彼女は、けいすけに会うこともなくいつも通り迎えの車に乗って帰って行くだろうと甘く考えていた。けいすけが普段飲まないブラックコーヒーにすら疑問を持たなかった。
勉強机で課題をこなしているけいすけを少し眺めて、俺は深い眠りに落ちた。
けいすけの目が赤く腫れていることにも気づかずに。
朝起きると、けいすけの姿はなかった
休みなのに朝早く出かけたと聞いた
行き先は祖父の喫茶店だという。
熱も下がり、食欲もあるので外に出られると思っていたが母親に「外出は明日までダメよ」と釘を刺された。仕方なく、俺はテレビをつけて休日をダラダラと過ごそうとソファーを陣取った。
ダラけた俺をみて呆れた母親は「午前中だけ仕事場に顔を出してくる。けいすけも拾って帰ってくるわ」と告げて出かけて行った。