42歳
※時が流れ、けいすけは45歳になっていた。
結婚生活も落ち着き、息子もすくすくと成長していた。
今日は、彼のピアノ発表会の日。
けいすけは、ゆうりと一緒に会場のロビーで息子が演奏の順番待ちする姿を見守っていた。
「パパ、今日の演奏うまくできるかな?」
彼は少し緊張した面持ちでけいすけを見上げた。
「大丈夫さ。いつも通りやればいいんだよ。」
けいすけは優しく彼の肩を叩き、笑顔で励ました。
発表会の会場は静かで、緊張感が漂っていた。
家族や友人たちが次々と席に着き、待ち望んでいた瞬間を心待ちにしている。
その時、けいすけの視界の片隅に見慣れた顔が映った。
「…はる?」
けいすけは一瞬、目を疑った。
遠くの席に座っていたのは、かつての彼の想い人、はるだった。
彼女は落ち着いた表情で、観客席に座り、前を見つめていた。
時間が経っても、彼女はどこか変わらない輝きを持っているように見えたが、その瞳には長い年月の重みを感じさせる落ち着きがあった。
けいすけは、ふと彼女の隣の席を見る。
そこには、はるが連れてきた子供が座っており、彼女もまた今日の発表会に参加するピアノを弾くようだった。
「まさか…こんなところで再会するなんて。」
けいすけは驚きを隠せなかったが、どこか懐かしさも同時に感じていた。
運命の巡り合わせというべきか、二人はそれぞれ別々の道を歩んできたが、今日この場所で再び顔を合わせることになった。
息子の発表が終わり、けいすけは拍手を送りながらホッと息をついた。
彼は立派に演奏を終え、笑顔で舞台から降りてきた。その時、ふと視線を感じて振り返ると、そこには はるが立っていた。
「…久しぶりね。」はるは穏やかな微笑みを浮かべていた。
「はる…本当に久しぶりだな。」けいすけも笑顔を返す。懐かしさと安心感が入り混じった、不思議な感情が胸に広がった。
二人は、特に長い会話を交わすわけでもなく、お互いの近況を簡単に話した。
はるは、今もイタリアで音楽に関わる仕事を続けており、今日は娘のピアノの発表会で一時帰国していたという。
「息子さん、とても素敵な演奏だったわ。」はるはけいすけの息子を褒めた。
「ありがとう。君の娘さんも、素晴らしかったよ。」けいすけは微笑んだ。
二人は自然な形で話し続けたが、昔の思い出や過去のことには触れなかった。
今はお互いに別の人生を歩み、各々が家庭を築いている。過去に戻る必要はなかった。
「お互い、いろいろあったけど、今はそれぞれ幸せそうだな。」けいすけは少し照れくさそうに言った。
「そうね。お互い、いい人生を送っているみたいね。」はるも静かに頷いた。
最後に二人は、お互いに微笑み合い、軽くお辞儀を交わした。
「じゃあ、またどこかで。」けいすけがそう言うと、はるは軽く手を振って、娘と共に会場を後にした。
けいすけは、その背中をしばらく見送った後、そっと目を閉じた。
はるとの再会は短いものだったが、それで十分だった。
過去の未練や後悔は、もはやけいすけの中には存在していなかった。
彼の隣には、今も支えてくれるゆうりがいる。
彼はもう、自分の人生をまっすぐ見つめることができる。
「さあ、帰ろうか。」
けいすけは息子の手を取り、はるとの会話を邪魔しないように距離を取ってくれていた、ゆうりと共に歩き出した。
そして、坂道のように、再び交差した二人の人生はまた別の道を歩き出すのだった。
笑顔での再会は、過去のすれ違いを清算し、二人がそれぞれの未来を祝福するものだった。




