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12歳①けいすけ

僕の名前は『我妻けいすけ』12歳です。


僕には双子の弟で『ようすけ』がいます。幼かった僕らは親にも見分けが困難なほど容姿も性格も食べ物の好みだって同じでした。


さすがに12歳にもなると好むものも互いに変わってきて、ようすけは運動が好きで部活を始め、僕は音楽が好きで祖父の喫茶店に入り浸るようになりました。


だけど、好きな人のタイプは同じままでした。


だから、ようすけには言えなかった。

僕には好きな人がいると。


今思えば言っておけば良かったんだと思う。

許されるはずがない恋だったけど、僕は彼女のことが好きで、同時にようすけは僕にとって大切な家族。どちらかを選べば片方を失う。まだ幼い僕は選べなかった。だからこそ、残酷でずる賢い行動を取ってしまった。後悔しているんだ。僕の行動がようすけと彼女を傷つけた。


僕が祖父の喫茶店に入り浸っていると、部活帰りのようすけがたまに店に来ることがありました。だけど、ジャズばかり流れる店内と常連とばかり話をする僕らにすぐ飽きるようすけは何も言わずに荷物だけ残して店から出て行き、30分ほど外でランニングしまた店へ帰ってくることが多かった。


そのようすけの様子が最近おかしい。30分ほどだったランニングが少しずつ長くなると同時に、週に1度ほどだった祖父の店に週に2、3度寄るようになった。そして、ランニング後のようすけは甘い飴の匂いがした。飴を舐めながらランニングするのか?と疑問にも思ったけど、まぁ、いいかと気にも留めなくなっていった。


その状況が3か月ほど過ぎたある日、ようすけは風邪を引いて看護師である母に外出禁止だと告げられても登校しようとして、自宅に母の監視付きで閉じ込められた。僕は通常通りに学校に向かおうと玄関まで行くと、咳込みながらようすけが


「今日はじぃちゃんの店に行かずに真っ直ぐ帰ってきてよ」


「いや?何でだよ。そんなこと言われないとー」


「けいすけは元気でも、俺の風邪菌を

爺ちゃんに移しちゃうかもしれないだろ?」


必死のようすけの訴えに、なぜか母のフォローも入り、渋々だけど承諾した。


学校が終わって下校の準備をしていると、祖父からメールが届いていた。


『聞きたがっていたアーティストのCDが手に入ったぞ。帰りに受け取りにだけ来い』


内容からすると母から先回りで僕が店に長居しないように連絡が回っているのが理解できたので


『了解』


とだけ返信して急いで学校を後にした。

帰りが遅いと店に寄ったことがバレてしまうと思ったから、僕は急いで電車に乗って祖父の店まで向かい、CDを借りて簡略にお礼を伝えて店をでた。


次の電車の時間までは少し時間が空いてしまった。祖父の店に戻るのも気が引けたので、15分ほど散歩でもして帰ろうと昔ようすけと遊んだ記憶のある神社に向かった。


神社にある桜の木の下にある椅子に腰かける。

ギシッと古い木のしなる音が鳴って、時が経ったんだなぁと思っていると、ふわりと甘い良い匂いがした。瞬間、同い年頃の見知らぬ女の子が僕の目の前に立っていた。


「あれ?今日はなんだか雰囲気違うね。」


そう言って当たり前のように僕の隣に腰かけた彼女は、手に持っていた小さめな赤い缶を開けて僕に缶ごと差し出してきた。


(誰?)


僕は少し考えて気づいてしまった。

最近ようすけが甘い匂いをさせることがあった事を缶の中身を見た瞬間に思い出した。小さめな赤い缶には5粒ほど様々な味なのであろう色の飴が2色ずつ入っていた。


(彼女だ!)


ようすけのランニングが長くなった原因は、そして僕とようすけは双子で見た目では区別がつかない。彼女は僕をようすけだと思っている。


そうか。会う約束をしていたから僕に店に行くなと必死に訴えていたんだなと察して、あることにも気づいてしまった。彼女のことを僕に隠す理由。

きっと彼女はようすけの好きな人だ。

そう直感した。

だって、桜の花びらが舞う木の下の椅子に座る彼女は儚く聡明で(綺麗だ。)


僕は彼女を知らない。でもひと目で恋に落ちた。


「飴いらない?」


普段と違う僕(彼女からしたら、ようすけ)の雰囲気を、体調が悪いのかとでも思ったのか、彼女は赤い缶を閉じて下げようとした


「いやっ、貰うよ」

ありがとうと続けながら何も考えずに好きな味を手に取った。


イチゴ味


彼女は一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべたけど、直ぐに笑顔で飴を口に運ぶ僕を見ると、缶を閉じて鞄の中へ収めた。


その後、一方的に話す彼女に相槌を打ちつつ、僕は彼女の細く心地よい声色に酔っていた。


10分ほど話していると彼女の携帯から音が鳴る。

彼女は着信を確認すると立ち上がって


「また、同じ時間で」


そう伝えて神社の鳥居に向かって行くので、僕も境内を出ようと彼女の後を着いていく。


鳥居の前には立派な黒塗りの車が止まっていて、彼女は後部座席に迷いなく乗り込んだ。


「さようなら、、、。」


「さようなら」


何かしら含んだ笑顔を見せながら彼女を乗せた車は僕から去って行った。


見送った僕の手には彼女から貰ったイチゴ飴の包み紙が残っていた。


家に帰った僕は寝ているようすけの姿を確認してバレないように飴の包み紙を綺麗に伸ばして机の引き出し奥にある日記に挟んで隠した。


ようすけは僕に彼女の存在は言わなかった。


分かっていたんだな。

僕ら双子は好きな人の好みが同じ。

彼女を見て僕が好きにならない訳がない。

だから、僕には隠して会っていた。


名前も知らない彼女。

僕は眠るようすけを見つめながら、この恋を終わらせようとしたんだ。先に彼女を見つけたのはようすけ。僕は彼女にようすけだと思われている。

この恋は一瞬で散ってしまったけど、ようすけは大切な僕の片割れ。

僕はようすけにも彼女にも幸せになって欲しいと願って、甘い匂いを消すために普段飲まないブラックコーヒーで自分の気持ちを胃に流し込んで消した。苦いブラックコーヒーは僕の下を刺激して、同時に恋心も黒く染めた。

儀式的な行動をとる自分が馬鹿らしくて、誰もいない部屋で僕はその日少しだけ泣いた。

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